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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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ブルート

 ナカン共和国。

 国としては大陸の中で法国の次に小さく、人口も王国に比べると少ない。しかし自然が多く残る美しい国である。

 国のちょうど中央には、それなりの大きさの街と、古びているが立派な城もある。

 その城はリディアが生まれるずっと前に建設されたもので、リディアの父であるガウェイン王もここを居城にしていた。

 ナカン共和国と名を、そして王が変わった今もそれは変わらない。

 前の国、ガウェイン国時代、この城がある街は人口が少なくとも活気のある街だった。しかし今は、街を歩く者は誰一人としていない。

 城内も同じだ。

 衛兵や貴族、大臣がうろつく姿は一切ない。

 あるのは、ほつれや虫に食われて穴があいたボロボロの絨毯。汚れがこびり付いた燭台や飾り、絵画など。

 そして、ミイラと化した人だったもの。

 城内のほとんどに埃が厚く積もってもいる。埃の上を歩いた足跡すらなく、知らない人間が見たならばここは既に廃城になっていると思うだろう。

 しかし、ナカン共和国の国王、ブルート・ナカンはここにいる。

 謁見の間に、玉座に座り頬杖をつき、もう片方の手でワインが入った銀の器をくるくるとスワリングしている男がいた。

 長い黒髪をキッチリとオールバックにし、身につけたこれぞ貴族と言わんばかりの服は黒く、相手に暗い印象を与えてしまいそうだが、シワひとつ無い。片方の肩にあるペリースは表が黒、裏地が赤。全体的に真っ黒な衣服と片マント姿の中年男性がそこにいた。

 その男こそブルート・ナカンである。

 ブルートは気だるそうに謁見の間から見える()()を眺めていた。

 そこへブルートの背後にいつの間にかいた少女が話しかける。


 「ブルート、今日は一段と不機嫌ね」


 少女が近づくと窓から差す光が当たり、彼女の燃えるような赤い髪が光を反射した。


 「レイアか」


 少女はレイアという。

 レイアは美しい髪と容姿、着ている服も綺羅びやかだった。


 「元々顔色は悪かったけれど、気だるそうに外を眺めてため息をつく姿は、あなたを知っている私ですら心配しそうになるほど病的よ」


 「それは悪かったな。吾輩は別に気だるくも病でもない」


 「知っているわ」


 「君は今日も父親と同じ美しい髪の色だ」


 「それも知っているわ。でも、せめて私を見ながら言ってほしかったわ」


 「見なくとも分かる。不変だからな」


 その言葉に少女は年相応に笑った。

 一頻り笑った後、レイアは突然お腹を押さえる。しかし、その行為が遅かったのか、そもそも無駄だったのか、レイアの願いとは逆に『くぅ』と音がなった。


 「……はしたないわね、私」


 可愛らしく舌を出しながら恥じるように呟いた。

 ブルートはそれにすら反応しない。変わらず、晴れた空を気だるそうに眺めているだけだ。

 そんな態度をとられたら、たとえ友人や家族でも腹が立つ。だが、レイアに気にした様子はない。

 しかし空腹には耐えられないのか、用意させるために手を叩いて食事を運ばせる合図をする。

 少しの間、謁見の間には静かな沈黙が訪れた。

 ブルートは相変わらず、レイアは空腹に苛立ちながら食事の到着を待つ。

 レイアはそんな少しの時間すら待てないのか、気を紛らわすために再び口を開いた。


 「それで、どうして今日はいつもより不機嫌なのかしら?」


 ブルートは不機嫌だが、話しかけても逆上や興奮するようなことはない。自分がなぜ不機嫌なのか心の声を聞くように視線を天井に少しだけ向けて考え、これだと思うものを見つけ出すとレイアに答える。


 「暇のせいだな」


 「暇?それでいつも不機嫌そうに空を眺めているのかしら?」


 「そうだ。吾輩は暇なのだ。それが何百年も続いている。君は暇な時どうする?」


 「……そうね、行動を起こすわ」


 「活発で若い君ならそうだろう。しかし、吾輩は違う。起こす行動は全てやり尽くしたのだ。だからこうして美しい空を眺めている」


 「空を見ても何も変化しないわ。それこそブルートはそんな変わらない空を何百年も見続けて飽きているのではなくて?」


 レイアの質問にブルートはわずかに首を横に振り、少し間を開けて一気に語りだした。


 「空は変化している。日に日にその表情は変わるのだ。いや、正確に言えば今この瞬間も、そして次の瞬間も変化し続けている。今日は比較的元気があるが、明日はどうだろうな。悲しくて涙を流すかも。明後日は涙は枯れたが、曇り顔のままかもしれんし、もしかしたら悩みを忘れて今日のように元気な顔をみせてくれるかもしれない。今日だってわからんぞ?今この時は元気な少年のように眩しく輝いているが、僅か一刻後には、困った表情をしているかもしれん。こんなコロコロと表情を変えるのは空だけとは思わないか?それに彼は有名人でね。彼の機嫌一つで世界中に影響が出るんだ。しかし吾輩は、いや吾輩だけではなく誰も彼を変える事ができない。彼は完全なる不変な存在なのだ。なのに表情は変わり続ける。この矛盾がどれだけ素晴らしいことか……。見ていて飽きることはない」


 長い演説のような評論をするブルートの話を、レイアは欠伸を噛み殺しながら真剣に聞く。彼女にとって会話や食事、日常的なことこそが暇つぶしなのだ。それがどんなに興味のないことで欠伸が出そうになろうとも大事なのだ。


 「そんな大好きな空を眺めていても暇は変わらないのね」


 「それはその通りだ。なぜなら、吾輩は眺めているだけだからな。暇は変わらない」


 「でも今は戦で忙しいわ」


 「屍人が勝手にやってくれる戦が忙しいわけあるまい」


 「勝てば面白いわ。優越感に浸れるもの」


 「確かに願いが叶い、嬉しさは噛みしめることができる。しかし、面白いことなどない。優越感などと言った感情は、吾輩にはないしな。やはりヒトの真似事をするのは間違いだった」


 「ブルート……。ヒトは強いの。あなたの強さがまさに人外であろうとも、あなただけでは無理だわ」


 ブルートは反論せず深く頷く。それからワインを呷り、口の端からわずかに溢れたワインを指で拭う。


 「もちろん理解している。だからこそ君の言う通りに屍人で攻めている」


 「そうだったわね。失言だったわ。賢いあなたが理解していないはずないもの」


 「吾輩より賢い者も強い者も、頑丈な者、勤勉な者もいない。これほどつまらないことはない。ただそう思っているだけだ。知っていることを試そうとは思わない。だから、このまま屍人に攻めさせ終わらせる」


 「そうね。ヒトと対峙しても面白いことなんてないもの。それが良いわ。……ところでブルート」


 「なんだ?レイア」


 「そのワイン、毒入りよ?」


 「この独特な香りは毒だったか。新種のワインだと少々感動したが、損したな」


 冗談めいて話すが、ブルートは当然知っている。銀の器を利用し、変色しているのだから当然だろう。

 毒が無意味である存在にとって、それは香り付けと変わらない。故に気にすらしない。


 「間抜けね、ヒトって。私たちを毒で殺せると思っているのかしら」


 「ヴァンパイアにとって口から摂取した血以外の栄養は意味がない。無意味なことをしたな、其奴は」


 「ま、いいけど。……来たわね」


 会話が終わった直後に、レイアが謁見の間の一つだけ開いている窓に視線をやる。

 そこにはいつの間にか男が窓から入ってくる所だった。

 男は誰かを抱えていた。

 だからか、何度か体が窓枠に当たって男は苛立つ。舌打ちをしてから抱えていた人間を無造作に放り込んだ。

 ドサリと重い音がしたのを満足そうに頷き、それから男は窓を乗り越え、謁見の間に入った。


 「お待たせしました、お嬢」


 「遅いわ。空腹が限界」


 「そいつはすみません。そして、ロード。ご機嫌うるわ……しくはなさそうで」


 レイアに謝ったあと、ブルートにお辞儀しながらありきたりな言葉を並べようとするが、表情で察すると途中で言葉を変えた。


 「ああ」


 ブルートの短い返事に男は苦笑いする。


 「気にしないで。それよりそれが食事かしら?」


 「ええ、お嬢。ワインに毒を仕込んだ奴を見つけ出しました。もちろん、殴って屠殺済みです。……少々顔が崩れ過ぎて、見るに堪えない状態ですが」


 「興味ないわ。それより注いでくださる?」


 「はい」


 返事をすると死んでいる男の首に手を当て、素早く動かすと男の首筋から血が垂れ始めた。

 懐から宝石が埋め込まれた金の器を取り出すとその血を注ぐ。満杯になった所で器をレイアへ渡した。


 「それで足りますか?」


 「ええ、ありがとう。残りは好きにしていいわ」


 「ありがとうございます」


 そう言われると、男は死んだ人間の首に噛みつき吸う。すると、死んだ人間はみるみる萎んでいきミイラのようになった。

 もう残り滓すら出ないことを確かめると、死んだ男をゴミのように放り投げた。


 「ロード」


 男はブルートに近づいてもう一度深くお辞儀する。


 「どうした」


 「戦の報告が来ました」


 「言え」


 「はい。どうやら、アンデッドの軍隊は全滅したようです」


 その報告に驚いたのはレイアだった。反動で溢れそうになる血液が入った器を慌てて押さえる。


 「なんですって!どうして?!」


 「なんでも魔法で殲滅されたそうで。大賢人級、いえ、英雄級の魔法士の可能性があります」


 レイアは絶句した。それは当然のことだった。英雄は厄介であることを理解している。しているが、今までも数で押し込めてきた。

 押し込めた上で優勢だったのだ。それが魔法士の魔法で殲滅されれば、衝撃を受けても仕方がない。

 しかし、逆にブルートは興味が出たのか前のめりになっていた。


 「良いな、面白い。それでその魔法士はどうした?何者かわかっているか?あの怪力だけが取り柄の王国英雄ではあるまい?」


 「いえ、それがわからないのです。報せに来たリッチは、その、口内の腐り具合が非常に進んでいまして……。不幸にも舌は腐り落ちていて、これを聞き出し理解するのも苦労したんです」


 その報告を聞くと、ブルートはまたつまらなそうに溜め息を吐き、玉座にもたれかかった。


 「そう、か。なら仕方ないな」


 「残念がっている場合じゃないわ。大誤算よ。レッドランス領から挟み撃ちするのも失敗して、今度は主力が全滅よ?」


 「それになんの問題が?死体なら文字通り腐るほどある。兵ならいくらでも作れるではないか。それに王国に余力がないのは間違いない」


 「でも、全滅させた魔法士がいるわ」


 「どこかの国から雇ったと考えるのが自然だ。引き続き雇うにしても、その時は吾輩が何とかすれば良い。その後、もう一度屍人軍を作り直し、再度攻め込めば良い」


 「その魔法士を何とかした後にアンデッドを作るの?その前に王国軍がここに攻め込むかもしれないわ」


 「攻め込まれて問題が?レイア、ヒトはそれほど感情を支配できるわけではない。戦の高揚や勝利の余韻もそうだが、恐怖も抑え込めない。何より、戦は疲れる。長期間、あの平原で戦い続けた王国兵は敵にすらならん。吾輩が撫でるだけで入城する危険を悟り、高揚や勝利の喜びを忘れ、恐怖を思い出し逃げるだろう」


 「……それもそうね。ブルートは強いもの」


 「ああ、気にするな」


 二人の会話を黙って聞いていた男は、結論が出たと再度腰を折る。


 「では、そのままでよろしいのですね。ロード」


 「ああ」


 「かしこまりました」


 「いや、だが言いたいことがある」


 「は?」


 「死体の血は美味くないだろ。生き血が良いのではないか?」


 男とレイアは顔を見合わせて苦笑いする。


 「ブルートはそうかもしれないけれど、私たちはヴァンパイアになって間もないわ。まだ動いているヒトから直接吸うのが慣れないの」


 「そうです、ロード。それに生きていると血の勢いがあり過ぎて飲みにくいのです」


 答えを聞くと、ブルートは今日一番の不機嫌な表情をした。


 「温度、活き、舌触り、なにより美味なのだが……。子供には早いということか」


 「そうよ、私たちはヴァンパイアとしてはまだまだ子供。その味は大人になってから楽しむとするわ」


 「なら、今はうるさく言わん。好きなものを食せ」


 ブルートの拗ねたような言い方に二人は笑う。

 そして、笑い終わると男が最後にもう一度腰を折る。


 「では、ロード。自分は街に出て狩りをしてまいります。もちろん、今度はロードの食事分を」


 「ああ、新鮮なものを頼む」


 「は」


 そうして男は音もなく窓から飛び出していった。

 レイアは金の盃の中身を呷って飲み干すと欠伸をする。


 「では、私は寝るわ。また夜に起きるわね」


 「ああ、ゆっくり眠れ」


 「はい」


 レイアが欠伸をしつつブルートに手を振り、寝るために謁見の間から出ていった。

 その姿を目で追い、レイアの姿が完全に消えてからブルートはまた窓の外に視線を戻した。

 そして、誰もいなくなった謁見の間で、ブルートは一人口元を緩める。


 「魔法で数百万のアンデッドを殲滅できる魔法士?そいつはどんな血の味なんだろうな?いつか必ず相まみえるはずだ。楽しみが増えるのは良いことだ。そうは思わないか?」


 雲が流れる空にそう呟いた。

来週は昼の12時投稿です。

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