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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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ギルのお仕事2

 シリウスから開放されたのは2日後だった。

 何となく予想していたが、あのシリウスがたった一日で満足するはずがなかった。しかしその中でも幸運だったのが、トイレ関連の問題はほぼ解決されたことだ。

 マーキス宰相の手腕は凄まじく、支社を出すために必要なオーセブルクへ提出する書類を全て用意し、さらに手に入れるのが難しいオーセブルクで店舗にするための物件を買い付けるほど。魔法都市に滞在していながら、難しい問題をほぼ全て解決してしまったのだ。

 そりゃあ、あのシリウスに宰相として認められるわけだわ。

 とにかく、あと俺たちがすることは、魔法都市に本社を設立することと、そこで働く職人を見つけるだけになってしまった。これだけだったらシギルとティリフスがすぐに解決するだろう。

 それだけ帝国が水洗トイレを欲しかったってことだが。

 その後、シリウスたちは長居することもなく帝国へと帰っていった。これも宰相がいたおかげだろうか?

 そして睡眠を取った俺は、城のある場所へと向かっていた。

 魔人の一人であるティアが、俺に用があると聞いたからだ。

 ティアは背中に白く大きな美しい翼を持つ。手足にも羽はあるが、顔や身体の大部分はヒトのままという魔人の一人だ。今はこの城で料理長として俺たちを手助けしてくれている仲間である。

 料理長というからには、彼女のいる場所は明らかだろう。そう調理場だ。

 俺が調理場に着くと、そのティアは同じ魔人である姉たちに指示を出している最中だった。


 「お姉さま方、本日の注文は各種ケーキを20個ずつです。その下準備が終わりましたら昼食を作り始めるのがよろしいかと。献立は昨夜にお話した通りですので、よろしくお願いします」


 「昼食の量はどうするのかしら、ティア?」


 「そうですね、今日もエルさんとエリーさんはお城で食べられるそうですので、昨日と同じぐらいでしょうか」


 「あら、昨日と同じでいいのかしら?」


 「はい、帝国の方々はお帰りになられたので」


 「そうでしたわね。かの方々の分をエルさんとエリーさんが食べられるのね」


 「はい」


 なんとも上品に会話をしているが、その最中にも彼女たちは忙しく料理を作っている。

 彼女たちは料理のスキルを持っていた。その中でもティアはダントツだったから料理長に抜擢されたのだ。

 元王女様だというのに傲慢さは一切ない。その上、前聖王が奥さんたちが皆美人だったのか、彼女たちも顔立ちが良い。半分魔物姿でも気にならないなら、彼女たちを娶りたいと思う人も多いはずだ。

 エルピスの街で女性に大人気であるケーキを作っているのもあり、彼女たちは今やかなり稼いでいる。もはや普通に生活する分には困らないほどに。

 なのにこの城で働いてくれるのは、俺たちに恩があるからだろう。

 そんなこと気にしないで良いのに。まあ、大飯食らいのエルとエリーの食事を作ってくれるのは非常に助かるけど。


 「ティア」


 仕事の邪魔をしないように、ティアを小声で呼ぶ。

 ティアはすぐに気がついて、ぱあと笑顔になると作業を中断し俺の下へと小走りで近寄ってきた。


 「ギル様」


 「うん、いつも美味しい料理ありがとうな。助かっているよ。帝国の連中も喜んでた」


 「それは良うございました。それで今日は?」


 「いや、ティリフスから俺に用があるって聞いたから。遅くなってごめんな」


 2日も経っていたからか、ティアは一瞬だけ首を傾げた。だがすぐに思い出したのか「そうでした」と頷く。


 「良いのです。帝国の方々がいらっしゃったのは知っておりますから」


 「ありがとう。で、用って?」


 「はい、ルカより、いえ、法国の聖王陛下よりお手紙が届きまして」


 法国の現聖王ルカはティアの妹だ。普段のようにルカと呼び捨てにするのはマズイとすぐに言い直す。

 別にルカも気にしないと思うし、呼び捨てでも良いと思うんだが。まあ、俺がいちいち指摘する必要はないか。


 「それって俺に関係があるのか?ティアがルカと個人的に手紙のやり取りをしているんだろ?」


 「そうですが、今回はギル様宛のもあったのです。おそらく字がまだ読めないからと一緒に送られたのでしょう」


 なるほど、ルカと出会ったのは数ヶ月も前だったもんな。俺が既に字を読めることは知らないのか。ルカへ手紙を出す事があっても誰かが代筆してくれてるし、内容も頼み事ばかりだから尚更か。

 俺たちの状況はティアが教えているようだが、さすがに俺が字を読めるようになったといった個人的な事までは手紙に書かないか。


 「そうだったのか。じゃあ受け取るよ」


 そう言うとティアは微笑み、自分の荷物が置いてあるロッカーへと手紙を取りに行った。

 もしかして、この数日間ずっと持ち歩いてくれていたのか。申し訳ないなぁ。これも全部シリウスのせいだから。もしくは、ティリフス。あいつがもっと細かく内容を教えていれば、すぐに受け取れたんだ。

 ティアはすぐに戻ってくると手紙を手渡してくれた。


 「ありがとう」


 「はい。今度、ギル様からも聖王陛下にお手紙を書いてあげて下さい。寂しがってますから」


 「あー……、うん。早く字も書けるように頑張るから、そう伝えておいてくれ」


 「ふふ、はい」


 ティアは頷くと小さく礼をし、自分の仕事をこなすために調理場へと戻っていった。

 それを見送ってから俺は手紙を読むために、隣にある食堂へ向かった。

 椅子に座ると手紙を開く。

 法国聖王ルカはまだ子供だ。しかし、手紙に書かれている字は子供とは思えないほど達筆で、やっと字が読めるようになった俺には、暗号を解読するように難解だった。

 唸りながら解読していると時間はあっという間に過ぎ、先程まで料理をしていた魔人たちが朝の仕事を終えてしまっていた。

 マジか。どうやら俺は、数時間をただ手紙を読むだけのために使ってしまっていたようだ。まだ1ページも読み終えていないぞ。

 魔人たちは昼休みなのか、賄いを食べに食堂へ続々と来ている。昼以降も忙しくなるから、それまでに食事を済ませるのだろう。

 魔人たちは俺と目が合うと、お淑やかにスカートの裾を軽く持ち上げて膝を曲げる挨拶の一種であるカーテシーをして通り過ぎていく。

 最後に料理長であるティアが食堂へと入ってくるが、俺の姿を見て目を丸くした。


 「え、ギル様?」


 かなり恥ずかしい。常日頃、忙しい忙しいと愚痴をこぼす俺が、まさか手紙を読むだけで数時間を無駄にしているなんて。

 でも、読めないものは仕方ない。ティアに手伝ってもらうとするか。


 「ティア、済まないが手紙を読んでくれるかぃ?」


 俺がそう言うと全てを察したのか、ティアは納得が言ったと頷いた。


 「たしかにその書体は独特ですからね、まだ字を覚えたてでは難しいかもしれません」


 ティアは優しく微笑むと、俺の隣に腰掛けた。

 見た目から天使だが、性格まで天使なんだよな、ティアは。嫌味すら言わないし。なんであの聖王からこんな娘が生まれるんだ?突然変異か?


 「助かるよ」


 「はい。では手紙をお預かりしますね」


 手紙を受け取ったティアはサッと軽く目を通してから、「では」と言って読み上げてくれた。

 1ページ目の内容は挨拶や、ルカの近況などが書かれていた。

 ルカが聖王になってから慌ただしかったが最近ようやく落ち着き、今では他国の使者と会って話をするぐらいの余裕が出たそうだ。

 法国の戦力の増強や、魔法都市から仕入れたプールストーンで環境整備の指示を出す毎日だとか。

 そして2ページ目に進み、そこでようやく本題に入った。

 本題とは前聖王の研究施設が発見された事だった。

 ティリフスの身体がない今の状況をなんとか改善したいと俺が言っていたからか、それに役立ちそうな資料を調べてくれたらしい。

 だが今の所、それに役立つ資料は見当たらず、『もしかしたら女神様を元のお姿に戻すのは不可能かもしれない』と、ネガティブな感想まで書かれていた。

 当然、軽々しく私見を手紙に書くことはしない。しっかりと理由も書いていた。

 前聖王の資料には、精霊の利用の仕方が多く書かれていて、中でも『日輪石』と『光精の恵み』に関するものが多かったそうだ。

 『日輪石』はどんなに寒い環境だろうと、太陽に照らされているように暖かくさせ、『光精の恵み』は光を増幅する効果がある。

 雪山という環境のエステル法国には必要なもので、俺が聞いた話ではその2つの石は精霊からの贈り物だったはず。

 だが実際は、初代聖王が精霊を犠牲にして作りだした可能性が高いと資料の考察に書かれていて、それが理由でティリフスを監禁していたのではないかとルカは考えたようだ。

 つまり、端から精霊を元に戻すことを想定していないのだ。

 確かに、自分の子供まで改造する男の祖先だから、そうかもしれない。俺が自力でティリフスを元に戻す方法を探さなければならないだろうな。

 ただ、役立つことも手紙には書かれていた。

 それはティリフスの精神を鎧へ移した際に使われた魔法陣の模写だ。これを解読したら何かわかるかもしれないな。これだけでもルカには感謝しないと。

 最後に、『首を切り落とされて死んだ遺体が陥没穴の近くで発見された。服装で判断したが、おそらく女性で半魔の可能性が高い。もちろん法国で葬儀を上げた。余が会ったことのない姉様だと思うが、ティア姉様はご存知だろうか?ギル、余はこれを姉様にお教えするべきだろうか?兄様や姉様は、今魔法都市で楽しく過ごしているようだし、またあの時の苦しみと悲しみを思い出さないだろうかと悩んでいる』と締めくくられていた。

 いや、ティアに読んでもらっちゃってますよ。そんな大事な内容を字の読めない俺宛に書くかね?誰かに読んでもらうと考えなかったのか、このお子ちゃまは。


 「………その、ティア?」


 「あ、お気になさらないでください、ギル様。この亡くなったお姉さまの事は知っておりますが、私があの大穴に入れられる前の話ですから。ですがお兄様たちにはもう少しだけ黙っておきましょう」


 魔人の中にはあの時の経験がトラウマになっていて、夜中に夢を見て起きる事も少なくないらしい。

 兄妹が死んだことは教えるべきだが、今じゃなくても良いだろう。


 「わかった、そのタイミングはティアに任せるよ。言いづらいなら俺から伝えても良い」


 「ありがとうございます。ですが、そろそろ私自身が乗り越えなければいけませんから。時を見て私から話そうと思います」


 「……そうか。なら、少し聞いてもいいか?その姉はどうして陥没穴を出たんだ?」


 陥没穴の外はホワイトアウトするほどの猛吹雪だった。日によっては晴れるかもしれないが、どちらかと言えば、陥没穴で過ごしたほうが危険は少なかったはず。


 「私もお姉さまから聞いた話ですから詳しくはないですが、お兄様やお姉様の中には手に入れた魔物の力を過信して、陥没穴の外で生活する道を選んだ方もいたようです。その……、ただのヒト相手ならば恐れる必要はありませんから……」


 なるほど、たとえ人間に襲われたとしても、能力によっては簡単に撃退できる。

 自分の父親に改造された辛い経験で人間不信になってしまったかもしれないし、もしかしたら攻撃的な性格になった可能性もある。

 つまり、リディアの妹であるレイアのような考えに目覚めてしまった可能性も十分あるということだ。

 結果、首を切り落とされてしまった。

 レイアも、陥没穴で過ごすことを選んだ魔人も忘れていたのだ。いや、知らなかったのだ。人間はどの生物よりも恐ろしく、危険であると。

 彼女たちも元人間だ。だが人間は、自分と外見が少し違うだけで『人間以外』と判断してしまうのだ。

 運悪くそんな人間に出会ってしまったその女性は、命を落とす結末になったということだろう。


 「そうか、もう少しだけ外に出なかったらな」


 「はい……、ですが葬儀も上げてもらえたようですし、神の国へと行けたことでしょう」


 「………そうだな」


 俺には死んだ人間がどうなるかなんてわからない。だけど、そう答えることでティアたちが救われるならいくらでも嘘をついてやる。

 俺はティアに微笑み、「そうに違いない」と答えたのだった。

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