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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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ガウェイン城

 俺たちは飛空艇に戻った後、進路をナカン共和国へと向けた。

 飛空艇でどこまで行くかを皆と相談した結果、全員一致でナカンの首都までということになった。

 リディアの予想では、ナカンのヴァンパイア王ブルートがいるのは首都の城だったから、直接行くことにしたのだ。

 魔物が治める国の街や村の状況を見ておきたかったが、もし国民の殆どがアンデッド化している場合は、それに対応するために消耗してしまう。

 気にはなるが、殲滅するために極大魔法ばかり使っていては魔力回復が間に合わない。

 ゾンビやスケルトンではなく、ヴァンパイアといつ遭遇してもおかしくない状況だから、万全の状態でいておきたい。

 もちろん、仲間たちの体力だって無限ではないしな。これだけの理由があって、直接乗り込むことを決断したのだ。

 王国西の戦いから3日後、無事にナカンの首都目前まで近づくことが出来た。

 この辺りは自然が多く、飛空艇から小型艇で地上に降りても隠すのに困らなかった。だが、そこからは当然危険と隣合わせの徒歩。

 地面から突然這い出てくるアンデッドのびっくり系トラップもある。

 それに警戒しながら進み、半日かけてナカンの首都へと辿り着いた。

 しかし、そこでまた悩むことになる。

 何をか?それはもちろん、どうやってこの先へ進むかだ。

 首都というだけあって、それなりに大きい街だ。そして、その街は魔物が支配している。

 もしかしたら街中が魔物の巣かもしれないのだ。無策で突っ込むわけにはいかないだろう。

 こういう時、アーサーだったら鼻をほじりながら馬鹿なことをして皆の緊張をほぐすことができるのだろうな。今回ばかりはあのバカさ加減と狂化スキルレベルが羨ましい。

 だが、そこで嬉しい情報をティリフスがくれた。

 『この街の中に魔物の気配は少ない』と。

 その情報の正確さは信用できる。だから俺たちは堂々と行くことにした。

 今はこの街の中をそぞろ歩いている。

 ナカンの首都、いや、リディアの故郷と言い換えよう。リディアの故郷は自然豊かで、それは首都という巨大な街であっても実感できた。

 他の国とは違い、住居が自然と一体型なのだ。

 巨木が町中に沢山あり、それを利用してツリーハウスのように住居を建設している。狭い土地を上手く利用したのだろう。

 もちろん地上にも建物はあるが、木の上の方が圧倒的に多い。だからか、木と木をつなぐ吊橋がそこら中に張り巡らせてある。

 地球の物語だったら、エルフの里とかに設定されていそうだ。

 とても美しい街だ。だが、俺は地上に住みたいな。年中、タマヒュンは勘弁してほしい。

 そんなことを考えていたら、リディアの呟きが耳に入ってきた。


 「懐かしい」


 リディアにとってはどれくらいの里帰りだろうか?2、3年ぐらいだろうけど、もう二度と戻れないと考えていたらしいから余計に懐かしく感じるのかもしれない。俺も地球に帰ることができたのなら、同じ感想を抱くのだろうか?


 「思っていたより綺麗なままだな」


 魔物が支配しているのだから、破壊されつくされててもおかしくはない。リディアの前でそのままを口にすることはしないが。

 だがリディアとは長い付き合いだ。俺の言いたいことを察し、少し寂しそうに笑う。


 「そうですね。でも、民が一人も出歩いていないのもそう感じる要因かもしれません」


 俺が言いたいのはそういうことではないが、それもリディアは理解して『町並みがキレイと感じるのは人がいないから』だと言ったのだろう。それは俺たちを悲しい気持ちにさせないための、リディアの気遣い。

 自分が一番悲しいはずなのにな。

 リディアが言ったように、街には出歩いている人間は一切いない。まるでゴーストタウンだ。


 「ヴァンパイアの国ッスか……。ヒトには住みにくい国ッスよね」


 「?どういう意味、です?エルは、とても良い街だと思う、です」


 「いや……、うん、ヴァンパイアにとってあたしたちヒト種や亜人種は食料でしかないッスから」


 「あ……、じゃあ、ヒトがいないのって食べられたから……、です?」


 「……」


 シギルが少し気まずそうにリディアを見る。リディアに気遣って言えないのだろう。

 まあな、そりゃあ気遣って思っていることをそのまま口に出来ないよな。感情の一部がぶっ壊れている俺ですら躊躇うよ。

 だがこの状況を見ると、やはり住人は……。

 そう思っていると、ティリフスが驚くべきことを口にした。


 「ん?ヒトおるよ。気配するもん」


 「マジで?!」


 「うん、少しの音すら出さないようにしてるんやろうね。でも、気配があるのは間違いない」


 「そ、その気配はどのぐらいしているのでしょうか?」


 「大勢よ。魔物の気配ちゃうから、おそらくヒトやね」


 「ああ、良かった」


 リディアが思わず本音を漏らすほどの驚き。

 いや、俺も驚いたから仕方ない。故郷のことを気にしていない素振りをしていても、本当はずっと気にかけていたはずだ。住民の大半が無事で安堵したのだろう。

 しかし、本当に驚いた。息を潜めている状況ではあるが、住民が無事だとはな。

 ………いや、よく考えてみれば当然か。ヴァンパイアにとってヒトは食料に過ぎない。

 この世界のヴァンパイアが地球の物語に登場するヴァンパイアと同じく、血を食料にしているのはわかっている。法国で戦ったヴァンパイア、まあ半魔だったが血を飲んでいたらしいからな。

 無計画に殺戮して、その食料を無駄にすることはしないはずだ。今生き残っている住民は、次の食料候補ということだ。

 これもリディアの前では言えないな。黙っておこう。ヴァンパイアを倒せば関係がなくなるしな。


 「城、ここ?」


 俺たちが衝撃の事実に驚いていると、いつの間にか目的地についていたのか、エリーが確認するためにリディアに聞いてきた。

 街に入る前から薄々わかっていたけど、やはりそれほど大きい街ではないようだ。もしかしたら、エルピスと魔法都市と同じぐらいかもしれない。

 リディアは昔を思い出しているのか、元住まいを睨みながら小さく頷く。


 「そうです。私が数年前に住んでいた城。この国で唯一の城ですから、王を気取るヴァンパイアが住むならここのはずです」


 リディアらしからぬ、言葉の端々に棘が見え隠れする物言い。冷静沈着な冒険者で、普段はお淑やかだが、そんな彼女も多少は恨みを持つみたいだ。

 さて、敵の本拠地ってやつだな。リディアの気持ちも分かるけど、気を引き締めないと。

 この城は以前ガウェイン城という名だった。見た目はこれぞお城って感じだ。街がツリーハウスや木造ばかりだからか、この石レンガで造られた城がよく目立つ。

 建築されてから長い歴史を持つ城だからか、苔や汚れも目立つ。だが、それが古城って感じで良い味を出しているな。

 これが観光だったら興奮していただろうなぁ。こんな状況で残念だ。

 まあ、ヴァンパイアを倒したら観光気分になれるだろ。


 「じゃ、参りますか」


 俺がそう言うと、全員が深く頷いた。



 城内は酷いものだった。

 手入れや掃除をしていないことがすぐ分かる。ボロボロの絨毯に調度品。埃の積もった通路。

 それに干からびた人間の死体。

 おそらく、リディアが逃げ出した後に殺戮が行われ、そのままの状態で放置しているのだろう。

 それに想定外でもあった。

 埃の積もった通路。これは誰も歩いていないことを意味する。

 俺はこの城にはアンデッドが徘徊していて、足を踏み入れた瞬間から襲われるものと覚悟していた。だが、あるのはアンデッド化していない遺体。

 ここにブルートってヴァンパイアが本当にいるか疑わしくなる。

 しかし、ティリフスは数人の気配を察知している。この城に住人がいるのだ。

 通路を歩かない人物。つまり、ヒトではない可能性。いいや、アンデッドの気配とティリフスが言わないのだ。ヴァンパイアに違いない。


 「ど、どこにいるんスかね?」


 シギルが吃るのは珍しいことだ。精神力が強く、豪快な性格のシギルでも多少は怯えるらしい。


 「さてな。俺の知識にあるヴァンパイアは当てにならないからな」


 「旦那が知っているヴァンパイアってどういうものなんスか?」


 そうか、シギルとエリーは法国に連れて行かなかったから、ヴァンパイアの話はしてなかったな。


 「俺の知っているヴァンパイアは太陽に弱いんだ。それこそ即燃え尽きるほどの弱点ぐらいに。だけど、法国で出会ったヴァンパイアは太陽が出ていたときに戦ったんだ。これだけで当てにはならないだろ?」


 こう言いながらリディアとエルに視線をやると二人も頷く。


 「そうだったんスね。ヴァンパイアは何が弱点なんスかね?」


 さあな、首でも切り落とすか。そう言おうとしたら、別のところから返事が返ってきた。


 「ヒトとかわらないわよ」


 女の声?!俺たちじゃない!

 仲間たちは一斉に武器を構える。

 だが、こういう時に最も素早く戦闘態勢を整えるリディアが呆然としていた。


 「レイア」


 リディアが無意識にその人物の名前を呼ぶ。

 どうやら知り合いだったみたいだ。


 「え?…………あら、あらあら!リディアお姉さまですの?!」


 あちらも知っている?それにお姉さまだって?それはつまりリディアの妹……。第四王女。ブルート・ナカンを連れてきた妹か!


 「レイア!生きていたのね!」


 リディアが妹の無事を確かめるために近寄ろうとする。


 「待て、リディア」


 だから俺はそれを止める。そんなわけがない。

 根が優しいリディアには疑えないだろう。だが、常日頃から疑うことを忘れない俺は別だ。相手がリディアの妹だろうと、だ。

 城内は暗いが、今は幸い昼。窓から差す日で視界も悪くない。だから分かる。


 「ギル様?」


 「わかるだろ?」


 口にするのを躊躇ってしまった。わかるだろじゃないだろ。ここは嫌われようとも俺が言わないと。

 リディアの妹、レイアだったか。受け答えもしっかりしているし、表情も豊か。リディアと同じ赤い髪が美しい。

 だけど、その幼さはなんだ?12か13歳ほどじゃないか?リディアがこの国を出てから数年。その時のレイアが10歳以下だった可能性もあるが、その年の少女がブルートって男を連れ込むとは到底思えない。

 俺は成長していないと考える。

 それに顔色も悪い。まるで死化粧をしていない死体のようだ。

 活発な少女の顔色とは到底言えない。畢竟……。


 「ヴァンパイアだ」


 「不躾ね。でも正解」


 あっさりと答えたな。いや、隠すつもりがないのか。


 「レイア?!」


 「お姉さまは美しい女性になられました。だからこそ、おかしいとは感じませんの?私はお姉さまの記憶にある姿のままでしょうし」


 「……」


 リディアはそれに答えない。

 リディアもわかっていたはずだ。でも、家族が生きていると信じたかったのだろう。リディアは優しいからな。


 「何も答えないのね。いいわ。でも、国から逃げ出したお姉さまが、いまさら何をしに戻って来られたのかしら?」


 「あ、う、私……は」


 嫌な性格をしている。リディアが国から逃げた後ろめたさを突くような言い方だ。

 当時のリディアはそうするしかなかった。俺はその行為を評価する。危険だと感じたら逃げるのが基本だろう。

 それに生きる為に冒険者になったのも。それもたった一人でだ。この行動力と覚悟には脱帽するよ。

 だが、本人は後ろめたさで俺たちが何をしに来たか言えない。

 ヴァンパイアを討伐しに来たと。

 だからここは俺が言ってやる。こういうのは感情が正常ではない者が言うべきだ。


 「ヴァンパイアを殺しに来た」


 「私たちを?あなたたちが?……ふふ」


 「何が可笑しい?」


 「あら?わからないのかしら?じゃあこう言えばすぐにわかる?ヒト種ごときが、と」


 ヒト種ごときが、ヴァンパイアを討伐できると思っているの?そう言いたいようだ。

 しかし、本当に性格が悪い。リディアの妹とは思えんな。

 だが性格の悪さなら俺も負けん!


 「ん?なんかうるせぇな。()か?」


 この異世界でも蚊はいる。まあ、地球とは段違いに大きいけど。

 俺の煽りにレイアの表情から笑みが消える。


 「侮辱だわ」


 へぇ?俺の高度の罵りを理解出来ているのか。頭も良いじゃないか。

 吸血鬼は蚊と同等だと言われれば、それはブチ切れるよな。


 「侮辱したらどうなんだ?今ここで一戦交えるか?」


 「………いえ、ブルートの言い付け通りにするわ。来なさい」


 チッ、失敗か。リディアの手前、いつもの卑怯な先制攻撃を出来ないから、あっちから攻撃させようと思ったのに。隠して展開した魔法陣が無駄になった。

 レイアは別に来なくても良いと言わんばかりに、さっさと奥へ歩いていく。

 さて、どうするか。いや、することは決まっている。ブルートを始末する予定は変わらない。ついていくしかないな。

 リディアの妹じゃなきゃ、背後から魔法ぶちかませるのに残念だ。


 「どこに行くんだ?」


 俺たちはレイアの後を追いかけるが、行き先を聞いていない。まともに答えるとは思えないが、とりあえず聞いてみる。

 だが、レイアは素直に答えた。


 「城に入ってきた者はブルートに会わせるわ。それが言いつけだもの」


 しかしその答えに、俺たち全員が驚くのだった。

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