森に蠢く影
俺達は初戦闘を勝利で飾ると、一度森を出て休憩し、また森へ戻ってきた。
休憩後は順調で二組のゴブリンを発見し、退治し終わった。全部で8匹倒したことになる。ここまできたら、今日は10匹を退治してしまおうということになり、今は残り二匹を探していた。
ちなみにどうやって魔物を倒した証明をするのかを疑問に持ち、リディアに確認したら、魔物の体の一部を切り取って持って帰るそうだ。ゴブリンの場合は片耳を切り取って持ち帰る。俺のマジックバッグには8体分の耳が入っていると思うとちょっとだけ気持ち悪い。
「全然気配がありませんね」
「遠くにも見えない、です」
ゴブリンを倒すのは楽だが、まさか見つけるのに手間取るとは思わなかった。今日10匹倒す事が出来たとして、3匹討伐を10件分依頼されたから残り20匹も探さなければならない。
エルとリディアが索敵しているが未だに発見できていない。
日が傾き段々と視界が悪くなってきていた。日が沈むと危険だし、何より街の門が閉じてしまう。
そろそろ引き上げ時か……。仕方ないか。
「そろそろ引き上げるか」
「ギルさま、ちょっと待ってください」
俺が今日はそろそろ終わりにしようと提案するが、リディアは止めた。
「どうした?」
「何か変です」
周りを見渡すが何も発見できない。日が傾いたせいか、森全体が暗く不気味な雰囲気だ。もしかしたら、この不気味さを変に意識してるのかもしれない。
と思ったが、微かに音がする。草を掻き分けるような音と、足音か?
段々と近づいてきてはっきりした。誰かが歩いている。ゴブリンではない。あいつらはまず鳴き声がうるさいし、行動自体が目立つ。
人間が歩いているのか?もしかしたら、俺達みたいにゴブリン退治に来た冒険者かもしれない。
だけど……、何かがおかしい。
歩き方がおかしいのだ。足を引きずるように歩いている。怪我をしてるのかと思ったが、匂いがしたからこれは人間ではないと理解した。
腐った匂いがしたから。
「お兄ちゃん、あそこ、です」
エルが指を指した方向を見ると、人影が見えた。やっぱりか。
「リディア、あれは……」
「はい。アンデッドのゾンビです」
ゾンビは真っ直ぐ俺達の方へ歩いてくる。アンデッドは生者の場所が分かると言うからそのせいだろう。つまり、相手に発見されていたのだ。
「森にもいたのか」
「平原にいたのがこっちまで流れてきたのかもしれません」
「一匹でよかった、です」
「いや。……チッ。囲まれた」
俺は舌打ちをすると周りを見る。5体のゾンビが俺達を囲むように歩いてきている。
いつの間に囲まれた?森を結構歩き回ったが死体やゾンビは見なかった。そう思い、ゾンビを観察すると理由が分かった。ゾンビに土が付着していた。
地中に埋まってたのか。
幸いゾンビは足が遅い上にまだ距離がある。そして物理攻撃がメインのエルとリディアでも倒せる。だが、無理に倒す必要はないだろう。
「無視して、撤退するぞ」
俺の声に二人が頷く。そして俺は森の出口へ向かおうとした。だが。
「お兄ちゃん!」
俺目掛けて火の玉が飛んできていた。エルの声で気付くことが出来た。
俺は横に飛んで避け、急いで立ち上がると火の玉が飛んできた方向を見た。ボロボロの外套を着た奴が俺に手を向けていた。あいつだな。
だが、なんというか変だ。存在が希薄というか。
「ギルさま!あれはレイスです!物理攻撃が効かない敵です!」
あれがリディアが言っていた、物理攻撃が効かないアンデッドか。
レイスは魔法使いの魂だと言われている。魔法使いだから魔法を使え、魂だから実体ががない。物理攻撃が効かない魔法使いなんて確かに厄介だ。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
俺がレイスに足止めをされてしまったせいで、ゾンビ達が近くまで来てしまったのだ。
「仕方ない!エルとリディアでゾンビを倒せ。俺はレイスをやる!」
「了解しました!」
「はい、です!」
俺はレイスがいる方向へ走り出した。
レイスは俺が近づいてくると、距離を取るようにゆっくりと後ろに下がる。
いや、わざと追いかけさせて森の奥へ連れて行こうとしてるな?そうはいかない。
俺は魔法陣を瞬時に展開し、レイスの後ろ側に着弾するように『ファイヤーボール』を放った。
狙い通りに火の玉がレイスの逃げる方向の地面に着弾すると爆発したように弾ける。火の粉が舞い上がりレイスに降りかかると、うめき声のような音をあげて俺の方へ向かって来た。
誘い込むのが失敗すると今度は攻撃に転じてきた。魔法陣がレイスの前に出来上がっていく。
かなり早い魔法陣構築だ。だが、俺はもっと早い。
俺の前に10個程の魔法陣が瞬時に構築された。
「連続魔法『ファイヤーランス』」
俺が呟くとレイスに向かい10本の火の槍が一斉に飛んでいく。レイスは魔法陣の構築をやめ避けようとするが数がちがう。6本程突き刺さり、レイスが燃え上がった。だが、まだ生命力があるのか、燃えながら新たに魔法陣を構築しようとする。
「糞が!チリになるまで突き刺してやる!」
今度は20本の火の槍を飛ばし、全部突き刺してやった。そうして、ようやくレイスは溶けるように消えていった。
俺はゾンビと戦っていたエルとリディアを確認すると、二人も倒したようだ、
「まだいるかもしれない。急いで森を出るぞ」
「「はい!(です!)」」
俺達はまだいる可能性を考え、警戒しながら急いで森を出た。
周りだけではなく、地面にも気を配っていた為にひどく疲れた。森を抜けると全員で安堵の行きを吐く。
もう太陽が落ちそうだったから、休憩する間もなく急いで街へ向かった。
無事街に戻ることが出来た。
結構ギリギリで門番が門を閉じようとしていた所を滑り込むようにして中に入ったのだ。
その足で冒険者ギルドに向かった。森にもアンデッドが出没した事を伝えるためだ。
冒険者ギルドに入ると受付に向かう。すると、俺達がギルドに入会した時に対応してくれた受付嬢のミリアがいた。
ミリアにギルドマスターと会いたいと伝えると、緊急の要件だと察したのか急いで奥へ呼びに行ってくれた。しばらくするとミリアが戻ってきて、応接室へと案内してくれた。
「待たせたかのぅ?」
俺達が椅子に座って待っていると声が大きい老人が入ってきた。ギルドマスターのグレゴルだ。
「それでどうしたんじゃ?もうゴブリン退治し終わったのかの?」
椅子に座るやいなや要件を聞こうとする。グレゴルも忙しいのだろう。
「それがですね……」
リディアが今日の出来事を説明する。
森へ行き、順調にゴブリンを倒していたが、最後にアンデッドに遭遇したこと。
グレゴルが最後まで聞き終わると首を左右に振りながら嘆息する。
「まさか森にまで出るとは……。確かに昔はこの街の付近は戦場じゃったが、アンデッドになる要因とは考えにくい。第一、今までアンデッドは出なかったのじゃからな。それが今になってなんで……」
昔、この辺りはこのオーセリアン王国と戦争をしていた帝国が攻めて来た時に、王国が迎え撃った場所であるそうだ。戦争で大勢が命を落とした。戦後、発見できなかった遺体がまだ埋まっている可能性があるが、アンデッドが生まれる要因にはならないそうだ。森に出没したゾンビは行方不明になった冒険者の可能性があると言っていた。
俺達みたいに依頼で来て、魔物にやられてしまったり、単純に遭難して帰ってこれなくなることも少なくない。だがこれも、ゾンビやレイスとして蘇る要因にはならない。
平原に出没しているのはスケルトンが大半だが、ゾンビやレイスを含め、アンデッドとして蘇るにはかなり高位のアンデッドがいなければありえないのだとか。
今まで冒険者に依頼して倒した中には高位のアンデッドはいなかったし、見たという情報もないのだ。
だが、俺にはもしかしたらという考えがあった。
「グレゴルさん。もしかしたら森にいるかもしれませんよ?高位アンデッド」
「なんじゃと?それは何故そう思う?」
「今日、俺が森で相手にしたレイスは俺を森の奥へ誘い込もうとしていた」
レイスは太陽に弱く、夜や暗い場所で出没するらしい。とは言っても、俺達が戦った場所でも十分だったはずだ。それをわざわざ森の奥へと誘い込むだろうか。それは更に多くのアンデッドのいる場所へ連れて行こうとしたか、自分より強い魔物と共闘しようとしたのだろうと俺は考えていた。
その事をアルゴルや仲間達に話す。
「なるほどな。それはありえるかもしれんが、ちと問題じゃのう」
「問題?何かあるのですか?」
リディアが聞くとアルゴルは説明してくれた。平原に派遣している冒険者達を森へは行かせられないのが問題らしい。平原はこの街に来るために様々な人達が通る街道の近くだから、そちらを優先せざるを得ない。更に、CランクとDランクの冒険者混成チームではレイス以上の高位のアンデッドは倒すのが難しいことも頭を悩ませていた。レイス自体、Cランクの冒険者数人で対処する魔物らしい。
そして現在この街には、Cより上のランクの冒険者はいないと言うのだ。この辺りは、魔物の質からせいぜいCランクの依頼がほとんどで、高ランク冒険者は王都か、違う国に依頼を求め行ってしまうからだ。
つまりはどちらにしろ、現在の状況では対処しきれない。
「どうしたら良いのかのぅ」
この流れはまずい気がする。報告は済んだからそろそろ退散したほうがいいかもしれない。
「そうじゃ。お主らに任せてみるかのぅ?」
はえーよ。さてはお前、仕事出来る系男子だな?
「……どうしてそうなるんですか?俺達はEランクですよ?リディアはCランクとは言え、高位のアンデッドの相手は厳しいと思いますが」
「わしとしては、レイスとゾンビを倒したエルミリアとギルはDランクに上げても良いと思っておる。もしこの依頼を受けてもらえるのならば、すぐにDランクの申請をしよう」
そういう事じゃねーよ。何度も言ってるがゆっくりやりたいのよ、俺。
「ギルお兄ちゃんなんとかして、あげられない、です?」
「ギルさまが賢者だと知らしめる良いチャンスかもしれませんね」
エルは困っている人をできるだけ助けてあげたいのか、目をうるうるさせて俺を見ている。いい子だなぁ、エルは。
そしてリディアは何か不吉な事を呟いている。俺は別に賢者でもないし、知らしめる気もないんだけど。いや、今朝一瞬だけ賢者になったかも。
「ギルよ。もし無事にこの依頼を達成出来たら、ギルとエルミリアはCランク、リディアはBランクへ上げてやる。そして、報酬じゃが、大銀貨。いや、緊急依頼と名指し依頼ということもあって、金貨も出そうと思っておるがどうかの?」
むむむ。10日分の生活費が手に入るのか。金に釣られるのもどうかとは思うが、今一番必要な物だからな。
「はぁ。わかりましたよ。金貨、約束してくださいね」
渋々承諾した。
「そうか!やってくれるか!今回のゴブリン退治は達成した事にして、早速新しい依頼を発行するから少し待ってくれるかのぅ!」
うるさっ。声がでかいよ。まぁ、それだけ嬉しいのだろうな。
グレゴルはそう言うとすぐに出ていき、しばらくして戻ってくると『依頼遂行証明書』新しいものと交換し、今回の報酬もくれた。大銀貨1枚だ。ゴブリンを30匹倒してないのにいいのだろうかと思っていたら、グレゴルがアンデッドが森に出ているのなら、倒されて数が減っているはずだから問題ないと言っていた。
アンデッドは同じ魔物だろうと関係なく、生者を襲うからだ。そう考えれば、ゴブリンを探すのに手間取ったのもうなずける。
そして俺達は冒険者ギルドを後にした。
こうして俺達は新しい依頼を引き受けたのだった。




