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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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憤怒の像

 ドレスを着た貴族の女が、前へ出てきてごちゃごちゃと何かを言っている。

 何を言っているのかわからない。いや、俺の頭が敵の話す言葉を理解しようとしていないのか?

 感情が燃え盛る炎に炙られているような感覚がする。敵を倒さなければと、何かが背中を押す。これが耳を遠くしているのだ。

 これが『狂化』なのか、『反転』なのかわからないが、そのどちらかのスキルのせいだろう。またはその両方か?

 ただ、頭の中は冷静だ。冷静のはずだ。だって、こんなにもしっかりとものを考えられるのだから。

 女の姿で、彼女がどのような状況なのか推測だって出来る。

 名も知らぬ彼女は、綺羅びやかなドレスを汗や泥、尿で汚している。たぶん、あの時逃げた貴族だか、王族だかだろう。

 表情は笑顔だ。だけど、目の焦点が定まっていない。

 こんなにも濃密な俺の殺気を真正面から受け止めても、切羽詰まったような焦りがない。

 腕を大きく開いて、子供を抱きしめようとしている親のような格好だ。

 戦場にあってはならない景色。

 すぐにわかった。彼女は狂ってしまったと。

 可哀想に。まだ若く、綺麗な人なのに。

 これから先、彼女は生きることが辛くなるはずだ。王国は完膚なきまでに叩き潰すのだから。

 楽にしてあげなければ。

 可能な限り、痛みがないように。

 彼女を優しく包み込むように抱きしめ、右手は首の後ろへ。そのすぐあと、左手を顔に添えて、一気に首を捻る。

 すると、抱きしめる彼女から力が抜けた。そのまま、すとーんと地面へと倒れた。

 ドサリ?ドチャリ?ドシャ?おそらく、そんな音を出して倒れたのだろう。

 ほんの少しだけ苦しかったかもしれないけど、彼女は痛みもなく死ねたはず。

 俺の心は……、やはり冷静そのもの。多少乱れるかと思ったけど大丈夫だ。凪どころか、水面に波紋が一切ないような、静かな状態。

 不思議な感覚だ。激しく燃える炎と静かな水面が一緒に存在するような。表現するなら……、冷たい炎とか、凍った炎だろうか。あり得ない現象だけどな。

 そう言えば、彼女の他に変な男もいたっけ?

 少しだけ顔が似ていたような?もしかしたら、兄妹とかかもしれない。

 苦しまなかったよって伝えてあげなければ。


 「頚神経ごとへし折った。痛みもなく逝けただろう」


 女性の死を、男は呆然と見ていた。

 格好が貴族っぽい。そっくりな顔といい、やっぱり兄妹だ。

 男が口を大きく開いて叫ぶのがわかった。悲しんでいるのだろう。

 ただ、なんで彼は箱を大事そうに抱えているんだ?

 男はそれを地面に叩きつけるように置き、乱暴に蓋を開けた。

 そして、中身を見て一瞬だけ動きが止まる。

 だが、すぐに中身を持ち上げると、それを俺に見せるように両腕を前へ突き出した。

 中身は生首だった。

 なんで?なんでそんなもんを大事そうに……。王国には死に間際に誰かの生首を見せるっていう習慣でもあるのだろうか?

 とにかく、見せてくれるなら見てみよう。

 生首の表情は、怒っているような、悲しんでいるような。様々な感情が見え隠れしてた。怒り、絶望、後悔、憎しみ。

 目は見開き、力なく開いた口。乱暴な首の切筋。

 性別は女か。死んでも綺麗な人だと分かるから、生前はさぞ美人さんだったのだろう。

 髪の色が独特だ。目が痛くなるような緑色。毛が太いのか、くせっ毛なのかごわごわしている。

 ……ちがう。髪じゃない。あれは……蛇?そうだ、髪の毛一本一本が蛇なんだ。

 魔物の首か?いや、その割には人間っぽいが……。

 もしかして……、魔人種?それにどうして魔人種の生首を、王国の奴らが持っている?

 それはすぐに思いつかないけど……、人間とどの魔物をかけ合わせて魔人種となったかは見当がつく。

 メドゥーサ。


 「うわぁああああああ!」


 貴族風の男が魔人種の頭を手から地面に落とした。自分の意志で持っておいて、今更怖くなったから離したわけじゃない。

 男の手が石になっていたのだ。

 蛇の髪に、石化。間違いない。

 地球でもメドゥーサの伝承は有名だ。主人公であるペルセウスの名よりメドゥーサの名を知っている人も多いはずだ。

 ペルセウスが鏡のように磨かれたアイギスの盾を見ながら、不死身殺しの曲刀でメドゥーサの首を切り落とし退治した。

 メドゥーサは、見る者すべてを石にしてしまう、能力、を……。

 俺も、見ている。彼女の目を。


 「ギルさまぁああああ!!」


 リディアが焦ったように俺の名を呼んでいる。

 自分の体を見てみると、手足の爪が石化し始めていた。リディアはこれを見たのか。

 やられた。相打ち覚悟の特攻とはな。


 「あぁあああ!クソ!!エドワルドォオオ!!図ったな!!!」


 貴族の男は取り乱している。自分の意志じゃない?誰かにはめられたのか。

 いや、そんなことはどうでも良い。それよりも――。


 「ぐっ!!」


 この激痛だ。思わず口から声が漏れてしまった。

 いぃってぇ!!!

 石化が痛みを感じる部分へと移行したのか。

 鋭い痛みだ。まるで、指先から千切りにされているようだ。

 全身が石化するまでこの痛みが続くのか?

 こんなの、ショック死するぞ。

 貴族の男を見てみると、腕は既に石になっていて、体も徐々に石化し始めている。口から泡を吹き白目を剥き、意識を手放している。もしくは、既にショック死しているかもしれない。

 早々に意識を失ったことは、この貴族の男にとって幸運だったかもしれない。

 俺は、おそらく最後まで意識を手放すことはできない。耐えられてしまう。

 狂化スキルのせいで。

 脳内麻薬の過剰分泌で痛みを緩和しているのだろう。緩和してこの激痛か?やってられないな。

 幸か不幸か迷うところではあるが……、まあ、仲間に最後のアドバイスが出来る猶予を手に入れたと考えれば幸運か。

 だが、最悪なことに情報を見逃したことにも気づいてしまった。

 ルカからの手紙。

 法国で発見された、魔人種の首のない女性死体。

 さすがに俺でも、あの手紙でこんな危機が訪れるとは予測できない。遺体は埋葬され、既に終わったことだと思っていたんだからな。

 だが、情報はたしかにあった。首のない死体。裏を返せば、頭部が見つかっていないという情報が。

 それに気がついたからと言って、なにか出来たわけではない。王国が犯人だとも、石化事件が頻発しているというニュースがあったわけでもないんだからな。

 今更、嘆いても仕方がない。

 貴族の男の反応を見る限り、罠にかけられたようだ。

 だとすれば、その罠を仕掛けた奴はクズだ。禁じ手の隠密行軍、仲間を犠牲にする石化攻撃。クズ以外の言葉がぱっと思いつかない俺の語彙力のなさが恨めしい。


 「旦那!!」

 「お兄ちゃん!!」

 「ギル……」


 王国兵と戦っていた仲間たちも、俺の異変に気づいて駆け寄ってくる。

 心配してくれるのはありがたいが……、仲間が俺の下へ辿り着くまでにやることがある。

 魔法は使えるよな?

 魔法陣を展開してみると、どうにか出来た。ただ、長い間魔法陣を空中に留めておける集中力はないらしい。

 痛みで魔力操作が途切れるのだ。魔法陣と繋がっているという感覚が、激痛ですぐに途切れる。結果は魔法陣の消滅だ。これでは魔法陣待機状態は出来ない。

 速射するしかないか。

 俺はもう一度魔法陣を展開し、即座に魔法を放つ。

 目標は、魔人種の頭。ついでに貴族の男にも。もう石化し終わっているけど、八つ当たりだ。

 魔人種には青い炎の槍を突き刺し、さらに風魔法で火力を上げ骨まで燃やし尽くす。火葬だ。

 貴族の男には、石礫をぶち当てる。男の顔に当たり、ぼきりと首が落ちた。その衝撃で体が傾き倒れると、手足がバラバラに折れてしまった。

 やり過ぎた。けど、あの程度でバラバラに砕けるのか。つまり、俺もいずれ、ああなるってことだな。

 まあ、仕方ないか。

 とにかく、仲間が駆けつけるまでに魔人種の頭は燃やし尽くせるだろう。これで仲間たちが巻き添えで石化することもない。

 そうこうしているうちに、最初に俺の異変に気がついたリディアが俺に辿り着いた。


 「ギル様!!ああっ、どうすればよろしいですか?!」


 心が痛い。リディアは俺ならこの状況を打破できると思っている。色々考えたけど……、無理なんだよ。


 「ダメだ。石化は四肢が終わって体まで進んでいる」


 早い段階で四肢を切り落せば大丈夫だったか?いや、確かめる段階はとうに終わっている。いまさらだ。


 「そんな!まだ出来ることはあるはずです!」


 リディアと会話している間に、他の仲間たちも俺の下へと辿り着いた。

 王国兵もまだ残っているのに……。俺としては、自分たちを優先してほしいんだがなぁ。


 「旦那!どうすればいいッスか!!」

 「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 「ギル?」


 シギルはリディアと同じく対処方法を俺に聞いてくる。

 エルは泣きじゃくって、俺に触れようか触れまいか悩んでいる。

 エリーは……、はは、こんな時でも無表情で何考えているかわからん。でも、少しだけ寂しそうだ。覚悟しているのかな?


 「もう、どうにもならない」


 「まだ、まだ大丈夫ッス!!」


 「シギル、黙ってくれ。もうすぐ石化が肺に達する。そうすると、話すこともできなくなる。そうなる前に最後の指示をする」


 「旦那……」


 シギルは俺に触れている。たぶん、優しく触れて石化の状態を確かめているのだろう。俺にはシギルの小さい手の感触はもうわからない。

 俺が最後に出来ることは、彼女たちに指示をだすこと。魔法都市を守ってもらう。

 本当は彼女たち全員でどこか違う国へ、そうだな、シリウスのところなら助けてもらえるかもしれない。

 でも、ティリフスも三賢人のうち二人も、魔人たちも魔法都市にまだ残っている。

 あいつらもなんとかして助けてあげたい。


 「リディア、エル」


 「……はい」

 「あいぃ」


 「二人で協力し、オーセブルクに抜けろ。法国に助けを求めろ」


 法国とは同盟だ。伝書竜で知らせれば、素早く助ける準備をしてくれるはずだ。


 「その、シリウス皇帝は……」


 「無理だな。あいつは俺個人の友人だ。俺以外が書簡で知らせても、国を動かさない。いや、動かせない」


 「そんな……」


 「そういうものだよ。だけど、いずれ魔法都市のために動いてくれるさ」


 帝国の王、シリウスとはそういうやつだ。ああいう性格だが、国の為に努力している。個人的な友人のために国は動かせない。だけど、いずれは仕返しぐらいしてくれるはずだ。

 リディアは悔しそうに頷き、エルは泣きじゃくっている。

 まあ、指示は出した。彼女たちならなんとかすると信じている。

 あとは。


 「シギル、エリー」


 「ッス」

 「ん」


 この二人は安心だ。精神力が強い彼女たちなら、俺がいなくなることを覚悟したはずだ。


 「二人は魔法都市にもどれ。防御にはエリーの力が必要になるし、住民の退避にはシギルが必要だ」


 「ん」


 「だけど、守るだけじゃどうにもならないッスよ?」


 「そこはリディアとエルの二人がどうにかする。法国が助けてくれるまで守りきれ。突破されたら、裏道を使って退避だ」


 「……わかったッス」


 もう息が苦しい。とうとう肺に達したか。もう長く話せないな。

 周りにいる王国兵も、貴族だか王族だかが石化して今まで呆然としていたが、我に返って仇討ちしようと息巻いているのが目の端に見える。

 俺たちを取り囲もうとしている。

 どちらにしろ時間は少ない。

 魔法都市に戻るシギルとエリーは安心だ。今まで殆どの敵は倒している。

 だが、オーセブルクに行くのは苦労するだろう。まだまだ元気な兵士たちが待ち構えているはずだ。

 さっき上層に行く階段に一人いたのが見えた。今はいないから、状況を伝えに戻ったようだ。

 だとすれば、ここで死を覚悟して仇討ちしようとする王国兵相手に、体力を消耗させたくない。

 俺がなんとかするしかないな。


 「俺が道を切り開く。全員で一斉に動け」


 「「「……」」」


 仲間たちが無言のまま頷いた。

 よし、覚悟したな。


 「最後に、みんなと出会えて楽しかった。みんなは絶対に死なないでくれ。さようなら」


 俺は息を深く吸って、止める。

 無数の魔法陣を展開して、即座に発射。

 様々な魔法が取り囲む兵に降り注ぎ、次々と倒れていった。

 数秒の出来事。

 広場には俺たち以外、立っている者はいなくなっていた。

 まだ仲間たちと話せるかな?

 ダメだな。石化は既に肺を終え、心臓に達したようだ。

 脳への血の供給がストップしたのがわかる。

 意識が遠のいている。

 その最中、上層から足音が聞こえた。大勢だ。

 王国兵が駆けつけたのか。

 ふざけるなよ。こいつらは虫か。

 火にたかるようだ。

 王国は俺をムリヤリ、召喚したんだ。

 そのうえ、俺の仲間にキガイを加えようとしている。

 ゆるせることじゃない。

 おれがこいつらをころしてやる。

 おれが。

 おれ、が。


 ――――――――――――――――――――――――


 ギルの全てが石になった。

 直後、リディアとシギルは耐えきれず涙を流す。


 「なんでなんスか、旦那」


 「シギル、私たちにはすることがあります」


 「わかってるッス」


 王国兵の足音が段々と近づいてくる。間もなく、この階層へ辿り着くだろう。

 エルは泣きじゃくり、エリーはじっとギルを見つめていた。

 だが、エリーがギルから視線を外すと、ギルを守るように上層の階段へと進み、盾を構えた。


 「エリー?」


 「ギル、最後まで護る」


 「な、何言ってんスか」


 「ギルにはずっと心配かけてた。守ってもらってた。だから、今度は護る」


 エリーは自分胸に手を置く。自分が守ってみせると言っているのだ。

 だが、それはギルの最後の意志に反する。


 「エリー、ダメッス。旦那の最後の頼み、聞いてあげないんスか?」


 「………」


 「そうです。ここで全員が死ぬまでギル様を守っても、喜んでくれませんよ?」


 「……わかってる」


 「だったら」


 「でも、もう敵が来る」


 直後、王国兵が11階層に流れ込んでくる。

 エリーやシギル、リディアは緊張し、体がこわばるのが分かった。

 どれだけギルという存在が大きかったのか。

 どれだけギルの傍若無人っぷりが、自分たちへ向けられるはずの敵意を引きつけていたのか。

 それを理解したのだ。

 ギルがいなくなった今、敵意が分散し、自分たちへも向けられる。その恐怖が緊張へと繋がった。

 しかし、王国兵はリディアたちへ攻撃することもなく、取り囲むこともしなかった。

 王国兵の視線は、ギルへと注がれていた。

 石像と化したギルは、上層から降りてきた兵士たちを睨んでた。

 諦めでもなく、悲しむのでもなく、絶望もなく、希望もない。

 恨み。怒り。

 それが王国兵へと向けられていた。

 石化しても、敵は呪い殺すと言わんばかりの表情。

 そこには憤怒に染まった石像があった。

 兵士たちは躊躇い、戸惑った。

 なぜ、自分たちがこんな目で見られなければならないのか、と。

 心当たりは、当然ある。魔法都市を攻めているから。

 でも、相手は石像なのだ。だからこそ、動けないことに動揺した。

 その様子を見て、リディアは今しかないと判断した。


 「エル!私についてきて!私が全部倒します!シギル!!」


 そう言いながら、リディアは王国兵へと突撃し、刀で次々と斬り伏せていく。


 「ッス!エリー、自分の護衛頼むッスよ!!」


 シギルは、ギルを担ぐとエリーにそう頼んだ。


 「シギル?」


 「旦那をこんなところに一人でいさせるのはちょっと忍びないッス!魔法都市につれて帰る!」


 「ん!」


 石化したギルをシギルが担ぎ上げながら、魔法都市へと走っていく。それをエリーが護衛する。

 リディアはあっという間に王国兵を倒し、今も泣いているエルの手を掴むと上層への階段へと飛び込んだ。

 だが、階段にも兵士は溢れていた。


 「ああああああああ!!!」


 リディアの咆哮。

 リディアは叫びながらその全てを斬り伏せて、強行突破していく。

 王国兵は一太刀で絶命していた。

 やっとのことで10階層へ上ると、大勢の兵士たちが待ち構えていた。

 それを見たリディアは、再び咆哮した。

 そして、白い閃光が敵へと突き抜けたのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 その頃、エルピスのとある店では、ある男が商売に精を出していた。


 「治癒、マナ、解毒、各種ポーションは戦で高騰し、高値と思っているそこのあなた、うちは安く売るよ!通常の価格より二割を引いている!これさえあれば、巻き込まれても安心だ!そこの旅商人、どうだ?買っていかないか?」


 ギルが王国兵を遠ざけたおかげで、街は活気が戻っていた。

 まだ外出制限中ではあった。しかし、危機はしばらくなくなったという噂を聞いて、魔法都市に訪れている者たちは黙っていない。

 自分たちの欲しい物をさっさと買って、魔法都市から去ろうとしているのだ。

 当然、危険があることは承知している。

 だからこそ、ポーション類はどうしても手に入れたい。それも大量に。

 店の主人は、そこを狙っていた。

 店の在庫を全て引っ張り出して、店頭へ並べたのだ。

 片目が眼帯で、無精髭がある強面の商人、ヴァジ。

 百戦錬磨の旅商人は、戦でも商魂たくましい。


 「どうも、金貨3枚。そっちは……、金貨1枚。どうも」


 ヴァジはエルピスに店を出していた。売れ行きは上々。

 旅商人をしていた時でも彼は豪商だった。食うのに困らないどころか、各街の商人ギルドに金貨数百枚の預け入れをしているほどに。

 しかし、魔法都市で店を出してからというもの、その稼ぎは以前を越す勢いだった。

 ヴァジは魔法都市が気に入っていた。

 夕方の鐘がなるまで店で稼ぎ、夜にはエルピスの店でビール片手に商人たちと話をしながら食事を摂る。

 良い稼ぎ、上手い酒、上手い飯。

 それが彼にとっては幸せだった。

 そんな彼の店に、一人の男が訪れる。

 ローブ姿でフードを目深にかぶった男だ。


 「すみません。あなたが自由都市の有名な旅商人のヴァジさん?」


 そう言われて、ヴァジは元々怖い顔を、睨んでさらに怖くさせる。


 「あんたは?」


 「申し訳ない。ここでは名乗れない」


 「……用は?」


 「依頼だ」


 「それはやっていない。行商はやってないんだ。今はここが店だ」


 「わかりました。でも、話だけは聞いてもらえないか?自由都市の――」


 「こっちに来い」


 ヴァジは最後まで言わせず、店の中へと入っていく。


 「店は良いのか?」


 「雇った売り子がいる。あいつらは優秀だ」


 「わかった」


 フードの男もヴァジに追って店の中に入っていく。

 中は豪商とは思えない質素な家具ばかりだった。

 高価でもない木の椅子や机があり、そこへヴァジは座ると、ローブの男も座るように促す。

 ローブの男が腰掛けると、濃密な何かが男へとのしかかる。

 豪商の威圧。


 「あまり、ぺらぺらと口を開くもんじゃない」


 「申し訳ない。話を聞いてもらいたい一心だった」


 「それで?」


 「まずは………、お久しぶりです」


 ローブの男はフードを取って顔を出した。

 金髪の美男子だ。歳はそれほど高くなく、25歳程度。

 顔を見ても、ヴァジは誰だか分からず首を傾げる。


 「会ったことあったか?」


 「だいぶ昔に」


 「……そうか」


 「覚えてないようですね。それは仕方ありません。僕が幼少の頃ですから」


 「それで、依頼というのは?」


 「僕を護衛してほしい」


 「護衛?どこまで」


 「王国へ」


 これがどういう意味か。

 魔法都市を包囲している兵士を突破して、王国へと行くということだ。

 なのに、ヴァジはそれが容易だと言わんばかりに、依頼の対価を聞いた。


 「報酬は?」


 「未来永劫の友好」


 「それが報酬か。まったく興味がわかないが………。そうか、お前は……」


 行き先が王国だということと、友好と聞いたヴァジは目の前の男が誰なのか思い当たる。

 だが、目的を聞かないことには受けられない。


 「目的を聞きたい」


 「もちろん、魔法都市と王国を壊さないために」


 「魔法都市を壊すため、ではないのか?」


 「いえ、魔法都市の情報は集めました。代表は用意周到で、戦闘能力も高い。オーセブルクダンジョンを突破したという噂も聞きました。仲間の能力も高いのでしょう。その上、殲滅魔法なるものも持っていると聞きました。今の王国が数で勝っているとしても、魔法都市を破壊せずに占領するのは厳しい。ですが、全てを破壊しようとするならば、今の王国でも出来ます。勝てるように思えます」


 「思えます、ね」


 黙って聞いていたヴァジが、気になる言葉を聞いて繰り返す。


 「はい。最後の最後で逆転され、王国が滅びるような気がしてならないからです」


 「そんな力が魔法都市代表に?」


 「わかりません。そんな気がしてならないだけです。だからこそ、僕が動くことにしました」


 「力のないお前が動いてどうなる?」


 「力がなくとも、王国と魔法都市、両方を心配しております。もしかしたら僕が足掻くことで、両国が生き残る方法を見つけられるかもしれません」


 「それを目指すと?」


 「はい」


 「ふーむ」


 ヴァジは腕を組んで天井を見て考える。

 しかし、考えたのはわずかだった。


 「良いだろう。王国へ連れていってやる」


 「おお!」


 「だが、お前が望む結果にはならないかもしれない」


 「それでも」


 ローブの男が強い眼差しで頷く。


 「わかった」


 それを見て、ヴァジは立ち上がるとローブの男へと手を差し出した。

 契約成立の握手を求めているのだ。

 ローブの男もそれを理解し立ち上がると、両手でヴァジの手を掴む。


 「よろしくお願いします」


 「ああ。だが、そのタイミングは俺に任せて貰う。いいな、アレクサンドル王子」


 「はい!」


 ローブの男こそ、王国第二王位継承権を持つ、アレクサンドルだったのだ。

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