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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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忌避感

 これはいったいどういう状況なのか。

 リディアの妹である元第四王女レイアに連れられ、案内されたところは謁見の間。ヴァンパイアとはいえ、今やナカンという国の王なのだから当然と言えば当然なのだが……。謁見者がいつ訪れるかわからないのに待たされることなくその謁見の間に通され、その上玉座には既に男が座っているのだ。いったいいつからここに居るのだろうか。

 もちろんその男こそがブルートなのだが、退屈そうに窓の外を眺めている姿を見るに、前の謁見者などいなかったに違いない。

 だからこそ、不思議で仕方ない。こいつはこの何もない城の玉座で何をしているのか。

 しかし、その事に関して『どういう状況なのか』と思ったわけではない。その後だ。

 俺たちの存在に気がついたブルートは、側にいたもうひとりの男に椅子を用意させるとこの場にいる全員を座らせたのだ。

 今俺たちは向かい合って座っていて、この状況こそが意味不明過ぎて俺を悩ませる。

 リディアたちからも困惑しているのが伝わってくるのだが、逆に相手側は、いや、ブルート一人だけは満足げだ。それが余計に意味をわからなくさせている。

 こいつらは何がしたいんだと。


 「ふむ、少々唐突過ぎたか」


 おっと、急に話しだした。

 おそらく対話が目的だろうが、相手はヴァンパイア。見た目は人にそっくり、いや、人そのままだが……、さて対話は成立するのだろうか。

 とにかく地球の物語に登場するヴァンパイアと同じく会話は出来るようだ。


 「素直に聞くが、何がしたいんだ?」


 「対話だ」


 やはりか。敵が言葉や考える能力を持つことがどれだけ厄介なことか、改めて実感するよ。だが、忘れてならないのは、相手は魔物だということと、俺達の目的だ。


 「そうか。そちらの目的がなんなのかさっぱりわからないが、俺たちの目的はヴァンパイアの討伐だ。それでも対話を望むのか?」


 「もちろんだ。この者たちにも吾輩は変わり者と思われているが、果てしなく長い時を生きればわかるようになる。少しでも愉快になるように色々試す大切さが。吾輩の経験では、そうだな……、会話は悪くない」


 ふーむ。見た目は転生前の俺と同じぐらいの年齢だが本当は長い年月を生きていて、それ故に暇を持て余していると?それで暇潰しとして、俺たちと会話することにしたと言いたいのだろう。

 さっぱりわからんな。会話などせずに先制攻撃で決着をつけたほうが、危険がなくて良い。こう考えてしまうのは限られた寿命を持つ人間であり、臆病だからだろうか。

 俺のパーティメンバーも意味がわからないと言いたそうな表情だ。

 だが、ティリフスだけはちがうようだった。


 「ウチはちょっとだけわかるわ」


 ……そうだった。何百年も暗く狭い場所に一人きりでいた経験があるティリフスなら、同じ心境になっても不思議ではない。


 「ほう?………ふむ、匂いがないな。ヒトではないのか」


 おっと、嗅覚は()()()()()らしい。それも犬並みのを持っていそうだ。

 ティリフスのことを根掘り葉掘り聞かれても面倒だ。この話題は避けることにしよう。


 「俺のパーティは選りすぐりの逸材ばかりだからな。そうなれば当然ヒト以外も含まれてくる。逆に俺にも疑問がある」


 「何かな?」


 「この対話後、殺し合いになるのは変わりようのない事実だが、俺たちが負けた場合は血を吸うのか?」


 「もちろんだ」


 「つまり、俺たちはお前らにとって食材ということになるが……、会話をした食材を食うことに忌避感はないのか?」


 生き物を食べることは自然の摂理であろうとも、感情を持つ人間にとって多少なりとも、人によって大小あれど忌避感は生まれる。

 その対象が会話できようものなら尚更だと俺は思う。


 「面白い考えだ。ふむ、ちょっと待て。……………そうだな、例えば二種族しか存在しない小さな島があるとしよう。その種族同士が互いを食料と見なしている。そして、その種族は対話可能だ。どうなると思う?」


 「……………敗北した種族が家畜になる」


 「そうだ。会話が出来ようとも、生きるために必要な食料がそれしかないのならば、どんな状況であろうが変わらない。ヴァンパイアになりたてならば、少しの間嫌悪感に苛まれるだろうがな」


 人間からそういう生き物に変化してしまった系の物語でもよくそういう描写がされているな。だが、時間が経つとともに空腹にこらえきれず手を出してしまう。

 でも、ブルートは既にその段階ではない。食料が話せようが話せまいが関係ない。いや、逆だな。食料は会話できるものという概念なのだ。


 「そうか、今のはヴァンパイア種に対して失礼な質問だったな」


 「ふむ?かまわんが……、やはり面白い考えをしているな」


 俺の何が面白いのかわからんな。アーサーなら見てて面白い……、いや腹が立つわ。面白いのはシギルみたいな奴のことを言うんだ。

 見てみろ、こんな緊迫した状況なのに、椅子に座って床に届かない足をぶらぶらさせている。愛らしいことこの上ない。

 お、俺と目があった。

 シギルは「何んスか?」と言いたそうに首を傾げ、急に何かを閃いたのか拳を握り殴る素振りをしてからブルートを見た。おそらく「殴りに言っていいんスか?」と言っているようだ。

 駄目に決まってんだろ。な、面白いだろ?

 シギルには首を横に振っておくとして、さてどうするか。

 俺たちはヴァンパイアの棲み家だと知らずにこの城に迷い込んでしまったわけではない。命乞いのために対話を試みているのではないのだから、この会話をさっさと終わらすべきだが、迷うところだ。

 俺からは別に聞きたいことないしなぁ。

 などと思っていたら、リディアが聞きたいことがあったのか口を開いた。


 「ローザ姉さまはどうなったのですか?」


 ローザ姉さま?あー、たしか第一王女は死んだから、第二王女のことかな?リディアの話では王位を辞退したんだったな。

 この質問にブルートは答えず、代わりにレイアが邪悪な笑みを浮かべながら答えた。


 「死んだわ」


 「そんな!」


 「リディア姉さまだけは逃してしまったわね。まさか一人で王国へ行くとは思わなかった。亡命のように逃げたのだから、いずれはどこかで野垂れ死ぬと確信していたのに……。まさか生き続け、再び私たちの前に現れるとは思わなかったわ」


 レイアはリディアの服装に視線を移すと小声で「冒険者とはね、ま、才能はあったかしら」と呟いた。

 本当にリディアの妹とは思えないな。まあ、『リディアの妹なのだから性格は良いはず』というのは俺の勝手な思い込みだが。


 「逃してしまった……?まさかレイア、あなたが殺したの?」


 「何をいまさら」


 その言葉を聞いたリディアは勢いよく立ち上がる。怒りなのか、悲しみなのか歯を食いしばっていて言葉は出ない。


 「怒ることかしら?こんな話、どの国でも長い歴史の中で一つや二つあるわ。それが私たちの代で起きただけじゃない」


 「それを実行した張本人が言わないで!」


 「どうかしら?姉さまたちに原因はないの?」


 「何を――」


 「賢くもないのに権力が大好きで女王になりたがるライラ姉さま。男漁りと自分を着飾るために浪費が激しいローザ姉さま。剣士の真似事が大好きでそんな姉妹の悪いところに気づきもしないリディア姉さま。そして、無能な暴君のお父様と恐れて諫言もできない貴族や大臣」


 ライラというのは第一王女のことだろう。レイアの勝手な言い分だが、こう聞くと残念な国家に思えるな。リディアを知っているからそうじゃないと分かるが。


 「ライラ姉さまが王という地位を望んでいたのも、ローザ姉さまが少々だらしないのも、私が剣を振るうことが好きなのも知っています!お父様が国をよくしようと努力していたのも!」


 「努力?見せかけよ。民からどのように思われていたか知っているのかしら?それに、その民ですらクズの集まりでしかないわ」


 「あなたに民の何がわかるのです!」


 「わかるわ。国民に殺されかけたもの」


 「え」


 「殴り殺されそうになったの。剣を振り続けるのに夢中で気づかなかったかしら?私が一時期部屋に籠もっていた頃があってね、理由は殴られて顔を腫らしていたからよ。どうして殴ったのかは簡単ね。お父様の政治に腹を立てたから」


 「そんな理由で?」


 「そんな理由で王女を殺せる国民ということ。ブルートがいなかったら本当に死んでいたかもしれないわ。齢10にもなっていない子供を拳で滅多殴りに出来るんだもの。それだけの恨みを国家に持っていたということね」


 確かに酷いな。そいつはガウェイン国王女ではなく、普通の子供にも暴力を振るうことができるのだろうか?いや、どちらにしろ頭がおかしいのだろう。

 いったいどんな恨みをもっていたのか。


 「ど、どんな恨みがあったの?」


 感情移入してしまうかもしれないから本当は聞くべきじゃないが、リディアは気になってしまったのだろう。思わずこう聞いてしまった。


 「民は自然が多いからこの国の民でいるそうよ。だから、森を躊躇いもなく拓く政策が許せなかったらしいわ。何度も何度もお父様にお願いしたそうだけれど、やめるどころか処刑されたみたい。私が代わりに殴られるのも仕方ないわね」


 「そんな……」


 「でも、いいの。その民も報いは受けたわ。暴君の娘を殴ったのだから、いつ兵士がその男の家の扉を蹴り開けるのか、しばらくの間恐怖していたはずよ。でも何年経っても来ないから、ようやく安心したところで、ヴァンパイアになった私が現れたのだもの。驚きで心臓が口から飛び出ると例えるらしいけれど、本当にそうなりそうな顔だったわ。いえ、()()()()()()()()()()けど。もちろん、その男の家族を全てね」


 「………」


 リディアは何も言えない。その男がやったことは死刑に値することだし、そうなっても仕方がない。でも、レイアがその男の家族にまで報復することを聞き流すことが出来ない。だが、それでも言葉が出ない。

 レイアを思いやる心と、関係ない者をも惨殺した行為を咎める心がせめぎ合っているのだろうな。

 まあリディアの性格からして、心を惑わすのは予想できていた。予想できていて会話を続けさせた俺のミスだ。

 それにレイアはそんな優しいリディアの性格を熟知していて、この話をしてきたのだろう。なんと性格の悪いことか。

 だから、これからは俺が引き継ぐとしよう。性格の悪さなら負けん!……これ何度も言うと悲しくなるな。


 「おお、そのやり口は素晴らしいな。一家惨殺したのか?」


 「あら、あなたにはわかるのかしら」


 「ああ、わかるとも。さすがは暴君と言われた王の娘じゃないか。そっくりだ!」


 「………」


 今度はレイアが黙り込んだ。

 聞く限り、レイアが恨みを持っているのは民ではなく、その行為に踏み切る決断をさせる要因になったガウェイン王のように思える。そしてそれは正しいようだ。

 レイアが黙り込んだのは、暴君に似ていると言われ怒ったからだ。

 だが、まだまだ続けるぞ。


 「だが残念だ。その暴力を振るった男は何もわかっていない」


 「……なにを言っているのかしら」


 「だってそうだろ?暴君であることも聞いていたが、国が貧しいことも聞いた。さて、その解決策としてぱっと出るのは交易だが……、ふむ、この国は自然を愛しすぎて他国が欲しがるものは用意できそうにない。となれば、森を開拓して畑なりを増やすしかないな。つまり、暴君暴君と言われているが、考えた末に国民のためを思っての開拓だった。国を駄目にしていたのは果たして王か民か?……それに娘を可愛がっていたらしいじゃないか、君の父上は。例え、本当に暴君であったとしても、良い父親だったんじゃないか?君以外には。そう、君が勝手に思い込み、勝手に親殺しをし、勝手に国を滅亡させたとも言える。さて、どっちが暴君か?」


 「あなた!!」


 今度はレイアが激昂し席を立つ。このまま戦闘開始かと、靴裏に隠して展開した魔法陣に魔力を流し込む準備をする。

 だが、激昂したレイアをブルートが止めた。


 「まあ、落ち着け。そっちの……、ああ、名を聞いてなかったか」


 「ギルだ」


 「ギル、良い名だ。さてギル、高い知力でレイアを怒らせるのはやめてくれるか?まだ、対話を望む吾輩が話してもいないのに、危うく戦いが始まるところだった」


 読まれた。少々あからさまだったが、読まれるとは思わなかった。長く生きている分賢いのか。


 「いや、もう良いんじゃないッスか?魔物と会話が成立するとは思えないッスよ」


 「おや、そちらはドワーフのレディだな。吾輩がギルに聞いてみたいのもそれだ」


 それ?どれだよ。

 シギルと目を合わすと、シギルもわからないのか首を横に振った。やはり、ワーモンガーにはわからないか。


 「対話は得意じゃないのか?何を聞いてみたいのか、はっきりと答えろ」


 「そうだった。すまんな、アンデッドと会話するときの癖でな。魔物という言葉だ」


 アンデッドと話せるの?!ヴァンパイアすげーな。降霊術し放題じゃねーか。

 だが、魔物という言葉がなんだというんだ?


 「それが?」


 「我らヴァンパイアはヒトか、魔物か?」


 「人間だ」


 俺の即答に仲間たち、そしてレイアやブルートの側にいる男も驚いた表情をした。

 なんか失敗したか?俺の価値観ではそうなんだから仕方ないんだよ。こいつらが人間じゃなかったら、体がないティリフスや、半魔たちを人間とは呼べなくなってしまうじゃないか……。ま、ティリフス本人は人間じゃなくて精霊だって嫌がりそうだが。


 「色々と驚いた。即答もそうだが、我らをヒトと言うか」


 「お前もそう言いたかったんだろ?だから、こんな対話をしている」


 「ふむ、また驚かされた。心を読む術を体得しているのだな。我らは魔物と言われ続けているが、それをヒトと即答する明確な基準がありそうだな?」


 「まあ感覚的なところもあるが、あえて言うなら『言葉』だな」


 「そうなるか」


 ブルートはこれだけで理解した。やはり賢い。

 だが、仲間たちやレイアたちは疑問符が見えてきそうだ。詳しく話さなければいけないな。


 「そうだ。まあ、人の姿をしているっていうのもあるけど、言語を理解し会話可能なら人という種と言っていいだろ。それが獣人だろうと、精霊だろうと、元人間であろうとな」


 俺の言葉で仲間たちはティリフスと半魔を思い浮かべたに違いない。俺がこんなことを言い出した理由を察しただろう。

 もっと細かいことを言えば、人という種はない。俺達は霊長類の一種に過ぎない。動物分類学で言えば、哺乳網の霊長目だ。

 生物学的な話を抜きにしてどこがヒト種なのかと考えた場合、やはり言語に辿り着く。もちろん、この答えの辿り着き方は十人十色であり、俺とは違う考えもあるだろう。

 そんな小難しい話は生物学者に任せるとして、どうしても俺には目の前にいるティリフス、そしてヴァンパイアを人間以外とは思えない。


 「非常に興味深い。では、逆に最初の疑問を聞こう。ヒトがヒトを殺害する時、大小あれど忌避感が生まれるがギルにはないのか?」


 「ないな。この会話が終われば、俺はこの場にいるヴァンパイアを全て殺す」


 「清々しいな。そこまではっきりと言われると、討伐されても仕方ないと思えてしまう。心を動かされるのは、いつ以来か。やはり対話は正解だったな。()()()()も続けることにしよう」


 討伐される気はサラサラないってことね。まあ、長く生きているなら討伐隊を差し向けられた経験が何度もあるのだろう。

 俺のような強気な人間と対峙したのも数多くあるはずだ。多少頭が回る程度にしか思っていないなら、それでも良い。

 敵が油断するならそれに越したことはないからな。

 さて、そろそろ戦闘が始まりそうだ。謁見の間に充満していた殺意が濃くなってきたしな。


 「そろそろ始めるか?」


 「そうだな。楽しいがそれは終わりがあればだ。……いや、最後に意趣返しといこう。吾輩らは口で負かされっぱなしだからな」


 「無理じゃないか?」


 「ふむ、ならば試しにな。吾輩のアンデッド軍を倒したのはギルたちだろう?」


 「そうだが……」


 「納得がいった。ギルたちならば仕方がないだろうな。なんせ――」


 ブルートが一呼吸間を置く。

 その手法は驚かす時か、笑わせる時に使う方法だ。馬鹿め、知っている俺は何を言われても驚かんぞ。


 「異世界から召喚された者ならばな」


 ものの見事に驚かされ、意趣返しされたのだった。

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