近づきつつある戦
オーセブルクダンジョン6階層。
四季が階層毎に分かれている1から4階層は、ポーションの材料やオーセブルクと魔法都市で必要な食材が豊富なために、新米、熟練問わず冒険者の中で人気の高いスポットである。
冒険者で溢れかえっていると表現しても良いほどの人口密度だが、6階層からは少なくなる。
それでも魔法都市が出来てからは、商人を護衛するための冒険者が増えていた。
しかし、現在は様子が違う。6階層入り口の野営場所である広間は、ぎゅうぎゅう詰めと言っていいほどの人がいた。それこそテントを張る隙間がないほどに。
王国軍がオーセブルクに向かっていると、リディアがギルに伝えた翌日の早朝。
6階層の広間で一際大きいテントから男が外に出る。
起床したばかりであるはずなのに、眠たさや気だるさなど一切見せず、整った顔立ちを更に凛々しくさせ周りの様子確かめるように辺りを見渡す。
その男は王国の第一王位継承権を持つエドワルド王子だった。
エドワルドはオーセブルクに少しずつ兵を送り続け、6階層の入り口を王国兵で埋め尽くすことに成功した。そして、エドワルド自身は6階層へ昨夜辿り着いたのだ。
今、オーセブルクは異常事態で大騒ぎだが、その前にオーセブルクと魔法都市の連絡を遮断出来たことになる。
王国兵と露見しないための変装用ローブを脱ぎ去った金属鎧の兵が出入り口を塞ぐ様子に、エドワルドは計画通りと満足げに頷いた。
しかし、その出入り口を塞ぐ兵を通り抜け、エドワルドの下へと近づいて来る二人の人影を発見して眉をひそめる。
眉をひそめたのは通り抜けたことにではなく、その二人が歓迎しない人物たちだったからだ。
「イザベラとクリスティアンか」
エドワルドは溜息を吐きながら、その人物たちの名前を呼ぶ。
「お兄様、お元気そうで」
ダンジョンに似つかわしくない高価なドレスに身を包み、その裾を軽く上げて礼をするイザベラ。
明らかに機嫌が良くない表情のエドワルドに対して、嫌味を付け加えながら。
「兄上、おはようございます」
エドワルド以上に目立つ鎧を着込み朝の挨拶をするクリスティアン。ただ、エドワルドの顔すら見ずに欠伸混じりの挨拶だが。
二人の態度で分かる通り、兄弟仲は決して良くはない。
もちろんそれは王位継承権による、生まれながらの差があるせいだ。
「ふん、随分とのんびりした到着だな。評価を得るためには少々遅いのではないか?」
次代の王は順当に行けばエドワルドである。しかし、この魔法都市との戦で戦功を多く上げた者を次の王にすると現王が決めたことにより、王位継承権はなくなったも当然だった。
だがその評価のための手柄を得るには到着が遅いと、エドワルドは言っているのだ。
「それは当然ではなくて?私たちは兵を集めるところからでしたもの」
「そうだね、兄上はナカンで戦った兵たちを引き継いただけじゃないか」
「それこそ当然だろう。私は第一王位継承権だったのを、父上の気まぐれで台無しにされたんだ。元々あった兵を使うぐらいの優位性がなくてはやってられんさ」
「それこそ父上は見抜いていたんじゃないか?兄上が本当は民に優しい知的な息子ではなく、大の戦好きだとね。父上も似たようなものだけど、このままずっと戦を続けられたら王国なんてあっという間に滅んでしまうよ」
「なんだと?クリスティアン、貴様……」
エドワルドとクリスティアンが睨み合い、一触触発の空気が流れ始めるが、イザベラがクスクスと笑いそれが緩和する。
「このままお二人が共倒れするお姿を見るのも一興ですけれど、そんなことをすれば止めずに観ていた私が王位継承権を失ってしまいます。兄弟で争うのではなく、魔法都市の王を討ち取った兵が誰なのかで勝負いたしましょう?」
「……まあ、いいだろう」
「仕方ないね」
「では早速、私たちの兵を通して頂けますか?まさか、邪魔をするわけないですよね?」
「そうだった、僕もそれを伝えに来たんだ」
エドワルドは辟易し大きく溜息を吐いた。
「この6階層を封鎖できたのは私の策があってこそだというのに、それに便乗するか」
「便乗とは言葉が悪いね。呼応と言って欲しいよ」
「……まあ良い。通すのは構わんが抜け駆けする気ではないだろうな」
「そんなことしませんわ。抜け駆けして魔法都市の王を抹殺出来たとしても、兄上の宣戦布告がなければ後々大変ですもの。他国が一斉に攻め込んでくる国の王になるなんて嫌ですわ」
「そうだね。宣戦布告はいちおう総大将である兄上の役目だしね。それまでは協力するよ」
エドワルドはいちいち言葉の中にトゲがある弟たちに対し、なにか言ってやろうと口を開きかけたが、さっきのやり取りの繰り返しだと思い留まる。
「ではお前たちに協力してもらおう」
「あら、物分りが良いですわね」
「宣戦布告まで抜け駆けしないと言質は取ったからな。それまでは協力し合って速やかに進行すべきと思っただけだ」
宣戦布告したあと一斉に競争するならば、兵の数と質が揃っているエドワルドが有利。それを確信していたからこその承諾だった。
「ふーん。で、僕たちに何を協力しろって?」
「この6階層もそうだが、11階層と16階層の入り口にも同じように広間がある。そこを二人に占領してもらいたい」
「往来をさせないように封鎖するのかしら?」
「いや、1階層のオーセブルクに戻るなら通す」
「魔法都市に戻られたら情報を与えてしまうからだね」
「どうせオーセブルクはそろそろ気づき騒ぎ始めている頃だしな。オーセブルクから魔法都市に情報が行かなければ良い。あとは二人でどちらがどの階層を占領するか決めろ」
エドワルドの指示に二人が頷き、もう話すことはないと身を翻してこの場から去っていく。
二人の素っ気なさに、エドワルドは三度目の溜息を吐く。
「礼もなしとは、父上の躾は失敗だな。……いや、私も無作法か。宣戦布告の前に、敵の本陣を囲もうとしているのだからな」
エドワルドの自嘲気味な呟きは、去る二人には聞こえなかった。
弟のクリスティアンの言う通り、エドワルドは戦好きだった。しかし、正々堂々な戦いは好みではない。
真正面からぶつかっても押しきれない兵の質と、自身の実力を理解しているからこそ策を弄する。
だが、憧れないわけではない。自嘲気味なのはそれが理由だった。
王族が戦場に立つのは決して珍しいことではない。王になるために経験を積むことはままあるが、最前線でとなると話が違ってくる。
王になれる可能性があるのに戦死はしたくない。
しかし、今回だけは参戦しないわけにはいかない。手柄を立て、評価を得れば王位継承権など無視し、自分が次代の王になれるのだから。
「すまないな、魔法都市の王。私の踏み台になってくれ」
どんな手を使っても勝利すると、エドワルドは意気込むのだった。
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リディアから衝撃的な報告を聞いた翌日の早朝、城の会議室にまたも首脳陣が集まる。前回とは違い、皆の表情は明るくない。
それも当然、今回の議題は戦争についてだからだ。自分たちが攻められる側なら尚更だろう。
「それでどうなんだ?王国が攻めてくるというのは確実な情報なのか?」
全員が席につくと、いの一番にタザールが口を開く。
挨拶すらないのは危機感を持っているんだろうな。
「情報は僅かです。ですが、ギル様が導き出した答えですから、それだけで確実なはずかと」
タザールが俺に聞いた質問にリディアが答える。
ただの予想を確実な情報と言い切るのはどうなんだろうか。俺を立ててくれるのは嬉しいけどさ。
「確実かどうかはわからんけど、その疑いがある。それだけでこの会議を開く理由は十分だろ?」
「……そうだな」
「ならば、王国が攻めてくると仮定して話を進めるかのぅ」
スパールが激しく髭を撫でているところを見るに、大賢人とまで呼ばれていても平常心ではいられないらしい。
「賢人のお二人はまずどうしたら良いと思うんスか?」
シギルの質問に、スパールとタザールは顔を見合わせてから肩をすくめる。わからないと言いたいようだ。
この世界での賢人の称号は、魔法をどれだけ理解しているかどうか。さすがに戦争の事までとはいかないみたいだ。
「一応、俺がこれから起こる可能性があることを考えてきた。それを聞いてから対策を考えよう」
俺がこう言うと、全員が「おお!」と感嘆の声を漏らす。
いや、そんな驚かれても。俺のような素人が考えたものだよ?あくまで可能性だし、起きないことだってあり得るんだからさ。
俺は昨夜リディアから報告を聞き、すぐに自室に戻るとメモ帳を開いて相手が何をしてくるかを考えた。
地球の戦争を知っているとは言え、それは当然知識だけに過ぎない。経験したわけでもなければ、作戦を立案したこともない。
正確に予想出来るなんて口が裂けても言えない。
だけど、それでもやるしかない。魔法都市は一応俺の国でもあるんだから。
「その前に聞きたいことがある。戦そ、いや、戦には宣戦布告は必要じゃないのか?」
戦争と言いかけたが、戦と言い換える。この世界でも戦争という単語はあるかもしれないが、いちいちそれに突っ込まれるのも面倒だからな。
宣戦布告は戦争前に必要だと言われている。国内外に知らせる他、大義名分や策略にも使える。だがそれを逆手に、相手国から宣戦布告があった為にと武力行使の正当性にも使われるが。
それでもしないよりマシだ。理由の正否は別にして、後々他国から責められた時の言い訳材料になるからだ。
その上、宣戦布告のない戦争は武力紛争として扱われる。第三国に平時同様の外交関係を保たれ不利になる。逆に宣戦布告し戦争と認められた場合は、戦時国際法により中立国は交戦当事国のいずれにも援助を行うことが出来ない。
使いようによっては援護を断つことが出来るのだ。
まあ、これは地球での話だが。
俺が知りたいことはこの世界でも宣戦布告に効力があるかどうかだ。さすがに戦時国際法まではないだろうけど。
「必要です。他国に戦をする理由を知らせるために」
会議室に集まる殆どが首を横に振り、さすがに戦争のことはわからないかと諦めかけた時、思いがけない人物が答えを教えてくれた。
それは魔人種代表であるティムだ。
そうか、ティムは法国の王子だった。こういう事も学んでいたのかもしれないな。
しかし、やっぱり大義名分だったか。
『我々はこれから貴国を攻撃する』と宣戦布告したことで、正々堂々と戦うとアピールしたいのだ。後々、他国に責められないために。
そして、魔法都市はダンジョンという特殊な立地。たとえ戦時国際法がなく、第三国から援助が得られたとしても、王国はそれを防ぐことが可能な方法を取っていると考えていい。
リディアの情報では、王国は既にダンジョン内に侵入している。どこかの階層を兵士で固めて、行き来できない状態にしているはずだ。
宣戦布告を後回しにして魔法都市を包囲することを優先したのは、これが理由だろう。
「そうか、ありがとう、ティム。まあ、そうだよな。王国はナカンと戦ったあと、すぐに魔法都市と戦うことになる。国力は底辺まで下がるだろうから、その時に攻められる口実を与えたくない。宣戦布告はしてくるが、あちらの攻める準備が整ってからだな。兵糧攻めと魔法都市を孤立させるのも兼ねているかもしれない。王国は随分と小賢しい真似をしてくれるじゃないか」
宣戦布告のタイミングは16階層か17階層を制圧したあたりだろうな。
オーセブルクから来訪する商人が情報を持ってこないのは、既に封鎖は終わっているということで確定だな。
俺の予想は概ね当たっているだろう。そして、俺がメモ帳に書き留めた、王国がどんな手を取ってくるかの予想も。
「よし、じゃあこれから起こる可能性があることを言っていくぞ」
俺が王国側だったら、まず17階層を制圧して宣戦布告をする。その後、最後通牒を行い街の中へと兵を進ませるだろう。
そう説明していると、途中でエルが話を遮る。
「あの、お兄ちゃん。その、戦う、です?」
「ん?いや、今どうやって戦いに発展するかを説明していたんだけど」
「じゃなくて、です。戦うのは、かくてい、です?」
ああ、戦う前提で話を進めてんじゃねぇってことか。
話し合って誤解を解いたり、戦争を回避する方法を模索した方が良いのではと言いたいようだ。
「エル、王国は既に兵を進ませ、魔法都市を孤立させようとしている。あちらが誤解して攻め込んできているなら、まずは俺たちにその理由を知らせるはずだ。それをせず、先に兵を送り込んだということは、あちらさんは既に戦うのを前提としているんだよ。まあでも、戦いを回避する方法はあるけど」
「!あるです?!」
「ああ、降伏だ」
「それって……」
「王国のことだから、エルや魔人たちは追い出され、ここに集まる殆どはこの魔法都市にはいられなくなる。それにもしかしたら、理由をつけられて俺は処刑されるかもな」
危険な人物は始末するべきだ。それは一人で大軍を殲滅出来る俺だろう。
それに王国はヒト至上主義だ。亜人と分類されるエルはもちろん、魔人たちだって追い出される。何故かドワーフは亜人種と分類されていないけど。
それでもここにいる殆どは追放だろうな。
「はぅ」
エルが戦う前提に話を進めるのを理解して肩を落とす。
俺だって戦いを避けられるなら、そうするべきだとわかっている。降伏だって別にして構わないとさえ思っている。
だが、王国だけはダメだ。魔法都市が『王国魔法都市』になったとしても、俺たちがここに残れる可能性はないし、ヒト種だけが住む街になってしまう。
それを避けるには戦うしかないのだ。
「負けるわけにはいかない。別に勝たなくてもいいが、相手を引かせるようにしよう。じゃあ、説明を続けるぞ」
王国側は入り口が2つあることを知らないから、正面から攻める方法しか取れない。
その上防衛システムがあることも、王国はおろか俺たちの一部しか知らない。それ故にしばらくはエルピスとダンジョンの通路で足止めすることが出来る。
「つまり、入り口通路で敵兵を入れないように戦うということか」
タザールが顎に手をやりながら呟く。
彼なりに真剣に戦い方を考えてくれているようだ。
「それ、ただの籠城戦」
エリーがタザールの呟きに対し、的確なツッコミを入れる。
だが、魔法都市に出来ることはそれだけだ。とどのつまり、魔法都市内に入られるまでは、エリーの言ったように籠城戦をすることになる。
「エリー、『ただの』ではないですよ。不利な籠城戦です」
リディアが俺が言いたいことを先回りする。
エリーもわかっていたのか、いつもより更に無表情で深く頷いた。
二人とも戦争は未経験なのにわかっているようだ。
この籠城戦は不利な状況から開始される。
王国は既に人の往来を封鎖している状態で、俺たちは食料や物資の補充が出来ない。つまり戦争前の物資を溜め込む準備すら出来ない状況からのスタートだ。
王国がどれほどの戦力を投入してくるかは定かではないが、それでも背後にオーセブルクと1から4階層の草原エリアがあって、糧食補充はなんとでもなる。
逆に俺たちは正式な同盟である法国から助力があったとしても、その恩恵を受ける事ができない。直前の宣戦布告という効果がここに現れるのだ。
もし仮に、籠城戦中に法国の援軍が間に合ったとしても、ギリギリだろう。俺たちはボロボロで、敗戦間近の状態だ。
魔法都市とエルピスにそこまで持ちこたえる備蓄はない。いつかは攻めに転じなければならない。
「ん?じゃあ籠城せずに攻めた方が良いんじゃねーか?」
今まで黙って聞いていたクリークが、筋肉で出来ている頭で案を出す。
まあ正解だ。だが、俺には懸念があった。
「おそらくだが、それ以外にも問題があるんだ」
「問題だと?」
「その可能性があるから籠城をするべきなんだ」
これを解決しないととんでもないことになる。いや、もしかしたら負けるかもしれない。
だが、それが実際に起きた場合の事も考えて対策は練ってきた。
「じゃあ、その問題を説明する。それを聞いてもらった後、全員にやってほしいことを指示するけど、それが出来るかどうかを教えて欲しい。その後さらに、起きかねない可能性を話し合って探そう」
ならば会議などせずに指示だけして、それ以外のことに時間を使うべきだと思うかもしれないが、それではダメなのだ。
俺一人では考えが凝り固まってしまう。違う人の意見だって大事なのだ。
完璧な対策など無理だ。だからこそ、完璧に近づけるためにこの会議は必要だったのだ。
皆が頷くのを確認してから、俺はその問題について口を開いた。