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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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ギルのお仕事3

 「では、これより第三回総会議を開始する」


 タザール大臣の一声で、会議室に集まる面々が雑談を止め一斉に黙る。

 今日の仕事は会議だった。

 大会議室と呼ばれる部屋にシギルお手製の長い机を置き、そこにかなりの人数が座っている。まあ、ここは元々謁見の間だったんだけどね。

 ちなみに、現在の謁見の間はシリウスやレッドランスと三国会議したあの部屋になっている。俺に見栄とかないし、豪華絢爛な謁見の間なんて必要ないと言ったらこうなってしまった。

 いつもの会議は元三賢人と俺、そこに重要な報告がある者がいたらその人を加える程度の人数だが、今日は違う。

 魔法都市総会議。魔法都市の幹部全てが集まる大会議である。

 俺に三賢人、パーティメンバー全員と魔人代表ティム。エルピス代表クリークと魔法学院教師代表アニーが席についていた。

 魔人代表がティアではなく弟であるティムなのは意外だったが、実は魔人の中でも信頼が最も厚いらしいのだ。賢く饒舌、戦闘は苦手だが強さ自体は上位。その上、財産も持っているのだから抜擢されるのは当然と言えば当然か。

 ティムはシギル魔道具店で店長をしていて、稼ぎの殆どは彼のおかげと言っていい。ともすれば、給料だってそれ相応になる。

 その額、なんと月に大金貨2枚。日本の価値換算で200万も稼ぐのだ。店の売上はその10倍で、それをほぼティム一人で売り、補充して足りないものは発注しているのだから、そのぐらいの給料は妥当だろう。

 その稼ぎを魔人たち兄弟のためや魔法都市のために使っているらしいのだから、信頼が厚いのは頷ける。

 ちなみに、当然シギル魔道具店オーナーのシギルもかなり稼ぎがある。それを祖父の店や魔道具店の維持、仕入れに使ったりしている。

 そこから共同オーナーである俺に分前を渡すのだが、それを差し引いても十分稼いでいる。

 彼女の羽振りの良い姿を見ないが、果たして溜め込んでいるのか、それとも趣味に使っているのか。

 それはさておき、つまりこの総会議に席がある人物は、魔法都市にとって何らかの貢献をしているということだ。

 そんなことを考えている間にも会議は進んでいく。

 税で魔法都市の国庫が今どれくらいだとか、維持や開発にこれぐらい使うとかの金関係の報告から始まり、今現在魔法都市で問題になっていることなどが議題に上がっていく。

 それをこの場にいる全員で対策を考える場が、この総会議である。

 俺は何をしているのかと言うと……、まあ何もしてないんだけどね。いや、役に立たないからでは決してない。

 彼らで対処できない問題の時こそが、俺の出番なのだ。と言いながら、既に会議を開始して二時間が過ぎているけども。

 だがそれには理由がある。


 「ふむ、思っていたより滞りなく進むな。これもあの帝国宰相の手助けのおかげか」


 進行役であるタザールが呟く。

 そう、あのマーキスが手伝ってくれたおかげなのだ。

 滞在中ずっとカードゲームしていたわけではない。彼は視察と言う名の偵察の合間に、魔法都市の問題点を探し出し、対策案すら考えてくれたのだ。

 なんともデキる男なのだが、そんな彼は「帝国ではすでに解決済みの問題ですので」と事も無げに言うのだから恐れ入る。

 休暇から帰ってきたタザールも、そんな宰相マーキスの手腕には舌を巻いていたほどだ。

 シリウス、毎回宰相連れてきてくんねーかなぁ。

 そんなわけで俺の出番が殆どない。


 「そうですね。僕も話しましたが、感じの良い方でしたね。恐ろしくもありましたが」


 「たしかにのぅ。他国の手助けをするほどの余裕が、帝国にはあるということじゃからな」


 「シリウス王はギルの友人という立ち位置にいてくださるが、シリウス帝国としては魔法都市など格下の国。助言する程度でその差は埋まらないのだと、言外に言っているのだろうな」


 元三賢人が揃って「ううむ」と唸っている。

 そんなことはわかりきっている。こっちは建国したばっかで、領土だって僅かだ。大陸4大国家である法国、王国、自由都市、帝国と比べたら駄目だろ。


 「まあ、良いんじゃないか?助けてくれるって言うなら、手助けさせてやれば?」


 「「「はー」」」


 俺がこう言うと三人が揃ってため息を吐く。

 ため息吐きたいのはこっちだよ。分かっていないのは三賢人の方だ。

 帝国が格上なんて百も承知。大国の宰相が魔法都市に訪れたのだから、今の国力がどの程度か既に露見している。

 その上で手助けしてくれるのならば、どんどん手助けさせてやればいい。

 あちらさんも、魔法都市の技術が欲しいから来訪しているのだ。こっちはそれを売って手助けしてもらう。

 悪く言えば利用しているのだが、それはお互い様。所詮、国同士なんてそんなもんなんだから、割り切るのが気楽だろうに。

 魔法都市が発展して帝国が押さえつけて来たら、それはその時に考えればいい。だから今はヘラヘラと笑ってアホを演じ、協力させてやるのだ。

 そんなことがわからないなんて、この賢人たちもまだまだだな。ははは。


 「ほぉ?そんなことを考えていたのか」


 「ん……?あれ、口に出てた?どの辺りから?」


 「ため息吐きたいのはこっちだよ、ぐらいからだよギル君」


 やっべ、ほぼ全部喋ってた。正直者はこれだから辛い。


 「はー……、もうええわぃ。会議の続きじゃがな、財政関連と問題点はこんなもんじゃ」


 「ふん、納得したならそう言えってんだ。これだからジジイは」


 「それも声に出てるわぃ」


 やっべ。


 「ま、まあ、他にないならそろそろ終わりにしようじゃないか。だろ?タザール」


 「……そうだな。他に何も無いならば、代表殿と大きなシコリを残して終わりにしよう」


 一言多いよ。これも狂化スキルが悪いんだ。俺は悪くねぇ!

 そう心の中で言い訳していたら、俺の仲間の一人が手を挙げる。

 その人物はエリーだ。


 「おや、エリーさんですか?珍しいですね」


 エリーが発言するのに驚いたのか、キオルが思わずそんなことを漏らす。


 「ん」


 確かに珍しい。仲間たちはこういう場ではあまり口を開かないが、その中でもエリーとエルは無言と言っていい。ちなみにティリフスもかと思いきや、ヤツは意外にもペラペラと発言する。

 そのエリーが会議で発言しようと言うのだ。これは絶対に聞かなければならない。


 「エリー、言ってみて」


 「ん、……防衛システム」


 コレでわかるだろ?そう言わんばかりに、エリーは口を閉じた。いや、付き合いの長い仲間たちはこれでもわかるが、その他はポカンとしているじゃないか。俺でさえも一瞬だけ考えてしまったほどだ。

 だが、数日前にそんなこと言われていたのを思い出した。

 現在、魔法都市やエルピスの防衛は兵士のみだ。建国当時は殆どがクリークの部下だったが、今では入隊希望者が増えてかなりの数になっている。

 しかし、そのほとんどは治安を守るためにエルピスと魔法都市を見回っていて、もし急な襲撃があった場合は集まるまでに時間がかかる。

 当然門番のような役割の兵は入口と出口にいるが、それでは到底間に合わないだろう。

 以前からその問題は懸念していたが、各国に俺と仲が良い権力者が出来たから後回しにしていたのだ。

 だけどそろそろ考える時期だろうな。今は安全だと思うが、それを過信するほど馬鹿じゃない。


 「あー、そうだな。でもそれに関しては、前から考えていたことがある。案はあるからもう少しだけ待っててくれるか?」


 俺がそう言うと、エリーは何も言わずに頷く。他の連中も意味がわかっていないのにつられて頷いた。

 よし、俺に一任してくれたか。折角魔法都市にいるんだから、この際に作ってしまうか。


 「ならばその件はギルに任せるが、他にはないかの?」


 「おう、議題に挙げるほどじゃないが、俺からもギルに相談がある」


 あー、そうだった。クリークも俺に用事あったんだっけ。


 「議題に挙げるほどじゃないなら、この会議が終わったらそっち行くよ。それでいいか?」


 「おう」


 クリークの相談か。できれば今日中に終わればいいが、どんな内容なのだろうか?まあ、もうすぐ聞くことになるのだから今考えなくてもいいか。

 ナカンから帰って来たは良いが、エルピスを見回る暇もないぐらい忙しかったからな。丁度良いかもしれない。


 「ふむ、こんなものだろうか?………では、第一回総会議はこれにて終了とする」


 タザールがそう告げると一斉に席を立ち、自分に役割が与えられた者はいそいそと会議室を後にした。

 残ったのは俺とキオルだけだ。あれ?俺って忙しくないのかな?ちょっと丸投げし過ぎたか?


 「あ、そうそうギル君」


 もしかしたら俺はサボり過ぎかもしれないと反省していると、キオルが話しかけてきた。


 「どうした?」


 「僕はしばらく魔法都市を離れることになるから」


 「なぜ?仕事山積みだろうに」


 キオルも今回の会議で対処しなければならない仕事を振られていた。どこに行くかは知らないが、それほど余裕はないはずだ。


 「王国から呼び出しだよ。これでも一応王国の貴族だからねぇ。無視するわけにはいかないよ」


 そう言えばそうだった。キオルは建国以来、ほとんどを魔法都市で過ごしているから忘れてた。っていうか、他国の貴族が会議に参加って、今更だけどヤバいな。

 キオルは領地を持たない貴族だ。所謂、無領地貴族というヤツだな。王国首都に自宅があるが、魔法都市が建国する以前も以降もあまり帰っていないらしい。

 キオルがずっと王都に不在だが問題はない。理由は彼が大商人で、他国にも出店してる彼が長期留守にすることなんて珍しくもないからだ。

 だが、王都からの呼び出しがあった場合は例外だ。必ず馳せ参じなければならない。

 まあ、それはわかっていたことか。


 「なら仕方ないな」


 「うん、よろしく頼むね」


 「ああ」


 そうしてキオルは俺に手を振りながら会議室を出ていった。

 んー、これはあれか。ナカンとの戦争に勝ったからか?戦勝記念の式典でも開かれるのかもしれないな。

 さて、俺ももう一つの仕事を終わらせに行かないとな。

 そして最後に残った俺も会議室を後にした。



 会議室を出てすぐにエルピスへと向かう。

 魔法都市からエルピスの街に出て、それほど離れていない場所にクリークの屋敷はあるが、すぐには向かわず街を見て回ることにした。

 エルピスの街は少し目を離すと様変わりする。一ヶ月前にはあった道が無くなっていたり、逆に道が出来ていたりなんてしょっちゅうで、目印にしていたお店が全く別の商品を扱う店になっていたりするのだ。

 それこそ街が生きているみたいに変化が著しい。

 今回は長く留守にしていたから、その変化が激しく感じるはずだ。

 まあ、それが楽しみなんだけどな。

 俺はぶらぶらと歩きながら見て回る。すると、いかがわしいお店が近くにあるのか、肌の露出が多い女性が客をとっている姿を見つけた。

 少し歩いただけでこれだ。エルピスは夜の繁華街を歩いている気分になるよ。

 だが、ちょっと珍しいものも発見した。

 露出の多い()()が客を取っている姿もあったのだ。

 んー?ホストのようなものか?それにしては露出し過ぎだろ。こっちのホストはあーいう格好が多いのかな?

 どのくらいの露出かは、腰布一枚ぐらいと言えばわかりやすいか。どちらかと言えば格好良いと分類される男たちが、女性冒険者に引き締まった筋肉を見せつけては店へ誘っている。

 どんな店か想像がつかないな。半裸で酒を提供するのか?

 俺としては、たとえ性別が女性だったとしても、たまに腰布からはみ出して見える男性器を見ながら飲み食いするのは嫌だがなぁ。

 しかしこの世界ではこれが普通なのかもしれないから、一概に否定はできないか。

 だが日本でもそうだけど、詐欺に近い商売をしているかもしれないし、一応クリークにどんな店か聞いてみるか。

 そうして俺は半裸男性を横目に街を一周してから目的地に向かった。



 クリークの屋敷に着くと、俺はエルピスで見たことを説明した。

 屋敷の主人であるクリークは、いつも通り机に向かっている姿で俺の話を聞いている。


 「というのを見た。あの半裸男性はなんなんだ?」


 「は?何言ってんだ、春を売っているに決まってるじゃねーか」


 え、売春?!ホストじゃないのか。


 「色々な街に行ったが見たことなかったぞ」


 「そらぁ、どの国も大っぴらに出来ないだろうよ。うるさく言わないのはこのエルピスぐらいだ」


 「男が体を売るのも珍しくないのか?」


 「まあな。そんなことわかりきって……、いや、そういやギルはまだ成人して間もないのか。大人っぽいからすっかり忘れてたぜ」


 なんか勝手に納得してくれた。パーティメンバー以外には、俺が異世界から来たことはまだ話していない。三賢人や魔人、あとこのクリークには話しても良いと思うが、どこから漏れるかわからないから出来る限り秘密にしている。

 だから勘違いしてくれてよかった。


 「そういう店は女性ばかりかと思っていたよ」


 「女の店が多いのは違いないが、男の店も需要はあるんだ。特に長い期間そういう行為が出来ないこのダンジョンって立地なら尚更だな。パーティメンバーとはそういう関係になりたくないと考える奴らも多いから、後腐れなく発散できる店を頼ることも少なくない」


 そうなのか。もし仲間たちとそういう関係になっても、俺は嫌じゃないが。まあ、俺に惚れられる要素がどこにあるよって話か。


 「あ、無理矢理拐って来たんじゃねーからな。借金返済のためだったり、そういう行為が好きだから仕事にしているヤツばかりだ。他の街には盗賊に襲われたりして売られた男も少なくない」


 「え、男が売られたりすんのか?」


 「そりゃあ、顔が良ければ売るさ。男を売るのは女盗賊団とかが多いんじゃねーかな。逆に男の数が多い盗賊団は女を売るしな」


 あー、なるほどなぁ。俺は勘違いしていたようだ。この世界では女性が強いことなんてよくある事だった。

 地球出身だから、一部の女性以外は力が弱いと思い込んでしまっていたようだ。

 この世界はレベルやステータスでほぼ力の強さが決まる。当然、女性より弱い男も多くいるわけで、そんな彼らは餌食になるのか。

 どうやら知らない内に、俺自身がある意味女性差別をしていたようだ。

 以前、クリークが迷賊時代に売った女性冒険者の一人であるカレンをこの魔法都市に連れ戻した時、俺がクリークに一生面倒を見るようにと言ったら納得いかなそうにしていた。

 彼からすれば、奴隷商から買い戻し、家と財産を与えただけでも十分な謝罪だったのだ。

 それが本当に十分な謝罪かはさておき、女性で弱い存在だからと思い込んだ事も、男性は強いんだからそのぐらいするのは当然と決めつけた俺は、女性と男性の両方を差別していたということだ。

 俺としてはやっぱり、体を売ることになった女性に対してそれだけでは不十分という判断は正しいと思う。

 しかし、これからは男だから女だからと性別で決めつける考えは捨てるべきだな。この世界では完全な平等であり、完全な不平等でもあるのだ。

 弱肉強食とはこういう事なのか。今更ながらその深さを知った。


 「そうだったんだな。まあ、自分から進んで仕事にしてるなら、俺に文句はない」


 「その辺は大丈夫だ。この街の風俗はカレンに仕切らせたからな」


 そうか、売られた経験があるカレンなら安心できる。売られてきた男がいたとしても無理矢理やらせることはしないだろう。それに俺の怖さも知っているから詐欺紛いの悪どい商売もしないはずだ。


 「カレンは元気か?」


 「ああ、稼ぎすぎて困ってるぐらいだ」


 「なら良い。じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」


 この世界の平等さを勉強できたが、時間だって平等だ。刻一刻と就寝時間が迫っているのだから。今日はぐっすり寝たい。まあ、時間なんて大体にしかわからないけれども。


 「そうだな。最近はエルピスでも街灯を設置しているのは知っているか?」


 「まあ、見ていればわかるよ。通りが明るくなったな」


 魔法都市は常闇だが、エルピスはダンジョンの効果で薄っすらと明るい。しかし、それでも疑似太陽がある他階層に比べたらやはり暗い。

 前までは松明やランタンを灯りにしていたが、最近は人通りの多い場所などにプールストーン式街灯を設置している。

 魔法都市のように光の玉を飛ばしたり、様々な物を光魔法で照らすような事まではしていないが、それでも十分に明るくなっていた。

 十分な光源があれば犯罪も減るし、人間の活動時間も増える。さらにプールストーン式街灯なら燃料も魔法士の魔力だけだしな。


 「魔法都市に比べればまだまだだが、それでも夜中に動き回るヒトも増えてきた」


 「商店も夜中に営業出来るように、個人でプールストーンランタンを仕入れているらしいから、それも要因の一つだろうな。で、それがどうした?もっと街灯を増やしたいとかか?」


 「いや、それはキオルに注文すればどうにでもなるから良いんだ。問題は詳しい時間がわからない事だ」


 現在、疑似太陽がないエルピスと、常闇の魔法都市で時間を知る方法は朝昼夕の三回鳴る鐘の音だけだ。

 精確さは無いが、それでもかなり苦労している。

 2つの街で鳴る鐘は、水時計で時間を計って鳴らす。

 水時計とは、容器間で水が流入流出するようにし、水面の高さで時をはかる方法。地球でも原理自体は紀元前1400年頃にはあったそうだ。

 魔法都市でもそれを利用し、水面が一定の高さになったら風魔法で増幅した鐘の音を鳴らして時間を教えている。

 夜の時間帯に鐘を鳴らさないのは、当然睡眠の邪魔をしない為だ。


 「時間と言っても、他の街だって鐘を鳴らす頻度が多いだけだろ?」


 「まあなぁ……。だが、夜中に待ち合わせをする時に苦労するんだ。朝晩関係なく活動するヒトが多いこの国では特にな」


 一理ある。他国は夜中に人が歩き回ることはない。日が落ちると家に帰るのが基本で、酒場でさえ客が減った頃に店を閉める。

 ランタンや松明の燃料はそれだけ高価だからだ。

 しかし、文字通り一日中仕事が出来る魔法都市では、夜中に商人が取引することも少なくない。鐘が鳴らない夜中に待ち合わせをすると、場合によっては1~2時間待つこともあるそうだ。

 魔法学院でもそれが大きな問題になっていると聞いた。

 朝の鐘が鳴ってから約一刻後に集合などと、なんとも曖昧な言い方をするのだから遅刻者が多いらしい。

 だが、それは他国でも同じだ。

 時計は大商人か貴族ぐらいしか所持しておらず、その時計も持ち運ぶことは到底出来ない壁掛け式の巨大なもの。

 遅刻する時はする。時計を買えない一般家庭なら尚更だ。

 遅刻は日常茶飯事と言っていいぐらいなのだ。


 「それを俺にどうしろと?」


 「なんか良い解決策とかねーか?」


 こいつ……、俺を魔法使いかなんかと思っ……、魔法使いだわ、俺。

 んー、どうだろう?作ろうと思えば、出来るかもしれない。地球と同じ電気に頼るのは俺の理念に反するが、振り子を動かすぐらいなら良いかもな。まあ、電気を使用したとしても電子回路が作れないから無理だが。

 歯車の仕組みも複雑だが、構造や歯車などは地球の科学者が確立している。振り子時計限定ならば、歯車の歯数も設置の仕方も記憶通りに作れば完璧に動作するはずだ。

 難しいのは、脱進機であるガンギ車とアンクルの調整か。脱進機が正常に稼働しないと、半永久的に時を刻むことは出来ない。止まったり、引っかかったりしてしまうからな。

 つまり問題なのは、この世界で歯車を作ることが可能かどうか。

 この世界の技術力では、まだ振り子式時計は作れていないはずだ。俺の予想だと水時計を利用しているはずだしな。

 ただ、一つでも完成品すれば、型板を作って量産は可能だ。

 だけど魔法都市と言っておきながら、振り子時計には魔法を使える部分がないのがちょっとだけ残念だ。それだけ振り子時計が完璧なものということだが。


 「小型の時計を開発出来るかもしれないが、腕の良い細工師が必要だな」


 小型と言ってもさすがに腕時計は無理だけどな。どんなに腕の良い細工師だとしても、極小のネジは作れない。


 「本当か?!それは住人が安価に手に入れることができるか?」


 「んー、どうだろう。試作にはそれなりに金はかかるぞ。だが、一個でも完璧に動作したらあとは複製するだけだしな。そこまでいけば安価で売ることは可能だ」


 「よし、開発費はエルピスが出すし、腕の良い細工師も見つけておく」


 おお、やる気だな。それだけ時計を必要としていたということか。

 エルピスが主導で時計制作か。俺としても時計に魔法が使われていないからそっちのほうが助かる。

 時計制作が上手くいったら当然売れるし、そうなったらエルピスから魔法都市に入る税金も増加するからな。

 魔法都市もトイレ事業を始めるから、タイミングが良いかもしれない。


 「わかった。細工師を見つけたら連絡をくれ」


 「ああ!」


 こうしてトイレと時計製造の巨大事業が、思い付きで始まるのだった。

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