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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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ヴァンパイアの生態と新たな脅威

 『魔物専用スキル』と、ブルートは今言ったか?それはそのまま魔物だけのスキルという意味だよな?でも、それが人間である俺に付与されているのは事実なわけで……。それがどう解釈されたら残酷と思われるんだ?

 英雄を作り出す為とは言え、魔物のスキルを無理矢理付けることが出来るヒトという種は残酷だという意味か?

 ちょっと、わからんな。色々な意味に受け取れる。


 「ギル様?」


 おっと、考えすぎてリディアを心配させたようだ。まあ、ブルートの言葉に減らず口の一つも返さず、俯いて考え込んでいれば心配もするか。

 顔を上げて周りを見るとリディアだけではなく、仲間の全員が俺を見て心配そうな表情をしていた。

 どうやら思っていたより長い時間を思考に費やしていたようだ。


 「ああ、大丈夫だ。少し物思いに耽っていただけだよ。ブルート、残酷ってのはどういう意味だ?」


 俺が混乱してしまったのはブルートの言葉が足りなかったからだ。この言葉を使った張本人が目の前にいるんだから、聞いたほうが早いな。


 「言ったではないか。ヒトに扱えるものではないと」


 「いや、それは覚えているけど、もうちょっと詳しく教えてくれ」


 「……ふむ」


 なんだぁ?その思っていたより理解力が足りないようだなと言いたげな頷きは。ヴァンパイアからデュラハンにジョブチェンジさせてやろうかな。

 などと考えていたのを読まれたのか、ブルートは少しだけテンポを上げて続きを話した。


 「『反転』のスキルの性質は、文字通りの反転。裏側の部分を表に出す。当然、精神や思考も対象だ。君にもその実感はあるはずだが」


 「もちろん、実感はある。信用の出来ない情報源だが、殺意が反転していると聞いた。それが事実だったという実感がな」


 間違いなく地球にいた頃より攻撃性が増している。自分の事を分かっていなかっただけではないはずだ。


 「ヒトの精神を反転させて、無事だと思うのか?」


 ………たしかに、心を無理矢理変えるようなものだからな。元々白が好きだったのに、ある日突然、俺は黒がずっと好きだったと思うようになるということだ。

 だが、人間だったら突然の心変わりも有り得ない話ではない。とあるお笑い芸人が大好きだったのに、いつの間にか嫌いになっていることだってあるんだ。

 それに、他人に影響されて心変わりすることすらある。


 「他人に説得されて心を入れ替えることだってあるし、人間なら珍しいことではないんじゃないか?」


 「その通りだ。吾輩も魔物と言われているが、ヒトのように考える。しかし『反転スキル』を所有しているからな」


 そうだ、ブルートも同じじゃないか。ならば殺意を反転させた程度の俺は問題ないだろう。

 そう納得して話を終わらせようとしたが、ブルートの話にはまだ続きがあった。


 「だがそれは吾輩が長い年月を掛け、スキルによる変化に慣れていったからだ。さらに自分で手に入れたものであって、他人に付けられたものではない。ある日突然、それも他人に無理矢理ともなれば、精神にかかる負担は計り知れないものだろう。故に感情がない魔物専用なのだ」


 「……どうして自分が突然心変わりしたかを考えないから魔物は影響が少ないのか」


 動物や魔物の本能がどういうものかは哲学的な推論になってしまうが、おそらく単語的な信念のようなものだろうと俺は考える。

 動物であれば、『空腹』→『捕る』、『獲物』→『食べる』と言った欲求と信念が途轍もない速度で連続しているのではないかと。

 ただ、地球のとある哲学者は信念を持つためには概念が必要で、概念を持つためには言語が必要だと言っているから、俺の考えは正確には違うのだろう。

 対して、人間のような感情のある合理的動物は、これに思考という命題上の計算が加わる。『俺は食べたい』という欲求があり、『料理することで食料が出来上がる』という信念があって、『仕方ないから料理をするか』という意図になる。

 何が言いたいかだが、魔物が反転スキルの影響で『恐怖』が『平穏』に反転したとして、何故突然変わったのかという思考がまずないから、その欲求に従って行動するだけ。

 だが人間の場合は、『ゴキブリは怖いから排除しなければ』から『ゴキブリは怖くないからそのままで良いか』というような単純な反転では済まない。そこに『スプレーで遠距離から始末するか。いや、でも

音に驚いて飛んでくるかもしれない。一気に新聞紙でやるか?でも近づくのは怖い』などと細かい感情が沢山あったりする。

 それらが全て反転したとしたらと考えると、意味がわからなくなり頭を抱えたくなってしまうだろう。いや、もしかしたら精神崩壊を起こすかもしれない。致命的なエラーってやつだ。


 「殺意のみが反転しているのも、思考能力と精神への影響が少ない要因だろうな。それでも影響は少なからずあり、ヒトによっては気が狂ってしまうかもしれん」


 なるほど、だからアーサーはおかしいのか。地球でもあの性格だったら、何度か警察のお世話になっていてもおかしくない。間違いなく、心が少し壊れているはずだ、よね?

 もしかしたら、もっと具体的な設定があるのかもしれないしな。戦闘時のみとか。だから日常生活には全く影響がでずに過ごせている可能性が高い。

 それでも確実に安全であるとは言えない。

 だからブルートは、危険な実験のような召喚をした奴らは残酷だと言ったのだ。


 「残酷と言った意味が理解できたよ。だけど、長い期間生活しているが、そんなに不自由を感じていないから大丈夫だろ」


 「かもしれんな。見た限り吾輩の『反転』スキルの劣化版のようなもののようだしな。吾輩のように全ての感情がひっくり返り、肉体も行動も変化しないのであれば、それほど負担はかかるまい」


 そう言えばそうだった。ブルートの場合は、紙のような防御力から刀も弾く強い防御力に変化していたしな。もしかしたら『反転』後は、霧になるスキルも肉体強化のスキルに変化していたのかもしれない。

 存在そのものの『反転』が完全版としたら、俺の極一部の『反転』は劣化版だろう。

 心配は残るが、反転スキルについて多少理解できただけマシだろう。危険だとしても、このスキルに頼らざるを得ないし、今はどうにも出来ないからな。

 じゃあそろそろ本題に入ろうじゃないか。ここに長居したくないしな。


 「さて、今回俺はお前たちを見逃すことにしたが、これからどうするんだ?この城に残っても別に構わんが、高確率で王国兵が押し寄せるぞ」


 王国西での戦いが終わった王国兵はしばらく休んだ後、ナカン共和国を占領するためにここを目指すだろう。

 あの状態だと次の進軍までしばらくかかるだろうが、それでもここに雪崩込んでくるのは確実だ。

 その時、この城に残っていれば間違いなく戦闘になる。

 俺も正当防衛に対してぐだぐだ言うつもりはない。だが、その際に王国西戦場のようにゾンビで対抗したなら、それは俺の警告を無視したことになる。俺は同じような事件を耳にしたら次は必ず殺すと宣言しているからな。

 つまりブルートとレイアの二人で何十万、何百万の兵と戦わなければならない。それはさすがに無理があるだろう。


 「当然、レイアと共にここを去る。吾輩らが王国に攻めたのだからその逆も覚悟しているが、わざわざ殺されてやる必要はないからな」


 レイアが戦い方を決めたとは言っていたが、ブルートたちから王国へ攻めたのか。なるほどな、それで劣勢になったから俺を地球から召喚したわけだ。

 だいぶ話が見えてきた。が、今は王国のことはどうでもいい。

 問題は逃げてどうするかだ。俺の耳に入らない生き方は、彼らにとって窮屈だろう。


 「事件を耳にしたら殺すと宣言した俺が言うのもなんだが、血を吸わなければ生きていけないお前たちには厳しい状況になるだろうな」


 ブルートは人間から血を吸っても殺さずに帰すと言っていた。だが血を吸われた人間としては、危険なヴァンパイアと敵視せずにはいられない。

 結局は逃げ回るような生活になるはずだ。


 「その心配はない。吾輩にも家族がいるのでな。妻に血の提供を協力してもらう」


 「「「「「えっ?!」」」」」


 その場にいる全員が驚きの声を上げた。でも、なんでレイアまで驚いたんだ?妻がいるってことは話していなかったのか?

 しかし何より驚いたのが、血を提供してもらうということは人間だということ。ヴァンパイアと知っていて結婚したことだ。


 「……吾輩にも感情はある。元々はヒトだったのもあり、好ましい女性を手に入れたい願望があっても不思議ではない。これを切っ掛けに戻るのもいいだろう」


 いやいや、そういうことを言っているんじゃないんだよ。

 っていうか、リディアが王国へ逃げた頃から帰ってないんじゃ、さすがに奥さんもブチギレてるだろ。そういう時はこのヴァンパイアも土下座して許してもらうのだろうか?


 「たまにいなくなって、しばらく帰って来なかったのは奥さんに会いに行ってたのね……」


 レイアがか細い声で呟いたのが耳に入った。

 ああ、時々は帰ってたのね。奥さんが怖いのはどこの世界も同じということか。

 その辺りは心配なさそうだが、大事なことを忘れている。


 「レイアはどうすんだ?暴力的思想もだが、奥さん的にも受け入れがたいだろ」


 「妻には血を分け与えた子がいることは伝えてある。吾輩に生殖能力がないこともあり、子供ができたと喜ぶだろう。レイアの暴力的な感情の根本は、自分が強者であると思いこんでいる部分が大きかった。しかし、ギルの存在がそれを否定してくれた。これだけ怯えているのだから、これからは無闇矢鱈とヒトを攻撃しようと思わんだろう」


 そう言われ、俺がレイアを見ると彼女はビクリとした後、さらに縮こまっていた。

 たしかにここまで怯えていれば、俺が生きている間は悪さをしようと考えないか。


 「それに、今までは他人の子供を預かっているように接していたのもあって、教師のような教え方をしてしまった。もちろん、吾輩が血を分け与えて蘇らせたのだから我が子同然ではあるが、ヒトの父娘とはまた違う。それでも、非人道的な行いの責任はそういう存在を生み出してしまった吾輩にあるのだ。故に、その時は吾輩が罰を受けよう」


 「あ……、あの時聞き取れなかった言葉はそれだったのね。『吾輩が罰を受ける』」


 レイアがまた小さい声で呟くと、ブルートが頷いた。

 どういうことかわからんけど、どうやら過去にその話をレイアとしていたようだ。


 「だがこれからは、レイアを我が子のように育てることにする。教育もだが傷ついている精神のケアも含めてな。それでもまだヒト種を滅ぼす思想に取り憑かれているようなら、吾輩が止めよう。それで良いな?レイア」


 「う、うん」


 なんだか動揺していそうな返事だが、レイアの表情はどこか嬉しそうだ。

 ブルートがレイアを止めると宣言したことよりも、我が子のように育てると言ったことに喜んでいるようにも見える。もしかしたら、レイアはすでにブルートを父親のように思っていたのかもしれない。

 なんだか勝手に感動的な話になっているが、大事なのはブルートが面倒を見るという点だろう。どうやらレイアに関しては心配する必要はなさそうだ。


 「それならいいが、後ろで丸焦げになっているヴァンパイアは良かったのか?」


 俺たちはヴァンパイアを一体殺している。それについては何もないのかと疑問に思ったのだ。


 「正直に言えば悲しみはある。しかし、正確には吾輩が血を分けていないからな。レイアに比べれば遠い親戚が死んだようなものだ」


 そう言いながらブルートはレイアに視線を移す。感電死したヴァンパイアはレイアが生み出したということだろう。

 なるほど。ヴァンパイアの血を分け与えるというのはそういう感覚なのね。俺たちはレイアにとって、怖がられる存在であり、子を殺した恨みの対象になったわけだ。

 まあそれでも別にいいけどな。レイアが悪さをしなければ、二度と会うことはなさそうだし。疑問の答えも聞けて一安心だ。

 この後もヴァンパイアのことについて色々聞いた。

 この世界のヴァンパイアは、ブルートが言っていた通り自分の血を分け与えることで数を増やすことが出来るが、それは数十年に一度程度らしい。

 能力の制限もあるが、レイアのように死にかけていて助ける場面に出くわす出来事も多くあるわけではないからだ。ヴァンパイアが増えすぎても困ることなるから控えているとも言っていた。

 異常繁殖させて襲われる心配もないわけだ。

 ヴァンパイアの能力についても聞くことができた。

 長く生きれば生きるほど、能力が増えていくそうだ。しかし、増えたからと言って強くなるわけではないとブルートは言っていた。

 能力を使う時、血を摂取して溜め込んだマナを使う。当然、そのマナが無くなれば能力も使えなくなるし、そのマナはヴァンパイアにとって生命力でもある。

 能力を使うということは、彼らにとって命を削っているのと同じなのだとか。この辺りは、どんなことにも対価が必要という俺の予想通りってことだな。

 これらを聞けたことで、ヴァンパイアが脅威でなくなったのは確かだ。他のヴァンパイアに襲われても無事に切り抜けることができるだろう。


 俺がブルートと話している間に、リディアとレイアが二人で話し合っていたようだ。

 リディアはどうやら感情の整理が出来たみたいで、レイアを許すことにしたみたいだ。最後は二人共笑顔だったしな。

 レイアも初めのあの傲慢な態度はどこへ行ったのか、まるで憑き物が落ちたように冷静だった。まあ、俺には最後の最後まで怯えていたが。

 ちなみに俺とリディア以外の仲間たちは、俺たちが話している間に街を探索してきたそうだ。商店などにも行ってみたが閉まっていたらしく、この辺りの素材や珍しいものを手に入れることが出来なかったことに残念がっていた。

 それでも長い期間、鎖国同然の国を自由に見て回れたことには満足したみたいだ。残酷なことも見てきたから良い気晴らしになっただろう。


 そして、このガウェイン城から去る時が来た。


 「それではレイア、元気でね。私が生きている間に悪さをしてはいけませんよ?」


 「はい、リディア姉様」


 二人は微笑みながら挨拶を交わす。わだかまりが全て消えたわけではないが、それでも殺し合うだけの間柄ではなくなったみたいだ。

 別れは済んだようだな。

 当初の目的とは違う結果に終わったが、これはこれで悪くない。

 ブルートもレイアを娘として生きていくことを決意したようだし、もう無茶はしないだろう。

 俺が手を軽く上げ、ブルートに別れを告げると、彼は小さく頷いて俺たちを見送った。


 「よし、帰るか!」


 俺の言葉に仲間たちが元気よく頷くのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 ギルたちがガウェイン城を出てから一ヶ月後。

 オーセリアン城に報告書が届いた。

 謁見の間でその報告書を大臣が読み上げている。


 「えー、よって西の戦場にいたアンデッド五百万は殲滅された」


 「「「おおっ!!」」」


 その報告書は戦勝報告だった。

 オーセリアン王と共にその報告を聞くために、各地から貴族が集まっていた。この歓声はその貴族たちのものだ。


 「さすが、オーセリアン国の英雄であるな!」

 「うむ、もはや帝国すら恐るるに足らずよ!」


 貴族たちはギルたちという冒険者パーティが倒したことを知らないからか、英雄を称える声や、勝利に酔いしれている声がそこら中から上がる。

 しかし、オーセリアン王は目を閉じたままで、言葉を発しない。否定も肯定も。

 なぜなら、まだ大臣の報告に耳を傾けていたからだ。


 「えー、その後、ナカン共和国の首都へ兵を進め制圧に成功。しかし、此度の戦を仕掛けたブルート・ナカン王は、城の玉座にて焼死した状態で発見。不思議な状況ではあったが、この瞬間、勝利が確定し、ナカン共和国は我が陛下のものとなった。と、そう報告書に書かれております」


 敵国の王が玉座で焼死という部分で一瞬だけどよめくが、陛下のものとなったと大臣が言うと、それは大歓声に変わった。

 ナカン共和国という国がなくなり、オーセリアン王国の領土が広がったのだからこの熱狂は当然である。

 ただし、焼死したのがブルートでなく、別のヴァンパイアであることを知らないからこその喜びだが。

 オーセリアン王も言葉を噛みしめるように何度か頷いて、それから鎮めるために手を上げた。

 歓声は少しずつ収まって行き、王の声を聞くために完全な無音となった。

 それからようやく王は口を開く。


 「大義であった。英雄もであるが、兵士もよくぞ戦ってくれた。この勝利は彼らのおかげであろう」


 貴族たちも頷き、いつでも声を張り上げ、拍手が出来るように準備をする。

 しかし、オーセリアン王の言葉はまだ続いた。


 「しかし、ナカンとの戦に勝利した兵たちは、まだ他にもやってもらうことがある。大臣、兵はまだナカンにおるのか?」


 「は、元ナカン共和国、首都にて休養、いえ待機しております」


 「良し。彼ら英雄の兵士たちに命を下す」


 戦い生き残った兵たちにはまだやってもらうことがある。そして、その立役者らに王が命令を出すとなれば、この王都に戻り凱旋をすることだ。

 この場にいる貴族たち全員がそう思っていた。

 だがその後、王の口から出た命令は、全く別のことだった。


 「全軍、転進。目標、自由都市国境、迷宮都市オーセブルク」


 貴族どころか大臣ですら、口をあんぐり開けて唖然としていた。

 王はそれを無視し、目的である最後の言葉を告げた。


 「魔法都市を攻撃せよ」


 これがギルにとって最悪の始まりであった。

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