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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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禁じ手

 オーセブルクダンジョン6階層。エドワルドが死守する拠点。

 しかし、そのエドワルドはというと、テントの中で椅子に座りランタンの灯りで読書をしていた。

 そこへ飾り付けはないが上等な装備を来た老兵がやってきた。


 「坊っちゃん」


 老兵はエドワルドの姿を見ると早速とばかりに声をかけた。

 声を聞き誰が訪れたのかを理解したエドワルドは、本をパタリと閉じると溜息を吐き、テントの入口に立つ老兵へと視線を向ける。


 「坊っちゃんはやめろと言っているだろ、クラノス」


 クラノスと呼ばれた老兵は困った顔をしながら眉毛を親指で掻く。


 「坊っちゃんはいつまで経っても坊っちゃんです。して、何をしておられる?」


 「見てわからんのか、読書だ」


 「いえ、そうではなく、坊っちゃんは戦場へ赴かないのかと聞いておるのです」


 「総大将が最前線に行く意味がどこにある」


 「士気に関わります」


 クラノスは真っ当なことを言っているが、エドワルドはそれを鼻で笑う。


 「ふん、士気を上げる必要などない」


 「……ですが、ご兄妹は最前線に行かれているようですが?」


 このままでは先を越されてしまうとクラノスは言っているのだ。しかし、エドワルドの表情に焦りはない。


 「それこそ心配はない」


 「と、申しますと?」


 「策は成っている、ということだ」


 戦場でこの言葉を上官から聞けば、兵士たちは安心するだろう。しかし、クラノスは首を横に振って呆れている。


 「坊っちゃんは戦場を甘くみておられるようです」


 「クラノスは昔から戦場に立ち、剣で武勲を立て今の立場へと上りつめた。私もお前の腕前は知っている。だが、その腕前がない俺は策で戦に勝つしか無いのだ」


 「だからといって、戦場に立たなくても良いというわけではないでしょうに。……それは良いとして、ご兄妹を出し抜くためにどんな策を弄したのですかな?」


 エドワルドは椅子から立ち上がり、テントの端にある水差しへと手をのばす。


 「クラノス、既に敵が目の前にいるという状況下で宣戦布告されたらどうする?」


 「籠城ですな」


 「逃げ場がないからな、それしかない。今、魔法都市は出入り口を塞ぎ、敵の侵入を防いでいるはずだ。つまり、今はその防御を破る以外にすることはない。クリスティアンとイザベラも街へ侵入する時を苛立ちながら待っているだろうな」


 「ふむ、それが策ではないでしょうな?」


 「当然だろう。弟たちとの約束は宣戦布告まで抜け駆けはしないことだ。今は既に宣戦布告をしている」


 それはつまり、勝負は既に始まっているという意味に他ならない。


 「ということは、もしや……」


 エドワルドは銀のコップへと水差しを傾けながらニヤリと笑う。


 「既に魔法都市内にいる私の精鋭部隊が潜んでいる」


 「……やはり内側からの攻撃」


 クリスティアンとイザベラは、魔法都市に侵入出来てからが勝負だと思っているが、約束は宣戦布告後。そしてさらに、二人は勘違いをしていた。

 クリスティアンとイザベラは、魔法都市の王を打ち取ることが勝負だと思っている。しかし実際は、多くの手柄を立てることが次期王になる条件なのだ。

 ギルを打ち取ることも大きな手柄だが、籠城を僅かな期間で打ち破った手柄も大きい。

 速やかな進軍とダンジョン侵入、密かに包囲し、更に籠城まで打ち破る。これ以上にない手柄と言える。

 上手く事が運べば、エドワルドが次期王となるのは確実だろう。

 銀コップが水で満杯になるが、エドワルドは水差しを戻さないまま笑いが堪えられないと言わんばかりにくつくつと笑った。


 「入り口を塞ぎ逃げ場のない魔法都市は、内部から攻撃されひとたまりもないだろう。守りに専念できはすまい」


 水がコップから溢れる様子を、現在の魔法都市の状態のように思いながら笑い続けるのだった。


  ――――――――――――――――――――――――


 「何が『なにぃいい』だ。予定通りじゃねーか、クリーク」


 俺は既に魔法都市内に敵が潜んでいることはわかっていた。

 一度入国者がいなくなったのに、また増えたのだから誰だって怪しむだろう。

 でも、それがなくとも俺はこれをずっと警戒していた。

 魔法都市のように逃げ場がないと思われている街が、攻め込まれた場合にする行動は籠城か打って出るかしかない。

 しかし、迎え撃つのは悪手と言っていい。

 なんせ敵は攻城兵器を持ち込めないんだからな。

 魔法都市としては狭い通路から出てくる敵を弓なり魔法なりで叩けば、それだけで敵数を減らすことができるのだ。

 その上、敵の死体が防御壁に変わるおまけ付きだ。籠城するのが効率がいい。

 そうなると敵が取る手は、兵糧攻めか真っ向から攻めるしかない。しかし、どちらも敵からしたら辛いのだ。

 なんせここは高気温の17階層。ただそこにいるだけで体力を消耗するのだから、時間がかかる戦法は自分たちにも不利に働く。

 だが、街の内部に潜入させていれば話が別だ。

 誰が味方で誰が敵かと、俺たちを疑心暗鬼にさせ焦らせる。それは防御を素早く崩す助けにもなる。

 王国側としてはそうするのが効率がいいのだ。

 俺はクリークにもその事を伝えていたはずなんだがなぁ。なのに驚くとはどういうことだ?脳みそが筋肉だと忘れやすいのかもしれない。


 「おっと、そうだった。さっきまで予定外とか言い出すから心配していたが、蓋を開ければ予定通りか。やっぱお前はすごいぜ」


 俺が凄いってのは少し違うかもな。

 半端に賢い奴ほど、動きを推測しやすい。相手が戦の天才なら俺の予想は大きく外れた策のはずなのだ。

 しかし、今までの行動で敵の指揮官が天才でないのはわかっている。であれば、俺の予想もそう遠くならない。

 どうやら相手は無駄に賢い指揮官のようで、この状況で言うならば、『無能で助かった』かな。


 「そんなことはどうでも良い。このためにクリークの部下を集めたんだからな」


 この状況に陥った場合のことを考え、クリークとその部下を集めておいたのだ。

 クリークの迷賊時代の部下だけ。つまり、その他の兵士には伝えていないということだ。

 俺は魔法都市の兵士でさえも信じていない。信じられるのは俺が直々に仲間にした奴らだけだからだ。


 「しかし……、まさかあの王国がこんな卑怯な手を使ってくるとはな」


 「まあ、なりふり構わない性格と、自分が賢いと思い込んでいる王国の指揮官ならしかねないだろうよ」


 相手の考えを読むのは難しい。しかし、なりふり構わないという予兆があったからこそ、俺は予測できたのだ。

 奇襲まがいの宣戦布告がそうだ。

 禁じ手をも使う卑怯な性格だったからこそ、俺たちが嫌がることをすると考えた。

 だけどそれは、読まれ覚悟されていれば意味をなさない。

 入り口は石の壁で埋め、レバーを下げるだけで更に罠を発動させる事ができ、ずっと入り口に張り付いている必要がない。

 俺たちは街の中で騒ぎを起こしているヤツらに専念出来る。

 クリークはそいつらを殲滅する部隊なのだ。


 「そんなもんか。……さて、じゃあ本当に殺っていいのか?」


 「ああ、既に街へ侵入した者たちは皆殺しだ。クリーク、昔を思い出せ。好きにやって良い」


 俺がそう命令を下すと、クリークは久しぶりの邪悪な笑みを見せる。この表情を見たのは出会った時以来か。

 こんな笑いをするヤツが敵ならば、即座に魔法で手足を切り落としてこの笑みを消すところだが、今は味方だ。

 クリークの戦闘能力は決して高くはない。しかし、こと『組織を守る』という点においては手段を選ばないのだ。

 こいつが地球にいたら、『攻めて来たのが悪い』と言いながら核ミサイルの発射ボタンを躊躇いなく押すだろう。手段を選ばないというのはそういうことなのだ。

 卑怯な手だろうと勝てばいい。忌避されるようなことすら喜んでやる。そういう性格であるクリークは、こういう場面で非常に頼りになる。

 クリークは背後にいる迷賊時代の部下へと振り返る。


 「よし、てめぇら!国王から許しは出た!好きに殺って良いってよ!!俺たちの街で暴れているクソどもを、全員ぶっ殺しに行くぞ!!」


 そう命令された部下たちは一瞬ポカンとする。だが、すぐに彼らの表情はクリークと同じ笑みに変わった。

 クリークたちがぞろぞろと街の中へと散らばっていく。

 騎士道などクソくらえと思っているこいつらはこの後、俺が考えつかない卑怯な方法で王国兵を確実に倒すだろう。

 とはいえ、調べさせた入国数を考えると、想定より多く侵入されているかもな。

 入国者が一度途絶え、その後再び増加を見せた。その数は約150人。元々この魔法都市を調べていた諜報員のことも考えると200人近く侵入を許しているかもしれない。

 それに対しクリークたちは50人。四倍の戦力差だ。

 少々手間取るかもしれんな。


 「よし、俺も少し手伝うか」


 そうして俺も街の中へと向かうのだった。



 2時間後。


 「ううぅ……」


 俺の足元には数えるのも面倒なほど多くの死体が転がっている。

 そんな中、潜入していた兵士の一人が、俺の目の前で跪くかのように片膝を地につけ呻いていた。


 「………」


 俺は無言のまま氷の剣を横に薙いで王国兵の首を切る。

 頸動脈が切れ血が吹き出し、王国兵が慌てて抑える。

 それは苦しみを僅かに引き伸ばしたに過ぎないぞ。ま、別にこいつらが長く苦しんでも構わんけど。


 「うわああああ、化け物だ!!!」


 隠れていた王国兵が俺の戦いを見ていたのか、背を向けて逃げていく。

 まだ生き残りがいたか。暴れていた王国兵の見た目は冒険者や町人、魔法都市の兵士の格好で一貫性がなく、見分けがつかないから厄介だ。

 隠れられると面倒だから、追っかけないと……、いやその心配はないか。


 「おらよぉ!!」


 逃げた王国兵の向かう先にクリークがいたからな。


 「ごぶぁっ!!」


 クリークが大剣を振り回し、それが王国兵の胴へとぶち当たる。鎧がひしゃげ、血を吐きながら吹き飛んでいった。

 ゴロゴロと転がり、ようやく止まった王国兵はピクピクと痙攣していた。

 しばらく戦闘に復帰は出来ないだろう。

 しかし、クリークは吹き飛ばした王国兵の後を追う。

 王国兵まで辿り着くと、遠慮なく大剣を突き立てとどめを刺した。

 辺りを見渡して敵が残っていないことを確認すると、クリークは「ふー」と息を吐いて汗を拭った。


 「ここはこんなもんか」


 クリークが剣を引き抜くと肩に担ぎながら近づいてくる。

 ここはエルピスの街でも重要な場所。食料庫だ。

 とはいっても、ここに食料の全てが入っているわけではない。国が管理している食料庫、そう思わせた場所。

 もちろん、実際に食料は保管してあるけど微々たるものだ。本物の食料庫はそうだとわからない場所にしてある。

 城の備蓄庫とクリーク屋敷は当然だが、道具屋や宿屋の倉庫、居住区にある家など、一見してわからない様々な場所に散らばっている。

 だが、外部から見ればこの場所こそが食料庫だ。敵からしたら、ここは是非とも潰したいだろう。

 だから俺はここで待ち伏せをし、来た奴らを倒したというわけだ。


 「ああ、ここらは俺が殆ど片付けた。そっちはどうだ?」


 クリークは街で戦闘が起こっている所へと向かったはずだったが……。


 「部下たちに任せてきた」


 「任せて大丈夫なのか?」


 「なーに、心配はない。敵も卑怯なことしてきてんだから、こっちも迷賊流で迎え撃ってるからよ。それに今回は捕らえる必要がないからもっと楽だ」


 ということは、毒とかも使っているってことか。

 俺がクリークと戦ったときは、仲間たちが弱い毒で麻痺させられたっけな。今回は捕らえる必要がないから強い毒を使えると……。治癒ポーションぐらいは用意しているだろうが、さすがに解毒ポーションまでは支給されてないだろうな。

 エゲツない。が、俺の期待通りだ。


 「なら、もうそろそろ終わるな」


 「そうだな。それより、嬢ちゃんたちを参加させなくてよかったのか?」


 今回の潜入部隊殲滅に仲間たちは入っていない。

 彼女たちが人を殺せるか心配だったのだ。これは戦争なのだからそんな心配はないと思うけどな。

 しかし、この潜入部隊だけは完全に始末しなければならない。どんなに命乞いされようともな。エルとかだとオロオロしながら許してしまいそうだ。

 だからこそ俺はクリークとその部下たちに任せたのだ。


 「こいつらだけは皆殺しにしなければならないからな。それは経験豊富な俺たちが適任だ」


 「まあな。俺も街に手を出すやつには遠慮しないしな」


 クリークの守りたいものが初期の迷賊メンバーから街へと変わっているようだ。街に潜入し破壊工作している王国兵は絶対に許さないという気持ちが伝わってくる。


 「それとな、別に仲間たちを参加させていないわけじゃないぞ。指示していないだけだ」


 仲間たちも王国の企みを阻止するために、各自で街を走り回っているはずだ。

 指示してないからといって、彼女たちは何もせずにぼーっとしているわけがない。

 そして、この程度の相手なら負ける心配もない。


 「そうか。まあ、もしとどめを刺せなくても、それは俺の部下がするから心配いらねーが」


 「助かるよ」


 「礼は必要ないだろ。これは俺たちの為でもあるんだからよ」


 「だな」


 俺とクリークが笑い合う。

 そうしていると街に鐘の音が響いた。

 これは警鐘ではなく、昼に鳴る鐘だ。時計が出来たことで正確に正午を告げている。


 「鐘が鳴ったか。あとは俺らに任せて、お前は次に行け」


 そして、この戦争を次の段階に進ませる鐘でもある。

 王国兵もあらかた片付けたのか、悲鳴や戦闘音は少なくなっている。これならもう俺が手伝う必要はないな。

 予定通りに俺は次の仕事に取り掛かるとしよう。


 「街は任せたぞ」


 「おう」


 俺はクリークに別れを言い、この場を後にした。



 俺はまた街の出入り口へと戻ってきた。出入り口を塞ぐ石壁はまだ破られていない。

 カンカンと叩く音がしているから、王国兵はどうにかして壊そうと努力しているようだ

 ま、その努力は無駄なんだけどな。


 「ギル様!」


 王国の無駄な努力を哀れんでいると、俺を呼ぶ声がした。この声はリディアだ。


 「リディアか。いや、皆も揃っているな」


 出入り口にはリディアだけではなく、仲間が全員集まっていた。

 次の段階は俺と仲間たちで行動を起こすから当然なんだが。

 あの騒ぎでも仲間たちに怪我はなかったようだ。でも、所々汚れているところをみると、やっぱり住民を助けるために働いていたみたいだな。


 「皆、個々に動いてくれたのか?」


 俺が人を殺せるか心配していると知ったら傷つけてしまう。なんともわざとらしいが、こう言うことにした。


 「人助け、です!」


 「エル、がんばったもんなぁ」


 「です!」


 どうやら一番心配していたエルも、住民の危機だから王国兵と戦ったようだ。それを目撃してしていたのはティリフスだ。まあ、こいつは見ていただけだろうな。

 とどめを刺したか?とは聞かない。なんせ彼女たちには指示を出していないからな。俺はただ手伝ってくれたことに感謝すれば良い。


 「そうか、助かったよ。皆、怪我はないな?」


 俺がそう言うと、全員が頷く。

 住民を助けるために動き回ってくれていたのは助かるが、怪我をされては意味がない。ポーションで癒せるからと言っても、失った血は戻らないのだ。

 しかし、その心配も必要なかったみたいだな。というか、俺は少々過保護なのかもしれんな。


 「旦那、次も予定通りッスか?」


 「ああ」


 「ッス」


 シギルが篭手をぶつけ合い、その音が鳴り響く。やる気十分ってことだな。

 

 「このままじゃ、ジリ貧になる」


 「ですね。食料を無駄にするわけにいきません」


 エリーとリディアも会議で俺が説明したことをしっかり理解しているようだ。

 魔法都市とエルピスの保存食は十分にある。潜入した王国兵を潰したことで安全にはなった。だが、いつまでも籠城出来るわけではない。

 籠城し続ければどこかで必ず限界が来る。

 敵も俺たちが籠城し続けると思っている。

 だからこそ、逆を行く。

 つまり、俺たちの次の役目とは――。


 「よし、俺たちはこれより打って出る」

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