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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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レイアとブルート

 ここはどこだろう。私は何をしていたんだっけ?すごく暗い。

 いいえ、真っ暗だわ。何も見えない。寒くて、なんだか息苦しい。怖いわ……。

 でも、前にもここにいた気がする。いつだったかしら……。

 ……………思い出した。あの男に殴られた時だ。

 あの日、城から抜け出した。楽しくない勉強や、自分勝手な姉さまたちを見たくなくて、気晴らしのつもりで街に行った。

 そして、あの男に殴られた。私が王女だってわかったのね。

 もちろん、黙って抜け出したのだから護衛なんているわけがない。

 私はこの時、どうして殴られているのか理解できなかった。どうして民が私を殴るのか理解できなかった。

 正直、私もいけなかったと思う。

 心のどこかで、国民は私の使用人か奴隷のようなものだって思ってたから。

 私の態度が、男の最後の理性を崩壊させたのね。

 そのまま何回も顔を殴られ続けて、後頭部に強い衝撃を受けた。

 その時ここに来たわ。真っ暗で何もない場所。匂いも音も、私の体も無い所。

 あの時はすぐにブルートが助けてくれた。

 目を覚ました時はなんて言ってたっけ……。ああ、ふふ、そうだ。こんなこと言ってた。


 「蘇ったか」


 この声を聞いた瞬間、真っ暗な所から引き上げられて、現実へと戻った。

 当時はまだ子供だったから、この言葉を聞いてもなんとも思わなかった。少し考えれば、私が最悪の状態だったことがわかったはずなのに。


 「え……、あなたは?はっ、あの男は!?」


 自分の状態より、目の前の会ったこともないヒトが誰なのかという方が、幼い私には大事だったのね。その次に私を殴った男がどこにいるかだったわ。


 「心配ない。あの男は逃げたよ。今は吾輩と君だけだ」


 心の底から安堵したのは初めてだった。不思議よね。ブルートだって見ず知らずの男なのに。助けられたからかしら?

 それから私の記憶があやふやだったから、詳しい状況を説明された。

 男に殴られたこと、重症だったこと。


 「でも私、無事ですけど……」


 「いいや、今も顔は腫れているし、後頭部の傷だって塞がっていない。正直に言えば君は限りなく死人に近い存在だ」


 これが子供に話す内容?当時は半分も理解できなかったわ。

 ただ、そう、ただなんとなく、私は死んでいたのだと直感で理解した。


 「残り僅かな命ですか?」


 不思議な魔法の力で、もうすぐ訪れる死を少しばかり延命している。魔法だったらそんな奇跡も可能ではないかと、子供が考えそうなことね。


 「それは君次第だ」


 「え?」


 ブルートは懐から小さな瓶を取り出した。赤い液体が瓶の中で揺れている。


 「今日中にこの瓶の中身を飲めば、君は新たな存在として生き続ける事ができる。ただし、それが幸せなことかどうかは議論が必要だが」


 ブルートの話は難しすぎると感じてた。今もそう感じるけどね。

 たぶんブルートは子供の知能に合わせることができないのね。

 だから私が首を傾げるのは当然といえば当然だった。

 ブルートが困った表情で頬を掻く。


 「そうだな……、この瓶の中身を飲めば生き続ける、飲まなければ死ぬ。しかし、飲めばヒトとして生き続ける事ができない。………これも難しいか。ふうむ……、そう、魔物になる。これでわかるか?」


 衝撃的だった。魔物になる。子供でも迷うには十分だった。

 なぜそんな怖いことを言うの?こんな風に思ったのを覚えている。

 でも子供というのは恐ろしいもので、自分の人生の岐路よりも興味が勝ってしまうことがある。

 私はブルートにこんな質問をした。


 「あなたも……、ヒトじゃないの?」


 これを聞いてどうするのか。ヒトでないなら亜人型の魔物ということになるのは、子供でもわかること。

 つまり、私は魔物と二人きり。それに赤い液体だって怪しく見えてくる。騙されている可能性も十分にある。

 だけど、恥ずかしいことに私はこんな考えはなかった。死にかけたばかりなのに危機感が足りないと思う。いいえ、死にかけたから危機感がなくなったのかも。

 とにかく、私は興味で恐ろしいことを聞いてしまったの。

 でも、ブルートは優しい表情で頷くだけだった。

 それに対して私はキョトンとしたわ。だって魔物が、魔物を敵対視しているヒトを助けているんだもの。それも邪悪な笑みではなく、優しく微笑んで。

 こんな顔にもなるでしょ。

 そんな私を見たブルートは、苦笑いしてから自分の正体を話してくれた。


 「そう。君たちヒトからは、吾輩は魔物と呼ばれている。吾輩はヴァンパイアだ」



 ブルートがどういうことか細かく教えてくれた。時間を掛けてゆっくりと。

 私は既に死んでいること。それをブルートが一時的に蘇らせたこと。赤い液体はヒトの血であることも。

 この時の私は、ブルートの言った通り死人に限りなく近い存在だった。

 棺桶に片足を突っ込むという例えを聞くけれど、この時の私は棺桶に入って埋められる寸前。後はお祈りされて土をかけるだけで死んでしまう存在。

 男に殴られた時、地面にあった石で頭を強く打ってしまったの。それが致命傷だった。

 一日だけの延命。引き伸ばされた死に間際。

 だけど、チャンスを与えられた。

 血を飲めば、私はヴァンパイアに変わることが出来る。ヒトと同じように生きることは出来ないけれど、人生を続けることが出来る。

 話を聞き終わった私は、迷うことなく瓶の中身を飲み干した。

 この時、初めてブルートの驚いた表情を見たわ。ブルートが驚いた表情をしたのはこの時が最初で最後。

 私はなんでブルートが驚いているのか不思議だった。

 考えてみれば、既に性格が歪んでいたのね。

 だって、ヒトとしての尊厳を守って死ぬより、魔物として生きることを選んだんだもの。

 歪んだのはあの男に殴られたからか、またはずっと前からなのか……。

 でも、私は生き続けることが出来る。そのことが最も大切な事だ。

 その日はそれで城へ戻った。

 数日間、部屋から出ずに過ごした。顔の腫れが引くまで待つために。

 頭の傷はすぐに塞がったが、顔の腫れが引くには時間がかかった。ブルートが言うには、致命傷だった傷を治すのに治癒能力の殆どを使っていたせいらしい。

 腫れが引くと、私は毎日ブルートに会いに行った。親密になったけど、恋人になったわけじゃない。

 たぶん父親のように慕っていたと思う。私のことなんて興味のない実父がそうさせたのだろう。

 色々な話をした。色々なことを教わった。何より、ブルートの話は面白かった。城で勉強を教えてくれる先生なんかよりずっと。

 森でヴァンパイアとしての身体の動かし方も教えてもらった。ヒトなんか比べ物にならないくらい速く、強い力に驚いた。リディア姉さんより強いと確信したもの。

 でもブルートはヴァンパイアとしての能力を活かすより、ヒトに紛れることを入念に教えた。速さと強さを抑え、自分を弱く見せる方法を。

 私はどうしてこんなことを教えるのか理解できなかった。

 だってそうでしょ?ヒトより強いのに。その気になれば圧倒的な力で従えることもできるのにって。

 でも、私はブルートに従った。ブルートは私の恩人で父親で先生。彼の言うことは女神様の言葉と同じだもの。

 長くは続かなかったけどね。

 私がヴァンパイアになったからか、ヒトの醜さがよく見えたの。

 イジメをする子供たち。子に虐待する親。妻に暴力を振るう夫。

 視力も良くなったから、街の隅々を観察した。観察すればするほど、ヒトが醜くく見えた。

 窃盗、強姦、殺人。他にも色々違法とされることを見た。

 衛兵に見つかれば処刑されのが確実な行為が、毎日そこら中で起こっている。

 結局、ヒトとはなんなのだろうか?

 ヒトは自分以外を信用しない。ヒトは自分以外を傷つける。ヒトは自分以外を破壊する。ヒトは自分以外を殺す。ヒトは自分をも殺す。

 彼らに存在価値はあるのだろうか?

 ヒト以外の存在になった私には、彼らが世界に必要とは思えなかった。

 そういう考えに染まり始めた頃、ある光景を見た。

 私を殴殺した男が、家族で楽しそうに街を歩いていたのを。

 子供と手を繋ぎ、奥さんと幸せそうに会話しながら。

 その光景を見た瞬間、私の中の何かが壊れた。

 子供と繋ぐその手で、私を殴り殺した。奥さんと楽しそうに話すその口で、私を罵った。

 どうして、どうして何もしていない私が死んで、殺したあいつが幸せそうなのか?どうして?ドウシテ。犯罪者ナノニ。

 気がつけば、男の家まで後をつけていた。

 そして、なんの躊躇いもなく、家の扉を開いた。

 それからの記憶は曖昧だ。

 飛び散る血しぶきと、泣き叫ぶ男の顔ぐらいしか覚えていない。

 でも、それに酔いしれたのは覚えている。あと、血の味もね。

 私以外動くものがいなくなって、ようやく我に返った。

 私がヒトを殺したのだと自覚した。

 慌てはしなかったけれど、動揺していたと思う。しばらく、血まみれのまま立ち尽くしていたから。

 そうしていたら家の扉が開いたの。心底驚いたわ。動いていない心臓が動き出したかと勘違いしたほどに!

 扉を開いたのはブルートだった。

 惨状を見たブルートが酷く悲しそうな表情だったのを、今もよく覚えている。

 ブルートは黙ったまま家に入ると、子供に近づいた。

 血を飲むのかと思ったけどそうじゃなかった。

 子供を抱き上げると、外へ行き墓を作ったのだ。それが終わると、奥さんと男の分も。

 なんでそんなことをするのかわからなかった。

 百歩譲って子供と奥さんのはいい。でも、男は私を殺して逃げたのよ?家畜の餌にしたって良いほどよ。

 私は正しいことをした。男は死んだ方が良かった。ヒトは生きる価値はない。

 そんなことを墓を掘るブルートの横で言い訳のように話していた。

 墓を作り終わると、ブルートは私を川に連れて行った。血を洗い流すためだ。

 水浴びし、ブルートが用意してくれた服を着る。そうして、ようやくブルートが口を開いた。


 「そんなにヒトが憎いか?」


 墓を掘っている時に横で話していた内容を、ブルートは聞き流していなかったみたい。

 私はなんの迷いもなく頷いた。


 「憎い。ブルートは共存したいようだけれど、その価値はないわ」


 「全てか?」


 「全てよ。子供から老人まで罪深い。いない方が世界のためになるわ」


 「それが君の導き出した考えか……。―――」


 最後の方は呟きだったせいで聞き取れなかった。でも、納得してくれたはず。ブルートも頷いてくれたし、たぶんそう。それにこう言ってくれたし。


 「好きにしてみると良い」


 この言葉を聞いて、笑顔で頷いた。


 「そうするわ。ブルートも手伝ってくれるわよね?」


 「当然だ。吾輩にはその責任がある」


 「良かった」


 「最後に……、確認しておく。ヒトは強く、恐ろしい。覚悟は出来ているな?」


 「?うん」


 意味がわからなかった。ヒトは私より弱いし、私のほうがヒトにとって恐ろしい存在のはず。そんなこと、ブルートのほうが知っているのに。

 肯定の返事はしたけれど、この言葉について深く考えていなかった。

 でも、私の考えにブルートが賛同してくれた。こんなに嬉しく、心強いことはないわ。だって、ブルートは私なんかよりもすごい強いもの。



 それから私はどうやってヒトを滅ぼすか考えた。

 ブルートの多彩なスキルを使って国を乗っ取り、目の上のたんこぶである王国へと攻め込んだ。王国さえ倒してしまえば、あとは簡単だと予想できたから。

 帝国の英雄が厄介だとブルートは言っていたけれど、王国で出た犠牲者を全部ゾンビに変えてしまえば、英雄だろうと問題ないはず。

 だって、英雄だろうと一人だもの。いつまでも戦えるはずはないわ。それだけの数になる予定だから問題ないの。


 でも、問題が起きた。

 私が逃した姉が目の前に現れたの。

 …………ああ、そうだった。

 私、姉さんが連れてきた男に負けたんだった。

 じゃあ、死んだのかしら?この真っ暗な世界は死んだ後に行く世界?

 でも微かに声が聞こえるわ。なんて言っているのかしら?


 「その生命力さえ無ければ、痛みを感じる暇がない速さで仕留めてやれたんだが……」


 この声……、聞き覚えがある。あの男のだわ。

 じゃあ、この死後の世界にもあいつが来たのね。

 …………違う!私が生きているのね!じゃあ、この真っ暗な世界は私が目を閉じているだけ?!

 あの男はなんて言っていた?仕留めてやれる?私にとどめを刺すってこと?!冗談じゃないわ!

 今すぐ立ち上がって逃げないと!

 でも、でも身体が動かない!どうして?!

 落ち着いて!まずは目を開かないと!………くっ、開かない!

 ただ目を開くだけなのに、凄くまぶたが重い。

 いえ、少しだけ開いたわ!真っ暗な世界に光が差してきた!

 男がふてぶてしく座っているのが見える。

 あの男が私に何かしたのね!卑怯者!

 待って、魔法陣を描き始めた?魔法で私を殺すつもり?!ああ!早く逃げないと!!

 ………ぐぐ、動かない!どうして!!

 怖い!死ぬのが怖い!!あの男が怖い!私の心を読む男!手も足も出せずに負けた!何をやっても勝てないってわかる!アレはヒトじゃない!怪物よ!早く!速く!動いて!!

 ………駄目……ね。目は見えたけれど、口も身体も動かない。もうすぐ魔法陣は完成するわ。どうあっても間に合わない。

 『ヒトは強く、恐ろしい。覚悟は出来ているな?』

 ブルートの言葉……。ああ、そういうことだったのね。私が思い上がっていたってこと。

 私がヒトを滅ぼす未来が訪れるものだと思っていたけれど、私たちが滅ぼされることも有り得る。その覚悟があるのか……。そう言いたかったのね。

 あなたはいつも言葉が少ないのよ、ブルート。

 そう言えば、ブルートはどうしたのかしら?

 私はゆっくりとブルートがいる玉座へと視線を動かす。

 そこには私が倒れる前と同じ姿勢で座るブルートがいた。

 やっぱり助けてくれないのね。でも、いいわ。私があなたの警告を無視したんだもの。言葉足らずでも、理解力がなかった私がいけないの。

 それに、私なんかよりあなたの方が貴重な存在だし。絶対に生き延びるべきだわ。

 あなたはあの男が私にとどめを刺す瞬間逃げて。大丈夫、あなたは素晴らしいヴァンパイアだもの。逃げ延びることなんて容易いわ。

 最後にブルートを目に焼き付けようと見ていると、彼が小さく震えていることに気がついた。

 もしかして怯えているのかもしれない。それも仕方ないわ。あの男はふてぶてしく不遜だけれど、異界から来た英雄だもの。その強さは計り知れない。ブルートが怯えるのも当然よね。

 あら、ブルートの手に血がついているわ。もしかして、飲んだ血を零したのかしら?

 ……そうじゃない。強く握りすぎて血を流している?

 今まで傍観していたのではなくて、我慢して動かなかったのね。今も堪えながら、私がやられるところを眺めている。

 ふふ、そんなことしなくていいのに。あなたは気にしなくていいのよ。私はここで終わるわ。

 後は、あなたの自由。今までありがとうございました。……二人目のお父様、さようなら。


 「待て」


 え?

 ブルートが玉座から立ち上がった?まさか、戦う気?

 何をしているの?あいつら全員が、私がとどめを刺される瞬間を見ていたのよ?あなたの速さなら十分に逃げられたはず。

 なのにどうして?


 「レイアは既に立ち上がれもしないし、戦えない」


 そうよ。もう戦うのは無理。戦えたとしても勝てないわ。

 だから、ブルートが目立つことが無駄なの。

 同じヴァンパイアであるあなたならわかるでしょ?私がもう役に立たないことが。

 なのになぜ……。


 「故に、先に吾輩のお相手をしてもらえるか?」


 なぜ、わたしなんかを護るの?

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