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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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絶望と希望の冒険者

 ギルが自由都市を出発して、さらに5日後。

 オーセリアン王国西に展開している軍隊は、兵数を150万人に減らし、後退しながらも何とか耐えていた。


 「将軍……、今、撤退しなければ全滅です」


 この戦争の指揮官である総大将。その側に立つ軍師が進言する。目の下にくっきりとした隈、痩けた頬で彼の心労と疲労が分かる。

 この戦場にいる全ての人間が睡眠すらままならない状況ではあるが、軍師は特にそうだろう。

 勝利に導くための軍師だが、今は兵を一人でも多く死なせない為に知恵を絞っている。その彼が今撤退しなければ、ここにいる全員が死ぬと言っているのだ。これほど重い言葉はない。

 その言葉を受け取った総大将は、軍師と同じように(やつ)れた顔で戦場を見渡す。


 「なんと悍ましい」


 「は?」


 軍師が予想していなかった総大将の言葉に、思わず聞き返してしまう。


 「敵軍を見てみろ。まるで毒の波が押し寄せているようだ」


 軍師は戦場に視線を戻す。

 アンデッド特有の腐った肌、紫や黄土の皮膚が総大将の言うように毒に見える。数百万万ともなれば、さながら毒の波のようだと表現した総大将に同意する。


 「まさしく。鈍色の大地を飲み込もうとしているようです」


 軍師がつられて、王国の兵たちが装備する鉄製防具を鈍色の大地と表現してしまうあたり、もはや考える力は衰えて現実逃避しかけているのだろう。


 「英雄殿が戦線離脱してから、どれくらいが経った?」


 「はっ?!あ、はい、えー……、そろそろ二十日ほどになるかと」


 軍師は自分が放心していたことに気づき、慌てながらも質問に答えた。


 「ふむ、レッドランス卿の兵はよく粘ってくれているな。彼らが来てくれなければ、もっと犠牲は増えていただろう」


 「たしかに。聞けば、東でも同じようにアンデッドに襲われ、それを殲滅した後にこの戦場へ援軍にきたようです。戦いなれているのか、その経験を活かし犠牲を最小限に押さえています」


 「引きながら防衛に徹するという提案をしたのも、レッドランス軍の副将だったな」


 「はい、どういうわけかは聞いていませんが、将軍はここに来る前に引退したらしく、実質彼がレッドランス軍を率いているようです」


 「優秀な男だ。彼の策があったからこそ、ここまで耐えることができた」


 「私も驚きました。状況を見て策を思いついたのだとしたら、とんでもない逸材ですよ」


 レッドランス軍副将はヴィシュメールで戦った男だ。その時の将軍はギルの魔法を見て引退したが、副将の彼は今も戦場に立ち続けている。

 そんな彼が提案した策というのは、罠を仕掛けながら後退し続けるというもの。

 最前線が抑えている間、後方で簡単な防壁や罠を設置する。設置し終わったら、最前線が全速力で後退するのだ。

 アンデッドは知能がなく、防壁には真正面からぶつかり、あからさまな罠にも引っかかる。そのおかげで一日の戦死者は格段に少なくなり、逆に殲滅力は増した。

 王国は二十日で50万の犠牲を出したが、ナカン軍は500万まで兵力が下がっている。

 これは勲章ものの策と言えるだろう。

 だが実はこの策、ミゲルがギルから助言されたものだ。

 レッドランスはこの助言を受け入れ、自領の北での戦闘を最小限の犠牲で切り抜けたのだ。

 その経験があったから、副将はこの提案をしたに過ぎない。

 そのことを知らない総大将は誇らしげに頷く。しかし、すぐに表情が曇った。


 「だが……、限界か。もはや疲労困憊で、アンデッドの遅い攻撃ですらまともに受けきれていない」


 総大将も軍師に言われるまでもなく、それを理解していた。

 この策は犠牲は少なくて済むが、持久戦を強いられる。

 後退し続けるということは、安全な後方に設置してある救護所や兵が休める場所も後退し設置し直すことになる。

 その仕事は自ずと最前線にいない兵が請け負う。つまり、最前線も後方も関係なく休む暇がないのだ。

 開戦当初なら、この策を実行し続けて勝つことも可能だったかもしれないが、限界の近い状態で実行したせいで、疲労を加速させる事態になっていた。

 それを証拠に策を実行してから、日に日に戦死者が増加している。理由は疲労による逃げ遅れだった。

 撤退しなければ、戦死ではなく過労死の方が多くなると予想できるほどに、限界という言葉は正しかった。


 「でしたらすぐに撤退の命令を!」


 「………それでも駄目だ」


 「将軍!」


 総大将の拒否に軍師が責めるように声を荒げた。

 今のように兵力を失うことを選んだ総大将は無能に思える。

 しかし、そうではない。


 「我らが抑えなければ、点在する街や村が襲われる。襲われたら更に敵戦力が増えるぞ。そうなれば王国どころか、この大陸全てがアンデッドに支配されかねない」


 総大将が言うように、彼らが最後の砦なのだ。

 殺した相手を自軍の兵にするナカンは、なんとしても、どんな手を使ってでもこの場所で止めなければならない。

 でなければ、この大陸から生物の姿が消えることになる。故にこの判断は正しい。

 だが、最後の砦が決壊するのも間近に迫っている。だから総大将は死を覚悟して、この場から動かない決断をしたのだ。

 それでも軍師は納得しない。軍師とは勝つために策を考える者だ。全滅するのを良しとする人種ではない。


 「ですが一度撤退して立て直せば、また戦うことは可能です!」


 だから何度でも説得する。


 「撤退している間はどうする?」


 「それは……、街や村が犠牲になります。それでも我々は撤退し建て直さなければなりません!立て直し、憎きナカンを打ち倒すのです!それが例え、何個、いえ、何十という街や村が犠牲になろうとも!」


 「貴様は本当に勝てると思っているのか?撤退している間に増えた敵戦力を、再び退ける戦力は王国にはもうない」


 この総大将の言葉は正確ではない。実際には残っている。

 各領主が領地の防衛のために残している兵がいる。それになりふり構わないのならば兵士でなくても良い。国民を民兵にし戦わせることも出来るからだ。

 だがそれは所詮、付け焼き刃に過ぎないし、応急処置にもなっていない。

 街や村を飲み込んで増大した時点で、ナカン軍を打ち倒すことは不可能だ。

 数や地図上でしか判断できない軍師には、それが理解できないのだ。

 二人の意見は平行線だ。交わることはない。

 ではどうなるか。当然、指揮権を持っている総大将の判断が優先される。


 「………では、どうするのです。まさかとは思いますが、英雄が戻ってくると考えていませんよね?」


 「………」


 総大将は答えない。

 王国の英雄は、疲労を回復させるために戦線を離脱した。

 王都と戦場の往復、それに英気を養う期間を合わせて、約一ヶ月の離脱。

 後10日耐えれば英雄が戻ってくることになる。

 だが軍師は英雄が戦線に復帰するこはないと考えていた。いや、総大将も心のどこかでそう確信していた。

 王へは劣勢であると立て続けに報告している。にもかかわらず、英雄を王都に戻したのだ。

 英雄が戦場からいなくなれば、戦線を維持できないと予想できるはずなのにだ。休むだけなら戦場の後方でも出来る。それでも英雄を手元に戻すのは、王都の城門を守らせる以外あり得ない。

 つまり、西に展開する軍は見捨てられたのだ。

 故に、軍師は必死で総大将を説得する。裏切られてまで命令に忠実でいる必要はないと言わんばかりに。


 「我々は見捨てられたのです。将軍の戦い続ける勇気も、国民を護るという理念も素晴らしい考えです。ですが、死んだら意味がないでしょう。ここは一旦引き、我々も英気を養ってから再戦すべきです。街や村だって無抵抗ではありません。彼らも考え、戦う力は持っています。自分たちは自分たちで守れるのです。当然、逃げることも出来る。我らの心配を他所に、襲われた街や村の住人は王都に逃げ延びる可能性が高い。ですから!今は我々が逃げるべきです!」


 「軍師、貴様の考えはわかった」


 「そうですか!でしたら!」


 「だが、それでも駄目だ。我らはこの策を実行し続ける。最後の一人になろうともな」


 「ああ……、将軍……」


 総大将の決断は覆らなかった。

 その決断の堅さに、軍師は頭を抱える。


 「だがな、軍師。望みがないわけではないだろう」


 「なにを……、まさか?!将軍はあの書簡を信じておられるのですか?!」


 「ああ、冒険者の援軍が来る可能性をな」


 それはギルのことだ。

 レッドランスが王都に戻り報告をしたすぐ後、戦場へ書簡を送っている。

 書簡には総大将が言うように、冒険者の援軍を送ったことが書いてあった。


 「来たとして、それでどうにかなると?!たった一組の冒険者パーティです!焼け石に水どころか、マグマ石に水!無意味です!!」


 「かもしれんな」


 「かもではありません!レッドランス公が送ってくださった兵たちですら、もはや役に立ちません!それが一組の冒険者パーティを加えたところで、どうにもならないことは子供だってわかります!それに、あまり言いたくはありませんが、その書簡ですら欺瞞の可能性があります。陛下は我らに希望を与え、ここで耐えさせるために嘘の書簡を送った。そう考えるのが自然です!」


 「……そうかもしれん。だが、それでも我らは命令通りに戦い続けなければならない」


 「……将軍はこの先アレを見続けて、いつまでその言葉が言えるのですか?」


 軍師は丁度横を通り過ぎた兵士たちに視線を向ける。

 その兵士たちは休むために後方へ下がっている最中だった。だが、その数はわずか100名ほど。それだけしか安全な後方で休憩させることができないのだ。

 兵士の内の一人が足をもつれさせ激しく転倒する。

 その兵士の仲間が近寄り、揺すってみるが反応がない。脈があるか調べるために首筋に指を置くが、しばらくすると首を横に振った。

 怪我のせいか、疲労のせいか、その兵士はそのまま帰らぬ人となった。


 「また一人勇敢な兵士が逝ったか。遺族に申し訳ないが、アンデッドにならないよう遺体を燃やすことを徹底させよ」


 「あの兵は偶然死んだわけではありません。気が緩んだ瞬間、急死するのはもはや日常になっています。あの状況が既に何度も起こっているのです。彼らを見てもまだ戦えと仰るのですか?」


 「そうだ。絶望しかなくとも、全滅が濃厚であろうとも、我らは最後の一兵までこの場所で戦い続けなければならん」


 その言葉を聞き、軍師は項垂れる。

 勝てるわけがない。この国はもう駄目だ。この将軍の下では戦えない。そんな気持ちが心の中で渦巻いた。

 軍師は後方へと視線を向ける。それは逃げ道を確認するための無意識的な行動だった。

 まだ戦っている兵士がいる。勝利を目指す上司がいる中で、それは最低な行為だ。しかし、そのおかげで軍師はあることを発見できた。


 「………将軍」


 「なんだ?まだ言い足りないのか?いくら説得しとうとも答えはかわらんぞ」


 「違います。背後から王国兵ではない人影が近づいてきています」


 「なに?」


 将軍も背後を振り返り、軍師が見ている方向へと視線を向けた。

 目を凝らすと、軍師が言うように数人の人影がこちらに向かって近づいているように見える。

 王国兵以外がこの戦場に向かってくることはありえない。王国民でさえ、この戦場に近づくことは禁止されているし、他国の人間だとしてもわざわざ戦場へ近づこうなんて考えない。

 数百万人の戦闘の音は大音量だ。離れた距離でも十分察することができる。

 だが事実、人らしき影が近づいている。それを怪しむことは自然なことだ。


 「アンデッド……でしょうか?」


 「………いや、ヒトだな。アンデッドはあんなしっかりと歩けないだろう」


 アンデッドであるゾンビやスケルトンは歩行速度が遅い。神経の伝達が上手く働いていないせいか、バランス感覚が鈍いのだ。だからふらふらと歩き、それが理由で歩行速度が遅いのだ。

 だが、今近づいている人影はしっかりと踏みしめ、速度も普通に見えた。意思を感じる歩き方もあって、人間であると確信できたのだ。


 「王国兵でもアンデッドでもないとすれば……、もしや!」


 「書簡で書いてあった冒険者だろうな」


 「本当に来たのか。陛下は……、我らを見捨ててはいなかったのですね。……ですが、やはり書簡の通り人数が……」


 段々と近づいて大きくなる人影で人数がはっきりとする。6名。書簡の内容通り、冒険者パーティ一組程度の人数だ。

 有り難いとは思う。しかし、どう計算しようとも、どう策を練ろうとも、たった6名の援軍で戦況は変わらない。

 150万の兵に、誤差である6名が加わるに過ぎない。

 軍師でなくともそんなことは分かる。隣で冒険者を待つ総大将でさえ。

 しかし、総大将はネガティブな発言をすることもなく、冒険者の到着を待った。

 そして、ようやく冒険者がどんな人物か分かる距離まで近づくと、軍師の心は絶望に染まった。

 援軍に来た冒険者が、少年少女のパーティだったからだ。

 老練、または熟練の冒険者なら、まだ期待は持てた。だが、冒険者になって間もないであろうパーティが援軍という事実に、軍師が希望を失うのは仕方のないことだろう。

 軍師が諦めの気持ちで呆然としていると、いつの間にか冒険者が軍師と総大将の下へと到着していた。

 そして、リーダーと思われる少年が口を開く。


 「冒険者ギルとそのパーティ、依頼により援軍に参った」

来週は昼の12時投稿予定

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