表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
194/286

日常と非日常の午後

 エリーと遅い朝飯を食べた後、魔法都市とエルピスを繋ぐ通路に防衛システムの器具を設置してから城へと戻ってきた。

 それからキオル不在で増えた今日分の仕事を処理し終える頃には、時間的に夕方近くになっていた。

 だが、普段であれば真夜中ぐらいまでかかるのだから、これでもマシな方と言っていいだろう。

 仕事後の楽しみである風呂に入り、冷えた牛乳を飲みながら城内をふらふらと歩きながら呟く。


 「ひでぇ目にあった……」


 酷い目というのはエリーの爆食のことだ。

 俺とエリーの二人で大銀貨5枚分、日本円換算で5万近く食べたのだ。おかげで俺の一ヶ月間で自由に使える金が入っている財布が空になってしまった。

 魔法都市とエルピスはダンジョン内、さらに24時間営業ということで物価が少し高めに設定してある。それは料理屋も同じ。

 それでも丁寧な接客サービスや良質な味で魔法都市に訪れる人々に認められてはいるから不満はないようだ。

 ただし、それは大食いが傍にいないからだというのが、今日改めて理解できた。

 やはりエリーかエルが一緒の時は手作りしないとダメだわ。もう財布に埃しか入ってないし、補充する日まで何も買えないぞ。

 そう溜息を吐きながら悩んでいると、話し声が聞こえてきたから一旦その事を頭から追い出す。

 どうやらシギルの鍛冶場からのようだ。誰がいるんだろ?

 覗いてみるとそこに鍛冶場の主であるシギルとエル、そしてティリフスがいた。


 「あ、お兄ちゃん、です」


 俺にいち早く気がついたのはエルだった。

 エルは俺の顔を見るとにぱぁと笑い駆け寄ってくる。


 「やあ、エル。それとシギルに、ティリフス」


 近寄ってきたエルの頭を撫でながら、シギルとティリフスの下へと近寄る。

 エルの髪は少し濡れていて頬が赤かった。それはシギルも同じようで、どうやら二人も俺と同様に風呂上がりみたいだ。


 「二人共、風呂に入っていたのか?」


 「ッス」


 シギルがティリフスの膝辺りにしゃがみながら、俺に振り返って頷いた。

 おそらく鎧のメンテナンスだろうか?風呂上がりにすることもなかろうに。まあ、俺がとやかく言うことじゃないか。

 城の風呂は大浴場で、二人だろうが五人だろうがゆったり入浴できる。もちろん、男湯と女湯で分かれている。


 「はい、です。今日はリディアお姉ちゃん、いなかったから」


 いつもエルはリディアと一緒に入浴しているらしい。まだ帰ってきてないからシギルと入ったのだろう。


 「リディアは俺の手伝いでオーセブルクに行っているよ」


 「そうだったんスね。どうりで朝からいないはずッス」


 「今日は帰って来ない、です?」


 「どうだろう。リディアは今日中に戻るって言い張っていたが……」


 「リディアなら余裕で日帰りで往復出来るッスからね。でもなんの用なんスか?」


 「キオルが帰って来ないから、レッドランスに聞こうと思ってな。オーセブルクで書簡を出してもらっているんだ」


 「あー、キオルッスか。そろそろ帰ってきても良い頃ッスもんね。ほい、ティリフス、逆の足」


 シギルはティリフスの鎧の足関節に油をさしているようだった。逆側の足を踏み台に乗せ換えさせている。


 「何やってんの?」


 「いや、膝の調子が悪くてな。ちょっと見てもらってんねん」


 ばーちゃんか。いや、年齢的にはお婆さんどころではないが。


 「法国で牢に入っていた頃は、そんなにメンテナンスしてなかったんだろ?魔法都市に来てからってことは、歩き回り過ぎか?」


 「かもしれへん。しっかりお風呂で足のマッサージしてんのに、変やな」


 こいつの頭が変なんじゃねーか。変になる頭部がないけどさ。っていうか、鎧が風呂入ってどうすんだ。


 「何やってんだ、サビんぞ」


 「えっ、変な音がするのはそのせいか!どうりで高級油の消費が激しいと思った!っていうか、ギルが事あるごとに水かけてくるのはそういう事やったんか!」


 やべっ、バレた。まあ、俺がかけていたのは塩水だけどね。ただの水とは違うのだよ、水とは。


 「お前がサボる度に俺が文句言われんだぞ。今日だって頼み事したよな?それ終わらせたのか?」


 「や、やったわ、そんなん」


 ティリフスが顔を背け、俺と視線を合わせないようにした。

 顔どころか目すら無いのに器用なことすんな。それに嘘が下手過ぎだろ。

 ここはガツンと言ってやらねばと思っていると、シギルが膝を叩いて立ち上がった。


 「まあまあ、いいじゃないッスか。はい、ティリフス、油さし終わったッスよ」


 「いや、いつも逃げられてばかりだから、今日こそは言ってやるんだ。ティリフス、シギルとの話が終わるまで待ってろよ」


 「ひぅ」


 ティリフスが後退りするが、俺との距離が近く逃げ切れないと理解したのか立ち止まって静かになった。

 シギルに聞きたい仕事の話を思い出したから後回しにしたが、ティリフスにはしっかりと言い聞かせよう。というか、俺より随分年上のはずなのに、なんで子供を叱りつける親のような心境にならなきゃいけないんだ。


 「はいはい、それで旦那。あたしと話ってなんスか?」


 「そうだった。事業関連と()の件はどうだ?」


 「裏は滞りなく。事業開始まではまだ時間が掛かりそうッスけど、クリークが時計の見本を数個用意してくれたッスよ。問題が無いか数日様子を見て、感想を教えて欲しいって言ってたッス」


 トイレと時計事業関連は、シギルがまとめて面倒を見ることになっていた。

 地球の完成品とその値段は知っているが、この世界での物価はそれほど詳しくない。日本と同じものを用意しようとするとどうしても高価な物になってしまうし、一個完成させるのに時間が掛かり過ぎる。

 キオルの仕事を掛け持っている現在の状況ではとても手が回らない。

 何より、物作りの才能があるシギルに監督させた方がクオリティも上がる。

 シギルに任せる以外の選択肢などないのだ。

 そのおかげか、時計は既にサンプル品までこぎつけているようだ。


 「時計事業はもう見本が出来上がってんのか?」


 「まあ、旦那が時計の構造を覚えていたおかげッスね。予想通り、型を取ったら量産は早そうッス。今は問題なく稼働するかテストしている段階ッスよ」


 逆に問題なく稼働することが確認出来れば、量産し売ることが出来るってことか。設計図があったとは言え、まさか一ヶ月で完成させるとは。


 「こんな速さで完成させるってことは、かなり腕が良い細工師なんだろうな」


 「あたしも少し手を貸してはいるけど、そうッスね、腕は良いッス。なんでもオーセブルクで一番の細工師とその弟子たちを、クリークが連れきたみたいッスよ」


 賊をやっていたとは思えない手際の良さだな。

 オーセブルクで一番ってことは、この大陸でかなり腕が良いってことだ。そんな大物細工師を口説き落とすとは、意外な才能を持っていたな。いや、迷賊時代でもそれは発揮されていたのかも。


 「順調だな。トイレの方は時間が掛かりそうだが……」


 「そっちも生産速度は上がっているッスよ。旦那に本来は陶器で作るって聞いたから、今は彫刻家よりも陶器専門の芸術家を多く雇って、量産出来るように工夫しているッス」


 「さすがはシギル、この調子で頼む」


 「ッス。で、時計の見本品をどこに置くかなんスけど」


 見本品か。様子を見るなら俺たちの手元か、それに近いところに置くべきだな。


 「数は?」


 「4つッス」


 「じゃあ、城と学院、それに学生寮で2つだな」


 学生寮は男子と女子の寮で一つずつだ。

 城は俺たち用なのは言うまでもないが、学生寮と学院に置くことで大勢に見てもらえるからだ。遅刻の問題もあったし丁度良い。


 「了解ッス」


 「ふむ、こんなもんか」


 「お兄ちゃん、今日、ぼうえいしすてむ?のお仕事どうだった、です?」


 俺の仕事内容をシギルから聞いたのか、エルがティリフスの鎧をしげしげと眺めながら尋ねた。

 それ本当に興味あって聞いてる?まずこっちを見なさいよ。

 まあいいや、それも今報告するか。


 「うん、防衛システムも問題なかったよ」


 「テストも無事にッスか?」


 「ああ。まあ、三段階と四段階目はテスト出来なかったけどな」


 「一応、あたしの方で試してみたから大丈夫だと思うッス」


 「なら問題ないな。よしよし、トイレと時計も順調で、それに防衛システムも設置した。順風満帆だな」


 話すことはこんなものかな。さて、じゃあそろそろティリフスに文句でも言ってやるか。

 今まで黙って聞いていたティリフスへ近づき、腕を掴む。


 「それじゃあ俺とお話しようか、ティリフス」


 「………」


 漆黒に金の装飾が施された鎧は沈黙を保っている。俺が持つティリフスの腕も、どこか力が全く入っていないように思えた。

 ふむ、恐怖で身動き取れないか。

 しかし、それにしてはピクリともしないが……。


 「ティリフス?」


 「………」


 どうしたんだ?まさか、何か異常が?!俺の塩水のせいか?!


 「ティリフス!」


 「お兄ちゃん、それ偽物、です」


 「なに?!」


 変わり身の術?!あいつニンジャか!

 いつの間にこんな技を……。

 よく触ってみると鎧の材質が違う。この鎧は鉄に色を塗っただけの偽物だった。


 「しかし、そっくりだな」


 そっくりにペイントしているだけあって瓜二つだった。

 ティリフスはこんな物に、大変な思いをしたダンジョン攻略の分け前を使ったのか。


 「あたしが作ったんスけどね。ティリフスが重要な部分以外だったら取り替え可能だから、もしもの時のためにって」


 マジか。あいつニンジャでモビルスーツでもあったのか。高性能過ぎるでしょ。


 「もしもの時は俺に怒られる事も含まれるのか……」


 シギルが作ったのなら見分けがつかないのは仕方ないか。エルの超視覚だから判別可能なのだろう。

 今日はティリフスを捕まえることは無理だな。もう俺じゃ見つけられない。しょうがない、諦めるか。

 そうティリフスの凄さに脱力していると、鍛冶場に誰かが慌てて入ってきた。


 「ギル様、ここにいましたか」


 「お姉ちゃん?」


 リディアだった。額には汗が浮かび、肩を上下させている。

 無属性魔法を使えないリディアがオーセブルクと魔法都市を往復したのなら、もう少し時間が掛かったはず。それなのにこの速さで戻ってきたということは、それだけ急いだのだ。おそらく、休憩すら取らずに。


 「何か問題があったのか?」


 「はい、オーセブルクの冒険者ギルドで書簡を送ろうとしたら、アンリさんにこれを渡されまして……」


 リディアが腰に付けるタイプのマジックバッグ(小)から紙切れを取り出して俺に手渡す。

 どうやら俺宛のようだ。


 「これは……書簡?封蝋すらないな。リディアは読んだか?」


 「はい、失礼だとは思いましたが気になってしまい……。差出人はミゲルと。ですが、封蝋は元々ありませんでした」


 「ミゲルと言うと、あの領主の従者ッスね」


 「ああ、あのデキる従者だな。なのに封蝋すらない?……リディア、内容を教えてくれ」


 礼儀正しいと記憶しているあの従者が封蝋すらせず、書簡とも言えない紙切れを送るなんて急ぎの用に違いないが、俺が読むと時間が掛かる。既に読んでいるリディアに聞くのが手っ取り早い。


 「その……」


 「どうした?」


 「いえ、その、王国の軍がオーセブルク方面に向かっているらしく、おそらく目標は魔法都市だと……。それにレッドランス領主が捕まった可能性もあるそうです」


 「「「………」」」


 俺とシギル、そしてエルでさえも息を呑んだ。この状況が途轍もなくマズイことが理解できたからだ。

 しかし、さらにリディアの口から状況を悪くする言葉が出る。


 「それに、1階層では冒険者ではない者たちが大勢ダンジョン内へ進んでいると、アンリさんから聞きました」


 多分、王国兵だろうけど、既にダンジョン内にいるのかよ。

 一瞬だけ自由都市への進行かと思ったが、そうじゃないようだ。ミゲルの予想通り、目的地は魔法都市か。アンリが王国兵だと明言していないのを考えると、確認できないほど尋常じゃない進軍速度で、且つ王国兵だと認識できない姿だということだ。もしかしたら鎧を隠すためにローブでも着させているのかもしれない。

 アンリは経験で冒険者以外だと察したのだろう。

 国境付近であるオーセブルクに軍を向かわせたなら、自由都市へは訓練とでも言ってあるのか?

 もしかしたら、実際にオーセブルクの近くで訓練し、真実味をもたせているのかもしれない。

 その訓練場から少しずつダンジョン内へと侵入させれば、露見するのを遅らせる事ができる。

 大体はこんな感じで誤魔化したのだろう……。

 レッドランスの拘束は情報を漏らさないためだろうな。情報漏洩対策を徹底するなら、レッドランス領は全て監視下、いや、もしかしたら制圧までしているのか?

 礼儀正しいミゲルが書簡ではなく紙切れで知らせたのも、捕まる寸前に書いたからかもしれない。

 そうなると、キオルが帰って来ない理由も同じだろう。疑わしきは()()()の精神かよ。まあ、あれだけ魔法都市に入り浸っていたら疑いを持たれるか。

 とにかく、目的は当然魔法都市との戦争。それもギリギリまで秘密裏に進行するようだ。

 ここまでするのは、俺の大規模殲滅魔法を封じるためか。

 なんにせよ、大分前から計画されていたんだろうな。やってくれる。

 となると、王国西で俺が加勢してから一ヶ月経った今も、オーセブルク冒険者ギルドに入金がないのはこれが予定されていたからか!

 オーセリアン王はとことんクズ野郎のようだな。

 しかし、幸運だったのは魔法都市侵入前にそれを知ることが出来たこと。ミゲルには感謝だな。

 対策を練らなければならない。……急ぐ必要がある。それでも俺は全員の顔をゆっくりと見渡し、不安にさせないようニヤリと笑ってから、捲し立てないように一人ひとりに指示を出す。


 「エル、まずはエリーにこの事を知らせて、エルピスとダンジョンを繋ぐ通路を封鎖の指示を。シギルはティリフスを捕まえた後、念の為()の準備。リディア、疲れているだろうが、賢人たちとクリーク、それにティムへ明朝会議をすると伝えてきてくれ。皆に行かせて悪いが、俺は会議までに対策を練る」


 「はい」

 「ッス」

 「はい、です」


 俺の指示を聞き終えると、仲間たちは一斉に走り出す。

 俺も自分の部屋へ戻るために鍛冶場を後にした。


 「まったく……、本当に酷い日だ」


 本当の気持ちを吐き捨て、歩く速度を速めながら。


 ――――――――――――――――――――――――


 オーセリアン王国、謁見の間。

 日中は何かと騒がしい謁見の間も、日が沈みかけ今は二人だけになっていた。

 玉座に座るオーセリアン王と、傍に控える大臣である。

 オーセリアン王は疲労を表すかのように、こめかみを押さえて嘆息する。


 「休まれてはいかがですか?」


 大臣が体調を心配し声をかけるが、王はゆっくりと首を横に振る。


 「そうも言ってられん。エドワルドに任せているとは言え戦時中よ。働いている()()はせんとな」


 「陛下ならなんとでも言い訳できましょうに」


 「かもな。して大臣、エドワルドから報告は?」


 「は、既にオーセブルクダンジョン内に兵を送り込ませたようです。これからさらに送り込み、17階層にあるとされる魔法都市へ進行する予定だと」


 オーセリアン王は顎に手をやり思考する。僅かな間をおいて頷いた。


 「魔法都市の王は中途半端に賢いと聞く。そろそろ気づかれているかもしれんな」


 「まさか。情報封鎖は厳しく行っておりますが」


 「それでもだ。どこから漏れるかわからんのが情報というものだ。それこそ水よりもすり抜けやすい」


 「そういうものでしょうか」


 「そういうものだ。そう言えば、他の子たちはどうしている?」


 「クリスティアン王子とイザベラ王女は兵を募って向かわれているそうです。そろそろ付近に到着する頃かと」


 現在、王国には王位継承権を持つ子が4人いる。

 第一王位継承権のエドワルド。第三王位継承権を持つクリスティアン。第四王位継承権のイザベラ。

 抜けている第二王位継承者はというと。


 「アレクサンドルはどうした?」


 「動きはありません。元々参加する気がないのか、それとも静観が策なのかはわかりませんが」


 第二王位継承権のアレクサンドルだけは動いていなかった。


 「あやつは昔から競い合うのが苦手な子だったからな。エドワルドに譲る気かもしれん」


 「今回の戦で武功を上げた者が、次代の王だとお伝えしたのにですか?」


 「さてな。アレクサンドルはそういう息子だとしか言えん」


 オーセリアン王は困ったものだと笑う。

 本来であれば、第一王子であるエドワルドが指揮官になるだけでよかった。それなのにこぞって王位継承権を持つ王子王女が参加したのはこれが理由だった。

 戦功によって次の王を決める。

 第一王位継承権のエドワルドからしたら堪ったものではないが、下位の王位継承権を持つ者たちにとってはチャンスである。

 エドワルドが次代の王と言われる風潮を覆すために。

 何故こんな事をする必要があるのか。


 「しかし、少なくなった兵を補充するためとは言え、大事な後継者を戦地に送り込んでよかったのですか?」


 「これから更に兵数は増える。この戦力差で危険などあるはずがない」


 それは少なくなった兵を補う為だった。

 王子王女や、王族に取り入りたい爵位を持たない貴族の次男以下に兵を集めさせる為。

 貴族の嫡子ではないとしてもそれなりに影響力があり、人を集めやすい。貴族側としても嫡子ではないならと口煩く言わない。まさにもってこいだったのだ。


 「たしかにその通りです。街に潜入して調べ上げた者たちは良くやってくれましたな。大したことがない兵数と分かっていたからこそ、煩い貴族を黙らすことが出来ましたから」


 「気が小さいのだ、あやつらは。貴族共を奮い立たせる場で顔色を悪くさせおって」


 エドワルドが演説した時に顔色が悪かった連中のことだ。

 彼らは財務卿や軍務卿と呼ばれる、王国の中枢に位置する貴族たちだった。彼らからしたら、ナカンとの戦争を終えた直後に、また別の国と戦争をすると言われれば顔色が悪くなるのは当然なのだが、王は気が小さいと一笑に付す。

 魔法都市に諜報員を潜入させている国は、何も王国だけではない。

 法国や自由都市、それに帝国でさえも潜入させて情報を集めている。ただ、王国と違うのは攻める目的ではないところだが。


 「魔法都市より他国の目の方が気になりますな。今回は少々強引ですし、なにより国力が低下しているのが露呈する可能性もあります」


 大臣が「ううむ」と唸る。

 彼が頭を悩ますのも当然のこと。宣戦布告前に兵を送り込むのは、大義すらない外道の所業と言われかねないからだ。

 それに国力が低下しているのが他国に知られると、これを期に攻め込まれる可能性も出てくる。

 国を考えればナカンを倒した今防御を固めて、まずは国力の回復を優先すべきなのだ。


 「逆だ、大臣」


 「逆、ですか?」


 「そうだ。ナカンとの戦争直後でも、まだ攻め込むことが出来る程の国力があると勝手に勘違いしてくれる。そうでなくとも王国にはまだ余裕があるのかもしれないという迷いを生ませるだけで良い。それだけで二の足を踏む」


 「なるほど!」


 大臣が手を叩いて喜ぶ。だが、すぐにそれを止めた。


 「ですが……」


 「なんだ、まだ何かあるのか?」


 「いえ、此度の戦に英雄を参加させないで大丈夫なのかと思いまして」


 魔法都市を攻める今回の戦争に、王は英雄を出撃させていなかった。

 当然、それにも理由はある。


 「魔法都市の王は直々に依頼された戦場に赴くほど腰が軽い。防御を固めた魔法都市を囮に、こちらの首都を攻撃されてもかなわんからな。そのために異世界の英雄は城を守らせるのだ」


 「つまり、慢心ではなく、慎重からと」


 「そういう事だ。これぞ万全というものよ」


 「素晴らしい策略です、陛下!」


 心配が解消されたと言わんばかりに、大臣は胸を撫で下ろすと笑みを浮かべる。

 オーセリアン王は大臣の顔から視線を外すと、懐から小さな石を取り出した。


 「魔力を内包出来るプールストーンか。ふっ、これは軍事利用できる代物。その産地である魔法都市は是非手に入れておきたい。ナカンの未開拓の大自然、魔法都市の技術。王国はあと百年安泰ぞ」


 オーセリアン王はつまんだプールストーンを眺めほくそ笑むのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ