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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十三章 憤怒の像
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終わらない夜

 夜、街に灯る明かりは、まるで夜空に浮かぶ星々のようにも見える。その美しい景色は、しばしば金額で表現された。『百万ドルの夜景』と。

 これは百万ドルを投資して作られた景色という意味ではなく、神戸の六甲山から見た夜景の電灯を算出し、その電気代を換算した金額らしい。

 その表現が各地に伝わり、素晴らしい夜景の代名詞として使われるようになった。

 まあ、その百万ドルの夜景が、商業地区であくせく働く商業マンたちの残業している光景であると考えると、どこか悲しくなってしまうが。

 しかし、それは地球での話。異世界ではどうなのだろうか。

 俺の目の前に広がる光の洪水。元々、常闇の空間で何もなかったこの場所は、今は街が広がりいつでも昼のように明るい。

 異世界では魔法が存在している。この光景は魔法によるものだ。

 ここは魔法都市。異世界の夜に最も明るい街。

 魔法が存在するこの世界は、地球とは違う進化をしている。全てのものに魔法が使われるのだ。よって、電気による電灯は存在していない。

 プールストーンという石に魔力を込め、その魔力を消費して光の魔法を発動させている。

 もちろん自動で魔力が補充するわけではなく、人間が魔力を込めている。

 では、これを百万ドルの夜景に置き換えるとどうなるか。

 百万魔力の夜景だろうか?地球の表現以上に労働臭が濃くなった気がする。

 まぁつまりだ、どこも同じということだ。それが全く別の世界でも、労働者の努力と汗が美しい景色を生むのだということを忘れてはならない。

 俺はそんなことを考えてニヤリと笑い、素晴らしい夜景を見下ろしながらコーヒーを啜る。まあ、今は昼だけど。


 「ギル、笑ってる」


 「お兄ちゃん、楽しいこと考えている、です?」


 「いや、あれは現実逃避ッスね」


 「ギル様はもう3日も寝ていませんから……。大丈夫でしょうか?」


 「平気やろ」


 うるさいよ。この鎧は俺の何がわかるってんだ。

 俺は朱瓶 桐。地球の日本からこの異世界に召喚され、それ以来『ギル』と名乗っている。

 魔法都市は俺の本拠地で今は昼だが、ダンジョンの中の特別なエリアだから灯りがなければ真っ暗。そこに俺たちは街を作ったが、常に暗闇の空間なんて住みにくい。だから、俺はプールストーンを使って街に燃料を必要としない灯りを作ったのだ。

 俺はこの眠らない街、いや国の代表。国王と言っても良い。望んだことではなかったが……。

 国のトップともなれば街の外へと出掛け、戻ってくるたびに大量の仕事が待っている。しかし、灯りがあるからいつでもその仕事を片付ける事ができる。結果、俺は3日の徹夜をすることになった。

 俺もこの素晴らしい夜景の一部だったってことだ。皮肉だな。


 「眠い……」


 「ギル様、もう少しですからがんばってください」


 優しく微笑みながら綺麗な赤い髪を揺らす少女。彼女はリディアだ。

 元王女で容姿も美しい。細身ではあるが、十分な魅力を持つヒト種の女性だ。普段は丁寧な言葉遣いで柔らかい物腰だが、戦闘では前衛に立つ剣士でもある。

 そんな彼女が優しい言葉で俺を気遣う。

 だが、騙されてはいけない。俺はこの「もう少しですから」を3日連続で聞いている。リディアは俺を癒やす存在であり、俺をこの部屋に縛り付ける獄卒でもあるのだ。


 「そうッスよ、あと少しッス。あ、それで旦那、クリークが相談したいって言ってたッス」


 後少しと言いながら、仕事の追加を告げる幼女はシギル。見た目は幼く見えるが、年齢は二十歳。種族がドワーフだから、成人女性だとしてもこの容姿なのだ。

 戦闘ではリディアと同じく前衛を務めるが、武器は篭手のみ。格闘幼女だ。

 戦闘面でも心強いが、彼女がもっとも力を発揮できるのが鍛冶だ。俺たちは彼女の作る装備で戦い勝利している。パーティに必要な存在だ。

 祖父から継いだ鍛冶屋を潰さないことが夢であるが故に、彼女は努力家だ。

 シギルも俺と同じく三日間寝ずに槌を打ち続けている。なのに疲れを一切見せない。

 だが、一緒にしてほしくない。彼女は好きなことを仕事にしていて、俺はやりたくないことを仕事にしている。この差は大きいのだ。

 まぁ俺の場合、自業自得だけども。それでもモチベーションの違いだけはわかってほしいものだ。


 「それに三賢人も用があるって言ってたんスよね?エル」


 「もぐもぐもぐ、はい、もぐもぐ、会議、もぐ、です」


 口いっぱいにショートケーキを頬張る、少し耳の長い少女はエルミリア。愛称はエル。

 彼女は子供のような性格をしている。それは彼女がエルフだからだ。エルフは精神的な成長が遅い。だが逆に肉体的な成長は良好。いっぱい食べるからだろうか?

 戦闘ではクロスボウによる後衛からの援護射撃がメインだ。クロスボウでは有り得ない長距離射撃の命中率と、精確さで俺たちを手助けしてくれている。

 エルは俺を『お兄ちゃん』と呼ぶが、俺もエルを妹のように可愛がっている。

 だが、忘れてはならない。無邪気な彼女もまた、俺に仕事を上乗せしに来たことを。


 「あと、エリーもッスよね?旦那に用があるって……」


 「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ、うん、防衛システム?もぐもぐもぐもぐ」


 よく噛むね。良いことだ。だがエリー、君も俺に仕事を持ってきたのか。

 彼女はリディアと同じヒト種。そして、エルと同じくかなりの食いしん坊さんだ。

 美人でスタイル抜群。やっぱりいっぱい食べるから?

 だが今はその大きなお胸を全身鎧で隠している。それに関しては残念ではあるが、エリーの魅力はそこだけではない。

 最前線で大盾を持って俺たちを守る壁役。彼女がいるだけで安心感が違う。非常に魅力的だろう。

 だが、少々言葉が少ない。必要以上のことは話さないから、理解するのに苦労する。今回はおそらく「防衛システムはいつ作るの?」と聞いているのだろう。

 やっぱり仕事の催促だ。


 「あー、あとティアも用があるって言ってたで」


 エリーと同じように全身鎧、さらには室内だというのに兜までして俺のスケジュールが埋まったことを告げるのはティリフス。

 だが、鎧の中に肉体はない。

 ティリフスは元々精霊だったが、法国の前王に精神だけを鎧に移された存在だ。なんとか助け出すことに成功し、魔法都市へ連れてきた。今は楽しく過ごしている。

 日本の関西訛りっぽいが、これは精霊独特のイントネーションらしい。精霊弁だな。

 戦闘でティリフスは攻撃しない。それ以前にビビりだから敵に近づけない。だが、魔法や気配察知による索敵でサポートをしてくれているから、まあまあ助かっている。

 ティリフスが言っているティアというのも法国から連れてきた。彼女もまた法国の前王に肉体を改造され、半分が魔物化している。

 そんなティアでさえも俺に仕事を追加するのか。しかし普段、彼女はそんなことしないから、きっと大事な用があるのだろう。悪いのはティリフスということにしておこう。

 しかし、厳しい状況だ。三徹で頑張って書類仕事に終わりは見えてきたが、今仲間たちから言われたことはおそらくどれも時間がかかる仕事だろう。

 約一週間は予定がビッチリ埋まったことになる。この書類を今日中に終わらせなければ、最悪金持ちのようなタイトなスケジュールをこなしていくことになってしまう。せめて時間単位の睡眠は欲しいところ。

 それはマズイと俺は机に急いで戻り、書類の山の一番上にある羊皮紙を手に取って流し読みする。少しでも早くベッドに入るために。


 「ギル様、それにはなんと?」


 それに俺が慌てて仕事に戻ると、こうやって仲間たちが心配して手伝ってくれるからな。彼女たちがいると仕事が捗る。


 「んー、どうやらトイレに関する相談のようだ」


 「旦那も字がだいぶ読めるようになったんスね」


 「まあな、まだわからないところはあるけど……」


 異世界の言葉は不思議な力で聞き取る事ができるが、字に関してはその力は発揮されない。

 俺はこの世界に来てからずっと字の勉強をしてきて、ようやく読めるようにはなった。だが、まだ書くことはできない。読むだけだ。いや、自分の名前だけは書けるようになったか。書類に何百回とサインしているからな。

 難しい漢字を読むことは出来ても、実際に書くことは出来ないのと似ているかもしれない。

 俺がこの世界に来て初めて読んだ魔導書などは本自体に魔法がかかっていて、字が分からなくとも読むことが可能だが、そんな本は稀だ。普通の本を読む場合には、字を勉強しなければならない。

 俺にとって本を読むのは重要な趣味だ。だから字を読むことが可能になったのは喜ばしいことだが、読めるようになったことで、今まで他人任せにしてきた書類仕事も俺に回ってくるようになってしまった……。


 「トイレですか?魔法都市のはとても快適ですが……」


 「いや、魔法都市じゃなく、エルピスだよ」


 「なるほど、たしかにエルピスは使いにくいッスよね」


 人間にとってトイレは非常に重要なものだ。

 魔法都市は水洗トイレを採用している。ダンジョンでは様々なものが一定時間後、消滅または浄化される。死体やゴミ、今回の場合で言えば排泄物もだ。

 ただしゴミでも人間が金属を加工したものは消滅しない。いわゆる生ゴミのみだ。だが、それが水洗式のトイレを可能にしている。

 ただ、魔法都市はダンジョン内ではあるが、元々地下にあった空洞らしくこのシステムが適用されない。排泄物も自動的に消えたりしないのだ。

 では魔法都市で下水処理はどうしているのか。

 単純に各家庭からダンジョンの領域までパイプを引っ張っているだけだ。パイプの先のダンジョンの領域に大きな穴を掘り、そこに汚水を溜めている。一定時間後勝手に消滅してくれるから、溢れる心配もない。

 上水道はもっと簡単だ。魔法士に頼みタンクに水を溜めてもらったものを使用するか、水が出るプールストーンを使用するかだ。どちらも地球と同じように蛇口を捻れば水が出る。

 シギルが言ったエルピスのトイレが使いにくいというのは、汲み取り式だからだろう。匂いも衛生的にもよろしくない。

 しかしこれは仕方のないことだ。

 どちらかと言えば、この世界はまだ汲み取り式が一般的だからだ。

 トイレ大国日本でさえ水洗式の便器を設置し始めたのは1800年代後半。この異世界では、あったとしても川に直接垂れ流す程度だろう。所謂、『川屋(厠の語源)』だ。魔法都市のトイレの方が異端なのだ。

 だが、この水洗洋式トイレは使いやすく清潔。資金によってはウォシュレット付きだって可能だ。一度使用してしまったら最後、もう汲み取り式には戻れない。

 ちなみに我が城では当然ウォシュレット付きトイレを採用している。

 それはさておき、今回の相談もどうやら魔法都市でトイレを使用したエルピスの住人が、自分の街のボットン便所にウンザリしたようだ。特に宿屋の経営者たちが、自分たちも水洗トイレにしたいと連名でお願いしてきた。

 だったらT○TOさんのようなトイレを作る設備機器製造販売業者に頼めと思うかもしれないが、残念ながらこの世界にそんな優れた業者は存在しない。

 魔法都市のトイレは、俺が彫刻家と鍛冶師に頼んで作ってもらったものを住人に公開し、それを各々が自分たちで探した彫刻家と鍛冶師に注文して作っている。各家や各店で作りや素材が全く違うのだ。

 だから尚更、お願いされても困ってしまう。一定の基準さえ満たしていたらどんな形でも良いからか、見本がバラバラ。今回の相談者にも、自分たちで勝手に真似てくださいねとしか言えない。

 だが、こうして陳情が来ている。国としてはどうするか考えなければならない。当然、却下も可能だが、異世界で最も暮らしやすい国を目指す身としては、この相談内容は善処したい。

 トイレが人間にとって重要であるからこそだ。


 「さて、どうするか」


 「以前と同じように、見本を作って各自で頼んでもらうのが無難ではないでしょうか?」


 「やっぱりそうだよなぁ……。んー、シギル、この水洗式トイレは普及すると思うか?」


 「へ?あー、まあ使いやすいッスから、簡単に製造、設置出来るなら普及するんじゃないッスか?」


 製造、設置が簡単にできるという条件付きなら普及する、というのがシギルの予測か。

 シギルの商売センスは信用できる。彼女が普及するというならそうなのだろう。だったら事業にしても良いかもしれない。


 「じゃあ魔法都市に住む芸術センスのない彫刻家と、売れない鍛冶師を囲んでトイレ製造業者を創設するか」


 「良いかもしれないッスね。噂が広まれば、注文が殺到するかもしれないッス」


 「よし、じゃあシギル、お前トイレ製造業の代表な。彫刻家と鍛冶師を集めたら、俺に報告よろしく」


 「なっ?!やっちまったッス!また仕事が増えた!!」


 こういうことができるから、彼女たちが近くにいると仕事が捗るのだ。

 すまんな、シギル。ここで俺の仕事を見ながらケーキを食べていたことを呪うがいい。


 「なんだったらティリフスを自由に使っていいから」


 「ウチ、巻き添え?!」


 よしよし、これでこの件は解決だな。丸投げできるものはどんどんしていかないと。

 だが、投げやりになって丸投げしたのではない。

 シギルは製造に関してはプロフェッショナルだし、ティリフスは顔が広いから魔法都市に知り合いが多くいる。二人に任せれば、すぐに事業を開始できるはずだ。

 俺は羊皮紙に自分のサインを書いて、処理済みの書類の山に放り投げる。

 俺の仕事はこんな感じだ。羊皮紙の内容を読み、それに対処できる人物を割り当てる。今回のようにすぐに終わることもあれば、考えあぐねて数時間使うことも少なくない。

 だから俺はこんなことに丸々3日も使っているわけだ。

 俺たちは自由都市へ飛空艇を作りに行き、完成後そのまま王国に依頼された戦争に参加し、勝利後さらにナカン共和国ガウェイン城まで足を伸ばしてヴァンパイアと戦った。

 そうしてようやくこの魔法都市へと帰ってきたわけだが、一ヶ月以上も留守にしてしまった。

 そのおかげで、書類が山のように溜まったのだ。

 だが、それももうすぐ終わる。

 未承認書類はあと一山。羊皮紙を丸めて置いてあるから、あと数件ってところだ。今日の夕方には処理することができるだろう。

 ようし、今日は寝るぞぅ。

 皮算用を終えた矢先、勢いよくドアが開いた。開けた人物を見て、それが儚い夢だったと思い知る。

 彼は俺を見つけると、不敵に笑いこう言い放った。


 「ようやく帰ったか、ギル。この(おれ)、シリウスが来てやったぞ」


 シリウス帝国の皇帝シリウスその人だ。

 俺の四徹が確定した瞬間だった。

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