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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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ギルのお仕事1

 「それで……、今日はどうして来たんだ?っていうか、魔法都市に来すぎだろ」


 仲間たちは俺の部屋からそそくさと退出した。シリウスがどんな人柄かは説明しているが、苦手意識は完全に消え去っていないようだ。

 そりゃあそうだ。誰かがシリウスを怒らせてしまったら、剣を一振りされて俺たち全員があの世行きになるかもしれないのでは、怖くて仕方ない。

 だが、それ以外にも理由はある。それは立場的な問題だ。

 シリウスは身軽に魔法都市へ訪れているが、これでも帝国の皇帝だ。魔法都市代表という立場の俺ならともかく、そのパーティメンバーでは同じ場所にいるのすら無礼にあたる。

 俺もシリウスもそんなことは気にしないが、彼女たちからしたらそうもいかないのだろう。

 さて、それよりもシリウスの急な来訪の理由の方が気になる。


 「ふん、随分な言葉よな。貴様の欲しがっていた物を、この我自ら持ってきたやったというのに」


 俺の欲しがっていた物?……まさか!


 「それって米か?!」


 俺の答えは当たっていたようで、シリウスが笑いながら頷く。

 やった!とうとう米が手に入る!

 シリウスと友人になって、加工したプールストーンと引き換えに帝国から様々なものを取引できるようになった。

 みりんや米がそうだ。

 みりんは帝国でなくとも手に入るが、品質が雲泥の差だ。俺もオーセブルクで買ったことあるが、『みりんっぽい物』で代用品に近いものだった。だが、帝国のは違う。名前も『みりん』で、使用方法も同じだ。もしかしたら、大昔に俺と同じく日本から召喚されたヤツがいて、みりんの製造方法を伝えたのかもしれない。

 そして、今回は米だ。

 今の所、米は帝国からしか手に入らない。何でも手に入ると言われているブレンブルク自由都市でさえ入荷数が少ないからか、貴重な商品らしく高値だ。買うのが馬鹿らしくなるほど。

 この大陸の多くの人はパンが主食なのもあるが、帝国と仲が良くないのも理由だろう。

 俺は日本人だから米が喉から手が出るほど欲しかった。しかし、収穫時期や帝国側の貿易の都合で、すぐにとは行かなかったのだ。

 それが今日ようやく手に入った。こんなに嬉しいことはない。

 でも、シリウスが自ら持ってきたって言ってたな。


 「もしかして、シリウスが商隊を引き連れてきたのか?」


 「そういう意味ではない。じきに商隊も到着するが、一足先に届けに来たのだ」


 「ありがたい。今日の晩飯は米を食えるよ」


 「良い、気にするな。今回、我は視察と言う名の休暇だからな。ついで、というヤツよ」


 俺に米を届けるためだけではないのは分かっていたが、今日は視察だったのか。っていうか、視察って正直に言う?


 「視察ってことは、今回は一人じゃないのか」


 シリウスは何度も魔法都市に来ている。だからこそ、シリウスが今更視察する意味がない。今回は別の誰かに魔法都市を見せたかったに違いない。


 「顔ぶれは最初に来た時と似ているな。ガイアにミアは知っているな?それに此度は宰相も連れてきた」


 宰相かよ。っていうか、今帝国は大丈夫なのか?……いや、シリウスのことだから、そんな心配はないんだろうな。

 横暴で不遜な態度でも、シリウスはデキる王だし。


 「へー、何を視察しに来たんだ?」


 「魔法都市でプールストーンがどのように使われているかを実際に見てもらうのが目的だが、我が推したいのはトイレだな」


 またトイレの話か。水洗トイレ大人気だな。事業を始めさせたのは正解だったかもしれない。


 「やっぱり、清潔さと病気の蔓延を防ぐためか?」


 「わかるか?その通りだ。全ての街に普及させるわけにはいかんが、せめて帝都や河川が近くにない村だけでもな」


 だろうな。糞尿のせいで病気が蔓延したのは、地球の歴史でも少なくない。排泄物を一回一回洗い流せる水洗トイレはそのリスクを下げるだろう。

 全ての街に普及させるわけいかないのは、農業が盛んな街や村に対してかな。肥料を肥溜めから作るのは、この世界ではまだ当たり前だからだ。


 「なるほどな。だったら、良い話があるぞ」


 「ほう?」


 「俺の仲間がトイレ専門の製造販売をすることになったんだ。時間はまだかかるが、魔法都市に来れば注文することができるようになるぞ」


 「たしかに良い情報だ。良いだろう、その業務が開始したら帝国が注文してやる」


 やった!始まってもいないのに注文の確約を得たぞ!だがこうなってくると、魔法都市だけではなくオーセブルクにも店舗を用意した方が良いかもしれない。

 魔法都市で製造し、ダンジョン内を通って他国へ出荷するには少々厳しいからな。その辺もシギルと話し合わないといけないな。

 さて、シリウスが来た理由を聞けたことと、ウマい儲け話をすることが出来たのは良かったが、俺の仕事は長引いている。

 これをさっさと終わらせなければ、明日へ持ち越すことになるだろう。シリウスが来たのだから、要件だけで帰るとは限らないしな。


 「それで、シリウスのツレはどこに泊まるんだ?街の宿か?」


 「いいや、魔人どもに部屋を用意させた」


 我が家か!気楽に泊まってくれるのは友人として嬉しい限りだが、少し好き勝手やらせ過ぎか?この城にシリウス専用の部屋まで用意させたからな、こいつは。

 シリウスが言う『魔人』というのは、半魔たちのことだ。元からこういう種族がいたと理解させるために、俺が『魔人種』と名付けて広めたのが原因だ。そのまま半魔種でも良かったのだが、なんだか語呂が悪かったから、そう名付けた。俺もこれからはそう呼ぶようにしないとな。

 で、その魔人たちにシリウスのツレの分の部屋を用意させたと……。

 これは間違いなく滞在中、この城を宿代わりにする気だな。食事やベッドメイキング、そして掃除などをする魔人たちの身にもなって欲しいものだ。

 だが実は、魔人たちは嫌がっていない。逆に喜んで対応するほどだ。

 それはシリウスが泊まる度に、魔人たちへ送られるチップのおかげだ。なんせシリウスのチップは金の延べ棒。それも世話をした魔人の一人一人にだ。

 もちろん、俺にもそれなりの金額が支払われている。俺は友人だからいらないと言っているのだが、シリウスは「友人だからこそ受け取れ」と聞かない。こういうところは流石、王の中の王と豪語するだけあると感心している。

 しかし、お小遣いは貰えるが、睡眠不足が確定しさらに仕事が先延ばしになるのだから、一概に嬉しいとは言えない。

 いや、待てよ?そう言えば、宰相を連れてきたって言ってたな。


 「別に泊まるのは構わんが、俺の仕事が終わらないと相手できないぞ。そう言えば、宰相を連れきたって言ってたな?」


 「わざとらしい上に、回りくどい。手伝わせたいのだろう?」


 シリウスの怖い所はこの理解力の高さだろう。彼の前では企ては無意味に等しい。シリウスが王になってから革命の気配がないのは、察知され未然に防がれているからだろうな。……いや、それもあるだろうが、シリウスが規格外の強さだからか。


 「話が早くて助かる。シリウスの臣下だから有能なんだろ?」


 シリウスが王として有能なのは分かっている。なら、その王の臣下もだろう。


 「当然だ」


 期待した答えで良かった。

 有能な臣下で、役職は宰相だ。俺の仕事だってあっという間に片付くだろう。

 他国の宰相に手伝わせて良いのかとは思うが、どうせ魔法都市は出来たばかりの国だ。どの程度の国力かなんてバレている。まあ、隠すべきものは隠しているしな。

 だったら開き直って手伝ってもらうのが賢い選択というものだ。


 「じゃあ、後で紹介してくれ」


 「ふん、良いだろう」


 よしよし、思いもよらぬところで早く仕事を終らせる働き手を手に入れたぞ。これで少しは楽になるだろう。


 「さっさと終わらせてカードゲームと洒落込もうではないか。ああ、夜食も期待しているぞ」


 あ、駄目だコレ。楽にはならないわ。



 俺が頬を引きつらせながら頷くと、シリウスは早速とばかりに宰相を呼びに行こうとしたから、慌てて呼び止めてなんとか一刻後に再集合にしてもらった。

 どうせぶっ通しでカードゲームをすることになるはずだから、今のうちに夜食の準備をすることにしたのだ。

 シリウスの言っていた通り、城の貯蔵庫には米俵が6つほど積んであって感動した。今日の夜食は米を使った物にしようと決意し下準備を終わらせる。

 さらに、今日は帝国宰相もいるから、我が魔法都市ももうひとり用意することにした。心細いからね仕方ないね。

 そして、1刻後。

 隣に立つ男が小声で俺に抗議する。


 「ギル君、恨むよ」


 俺が信頼を犠牲に召喚した男は、元三賢人の一人であるキオルだった。

 本当は帝国宰相だから、こちらも大臣であるタザールをと思っていたのだが、残念ながら留守にしていた。俺が数ヶ月留守にしていた間、タザールは大臣として奮闘しており、再開した時には疲れ果てていた。だから今は休暇を取っていたのだが、それを忘れていたのだ。

 どうしようかと悩んでいたら、シギルに商売の話をしに来ていたキオルを発見したというわけだ。

 キオルはシリウスの前で頭を抱えるわけにも行かないからか、なんとも言えない顔色で小刻みに震えながら笑顔を作っている状況だ。

 真っ青な顔色で半笑いを浮かべながら、俺に聞こえるぐらいの声量で恨み言をこぼすのはホラーだ。

 対して、シリウスの隣に立つ帝国宰相はこういうことにも慣れているのか、涼しい顔だった。

 っていうか、若いな。シリウスよりも若いかもしれない。


 「お初にお目にかかります、魔法都市代表殿。そして、三賢人キオル殿。わたしは帝国で宰相をしております、マーキスと申します」


 帝国宰相マーキスはそう言いながら深く腰を折って礼をする。

 さすがは宰相という役職に就くだけある。シリウスとは違い礼儀も弁えているようだ。彼のおかげで帝国に敵対国が少ないのかもしれないな。


 「ふん、マーキス、気楽で良いぞ」


 シリウス、お前が言うな。マーキス宰相の苦労がわかるわ。

 俺とキオルも自己紹介をすると、宰相は微笑みながら頷いていた。なんとも優男っぽいが、これでも帝国の宰相。

 腹芸もそれなりだと思うし、俺も迂闊に機密を口にしないように気をつけねばな。

 さて、俺の部屋で男が四人ずっと突っ立ているのもどうかと思うし、先にやるべきことを終わらせちまおう。

 終わらせなければならない仕事を宰相に相談しながらやったところ、僅か10分程度で処理できてしまった。

 マーキスは礼儀正しいだけではなく、やはりデキる男だったようだ。

 仕事が終わると開放感も手助けし、早速とばかりにテーブルを囲んでカードゲームを開始。

 シリウスが新しいもの好きだから、今回はポーカーではなく違うゲームをすることにした。

 トランプゲームの一種である『セブンブリッジ』だ。

 『セブンブリッジ』は、麻雀のトランプ版と言っていいルールで、全員の持ち札は全部で7枚。配り終わって余ったカードの束はテーブルの中央に裏向きで置いておき、ここから一枚ずつ引いて、自分の持ち札と交換、またはいらない場合はそのまま捨てる。

 ゲームの目的は、同絵柄の数字が順番に並んでいるカードを三枚以上集めること。『ダイヤの3・4・5……』とかだ。それと同じ数字を三枚以上でも良い。『6・6・6』だ。

 ただし、ゲーム名でわかる通り、7のカードだけは特別な扱いで1枚でも役となる。

 トランプ版の麻雀というだけあって、『チー』や『ポン』などと言った、他人が捨てたカードを拾って役にする方法もあり、戦略性が楽しめるゲームになっている。

 麻雀と違うのは、他人が『チー』または『ポン』で役を作り公開したカードに、自分の手番に付け加えることが可能なこと(『3・4・5』のカードに『6』のカードを付け加えること)。

 そうして、最終的に持ち札をゼロ枚にする遊びだ。

 本来は細かい点数が決められていて、最後にそれを計算して順位を決めるのだが、とある問題があったからそれを省いて、最初に上がった人が掛け金総取りというルールに変更。

 まあ、問題というのはシリウスだが……。あいつがキングのカードを引き寄せるチートがあるせいで、点数制だとどうあがいても勝てないのだ。

 そうして俺達はゲームを進めていく。

 当然、ゲームの最中は会話しながらだ。


 「いやあ、陛下、魔法都市は素晴らしいですね。いえ、帝国も負けておりませんが」


 「宰相、いやマーキス、我に気遣う振りはやめろ。それに貴様も普段通りで良い。ここを我が家だと思って自由にしろ」


 いや、だからお前が言うなよ。俺はヤダよ。これ以上、他国の重鎮専用の部屋を用意するのは。


 「あ、そうですか?なら、お言葉に甘えて。シリウスさんが言っていた通り、帝国に必要な設備や道具がここには揃っているようです。料理や街灯も個人的には気になりますが、やはりトイレですね。あ、シリウスさん、それチーです」


 シリウスの一言であっという間に話し方が変わる。宰相マーキスはシリウスの昔からの友人らしく、周りに人がいない時はこういう話し方のようだった。

 いや、俺たちが側にいますよ?


 「そうであろう?それほど発展していない村や街で、排泄物を流せる川が近くにない立地では流行り病も多い。水で洗い流した下水をどうするかという問題はあるが、ヒトの住む場所より離して溜めておけば良いだろう。近くに不潔な排泄物がなければ、病の蔓延も抑えられるはずだ。お、ふはは、またキングを引いたぞ」


 よく真面目は話をしながらカードゲーム出来るな。っていうか、またキング引いたのかよ。シリウスはどうせキングのカードを全部持っているだろうし、俺が持っているクイーンとエースは使い物にならなくなっちまったじゃねーか。2と11のカードが全く手元に入ってこないのは、シリウスのチート技を知っている誰かが止めてるからだろう。ちくしょう、さっさとカード入れ替えておけばよかった。


 「治療薬を送り届けるのにも、時間がかかりますからね。配送途中で村が壊滅なんていうのもありましたから、未然に防ぐというのは良い案かもしれません。それを導入するために今回はわたしを魔法都市に連れてきたのでしょう?」


 「わかるか?実際に使ってもらわねば、良さは分からぬからな」


 「ですが、それも魔法都市代表殿次第です。我々がそうしたいと希望を持ったところで、了承されなければ意味がないのですから」


 それは俺が目の前にいない状況で話す内容だろう?

 っていうか、マーキスも水洗トイレを導入することには好意的で、今は目の前で相談して俺たちから良い返事をもらおうとしているようだ。

 宰相という役職だけあって、彼もまた一筋縄では行かない人物だな。


 「ふはは、それだがな、すでにギルより良い返事はもらっている」


 「なんと!シリウスさんでも交渉が出来たんですね!剣しか能がないと思ってました!」


 酷いな、宰相。


 「ギルがトイレを専門に製造し販売する商いをするようでな、帝国と交易する約束は取り付けてある。後は貴様が財布の紐を緩めるかどうかだ」


 シリウスも凄いな。自分への悪口を完全にシャットアウトしているよ。こいつにはストレスなんてないんだろうなぁ。


 「そうなんですか?では、後は配送の手配のみですか。その辺りはどうお考えなのですか?ギル代表殿」


 お、ようやく俺に話を聞くようだ。というか、財布の紐はすでにフルオープンだった。金持っている国だなぁ。


 「公式の場でもないし、いちいち代表を付けなくても良いぞ。俺も今はマーキスって呼び捨てるから」


 「そうですか?ありがとうございます。それでは改めて、ギル殿はどうするおつもりでしょうか?」


 「その辺はキオルと相談だな。今は殆どが帝国の商人が魔法都市まで来てくれているが、それだとこちらが欲しいと思える時に、欲しい物が手に入らない。全てがそちらの都合になるからな。できれば、キオルの商隊を優遇して帝国へ入れるようにしてほしいんだが。な?キオル」


 「ォェッ。え?ああ、そうですね。その通りです」


 キオルはシリウスが近くにいるストレスに肉体が耐えられなくなってきたのか、先程からずっとえづいていた。所謂、『嘔吐反射』というやつだ。


 「なるほど……、では、キオル殿の商隊に交易用通行許可証を用意させます。そして、王国との国境に最も近い街へ納品して頂く、というのはどうでしょう?その際、帝国から輸出させる物も用意しておきますので」


 良いかもしれないな。この世界では基本的に行商人が、欲しい物がある国の街へ直接出向き、買い付けて戻ってくる。

 それをまとめて取引出来る街を設定したのだから、効率は非常に良い。

 米や酒、みりんが欲しい時に出向けば輸入出来ることになるしな。やっぱり俺たちも帝国の商隊がわざわざダンジョンを通って魔法都市に来なくて良いように、オーセブルクに支社を用意した方が良いかもしれない。

 それに帝国側が欲しい加工済みプールストーンも、キオルの商隊が出向けば注文しやすいだろう。


 「それで良い。キオルも良いな?」


 「ォ、ォェ。は、はい。問題ありません。あ、7のカードが来たので上がりです」


 「マジか!」

 「やるではないか」

 「素晴らしい!」


 えづいていながら勝利する、百戦錬磨の商人の意地を見せてもらったところで、交渉も終了する。

 後は、マーキスとキオルが話し合うだろう。


 「ふむ、ところでそろそろ小腹が空いたな」


 珍しく負けたことで、シリウス皇帝も体調の異常に気づけたらしい。

 カードゲームを開始してから8時間経ってようやくですか。そりゃあ、キオルもストレスで吐き気が止まらないはずだわ。


 「たしかに。なんでも、ギル殿に用意して頂けるようで感謝しきれません」


 もはやこいつらが強請りに見えてきた。遠慮なんて文字は、帝国の辞書にはないのだろう。


 「悪いが、今日はそんな凝った料理は用意してないぞ」


 「なに?」


 衝撃のニュースを今初めて聞いたとばかりに、シリウスは眉根を寄せる。

 怖い。いつ聖剣が鞘から抜かれるかわからないから尚更だ。


 「仕方ないだろう。突然来たんだから」


 「だから、一度連絡してからの方が良いと言ったじゃないですか、シリウスさん」


 マーキスもシリウスから話を聞いていたのか、楽しみにしていたようだ。


 「連絡をしたら、ギルの喜びが減るではないか」


 喜びではなく驚きです、シリウス皇帝。

 友人が遊びに来てくれることは嬉しいが、来る度に新しい料理を強要されるのは流石に厳しい。


 「まあ、シリウスさんにそれを説いても仕方ないですね。いまさらですし。今回は我慢しましょう。ね?シリウスさん」


 「ふん、マーキスが寛容だと立つ瀬がないではないか。仕方あるまい。ギル、さっさと用意しろ」


 強盗か何かかな?俺は今、襲撃にあった銀行員の気分だよ。

 全く仕方のない客人だ。

 俺は部屋の隅にあるコンロへ向かう。

 これはシギルに作ってもらったマジックコンロだ。地球のガスコンロと同じように、つまみを回すとプールストーンを掴んでいる器具が締り、火力が調整出来るもの。

 そして、近くに設置してある俺の背丈ぐらいの箱を開いて材料を取り出す。

 これも同じくシギルに作ってもらった、部屋に設置できる小型冷蔵庫だ。氷属性と風属性を使って内部の温度を下げている。5日に一度ぐらいでプールストーンに魔力を補充しなければならないが、それさえ忘れなければ非常に使いやすい。

 2つの設備を見たマーキスは「これもいいですね」と呟いていたから、いつか輸入の打診があるかもしれない。

 そして最後に、小さな箱型魔道具だ。

 俺は箱の蓋を開いた。すると、ほかほかの湯気が立ち上がる。

 そう、これは炊飯器だ。だいぶ前にシギルに作ってもらってはいたが、米が届かなかったから今日まで部屋のインテリアと化していた。それがようやく料理器具として活躍したのだ。

 これにはシリウスとマーキスの二人が驚いていた。彼らも米を主食とする国の住人だ。米を炊く面倒くささは知っているのだろう。

 この異世界の時代的には、土間のような場所に設置してあるかまどで米を炊いているはずだ。

 それが小型で火を熾さずに米を炊けると知れば、この反応にもなるだろう。


 「魔道具とは素晴らしいものばかりですね」


 「であろう?プールストーンも良いが、そろそろ魔道具の輸入も考えたい。ギルの話では、冒険者のような限られた状況下で活躍する者どもには好まれるが、商人の反応は良くないみたいだ。注目してはいるのかもしれんが高価だからな。プールストーンを手に入れて自分たちで似た物を作ったほうが安上がりと考えているのだろう。だが、魔法士の少ない帝国には完成品の方が良い。さて、それはさておきギルよ、どんな料理を作るのだ?凝ったものではなくとも、美味い料理なのだろう?」


 そうだったのか。今更ながらシリウスも色々と考えているんだなぁ。

 コピー品が出回ることは予想しているが、それでも地球の現物を知っている魔法都市産にはかなわない。

 シリウスは俺が異世界人とは知らないから、多分オリジナルの方がクオリティが良いと思っているんだろう。

 さて、そのシリウスだが、興味は魔道具から料理へ移ったようだ。


 「今日はチャーハンを作ろうと思う。簡単ですぐに用意出来るからな」


 「チャーハン、ですか?」


 「米を炒めた料理だ」


 「炒め飯のことか」


 「あー……、炒め飯ですか。それは、その……」


 マーキスの表情を見るに、がっかりと言いたいようだ。

 まあ、そうだよな。米が主食ならチャーハンぐらい帝国にもあるだろう。

 炒飯は地球の歴史でも随分と早くに登場する。7世紀には炒飯の原点とも言える『砕金飯』があったと記録にある。

 異世界の炒飯がどんなものかは知らないが、似たようなものが作られていても不思議ではない。

 だけど、そこは料理の腕と、地球の調味料でカバーしようじゃないか。

 俺は冷蔵庫から取り出していたマヨネーズをフライパンに垂らし、それからコンロに火を付ける。

 マヨネーズが焼ける香りが辺りに漂ってから、ご飯を投入し混ぜる。

 そして、すでに切ってあるネギのような野菜と、干し肉を投入しよく炒める。

 溶き卵も投入して更に炒め、塩コショウで味を整える。最後に軽く醤油を垂らして香り付けも忘れない。

 調理時間5分。簡単マヨ炒飯の完成。

 焦がし醤油の良い香りが部屋を埋め尽くしている。


 「よし、出来上がり。食べようじゃないか」


 俺が全員分を皿に取り分けて机に置くと、早速とばかりシリウスが手を付けた。


 「ほう?これがただの炒め飯では無いことは、マヨネーズを入れていた辺りで気づいていたが……。うむ、美味い」


 シリウスが食べたことで、マーキスも口に含む。すると、目を見開いた後、炒飯を凝視した。


 「これは……、帝国の炒め飯とは別物ですね。なんとも軽い。あ、いえ、悪い意味ではありません。帝国のはなんと言っていいか、水気が多いもので……」


 ああ、なるほど。要はベチャベチャなのね。それは確かにがっかりするな。


 「味はどうだ?」


 「とても美味しいです、ギル殿。何より、この焦げた香りが素晴らしいですね」


 おや、この宰相もかなり食通のようだ。焦がし醤油が好みだとはな。

 帝国の二人は、炒飯をキレイに平らげて満足そうにしていた。

 良かった。こんなんでも通用するなら、まだまだなんとかなりそうだ。宰相の接待も成功と言っていいだろう。

 交易の交渉も進みそうだしな。

 だが、これで終わりではない。満腹になったシリウスは、八時間前より元気になってしまったようで、この後さらに8時間のカードゲームをすることになった。

 当然、俺の仕事は進むどころか、一日遅れになってしまったのだった。

 ちなみに、キオルは炒飯を食べて吐き気と胃痛に苦しみ、より寡黙になったのは言うまでもない。

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