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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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苛立ち

 魔法都市に帰っている時は常に忙しい。

 雇った兵士たちの給与や備蓄購入の決済、公共工事やインフラ整備の手配、そして冒険費を稼ぐために手を出した事業の監督や指示。

 山積みの書類にサインを書いていくのもあったか。

 とにかく、何度か徹夜をしなければ積まれた書類を片付けることができないほどだが、これでも魔人たちが手伝ってくれる前に比べたらマシになった方だ。

 いずれはこういう処理をしてくれる人を雇うべきだろうな。

 だが、いずれだ。今は普段の仕事などない。

 戦争準備期間中。

 戦争準備というのも、また別の忙しさがある。

 机に積まれた書類はいつもと同じだが、他にも数枚の地図が常に置いてある。

 魔法都市とエルピス、そして17階層の地図だ。

 これを用意しておいた俺を褒めちぎりたいところではあるが、それはまた別の日にひっそりやるとしよう。

 この地図を何に使うかだが、当然敵の進行具合を把握するため。

 敵がどの辺りにいるかを報告させ、駒を置いて作戦を練るのに使う。……のだが、今はテーブルクロスと化している。


 「それで……、17階層を見回らせている兵から敵発見の報告は?」


 俺の自室へと報告に来ていたリディアとティリフスに聞く。


 「いえ、今の所は敵兵を見たという報告はないみたいです」


 「もう会議をした日から3日経っているが、まだ17階層に到着してないのかもなぁ」


 軍の進行でもダンジョンの移動は時間が掛かるということか。いや、軍の進行だからこそか?

 魔法都市は天然の要塞と言って良い。ダンジョンの魔物が敵を阻むし、16階層からは高気温によるストレスも加わる。

 魔物は俺の命令など聞かない。

 それでも冒険者でもない兵士たちはダンジョンを攻略なんてしたことないだろうし、十分な足止めにはなるということだろう。

 でも今はそれに苛立ちを感じている。

 遅ければこちらの備蓄にも影響が出るし、魔法都市に来ている者たちから不満が出る。王国軍はさっさと来て頂きたいものだ。


 「ティリフスの方はどうだ?」


 「んー、とりあえず街にいる知り合いの殆どに知らせたんやけど……」


 顔の広さを利用させてもらい、ティリフスに噂を広めてもらった。

 王国が攻め込んできているという噂を。

 ティリフスは魔法都市にある店の殆どに知り合いがいる。だからか、噂が広まるのは異常なほど早かった。

 その後、魔法都市が国として出国は危険だと注意をした。こうすることによって噂に真実味が増す。現に出国者はほぼいなくなったしな。

 でも、俺が聞きたいのは噂の件ではない。


 「それは助かったけど、俺が聞きたいのは入国者の方」


 「あー、それな。結構来ているらしいわ」


 やっぱりか……。まあ、わかっていたことだけどな。

 予想では、王国は既にオーセブルクとの往来を閉鎖している。一時期は入国者ゼロになったし間違いないだろう。

 なのに再び結構な数の入国者がいるってことはつまり……、そういうことだ。

 だが街である以上、入国を禁止するわけにはいかない。


 「入国制限とかはなさらないのですね」


 「出国制限?は、してんのにな」


 「出国も制限してないけどな。出国は危険だと注意しただけでも効果があったし、オーセブルクに戻るだけならそれほど危険はないと予想しているからな。まあ、言いたいことはわかるよ。でも、宣戦布告もなければ、本当に攻めてきているかも定かじゃない状態ではなぁ」


 「ですがギル様の予想通りですね」


 「まあ、な」


 それが悪い方向であってもな、とは言えなかった。ただ、悪い方向ではあっても予想できており、その対策も出来ている。

 王国兵を指揮している奴は手加減なしの策を練り、全力で攻めてきている。それも禁じ手だ。

 だけど俺に予想され、対策もされている時点で大したことはない。


 「けど、食料とか大丈夫なん?」


 「それが一番の心配だな。まあ、本当にヤバくなったら、やれることは色々あるさ」


 俺たちでマジックバッグを沢山持って、()()から他国に買いに行くとかな。

 空エリアへと行ける道を黙っていたことがこんなところで役に立つとは思わなかった。やはり切り札は持っておくもんだわ。

 さて、いつまでもおしゃべりしているわけには行かないか。切り札を最後の最後まで温存するためにしなければならないことが山程ある。

 リディアたちに追加の指示を出して仕事に戻るか。


 「リディア、クリークに計画通り進めるよう伝えてくれ。ティリフスは、引き続き入国者を警戒するように伝えておいてくれ」


 「わかりました」

 「うん」


 俺の指示を聞くと二人が部屋から出ていく。

 二人の足音が聞こえなくなってから俺は机を叩き、慌てて頭を上げる。音を聞きつけて二人が戻ってこないか心配して。

 女の子に苛立ちを見せるのは嫌だから、誰も居ない時に物へ当たって解消しているけど、思っていたより机を叩く音が大きかったのには驚いた。自分が思っている以上に苛立っていたようだ。

 嫌な苛立ちだ。溜め込んで爆発しないようにしないと……。


 「王国め、手を出した事を後悔させてやる……」


 そう呟いてから、咳払いして頭を振る。

 恨み言を漏らしている暇はない。今は仕事をしなければ。


 ――――――――――――――――――――――――


 クルスの疑念を晴らす為、オーセブルクへと向かうエミリーたちは11階層まで来ていた。


 「何よ、これ……」


 エレナが目だけで辺りを見て、思わず口から出る。

 11階層は水辺エリアで湖があるが、比較的に安全なエリアでもある。それもあって魔法都市へ向かう者はここで一度休憩することが多い。

 しかし今は違う。湖の周りを銀色の鎧を来た兵士たちで埋め尽くされている。


 「12階層にもチラホラ見かけたが、どうやら本隊はここまで進行しているようだな。こいつらがどの国の兵かまでは確認できてねーけど、スパール学院長の言っていたことは真実だったってことか」


 「わ、私たちは安全なんでしょうか?」


 「さて、な。突き刺さるような視線だが、声かけてきたり、攻撃されそうな雰囲気でもないな。警戒……かもな」


 「そ、それなら良いのですが」


 エミリーたちは湖の周りで作業をしている兵士たちを横目に、出口に向かって歩き続ける。

 それでもやはり見られはするが、囲まれて剣を抜かれることはなかった。


 「それで、クルス。どこの兵士だかわかったかしら?」


 クルスの目標は、攻め込んできている国が王国ではない確信を得ること。

 クルスが目を凝らして兵士の着用する鎧を見る。

 しかし、わからなかったのか溜息を吐いて首を横に振った。


 「いいえ、王国の鎧に似てはいますが……」


 「さすがに鎧だけじゃ判別はできねーか」


 「旗すらないですしね。クルスちゃんじゃなくても分からないですよ」


 11階層を占領する兵士たちは、国旗すら掲げていなかった。

 兵士が着る鎧は国によって違いがある。しかし、証拠となるような物でもなかった。

 そう思わせる為に真似ている可能性もあり、単純に似ているからと決めつけるわけにも行かない。クルスたちにとっては、確証が得られず苛立つ光景だった。


 「素直に聞いたら教えてくれないかしら」


 「はは、エレナらしくない考えだな」


 「わかってるわ、愚痴よ」


 「もっと上層に行くしかねーな。そこまで行けば油断している兵士が旗を出しているかもしれねーしな」


 テッドの案に全員が頷き、歩く速度を早めた。



 しばらくして、11階層の入り口にある広場へと辿り着く。

 エミリーたちはここで一泊を予定していたが、兵士たちのテントで埋まっていたから諦めることにし、そのまま進むことにした。

 だが入り口には門番のような兵士が立っていて躊躇してしまう。


 「と、止められずに通してくれますかね?」


 「通してもらうしかねーだろ。ここで休めないなら戻るのはさすがに辛い」


 エミリーたちは運良く15階層のボスと戦わずに済んでいた。それでも水辺エリアをまた通り、16階層を攻略するには厳しい状態だった。

 覚悟を決めて通り抜けようとすると、広間の奥から声が聞こえてきて、思わず耳を傾ける。


 「兵は何をしているの?!私のテント近くまで蚊の魔物が来ていたわ!!」


 「申し訳ありません。でしたら、安心して過ごせるようにもう少し兵をテントの近くに――」


 「ダメよ。鎧の鳴る音が煩くて眠れないし、何より臭うもの!」


 「ですが……」


 「口答えしないで。私の要求に応えるのがあなたの仕事です!魔物が現れたら即座に倒すようにさせなさい!」


 「……は」


 一方的に叱りつける声は、兵士たちのテントより何倍も大きいテントから聞こえてきている。

 そこにはダンジョンに似つかわしくないドレスを来た女が、将兵に命令していた。


 「派手なドレスだな。まさか指揮官じゃないよな?」


 「さあどうかしら?もしかして指揮官である貴族の令嬢かもしれないわ」


 「…………あぁっ」


 クルスが無理な命令を下すドレスの女を見ると頭を抱える。


 「クルスちゃん?」


 「私、あの御方を知っています」


 「は?」


 「クルス、知っているの?」


 「はい、あの御方はイザベラ王女様です」


 「クルスちゃん、王女って……まさか」


 「……王国の王女殿下です」


 クルスの言葉を聞いて3人は絶句する。

 攻め込んできているのが王国だと確定した瞬間だった。

 四人の頭には様々な疑問が浮かんで混乱したが、その状態からいち早く立ち直ったのはテッドだった。


 「考え込むのはマズイ。近くにあんな傲慢な王女さんがいて、もし見つかったら何を言われるかわからないしな」


 「そうね、まずはあそこを通り抜けなきゃね」


 エレナも考えを振り払うと、顎で入り口に立つ兵士を指す。

 入り口まで辿り着くと、テッドが兵士に話しかける。


 「通っても問題ないか?」


 兵士は二人で、どちらもテッドより背が高い。その二人が同時にテッドを鋭い目つきで見る。


 「冒険者か?」


 「ああ、オーセブルクに行く依頼人の護衛だ」


 テッドはそう言いながら今だに考え込んでいるエミリーとクルスに視線を向ける。

 まったくの嘘だ。だが、兵士たちにはそう見えたのか「なるほどな」と頷いた。

 上手く誤魔化せそうだとテッドとエレナが内心で考えていると、クルスが余計なことを口走る。


 「あなた方は何の用でここにいるのです?」


 この質問に兵士たちはギロリとクルスと睨む。


 「なぜそんな事を聞く?」


 テッドが小さく「クソッ」と吐き捨て、気付かれないように武器に手を伸ばす。

 テッドは何となくだが王国が密かに進行していると理解していた。こんな聞き方をすれば自分たちが魔法都市の偵察だと判断され、それは彼らにとって都合が悪いと予想できた。

 通り抜けるどころか、場合によっては拘束されかねない。最悪、戦闘に突入してしまう。だからテッドがいつでも武器を抜けるように手を伸ばしたのだ。

 だが、エレナはテッドとは違い、柔らかい笑みを浮かべる。


 「実は未だに25階層のボスを攻略した者がおらず、依頼人はそれを達成されてしまうのではと心配しているのです」


 エレナの答えに兵士たちは一瞬だけ視線を見交わすと、わざとらしく申し訳無さそうな表情をして頷いた。


 「そうか、悪いが俺たちが先になりそうだ」


 「やっぱりですか。確かにドラゴンを倒すにはこれだけの人数を用意しなければいけませんからね。クルスさん、諦める他ないかもしれませんね」


 エレナがクルスに向き直ってから諭すように話す。

 余計なことを言ってしまった失敗をクルスも反省していたのか、エレナの演技に一生懸命合わせることにした。


 「え、ええ。仕方ないですね」


 「まだ他にも未攻略のダンジョンがあるはずです。そちらへ向かいましょう」


 「それが良いかもしれませんね」


 クルスが本当に残念そうな表情をしながら溜息を吐く。


 「さて、そうとなりゃさっさとオーセブルクに戻りましょう」


 そう言いながらテッドが兵士たちの間を通っていく。

 テッドは止められなかった。それを確認したエレナも、エミリーとクルスを連れて通り抜けた。


 「あんたらもがんばれよ」


 最後にテッドがそう兵士に告げ、階段を足早に上っていった。



 「このバカ!混乱するのはわかるが、わざわざ怪しまれるようなこと言うな!」


 上りきった先にも兵士たちが居たが無事に通り抜けることができ、10階層を通り越して9階層へと辿り着くことができた。

 テッドがクルスを叱ることは普段にもあったが、今回のは本気だった。

 それも当然、命の危険があったからだ。


 「すみません……」


 「テッド、もう少し声を落として」


 11階層ほどではないが、9階層にも兵士たちはそこら中にいた。大きい声で言い争いしていれば、それこそ怪しまれるとエレナが止める。


 「わかってる!わかっているけどよ、周りが見えないにも程があるだろうが……」


 「そうね。クルス、今回のは本当に反省しなさい」


 「はい、すみませんでした」


 クルスが真剣に謝っているとテッドも感じたのか、「もう良い」と溜息を吐いた。


 「それでエミリーはさっきから何を考えているのかしら?」


 「え?あー、王国が攻めてきているのはわかったことですし、魔法都市に何か手助け出来ないかをずっと考えてました」


 「エミリー、残念だけど私たちに出来ることはないわ」


 「え、どうして……」


 「スパール学院長の話を覚えてる?出ていく者に危険はないと言っていたの。でもこれって、出ていくだけなら危険はないってことだと思うの」


 「じゃあ、戻るのは……」


 「そう、戻るのは危険よ。私も色々と考えてみたけど、やっぱり王国も極秘裏に行動していると思うわ。そうなると情報を敵国に与えるのは避けるはず。つまり戻ろうとする私たちは……」


 エレナと同じように考えていたテッドも頷く。


 「戻ろうとするなら、俺たちは攻撃対象になる」


 「……」


 エミリーが悔しそうに頷く。

 エミリーは決して物分りが良いわけではない。この世界の年齢的には成人だとしても、まだ少女なのだ。我儘を言ってもおかしくない。

 それでも納得したのは、友人たちを危険に巻き込みたくなかったからだ。

 そんな仲間思いのエミリーを見て、テッドは改めて誓う。自分とエレナで、エミリーとクルスをオーセブルクへ安全に連れて行くと。

 ならば、こんなところで止まっている暇はない。


 「とりあえず、オーセブルクに向かうべきだ。魔法都市の手助けは一度安全なところで考えよう」


 そうして、1階層に向けて歩を進めるのだった。

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