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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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戦争開始

 王国軍の進行は順調で、エミリーたちがオーセブルクに着く頃には16階層を占領していた。

 その指揮を取ったのは王国第三王子であるクリスティアンであった。

 クリスティアンは、入り口の広間でテントを設営していく兵士たちの姿を、椅子に座り飲み物片手に眺めていた。


 「くそ……、イザベラに11階層を任せたのは失敗だったな。ここは過ごしにくい」


 ただ座っているだけなのに額に汗が浮かび、それを拭いながら愚痴をこぼす。

 イザベラと相談した結果、クリスティアンが魔法都市に最も近い16階層を自分の拠点にすることが出来たが、今ではそれを悔やんでいた。

 魔法都市を攻める時には兄妹で一斉に始めるのだから、どこが拠点でも良かったのだ。

 だが、それでも出来る限り敵の近くに陣取りたかったのは、クリスティアンの兵数が少なかったのが理由だ。

 色々と手を尽くしたが兵集めは芳しくなく、それでも兄エドワルドに先を越されまいと焦った結果がこれだ。

 少ない兵力で兄や妹と同等に渡り合うには、敵から最も近い位置に拠点を構築する必要があったのだ。

 各拠点から兵を連れてくるにも、ダンジョンの移動は時間が掛かる。しかし敵の本拠点から最も近いクリスティアンは、兵の再投入にも時間が掛からない。

 苦肉の策ではあったが、こうするのがクリスティアンにとってベストでもあったのだ。しかし、兄妹に遅れを取ることはなくなったとは言え、16階層からは火山エリア。

 暑さこそがこのエリアの敵なのだ。


 「ここで過ごせば過ごすほど、疲労がたまる一方じゃないか。こんな場所に国を作るなんて、魔法都市の王は頭がイカれているらしい。はぁ、しかし暑い……、ん?あれは……イザベラか」


 布で汗を拭おうとしていると、妹のイザベラが丁度到着していた。

 イザベラもクリスティアンを見つけ、こちらへと近づいてくる。


 「クリスティアン兄様、酷い環境で拠点を作りましたね」


 イザベラは手で顔をパタパタと扇ぎ、所々に見える溶岩に嫌な顔をする。

 クリスティアンは嫌味だと思ったが、イザベラが本当に気の毒だという表情をしていたから素直に失敗を認めることにした。


 「そうだね、負けまいと焦ったのが失敗だったよ」


 「あら、自分の失敗を素直に認めるなんて兄様らしくない」


 「この環境じゃ兵が疲弊する一方だ。イザベラの11階層にすればよかったと後悔していたからね」


 「私のところも辛いですわ。ヒトの頭ほどある蚊が寄ってくるんですもの。飛んでいるからか兵たちが気づけず、私のテント付近にいたこともあったのですよ?アレに刺されるのがイヤで、急いでこちらへと来たぐらいですから」


 「そうなのか?なんだかんだで兄上が一番良い場所を拠点にしたってことか」


 兄上とはエドワルドの事だ。

 エドワルドは6階層の洞窟エリアを拠点にしていて、アンデッドの悪臭と洞窟特有の湿っけを気にしなければマシだと言える。それも個人の好みではあるが。


 「私はイヤですわ。アンデッドの匂いが服に付着しそうですもの」


 「それに暗いしな。辺りが見えず、話しかけた相手がアンデッドだったらと思うと身震いしそうだ。……で、その兄上はまだ来ないな。兵の一人を伝えに行かせたんだけど」


 「エドワルド兄様は、しばらくは来ませんわ。各国に魔法都市へ宣戦布告することを伝える書簡を用意しなければなりませんから。兵だけを先に送るかと」


 「これも作戦のような気がしなくもないが……、まあいいか。僕でもこの後の展開はわかるしね」


 「ですわね。宣戦布告をして、敵国は入り口を塞ぐ。その籠城の守りを崩し終わってからが私たちの勝負でしょうしね。エドワルド兄様はゆっくり来るつもりでしょう」


 「では、兄上の兵が到着してから17階層を制圧するとしようか」


 「はい」


 イザベラは話さなければならないことはもう無いと踵を返すが、クリスティアンはそのイザベラを呼び止めた。


 「ああ、イザベラ」


 彼ら兄妹が別れの挨拶をしなくなったのは随分も前のことだ。直接話さなければならない以外は顔も合わせない。

 話は終わったのに呼び止められるなんて、イザベラの記憶には殆どない。何事かと怪訝な顔で振り返る。


 「蚊が出ない僕の拠点で、ゆっくりと過ごしてくれ」


 歓迎の言葉だった。だが、その言葉には嫌味が見え隠れしていた。


  ――――――――――――――――――――――――


 とうとう17階層に鎧を来た兵士を見かけるようになったと報告が来た。

 早く来て欲しいと思っていただけに、これは吉報だった。それから2日ほどで17階層は王国兵で埋め尽くされた。

 そしてついに、俺の下へと書簡を持った王国兵が現れたのだ。

 宣戦布告で間違いないだろう。

 だが現れた王国兵は将兵でもなく、ただの伝令役に抜擢された一般の兵みたいだ。

 まあ、所詮そんなもんだろうな。敵国の王に渡す役とはいえ、将兵が来る理由もない。

 俺が独り身だったら、書簡など受け取らず兵の首を跳ねるところだが、今は魔法都市の代表。外聞を気にする身になってしまい、くだらない騎士道を重んじなければならない。

 俺は仲間と供にエルピスの入り口へと出向いた。王国兵が俺へ礼もせず書簡を受け取れと言わんばかりに手を前に出す。

 俺の仲間が王国兵から書簡を受け取り、危険なものがないかを確かめたあとにようやく手渡される。

 内容はというと、どうでも良い事が長ったらしく書かれていた。でもやっぱり、宣戦布告で間違いなかったようだ。

 ただ笑えたのが、魔法都市に戦争を仕掛ける理由だ。

 なんでも俺たちが王国からナカンを横取りしたそうだ。勝利目前で突然横から掻っ攫って行ったことに王国は激怒しこういう状況になったらしい。とても残念である、とまで書かれていたのには腹が捩れそうだった。

 大爆笑しそうなのを我慢すると同時に、激しい怒りもこみ上げる。

 俺が助けなければ王国は敗走していたし、ブルート・ナカンを倒したのも俺たちだ。その報酬を貰うのは当然なのに、この書簡にはナカンを王国に返すのに大金を俺たちが要求したと書いてあるのだ。

 こんな嘘八百を並べ立てて、俺たちを攻めに来たというのか。

 俺は今、いったいどんな表情をしているのだろうな。

 爆笑を堪えている表情か?それとも怒りに満ちた表情か?わからない。

 ただ、広間に集まっている魔法都市の兵士たちが鎧をガチガチと鳴らしながら震えているところを見ると、俺は殺意を垂れ流しているようだ。

 仲間たちも心配そうに俺を見ている。

 伝令役に選ばれた王国兵も膝をガクガクとさせながら涙を浮かべていた。

 あーあー、可哀想に。これじゃあダメだな。まったく俺らしくない。少し冷静にならないとね。

 俺は靴裏に魔法陣を隠して展開し、即座に発動させる。

 書簡に火がつき、あっという間に灰になる。

 王国兵はその様子を呆然と眺めていた。


 「王国兵、指揮官に伝えよ」


 俺が声を出すと、王国兵はハッとして我に返り、俺の言葉を聞き逃さないように傾聴する。


 「警告する。魔法都市に攻め入ろうとするならば地獄を見るぞ。引き返すならば今しかない」


 降伏はない、迎え撃つ。引き返せば今回の無礼はなかったことにしてやる。

 俺はそう王国兵に言ってやると、王国兵はなんとも言えない表情をした。

 それも当然だ。攻め込むと言っているのに、今引き返せば許すと返されたのだからな。

 だが、俺の言葉はまだ終わってない。奴らが引き返さないことは書簡を見て明らかだからな。


 「だが、それでも魔法都市と戦うというならば……、良いだろう、全力でお相手しようじゃないか」


 ここで一旦止め、入り口を指差す。


 「ただし、ここに一歩でも踏み込むならば、一切の希望を捨てよ」


 ダンテの引用。叙事詩『神曲』地獄篇第3歌。


 「魔法都市エルピスは希望の街。しかし、貴様らにとっては地獄の門ぞ」


 そう伝えて王国兵を送り返したのだった。


  ――――――――――――――――――――――――


 「――と魔法都市の王は言っておりました」


 17階層入り口にて防衛拠点構築を指示していたクリスティアンとイザベラに、伝令役となった王国兵は跪きながらギルの言葉を伝える。

 真剣に聞いていた二人は、思わず吹き出す。


 「ぷっ、凄いじゃないか、魔法都市の王は。なんて強気で傲慢なんだ」


 「ふふ、そうですわね。兵力の差は王国が圧倒的だというのに」


 「でも僕たちに言われてもね。宣戦布告を書いたのはエドワルド兄上だし、戦をすると決めたのは父上だしねぇ」


 彼らに危機感が無いと言えばそうなのだろう。

 二人からすれば、他人が仕掛けた戦争に兵を送っただけという感覚なのだ。

 その上、王族だから危険な目には合わないとさえ勘違いしている。

 他人がやっている戦争ゲームの盤面に、自分たちの駒を送り込んでいるだけに過ぎない。


 「ですが敵国に降伏の意志がないということは、予定通りということかしら」


 「そうだね、守りを崩し、そのなんだっけ?地獄の門?を潜り抜けて悪魔の王を打ち取る競争ってことだ」


 「戦の始まりですわね。でしたら、私たちは16階層にあるクリスティアン兄様の拠点でのんびり待つといたしましょう」


 「そうしよう」


 イザベラの案にクリスティアンは同意したあと、「将軍」とエドワルドの兵を呼びつける。

 将軍と呼ばれた兵は、駆け足でクリスティアンの下へと近づき跪く。


 「僕たちは16階層に戻る。敵は籠城すべく防御を固めると思うからそれを突破せよ」


 「は」


 「私たちの兵も自由に使ってい良いわ。ただし、魔法都市に侵入したら勝手に兵を進めず、私たちに伝えなさい」


 「了解しました」


 将軍は敬礼をし兵士たちに命令するために戻っていく。その姿に二人は満足げに頷いてから歩き出した。


 「では戻ろうじゃないか」


 「はい」


 「だけど、エドワルド兄上はまだ来ないのか?」


 「そうですわね。もしかしたら、結局は兵の仕事だと6階層で待つおつもりかもしれません」


 「ふーん。たしかにあの将軍は仕事ができそうだしね。玉座が懸かっているのに何を考えているのだか。秘密兵器とかいう『変な箱』を僕に送ってきたし、玉座を諦めたのかな?」


 エドワルドはクリスティアンに秘密兵器が入っている箱を送っていた。

 危険なものであるからいざという時以外は開けるな、という言伝までされていたから二人は中身を知らない。


 「あのエドワルド兄様がですか?天地がひっくり返っても、そのお考えにはならないと思いますけれど。それに兵器とは言いますが、使い方も教えてもらっていないのにどうしろというのかしら?」


 「でもまあ、僕は贈り物は笑顔で受け取る主義だから、遠慮なく貰うとするよ。でも、あの箱の中身が役立つ時は来ないと思うけど」


 イザベラが「そうですわね」と答えたところで、上層へ上る階段に到着する。クリスティアンはさっさと階段を上り先に行ってしまうが、イザベラは振り返ると、攻め込む準備をキビキビと進める兵士を見る。


 「お恨みにならないでくださいね。これも私が王国初の女王になるためですから」


 そう魔法都市への謝罪を呟くと、彼女も階段を上っていった。


  ――――――――――――――――――――――――


 王国の伝令を送り返してから、俺たちは大急ぎで準備の最終段階に取り掛かった。

 まずダンジョン側の入り口に立つ衛兵を下げさせ、斥候に出していた兵士も戻らせた。

 それから防衛システムの第一段階である入り口を塞ぐ石壁を発動させる。

 これで外からの侵入は、石壁を排除してからになる。

 しかし、これからが本番だ。

 入り口を塞ぐということは、もう出国は一切できないということ。当然、この魔法都市へ一時的に来ていた者の不満は爆発する。その対処に追われることになるのだ。

 俺はその対処にスパールとタザールの二人に任せることにした。

 元賢人という称号の円滑剤を使い、溜飲を無理矢理下げるために。

 それからすぐに外出禁止令を出す。

 オーセリアン王国が攻めてきたという事実をしっかりと伝え、無闇に外へ出ないようにしてもらう。

 外でうろちょろされれば邪魔になるし、敵兵と間違えて攻撃しかねない。実際、室内で大人しくしていた方が安全なのだ。

 ここまで順調に進めている。それも当然、これは全て予定通りに進行しているのだ。

 入り口を塞ぎ、街の不満を鎮め、外出禁止令を出す。

 もちろんこの後の事も予定表には書かれている。

 次の予定を思い出していると、クリークが元迷賊の兵士を連れてやってくるのが見えた。

 そうだった、次の予定はアレか。


 「クリーク」


 「おう、ギルか。予定通り、俺の部下を連れてきたぜ」


 「部下には伝えてあるな?」


 「ああ、連れてきたのも()()()()()()()()()だ」


 「それで良い」


 「だがなぁ、本当にお前の予想通りなのか?」


 「今の所はな。これからはわからん」


 「わからんって……」


 そうは言われても相手は人間だ。ある程度考えを予測し、それに備えていたとしても完璧にとはいかないだろう。

 そもそも相手の考えを予測するのが難しい。条件が足りないからだ。

 俺に軍師や策略の才能はない。相手の考えを読むには、ある程度の前提条件が必要になる。

 最重要なのは考えを読む人と面識があること。相手の性格を少しでも理解していることが大事で、それには顔とその表情を知っている必要がある。

 表情や言葉、それに目線も。服装やジェスチャーだって相手がどんな性格か判断材料になる。

 俺が帝国皇帝シリウスとルール有りではあったが良い勝負が出来たのは、どんな性格かを知っていたのが大きい。

 しかし、今回は指揮官の顔や性別すら知らないのだ。ここまで前提条件が崩れていては、誰も正確な予想など出来はしない。

 予定外は起きるものと、全員に教えなければならない。 


 「予定外はある程度覚悟し――」


 「うわあああああああ!」


 クリークに警告しようとしたが、街から叫び声が聞こえて中断される。

 悲鳴は一部ではなく、至る所からだ。

 それだけではなく、微かに武器を打ち合うような音も混じっている。

 俺とクリークから笑みが消え、そのタイミングでクリークの部下が状況を報せに来た。


 「何があった?!!」


 クリークが大声で部下に聞くが、息を切らしていて整えるのに精一杯のようだ。

 どうやらその部下もその場にいたのか、傷だらけで血を流していた。

 早く状況を聞きたいクリークはイライラしながらも、部下が言い出すのを待つ。

 するとようやく息が整い口を開いた。


 「街に複数の敵兵!どうやら潜伏していたようです!」


 「な、なにぃいいい!!」


 クリークの驚いた声が辺りに響いた。

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