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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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切られた火蓋

 何故だ!何故、異世界から召喚されたとバレた?!この事実は隠しているからこそ効力がある。もちろん、王国にバレたくないのもあるが、見た目少年の若輩魔法士だと思われていたほうが油断を誘えるからだ。だが、それが露見した。いったい何故。

 そんな俺の困惑を察したのか、ブルートは初めて口元を歪める。


 「どうやら吾輩の推測は正しかったようだ。少しは意趣返し出来たかな」


 「知っていたのか?」


 「知っていた?いいや、君が勝手に話しただけだ」


 俺が話した?言ってはいけない言葉を口にした?いったい何を……。

 答えを見つけ出せずにいると、時間切れだと言わんばかりにブルートは「ふむ」と頷いた。


 「人間という言葉だ」


 「人間……、そう言ったか?」


 「ああ、言った。この世界では人間という言葉は使わない。ヒトか亜人かだ。これだけでもある程度の推測が出来る証拠だが、吾輩には確信するにたる根拠がある。……長く生きていると色々な者と会話をする。一度だけ異世界からの来訪者と会話した経験があってな、彼は吾輩を人間と言ったのだ。その者は異世界から来たことを隠しておらず、だからか詳しく聞くことができた。どうやらそちらの世界ではヒトのことを人間というらしいな。吾輩はそのことを思い出したのだ」


 そうだったのか。いや、気がついてはいた。この世界は人間のことをヒトと言うことに。だから俺は出来る限りこの世界の単語を話してきたつもりだ。

 だが、ここでミスを犯した。なんの意味もない会話で、これから討伐すべき対象に隠しておきたかったことが露呈し、俺の優位性を失った。

 異世界からの召喚者が英雄クラスの力を持っていることはブルートたちも知っているはず。

 英雄クラスの力を持っているという辺りは声を大にして反論したいところではあるが、それは置いておくとして、つまりは油断してくれないということだ。

 しかし、俺がなんで隠していたかまではわかっていない。多少事実を話しても、気づかれないようにすべきだろうな。


 「召喚した国の言いなりになるのはゴメンだ。折角、奇跡的に選ばれたのだから、俺の意志で自由にしたいだけだ」


 どうして隠していたか聞かれたわけでもないのに、言い訳じみた説明。だが、言っていることはほぼ事実だ。

 右も左もわからない状況で援助してくれる者が側にいたのなら、誰でも頼ってしまうだろう。それが無理矢理召喚した張本人でもだ。

 そして傀儡のように働かされるのを予想するのは難しくない。

 王国がどうして召喚したのかまだ理由を確かめてはいないが、状況から察するにナカンとの戦争に駆り出されていたはずだ。

 王国西の戦場で、召喚されてからずっと戦ってきた王国の英雄のように。

 そいつはいったいどんな気持ちで戦っているのだろうな。俺には真似できない。この世界には地球では絶対体験出来ないことがあるんだ。それを知ることのほうが有意義だろう。

 おっと、そんなことはどうでもよかった。

 俺の話が()()()真実だからか、ブルートは納得したかのように深く頷いた。


 「たしかにな。操り人形のようにあちこちへと駆り出されるのは当然であろう。……しかしだ、吾輩が集めた情報によると、召喚したのはおそらく王国。今君はその召喚した王国の手先となって来ているのだろう?噛み合わないではないか」


 噛み合おうが合うまいが、本当はどっちでもいいんだろ?だがまあ、俺が平常心を取り戻す時間稼ぎにもなるし、今しばらく付き合ってやるか。


 「俺は冒険者として依頼を請け負っただけだ。別に王国の手先になったわけではないさ。それに、依頼されたのは王国西で開かれた戦場の支配。敵の本拠地までじゃない」


 「ふむ、そうなると尚更おかしいではないか?今君はここにいる」


 「当然だろ。俺の仲間にはここの出身者がいる。彼女の心に平穏を取り戻すためなら、ヴァンパイアを殺すぐらいするさ」


 俺の答えにブルートは満足気に頷き拍手をした。乾いた音が謁見の間に響く。


 「良い答えだ。やはり戦闘を避けないということだな」


 「お前たちもだろ?ここに足を踏み入れた時から、俺たちはお前らの餌になったはずだ」


 「さて、それは君たち次第じゃないか?すぐに引き返せば追いかけるようなことはしない。だが、吾輩の前まで姿を見せ、その者の正体が王国西の戦場を治めた人物。それを知った今、君たちを逃がすことはできない」


 戦闘開始のカウントダウンが始まっているのがわかる。充満していた殺気が更に膨れ上がり、どんな切っ掛けでもそれが破裂しそうだ。

 即ち、それが戦闘開始の合図。


 「なら、今までの会話はなんだ?」


 「それはもう答えた。吾輩の暇潰しだ。もちろん、この後確実に起こる戦闘も暇潰しだ。吾輩の楽しさを求める探求心は底なしだ。不変の存在とはそういうものだ」


 長寿だからこそ娯楽を求めるか。

 気持ちはわかる。ティリフスがそうだからな。法国から解放されたティリフスは、まるでスポンジが水を吸収するかのように色々なことを試そうとする。夜な夜な街へ繰り出し、店員や店に訪れる客と会話を楽しんでいる。だが、ティリフスのはブルートとは別物だ。

 ブルートはやれることは全てやってきたから、目新しいものを求めているに過ぎない。やれないことが多すぎたティリフスとは根本的に違う。

 ティリフスには嫌味に聞こえるはずだ。

 これは俺から文句の一つでも言ってやらんとな。


 「だったらもう心配ないな。今日でこの世から……」


 消え去るのだから。そう言おうとした。

 だが、違和感。

 その違和感が何なのか、数秒理解できなかった。

 結論から言えば、俺は攻撃された。

 攻撃されたから違和感の正体に気がついた。

 ブルート側に二人しかいないことに。

 ブルートの側にいた男が消えていたのだ。

 切っ掛けなんてなかったのだ。

 突如俺の背後に男が現れ、俺の首筋を狙って手刀を振り下ろした。

 だが、俺がこの思考をやめていないのが結果だ。

 俺の右隣に座っていたエリーが素早く盾で防御したのだ。

 まるで分厚い金属の板にハンマーを叩きつけたような音が鳴り響く。

 他の仲間たちはその音で攻撃されたことに気が付き、すぐさま反撃に出た。

 ティリフスが魔法で男の足を止め、エルがクロスボウで腿打ち抜き、シギルが顔面を殴りつけ、リディアが腕を切り落とした。

 男は吹き飛ばされ謁見の間の扉に叩きつけられて倒れ伏す。が、すぐに片膝になって失くなった腕から垂れ落ちる血を見ながらニヤリと笑った。

 どうやらダメージはないようだ。

 これは俺のお株を奪われたな。いや、遅れをとるが正しいか。まあ、どちらにしろ俺の得意技である()()()()を相手にされたわけだ。


 「ほぉ?やはり所詮はヴァンパイア。魔物と言われる所以か。会話途中に卑劣にも不意打ちとはな」


 俺は「余裕ですよ、予想してました」と言わんばかりに椅子から立ち上がりもせず余裕振る。

 実際は心臓バクバクです。なんせ、エリーが護ってくれなかったら死んでたし。でも、この態度は必要なことだからがんばる。

 全て予想されているから不意を突く攻撃は無意味ですよと伝えるために。ついでに嫌味も言っておく。


 「失礼。吾輩にはそのつもりはなかったのだがな。これからは止めるようきつく言い付けておくとしよう」


 「その必要はない。そちらの飼い犬が他所様に噛みつく所だったのだから、それなりの代償を払ってもらわねばならない」


 「なに?」


 答えたのは今まで一切口を開かなかった俺の背後にいる名も知らない男。

 どうやらゾンビ系アンデッドではないようだ。となると、こいつもヴァンパイアだな。


 「俺のいた世界では無闇に噛み付く犬は殺処分されても仕方のない世界なんだよ。どうやら言葉は理解できるが、そういう教育をされていなかったようだな。牙もあるし。その尊厳、奪わせてもらう」


 まあ、もし俺だったら平謝りして慰謝料払って犬だけは助けるけど。

 だが、相手はヴァンパイア。どっちにしろ討伐対象だ。

 俺はブルートとレイアから視線を外さず、頼りになる仲間の名前を呼ぶ。


 「シギル、ティリフス、エル」


 「ッス」

 「んー?」

 「あい」


 「二度と噛めないようにしてやれ」


 仲間たちが頷いたのがわかった。


 俺の指示の直後、シギルが素早く踏み込み男の懐へと潜り込むと、えぐり込むようなボディブロー。

 男はたまらず「ぐえ」と肺にあった酸素を吐き出す。

 倒れ込んでも不思議ではないシギルのみぞおちへの一撃。しかし、男は頑丈なのか歯を食いしばると死地から逃げ出そうと試みる。

 が、何かに躓いたのか、その場で倒れ込んでしまう。

 男もどうして倒れたのか理解できず、自分の足へと視線をやりその状態に驚く。

 男の足の甲から金属の棒が生えていたことに。

 いや、いつの間にか足の甲をボルトで撃ち抜かれ、床に縫い合わされていたのだ。

 そこへ追い打ちをかけようとシギルが距離を詰める。

 男は舌打ちし、迎撃しようと手刀を構えた。

 だが、今度は手刀を構えた腕が動かない。

 当然だ。ティリフスが魔法で体中に蔦を絡めさせているんだからな。

 男は鼻息を荒くしながら絡まっている蔦を剥がそうとする。

 しかし、遅い。

 シギルは既に目の前に立ち、拳を振りかぶっている。


 「ま」


 待て?おそらくそう言おうとしたのかもしれないが、その言葉は最後まで言うことができない。

 シギルの蹴り足、足首、腰、肩、肘、手首と美しい回転が加わり、伸びた腕が倒れ込んでいる男の顔面へと吸い込まれていく。

 プラチナ製の篭手に包まれた拳が、男の口付近へとめり込んだ。

 人体を殴ったとは思えない小さな爆発のような打撃音の後、男は吹き飛ばされて謁見の間の扉を突き破り、その向こうにあった壁へとめり込んだ。

 絡まっていた蔦は千切れ、撃ち抜かれたボルトは床に突き刺さっていなかった。どうやら吹き飛ばされた勢いで縫い合わせたボルトは抜けてしまったようだ。おそらく男の足にまだ刺さったままだろう。

 壁が崩れたのか、ガラガラと瓦礫が床へ落ちる音がし続けている。

 常人であればこれで決着がついただろう。

 しかし、相手はヴァンパイアだ。当然――。


 「凄まじい攻撃だぜ。ん?もごもご、ッペ。チッ、牙が折れやがった」


 ――生きている。

 知っているさ。今回、直接ダメージを与える役だったシギルは魔力を込めていない。エルも魔法で作ったボルトではなく、普通の鉄製ボルトだった。唯一魔法を使ったティリフスは行動を封じただけ。

 これでは仕留めることはできない。わかっていた。

 だが、目的は果たせた。


 「牙が折れたか?これで噛み癖は収まるな。駄犬」


 「おまえっ!!!」


 男を激昂させる目的が。

 駄犬と言われ、頭に血が上った男はシギルたちを無視して俺へ直接飛びかかってきた。

 その迫力と飛びかかる速度は凄まじいものだった。

 俺は依然ブルートとレイアを睨んだままだ。この状況で攻撃を避けるのは不可能。

 だが、避ける必要はない。


 「エリー」


 「ん」


 側にはエリーがいるからだ。

 周りが見えていない男は目の前に突然現れた盾へと激突する。

 再び、金属板をハンマーで叩いたような音が木霊した。

 エリーが盾で男の突進を防御したのだ。


 「クソっ!!!」


 男が慌てている。

 たぶんだが、この男はヴァンパイアになって間もないのだろう。強敵と戦った経験もないはずだ。

 弱い人間相手に狩りをして、自分が強者だと勘違いしたのだ。

 そんな奴があのダンジョンを生き抜いたエリーに匹敵するはずもない。

 エリーは後ずさりもせずにその場で男を押し止める。が、突然力を抜く。

 目の前にあった壁のような大盾が急になくなり、勢い余って男はつんのめる。

 そこへ、エリーのショートスピアが男の心臓へと突き刺さった。

 男は自分で槍に刺さりにいったのだ。もちろん、エリーの盾捌き技術がそれを成したのだが。

 心臓を貫かれた男は口から血を吐き出すが、口元は笑ったままだ。


 「やるじゃねーか。だけどよ、ヴァンパイアは殺せねーんだよ」


 「知ってる」


 エリーの短い返事。

 直後、エリーのショートスピアがバチバチッと音を立て輝き出した。

 そして、それは男に伝わる。


 「ばばばばばばああばっばばばばばっばばばば………」


 激しい痙攣。全身から立ち上る煙。焼ける匂い。

 初めに目が破裂した。穴という穴から血を流しながら、浅黒く変色していき、最後は発火した。

 こうしてブルートの部下である一人のヴァンパイアはその人生の幕を下ろした。



 「動かないわ……」


 一連の様子を眺めていたレイアが漏らす。

 今男は黒焦げになって床に倒れている。それがいつ動き出すのかと期待していたようだ。

 だが、男は魔法で殺した。文字通り、死んだのだ。動くはずもない。


 「動くわけないだろ。死んだんだから」


 「そんな!」


 レイアの悲しそうな表情。演技……ではなさそうだ。

 人間はいくら死んでもいいが、同種族であるヴァンパイアの死は悲しいってことか?


 「そんな性格でも他人を思いやるんだな?」


 「……思いやる?いいえ、そうではないの。あと48人狩ったら名をつけてあげようとしていて、それが無駄になったから悲しいのよ。ああ、いえ、食料調達をしてくれる使用人がいなくなったことは悲しいわ」


 仲間が死んでもどうも感じないか。人格破綻者だな。

 望んでヴァンパイアになったのではないのなら、リディアの妹でもあるしなんとかして人間に戻す方法を模索しようと考えた。

 だけど、彼女は駄目だ。リディアには悪いがここで始末する。


 「ふむ、魔剣か」


 おっと、ブルートが分析していた。

 だが、その分析は間違えている。正しい答えを教える気はない。


 「そうだ。俺たちがなんの準備もなしにヴァンパイア討伐に来るとでも?この槍はオーセブルクで手に入れた魔槍。雷撃の槍、ライトニングスピア。見ての通り、ヴァンパイアだろうとレイスだろうと、とどめを刺すことが可能だ」


 本当は魔剣ではなく、魔法剣。俺とシギルが作った武器。エリーだけではなく、全員が装備している。

 装備するエリーだけを警戒していれば痛い目を見る。


 「厄介な武器だ。そして、ギルは英雄級の大魔法士か」


 そうか、俺が王国西の戦場にいたアンデッドを倒したと答えたから、大魔法士という評価なのか。

 俺は未だに強さの等級を理解できん。基準値がはっきりしてないんだよな。これが出来たら英雄級だっていう基準がさ。

 ま、どうでもいいけど。俺が魔法都市の英雄になることはないのだしな。

 なんせ、英雄は国が決めるもんだからな。代表である俺に任命権がある。スパール爺あたりにでも任命しておけばいいだろ。


 「あなたを見ると苛立つわ」


 ん?レイアが俺を見て言っている。どうやら嫌われているらしい。

 なんで?こんなに他人を思いやり、人畜無害なのに。それにレイアとは意見も合う。


 「()()だ。俺もお前を見るとイラ立つ」


 「………。ブルートはヴァンパイアでも一国の王よ。どうしてそう不遜な態度をとることができるのかしら?そう言えば、私は宰相のようなものね……。私にも丁寧な言葉を使ってくださる?」


 どうやら俺の言葉遣いが嫌なようだ。

 仕方ないでしょう?三賢人から言われてんだから。普段どおりにって。

 ………ちょっと待て、普段通りだと不遜なのか、俺って。

 でもまあ、この場合は別にいいんだよな。だって俺一応国の代表だし。ここに王国民もいないから隠す必要もないしな。


 「いやあ、俺って一応国の代表なの。だから、お前も敬語つかってくれる?」


 「あなたねぇ!!!」


 俺の煽りでレイアは今にも飛びかかってきそうな迫力だ。

 いや、来そうなではない。腰を落として足に力を溜めている。飛びかかる前段階だ。

 俺が予想した始まり方ではないけれど、ついにレイアとも戦いになりそうだ。


 「ギル様!レイアは私が!」


 それを察したリディアが、レイアの相手は身内である自分がしますと俺の前へ出る。


 「いや、いい」


 「え?」


 リディアにはさせられない。

 ヴァンパイアになったとしても、家族を殺させるのは。

 リディアを信用していないわけではない。心乱され、彼女の美しい剣閃が鈍ったとしても、目的は達成すると信じている。

 これが切っ掛けで人間相手でも何も感じず戦えるようになるかもしれない。

 でも、駄目だ。家族殺しはさせられない。

 これは地球の倫理観に縛られた俺の我儘だ。


 「俺が殺る」

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