魔法学院の混乱
王国の進行による緊急会議が終わった数時間後、魔法学院ではちょうど午後の授業を終えたところだった。
「ダメだー、魔法難しいー」
講堂の机に突っ伏したエミリーがなんとも悲しげにボヤく。
「二時限目の魔法実践は難しいですから」
横に座るクルスが自分のバッグに筆記用具をしまいながらエミリーを慰めた。
「もっと真剣に慰めてよぉー。気持ちが籠もってないよぉー」
クルスは本音を言ったつもりだったが、態度のせいで気持ちが伝わらない。
「どうしたの?」
前の席でテッドと話していたエレナがその様子に気がづいて声をかけると、エミリーは突っ伏したまま顔だけをエレナへと向ける。
「聞いてくださいよー、エレナさん。今日の実践授業は魔法の試験だったんですけど、全然上手く行かなかったんですよぉ」
魔法学院の授業は二時限制である。一時限目は講堂で全員が魔法基礎を学び、それから休憩があって二時限目になる。
その二時限目は3つの科ごとに分かれて実践する授業だった。ただ、今日の魔法科の実践授業はなく、試験をする日だったのだ。
エミリーはその試験が上手くいかず落ち込み、今のような状況になっていた。
「魔法科は大変ね。魔法技術科の実践はそんなに難しくないから。覚えることは多いけどね」
エレナは魔法技術科である。魔法技術科は何より知識を蓄えることに重点を置いている。
プールストーン制作にも、どういう魔法陣を刻めば正しく魔法が発動するのかが重要というのもあって、試験は実践より筆記試験が多い。
「魔法技術科めー。……テッドさんはどうだったんですか?当然、ダメだったですよね?」
エレナに同意を求めても、期待した答えと慰めを得ることができないと察したエミリーは、テッドへとターゲットを変更する。
エミリーはテッドの魔法戦士科が、魔法科と同じく実践の試験だと知っていたのだ。
「当然ってなんだよ。だが、あまいな、エミリー」
「ま、まさか」
「俺はバッチリだったぜ」
テッドは剣を振るような仕草をしたあと、親指を立てる。
「そんなー。テッドさんがバッチリなんて似合いませんよー」
「酷い言い草だが、負け惜しみだとわかっているから許してやる。いやー、楽勝だったわー」
「魔法戦士科の試験って何をしたのですか?」
帰り支度を終えたクルスも会話に参加する。
「そりゃもちろん、魔法剣発動だぜ」
魔法戦士科は実践に重きを置く。ただし道場のように木剣を打ち合うようなことはせず、ひたすらに型稽古をする。
それには理由があり、魔法剣は魔法を流して発動するが、戦闘を開始してから終わるまで流し続けるわけではない。ただでさえ魔力を金属に流すのは難しく、大量に必要だからだ。
型の決められたところで魔力を流すのが、魔法戦士が長く戦場に立つため必要な訓練なのだ。
しかし――。
「それって魔法剣に魔力を流すだけじゃないですか!」
今まで机に突っ伏していたエミリーが、勢いよく上体を起こしながらテッドに抗議する。
テッドが今日やった試験は、魔法武器にただ魔力を流すだけだった。言わば基本中の基本である。
「馬鹿言うな、基本は大事なんだ。これが出来なければ、3級試験にすら落ちるんだぞ!」
テッドが言っている試験は今まで話していたテストではなく、ギルがしようとしている検定試験の事だ。
魔法戦士3級試験の内容に筆記試験は当然として、実技試験では魔法剣発動1分以上という項目がある。
つまり魔法剣に魔力を流すのが出来なければ、3級にすら落ちるとテッドは言いたいのだ。
ちなみに魔法士、魔法技術者、魔法戦士の検定の中で、魔法戦士が最も難しい。
2級試験には長時間の剣舞をし、武器を振り続けている最中に、所々にある巻藁を魔法剣で斬らなければならない。しかし長時間の剣舞のため、魔法剣を発動しつづけると魔力切れになってしまう。
瞬間的な発動に拘る必要はないが、出来る限り巻藁を切る寸前に発動するのが好ましい。
1級にもなれば、そこにタザールが開発した魔力を飛ばす技が組み込まれ、その際にそれ用の剣と持ち替えなければならず、最難関の試験となっている。
「そうですけど!でも、それって私にも出来ますよ!魔力込めアルバイトと同じですし!」
1分はさすがに練習しなければ出来ないが、流すだけならばエミリーでも出来る。それはエミリーが学費を払うために、プールストーンに魔力を込めるアルバイトしているからである。
プールストーンに魔力を込めるのと、魔法剣に魔力を流す感覚が似ているのだ。
「今日はやけに突っかかるな!」
「あ、ごめんなさい。私が悪いのに言い過ぎでした」
「急に素直だ。それはそれで心配になる。いったいどんな試験だったんだ?」
「『ファイアボール』を飛ばすという試験でした」
「基本じゃねーか!」
魔法士にとって『ファイアボール』は初めに使用する魔法と言われている。その理由は、どの学術書や指南書でも例題魔法とされ、学校でも最初に教える魔法であるからだ。
「エミリーは代表に教えてもらった青い炎で『ファイアボール』をして、合成魔法の試験じゃないからとやり直しをさせられたんですが、普通の方を失敗したんですよ」
「なんでだよ!青い炎は上位魔法じゃねーか!」
エミリーがしてしまった蒼炎の魔法は、火属性と風属性の合成魔法だ。ただの『ファイアボール』より難易度ははるかに高い。
「先人が考えた魔法陣をそのまま丸暗記すればいいだけじゃない」
エレナが呆れたように言う。
エレナはベテラン冒険者で、冒険時には魔法で仲間たちをサポートしている。基本的な魔法ならそつなく使うことができ、当然『ファイアボール』もお手の物だ。
そんな彼女のアドバイスは、魔法開発者の魔法陣をそのまま使えば簡単といったものだった。
「非効率的なんですよ、あの魔法陣」
「代表様の詠唱文は簡単すぎて、文字でどんな魔法か予想されそうじゃない?反撃が怖いわ」
ギルの魔法陣は単語を並べているだけなのもあって短く、単純で読まれやすかった。しかし、それが瞬間的に魔法陣を発動させることが可能にしていた。
「エレナさん、冒険者は魔物相手なんだから反撃とか考えなくていいじゃないですか。それに予想できないぐらい早く魔法陣展開すれば、反撃の心配なんていらないですよ」
魔法使い同士による対人戦において、相手がどんな魔法を使用するかを先読みし、それに対応した、またはそれ以上の魔法で相手を上回るのは基本である。
しかし、エミリーが言うように予想されない速度で魔法を発動できれば、その前提はないものとなる。
ギルが敵の反撃を気にせず魔法を連射するのは、誰よりも早く魔法陣を展開できるからだ。
「エミリーは代表様に毒されすぎね。あの方は一瞬で魔法陣を完成させることが出来るから、簡単な詠唱文にしているのよ。……って、いつの間にか話が変わってしまったわね。とにかく、『ファイアボール』に関しては、そのまま使いなさい」
「はぁい。でも、青い炎でも『ファイアボール』を出せたんだから、合格でも良いと思うんですけどね。結局は『ファイアボール』を使っているんですし」
「そうですね。でも、筆記でもそうだけれど、問題文があって答えが一つしかないとしたら、やっぱりどんな優れた答えでも違うものは違うと思いませんか?」
「クルスちゃん、難しいです。もっと簡単に」
「先生は『ファイアボール』を使いなさいと言ったかもしれませんが、本当の問題文は赤い炎で『ファイアボール』を出しなさいってことです」
「つまり、答えはやっぱりひとつしかないってことですか……。青い炎ならそう言っていると」
「そうです。まあでも、私も今回は合格で良いと思いますけど」
「だよね」
そう言いながら二人は笑い合う。
そこで会話に参加しながらも教壇を見ていたエレナが、アニーが来たことに気づいて二人に教えようとする。
「二人共、アニー先生が来たから……って、スパール学院長も?」
そろそろ静かにしなさいね、そうエレナが注意しようとするが、アニーと一緒にスパールもいたことで続きが言えなかった。
スパールは学院長であるし、常に学院内にいるが生徒と会うことも話す機会も殆どない。
ギルから任された仕事が多いせいだからなのだが、そのおかげで最近は顔を見せると驚かれてしまっていた。
そのおかげで講堂がざわつき、エミリーとクルスも叱られる前に気づく事ができた。
アニーが教壇に立つと、普段は中々静かにならないが今回ばかりは全生徒があっという間に黙る。
「皆さん、今日もお疲れさまでした。今日は学院長より重要なお話があるということで、全員が集まるこの時間に来てもらいました。スパール学院長、どうぞ」
スパールがアニーと交代すると、生徒たちに向かって微笑む。
「皆の者、もう帰れるというのにすまんのぅ。少しだけ大事な話があるから聞いてほしいのじゃ」
元ではあるが、賢人にこう言われれば、早く帰りたいと思っている生徒も恐縮し「いいえ、そんな」と首を横に振る。
それはエミリーたちも同様だった。
「ふむ、早速本題じゃが……、魔法都市はオーセリアン王国に攻め込まれようとしておる」
非現実的な言葉に全生徒が唖然とする。ただ、元賢人の言葉だからか、嘘だとは思わなかった。
言葉を反芻するのに時間を要した。そして理解した生徒たちは、一斉にレッドランスの三男坊へと視線をやる。
王国の貴族なら何か知っているよな、と意味を込めて。
レッドランスの三男は皆からの視線に、自分は何も知らないと慌てて首を横に振る。
その様子を見ていたスパールが、レッドランスの三男坊を庇うように口を開いた。
「おそらく彼は何も知らんし、関係もないじゃろう。なんせ、いや、これは今言う必要はないのぅ」
スパールが途中で言い掛けて止めたのは、レッドランス領主が捕まったことだった。
個人的に教えるなら良いが、わざわざ皆が聞いている時に言うことでもないと気を遣ったのだ。
「なぜ攻め込んできたのが王国だと?」
そう質問したのはクルスだった。
王国の貴族が知らないならば、攻めてきたのが王国である確証がない。
実は、彼女はそんな事は考えておらず、ただ王国が攻め込んできていると信じていないだけだったのだが、スパールは一生徒の素直な疑問だと考え、質問に答えることにした。情報元は明かさずに。
「ふむ、信頼のある者から知らせが来たようじゃ。それに魔法都市やエルピスへの入国者が居なくなったという報告もある」
スパールやギルたちが会議を終えてからは、王国が攻め込んでくるという仮定を確実なものにするために動いていた。
その一つが入国者数の確認だった。
秘密裏の進軍とは、結局の所奇襲である。
魔法都市側にギリギリまで気取られないのが目的であり、それには王国兵を見た者を魔法都市へ行かせないのが大事なのだ。
結果、入国者がいなくなる。
ダンジョンであるかどうかは関係なく、街である以上入国者数は上下する。しかし、全くないというは有りえない。
それはダンジョン内で何かが起きているということに他ならない。
それだけでもミゲルからの情報に真実味が増す。
ギルはミゲルの書簡、アンリの勘、入国者数無しの3つで王国が攻め込んできていると断定していた。
だが、その事情を知らないクルスは納得しない。
「いえ、王国という確証がないではありませんか。帝国では?」
王国がそんなことをするなんてあり得ません、そう言外に仄めかしているのだ。
まさに王国愛である。
しかし、クルスが言っていることもある意味正しい。
王国である確証はないのだ。ならば、帝国の可能性は十分にある。
ただ、それはギルとシリウスが友人であると知らないからだが。
「………そうか、君じゃな」
スパールは意味ありげに頷く。クルスの名前と彼女が偏った考えの持ち主だとギルから聞いていたことを思い出したからだ。
「何がでしょうか?」
「いや……、確か君は王国民じゃな?」
「そうですが。もしかして、王国民だから信じないとでも言いたいのですか?」
「そうではない。国の上層部にしかわからないことがある、そう言いたいのじゃ。君たちでは疑問があっても、わしら魔法都市幹部には断定する材料がある」
「……ですが、やはり私にはそれが嘘であるとしか思えません。王国は侵略国家ではありませんし、理由もなく攻めた歴史もありません。確証もなく、王国の名を落とすのは止めて頂きたいです」
政治家が言いそうな批判にスパールは思わずため息を吐き、クルスへの対応を変えることにした。
「少々、言い方がまずかったようじゃ。では、友人を真似て話すとしようかの。わしは君の意見を聞きに来たのでも、お伺いを立てに来たのでもないのじゃ。魔法都市は危機にある。それを皆に知ってもらうために来たのじゃよ」
友人であるこの国の代表が話す姿を思い浮かべる。そのおかげか、言葉を選ぶ必要がなくなった。
「な?!大賢人とまで言われたあなたが説明を放棄するのですか?!」
「今言ったじゃろ?説明するつもりはない。事実を伝えに来たのじゃ」
「いえ、説明してもらいます!あの代表といい、なぜこの国に関わるヒトたちは横暴なのですか!」
クルスのこの言葉に、スパールは思わず「たしかに」と言いそうになるが、なんとか飲み込む。
「もう一度言う、説明するつもりはない」
語気を強めたのもあって好々爺の雰囲気が鳴りを潜め、まさにギルのような態度だった。
さすがのクルスも更に言及するを躊躇い、口を噤んだ。
クルスが黙ったことを確認すると、スパールはまた微笑んでから優しく髭を撫でる。
「すまんのう。説明に時間を費やすのが勿体ないのじゃ。わしが話をしに来たのは、口論するためでも事実だけを言いに来ただけでもない。君たち学生がこれからどうするかじゃ。それが学院長としてのわしの役割じゃからな」
まだ納得していないクルス以外が頷く。
街が戦場になるのだから学院どころではないのだが、生徒たちにとっては重要なのだ。
「まず、学院は明日から一時的に休校じゃ。その間の君たちが取れる選択肢なのじゃが……、ギル代表の予想では、魔法都市から出るだけなら危険はないらしいのじゃ。わしの個人的な意見としては、安全になるまで魔法都市内でおとなしくしてもらいたいのじゃが、魔法都市から出て一度帰国するのも選択肢としてある」
ここまで聞いていた生徒たちが一斉に騒ぎ始める。
「休校って、それじゃ単位はどうなるんだ?!」
「戦場になる魔法都市でおとなしく……?安全じゃない場所で安全になるまでって……」
「外に出るとして、攻め込んできている兵士に見つかって危険はないのかしら?」
生徒たちの疑問は尤もなことばかりで、スパールはその一つ一つに答えることにした。
「休校時の単位についてじゃが、以前に代表が説明したように単位は学んだという証じゃ。休校中はもちろん取得できない。申し訳ないのじゃが、皆が学院に通う期間が伸びることになる。魔法都市に滞在する者は、街が戦場になるから安全ではないと考えるじゃろう。じゃが、安心して良い。魔法都市には全てのヒトを安全に守る策があるのじゃ。詳しくは話せんが、わしには無闇に外へ出るより安全じゃと思える。そして、帰国する者に危険がないという代表の予想には、残念ながら確証はない。しかし、攻め込んできているのがどの国かは置いておくとしても、帰国する者がどの国の出身者かわからないのでは、奴らも無闇に攻撃出来はすまい。攻撃された者の国と事を構えたくはないからのぅ」
一気にではあったが、ゆっくりと説明していく内に納得し、騒ぎは収まっていった。賢者が言うのならそうに違いないと。
ギルが自分ではなく、スパールに話をさせたのは学院長であるからというのもあるが、元賢者の称号を最大限に利用するためだった。
「戦場になるのはまだ数日後になるはずじゃ。じゃが、今日か明日中にはどうするか決めてほしいのじゃ。そして、それを学院に知らせてほしい。戦が終わり次第、その場所へ学院の再開日時の書簡を出すからのぅ。………ふむ、こんなもんかのう?」
スパールが言い忘れがないか指を折って数え、無いことが分かると息を吐いて頷いた。
「こんなもんじゃ。では、また会える日を楽しみにしておるからのぅ。アニー、あとは頼むぞ」
「あ、はい」
「ではのぅ」
スパールが髭を撫でるのを止めると、さっさと講堂を去っていった。出ていってからも生徒はしばらく無言だった。
そして、まるで合図したかのように一斉に話し出す。友人同士で相談し合うために。
それはエミリーたちも同じだった。
「皆さん、どうします?」
エミリーたちは学院で話すのは止め、エルピスへと場所を移すことにした。
いつものコーヒーの店で話すことにしたのだ。
店へ着くと、注文を済ませ早速とばかりにエミリーが口を開いた。
「それで、先程の話なんですが……、どうします?」
「何が?コーヒーにするかビールにするかか?聞いていたと思うけど、もちろんビールだ」
「いえ、今日はそういう面白いのは良いので」
「最近、遠慮がなくなったよなぁ」
「ねえ、なんで二人はそんなに落ち着いていられるのかしら?」
いつものノリになる二人に、エレナは素直な疑問をぶつける。
「いえ、落ち着いていませんよ。ショートケーキセットのコーヒーをミルクと砂糖入りにしなかったぐらい慌ててます」
「本当に最初の頃とは別人ね。出会った頃はもっと真面目な性格していたわよ?誰の影響を受けたのかしら」
「俺を見るなよ。代表だろ、きっと」
「そんなことは良いんですよ。三人はこれからどうするんですか?」
エミリーはそう言いながら、ちらりとクルスを見る。エミリーが本当に聞きたかったのはクルスにだった。
クルスは学院を出てから一言も喋らず、それを心配して話を振ったのだ。
「俺はまだ考えてないな」
「私も。……クルスはどうするのかしら?」
それを理解したエレナも、クルスに話させるために振る。
「え?ああ、そうですね。どうしましょう」
だが、クルスの反応は薄いものだった。その態度にとうとう我慢できなくなったのはテッドである。
「クルス、スパール学院長の話で機嫌が悪いのはわかるけどよ、俺たちにまで態度を悪くするなよ」
「ちょっと、テッド」
「……すみません、今言われて気づきました。ごめんなさい、皆」
素直に頭を下げるクルスに、三人は苦笑いする。
クルスは考えが凝り固まっていて、さらに頑固であることは理解している。しかし、それでも友人のままでいられるのは素直な部分もあると知っているからだった。
「いいさ。で?まだスパール学院長の話が嘘だと思っているのか?」
「はい、それはもちろんそうです。そうなのですが、どうやら学院長には確信があるようでした」
「それは私も感じたわ。少なくとも、魔法都市が攻め込まれそうなのは間違いなさそうね」
「大丈夫なんですかね?ずっと夜みたいで少し住みにくいですけど、雰囲気は好きなんですよね、私」
好きだから今の魔法都市が無くなるのは嫌だ。エミリーが言いたいのはそういうことなのだが、クルスには別の意味として聞こえてしまう。
「それはつまり、以前のようにまた大虐殺が起きるってことですね」
「おい、クルス。エミリーはそういうこと言っているんじゃない」
「………すみません、わかってはいるんですけど」
クルスは以前にギルと言い合った内容に納得していなかった。一人の自己犠牲で大勢が救われるならばそうすべきだと今も思っている。
四人でそのことについて話し合ったこともあったが誰もクルスの意見に共感はせず、場の雰囲気が悪くなったことが切っ掛けでその話はしないことに決めていた。
テッドが叱るように言ったのは、この決め事をクルスが破ろうとしたからだ。
しかし、クルスも心のどこかで、王国が関わっているかもしれないという疑念があり、思わず口から出てしまったのだ。
クルス自身、色々と考えてみた結果、自分が王国への愛国心が強いことも理解できている。今友人との決め事を破りそうになったのも、魔法都市へ攻め込もうとしているのが王国かそうでないかを考えていたからだった。
このまま魔法都市にいれば、いずれ答えはわかる。
だが、この気持ちのまま待ち続ければ、近い将来友人が自分から離れていくことになるとも予想できた。
そして今、彼女が取れる選択肢は2つ。
魔法都市に残るか、魔法都市を出るか。スパールが言ったように決めなくてはならない。
彼女が選んだのは――。
「私は魔法都市を出て、オーセブルクに向かおうと思います」
「「「え?」」」
「えっと、聞こえませんでしたか?」
「いや、どうしてさっきの話の流れでそういうことになるんだ?」
「ク、クルスちゃん、もしかして私たちといるのが嫌になったとか……」
「二人共、落ち着いて。クルス、まさか魔法学院を辞めるつもりじゃないでしょうね?」
三人が驚いたのは、クルスが魔法都市にいるのが嫌になって、学院を辞めるのだと勘違いしたからだった。
クルスも自分が言葉足らずだったことに気づき、慌てて否定する。
「ち、違います。どうせ学院も休みになるし、これから街も慌ただしくなって行きますよね。それこそ放課後にやっている仕事も休みになるはずです」
「そうね、そうなると思うわ」
「ですから、だったらオーセブルクへ休暇を兼ねて行ってこようと思いまして」
「……その道中に、攻め込んできている兵士共がどこの奴らか確かめるつもりなんだな?」
「はい」
「あ、危なくない?」
「危険です。だけど、今のままここに居ても、皆との友人関係に影響が出てしまいますから。だったら確かめてみようと。もし万が一、王国が攻めて来ているなら私は安全ですから」
三人を安心させようと微笑みながら話す。しかし、クルスは気がついていなかった。
今の言葉では、十中八九攻めてきているのは王国ではなく別の国で、自分は危険であると言っていたことに。
それに気がついたテッドは溜息を吐くと自分の胸を叩く。
「よし、わかった。俺も一緒に行こうじゃねーか」
「え?」
「そうね、私とテッドなら護衛として十分のはずよ」
「えっと、私は別に一人で向かうつもりじゃなかったんですが」
もちろん、クルスも魔法が上達したからといって、単独でオーセブルクに向かうつもりではなかった。魔法都市に来た時と同様に、冒険者を雇おうとしていた。
「どうせ冒険者を頼るんだろ?でも、そいつらはせいぜいCかDランクだ。俺たちはBランク。安心感が違う」
「それに仕事と学校が休みになるなら、私たちも暇になってしまうしね」
「テッドさん、エレナさん……」
「わ、私も!私も行きます!」
「エミリーも?」
「私だって、魔法学院第一期生の端くれです!魔物だろうと怖い兵士だろうと、青い炎で燃やし尽くしてやりますよ!」
「心意気は良いけど、言い方が怖いんだよ」
「エミリーは冒険者を何だと思っているのかしら。まずは戦いを避けることを教えるべきかもね」
「なんなんですか、もう。人が折角やる気に燃えていたのに……」
まさか三人が着いてきてくれると思わなかったクルスは感動して涙ぐむ。それを隠すように慌てて目を擦った。
「しょうがないですね!じゃあ、四人でオーセブルクへと旅行しますか」
クルスがこう言うと、エミリーたち三人は笑顔で頷いたのだった。