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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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負けない戦い方

 リディアの渾身の一撃が弾かれた。

 盾や武器で弾かれたのではなく、肉体にだ。今ブルートは鋼鉄のように硬いってことだ。

 それに奴が言った言葉が気になる。スキル『反転』。

 俺に付与された裏スキルと同じ名だ。しかし……、どうやら俺のとは違うようだ。

 今までのブルートの表情とは全く違う。

 表情の変化など僅かで、態度や姿勢だって紳士のような振る舞いだったのに、今は自信に溢れた表情で、わずかに口元を緩めている。そして態度も胸を張って顎を上げ、見下ろすようにリディアを見ているのだから天と地の違いがある。

 さらに。


 「やぁるじゃあないかぁ。吾輩にこれを使わせるとはなぁ」


 口調まで変わっている。ていうか、話し方がクドくなっている。

 これが演技である可能性もあるが……、どうだろうな。

 俺に付与された反転スキルとは根本的に違いすぎる。俺のは殺意のみの反転で、言葉遣いや態度に変化はない。

 ないはずだ。

 地球人である俺は無意識に殺意を抑え込む。そのリミッターを解除する役が反転スキル。らしい。

 同じ地球から来たアーサーの言葉だから全く真実味がないが、それでも俺たちとは全く違うと言える。あんな風に体を鉄のように硬くなんて出来ない。

 本当に反転スキルなのだろうか。

 リディアもそのあまりの変化に驚きを隠せていない。

 それでもリディアは気持ちを切り替えて、すぐさま攻撃を仕掛ける。

 先程のは力重視の攻撃だったからか、今度は速度重視の攻撃だった。

 弾かれたリディアの刀が揺らめいたと思ったら、白い剣閃の軌跡を残しながら三撃。

 文字通りに瞬く間で三度斬ったのだ。

 だが、鋼鉄で弾いたような音が響く。ブルートの無傷が予想できた。

 リディアは小さく舌打ちをすると、バックステップし距離を取る。

 その瞬間、今リディアがいた場所にブルートの拳が空を切った。

 そして、その攻撃から生まれた風圧が、俺が座っている場所まで伝わってきた。

 怖っ!どんだけのパワーで殴ったんだよ。あんなもん、一発で意識を刈り取られるぞ。普通の人なら、あの空振り音だけでも漏らすかもしれない。

 しかし、リディアは冷静だな。動揺していたはずなのに、すぐ切り替えできるのが凄い。


 「チマチマと、速いだけが取り柄の攻撃よぉ」


 ブルートはそう言いながら首を回し、手で来いとジェスチャーをする。

 それを見たリディアは無表情だった。だが、内心では腸が煮えくり返る思いだろう。何千何万と刀を振り続けた努力が、速いだけの攻撃と言われたのだから当然だ。

 だからなのか、リディアは上段に構えを変えた。

 先輩や格上相手に上段の構えは失礼と言うが、いくら腹がたったからという理由で取った構えではないはずだ。

 斬り下ろすことに関しては最速である上段の構え。おそらく、速さと力強さを併せ持つ攻撃をしたいからだろう。

 リディアの次の攻撃は上段からの斬り下ろしで間違いない。

 さらに言えば、リディアが斬鉄の際によくする構えでもある。

 リディアはブルートの鋼のような肉体を斬るつもりだ。


 「シッ」


 リディアが距離を詰め刀を振り下ろすと、白い軌跡は一直線に真下へと伸びる。

 だがブルートは本能で危機を感じたのか、今までノーガードだったのに腕を前に出して防御した。

 結果、ブルートの腕から血が吹き出した。が、腕を切り落とすことは出来なかった。

 リディアの技術はダメージを与えることが可能だと証明された。でも、倒すことが可能かは別だ。

 斬鉄や兜割りと言われる技は、剣術において奥義と言える。

 習得するのも繰り出すのも難しいから奥義なのだ。

 鉄の厚さなどの不確定要素も絡んでくるのだから当然だろう。

 つまり、そうポンポンと出せる技じゃない。リディアでも成功率は70%あるかないか。それもこの世界のペラペラの鉄鎧を、落ち着ける状況下で斬った場合でだ。

 今の状況で成功させたことは見事と言う他無いが、尋常ではない速度で動くヴァンパイアにそう何度も成功するかどうか。


 「……なんじゃこりゃあ」


 ブルートが切れた腕から流れる血を見て呟く。それからプルプルと体を震わせると、歓喜に打ち震えたような声色で感嘆の声を上げた。


 「おぉ!!なんとアグレッシブな剣撃か!先程のは無礼な物言いだった……。今の攻撃は……、ん~、エクセレント!吾輩にはいつ斬られたのかすらわからない。つまりぃ!!最速、いや、神速と言って良い。しかし、攻撃は力強く苛烈。静と動を併せ持つ、極められた剣。まさしく剣技の探求者よ。これならば、吾輩も本気で戦える」


 捲し立てるような称賛だったが、最後の『本気で戦える』という言葉に嫌な気配を感じたリディアはすぐに距離を取った。

 だが、距離を取ったはずなのにブルートは既にリディアの目の前にいて、拳を振り上げていた。

 予想通りで、予測以上の瞬足。


 「逃げてんじゃぁねええええ!」


 ブルートは叫びながら拳を振り下ろす。

 リディアは瞬時に避けることを選択し、迷わず横に飛んだ。

 振り下ろされたブルートの拳は空を切り、そのまま謁見の間の床に叩きつけられ、拳どころか肘辺りまで床を突き抜けた。

 やっべぇ。なんだあの攻撃は。瞬足に乗せたパンチだから威力ハンパない。床は崩壊せず、腕の形に穴が空いている。ということは、貫通力があるということだ。

 これが大地なら陥没するぐらいの破壊力だろう。

 見た感じ、あの聖王の攻撃力にアーサーの速さを持っていると考えればいいか。そのヤバさが理解できる。


 「はぁはぁ」


 今まで疲労を表に出していなかったリディアが肩で息をしている。それだけの危機だったということだ。


 「ん~、焦り吐く息もセクシーだ。生きるか死ぬかの攻防。吾輩のテンションも最高に盛り上がっているぅ」


 あ?うちの娘でナニ興奮してんだ?ナニ盛り上がってんだ?!この城にアク○ズ落とししてやろうかな。このギルが粛清してやろうかな!

 もうリディアに任せるとか関係なく俺が直々にと思い、立ち上がろうとするがリディアが俺を見て首を横に振る。

 最後まで自分が戦うと言っているのだ。


 「くっ!これが代表となったツケか!」


 「何言ってんスか。静かに見るッスよ」


 「あ、はい」


 辛い。などと言っている場合ではなかった。戦闘は続いている。

 床から腕を引き抜いたブルートは、さらに攻撃を仕掛けていた。

 リディアは刀で弾き、回避して直撃は避けているものの防戦一方だ。しまいには壁に追い詰められる。

 それでも巧みに刀でブルートの剛拳を弾いている。

 ブルートは壁があろうが構わず拳を振り抜いていて、謁見の間の壁は蜂の巣のように穴が空いていった。

 リディアも負けじと反撃するが、そんな状況では斬鉄の成功率も低くブルートに与えられたダメージは皆無だ。表情に焦りなどは見えていないが、実際は冷や汗モノだろう。

 ブルートの攻撃はただのパンチ。だがそれが、一撃で戦闘不能になる攻撃力なのだ。俺たちの中でも、その状況下で完璧に防御し続けることが可能なのは限られる。

 被弾しても、たぶん死なない。けど、戦闘に復帰することはできない。その上、相手にダメージを与える手段が少ない。

 八方塞がりだ。そう思うのが自然。

 でも、俺たちはリディアの戦いを、ハラハラしながらも冷静に見ている。助けることもしない。

 なぜなら、もう倒し方はわかっているから。リディアも、おそらく皆も。

 どうやって倒すのか?

 さっきと同じことをすれば良い。正確には倒すことはできないが……。

 反転を使う前と後、どちらもチート級の能力だ。だとすれば、能力を使うための代償が大きいということだ。

 つまり、ブルートは鋼のような肉体と、爆発的に上昇した攻撃力で戦い続ければ、必ず近い将来限界が訪れるということ。

 リディアも理解しているから焦っていないのだろう。無理な攻撃を止め、防御に徹することに切り替えている。

 ブルートの拳打を、リディアが弾き、受け流し、回避する。その攻防を長い時間繰り返した。

 そして、その時は突然訪れた。

 ブルートの振り抜いた腕の所々がヒビ割れ、血が吹き出したのだ。


 「むぅ!!」


 それでも構わずブルートは攻撃を続ける。

 拳を振り抜くたび、身体のどこかがヒビ割れ血が吹き出す。目や鼻、耳からも血が流れ始めた。

 ブルートが拳を振り上げるが、フラフラして先程の剛拳が見る影もない。

 そして、リディアの姿すら見えていないのか、いない方向へと拳を振り抜き、そのままドサリと倒れた。

 終わったな。

 そう思ったが、ブルートは諦めていないのかプルプルと起き上がり、片膝をついたまま嗤ってまたも手招きをした。

 まだ終わっていない。かかってこい。そう言っている。

 なぜそこまで……。どんな理由で戦い続ける?死にたくないから?俺は死んだことがないから分からないが、戦い続けるよりも死んだ方が楽なのではないか。そう思える状態だぞ。

 リディアも見るに堪えないと思ったのか、ブルートに声を掛けた。


 「もう………、良いのではないでしょうか?」


 そう言われ、ブルートは天を仰ぐ。


 「そうだな……。もう腕も上がらない。スキル『反転』解除……」


 スキルの解除。そう言ったが外見での変化はない。だが、徐々に傷が塞がっていくのがわかる。これがヴァンパイアの治癒能力というやつか。これにも何かしらの代償を払っているのだろうな。

 さて………、決着だ。なんとも呆気ないと思えるが、それは見ているだけだったからだろう。リディアにこんなことを言ったら怒られてしまう。

 勝負はついたが、さて、これからどうするか。スキルを解除した今、頭部を魔法剣で破壊することは簡単だろう。もう霧になって逃げることもできないはずだ。

 しかし、俺が決めることじゃない。


 「リディア、どうするんだ?」


 「………何がでしょうか?」


 わかっているはずだ。勝負はついた。残っているのは当初の目的である、ヴァンパイア討伐。トドメだ。

 でも、それはリディアが決めること。俺は別にどっちでも構わない。


 「リディアが決めていい。殺すか、生かすか」


 そう話すと、ブルートは俯き、ゆっくりと目を閉じた。


 「ギル様は――」


 「俺のことはいい」


 俺の意見を聞こうとしたから遮ってこう言った。するとリディアはレイアとブルートに視線を移した後、目を閉じた。

 長考。その間、俺たちは何も言わず、ブルートも静かに待っていた。

 そして、リディアが静かに目を開く。


 「すみません、ギル様。今回は殺せそうもありません」


 そう言いながらリディアは深く腰を折って謝った。

 ブルートを殺す事ができなかったのだ。

 その答えを聞いたブルートは大きく目を見開く。


 「良いのか?」


 「構いません。もはや、私たちにとってあなた方は敵ではないですから」


 これがリディアの決断だった。

 少し表情が暗いのは、おそらく俺が失望しているのではと思っているからだろう。人と戦うこともある。そう言い聞かせたのに、殺すことを躊躇ったから。

 でも、俺は誇りに思う。だから、俺も今回は殺さないことにする。リディアだってそう望んでいるはずだから。


 「よし、じゃあ殺すのは止めてやる」


 「………レイアもか?」


 レイアのトドメは俺の権利だ。だが、もう殺さないことを決断した。


 「ああ、レイアもだ。だが、もしまた同じような事件を耳にしたら、次は必ず殺す。リディアが言ったように、俺たちに負ける要素はない。大量のゾンビで仕掛けてきても無駄だぞ」


 そう言って仲間たちに視線をやると、全員が頷いてくれた。


 「…………感謝する」


 ブルートはそう言うと、もう一度天を仰いだ。



 それからブルートは傷が塞がるのを待ち、動けるようになると玉座へ向かった。

 シンドいから座りたかったわけではない。そこにヴァンパイアにとって大事なものが置いてあったからだ。

 それはコルクで蓋がしてある試験管のようなものだった。中には赤い液体。間違いなく血だろう。

 それを二本手に取ると自分で一本飲み、レイアにも一本飲ませた。

 するとレイアもゆっくりと傷が塞がり、数時間後にはすっかりと元通りになって、立ち上がることも出来るようになった。

 ただ、俺たちが怖いのかブルートの背後に隠れて一言も話さなくなったが、まあ、それはそれで静かになって良い。

 反省をしてくれたってことだしな。ヴァンパイアは強いが決して無敵ではないことを理解できれば、無茶なことはしなくなるだろう。

 俺たちも落ち着いたところで、また椅子に座り会話をすることにした。

 俺がこいつらを殺さなかったのは、何も同情や感情を揺さぶられたからだけではない。

 聞きたいことがあるからだ。

 その情報料として、命を奪わずに助けたのだ。

 頭の良いブルートにもそれはバレている。


 「で、吾輩に聞きたいことがあるのだろう?」


 こう言って来たからな。

 俺が聞きたいこと。それは当然あのスキルのことだ。他にも色々あるけれど、まずはそれから。


 「スキル『反転』。俺も同じスキルがある。どんなスキルなんだ?」


 「ふむ、召喚された時に無理矢理付与されたと言ったところか?なんとも残酷なことをするな、ヒトは」


 「残酷?」


 「『反転』はヒトに扱えるものではない。なぜなら――」


 それは俺の高い知能ステータスでも理解するのに時間を要した。ブルートがこの後に話す言葉と残酷という言葉の意味がつながらなかったから。


 「魔物専用のスキルだからだ」

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