飛空艇
仲間たちにレッドランスからの依頼を詳しく話すために場所を移動した。といっても、船渠の一部を間借りしていて移動距離はほぼ無い。
時間は夜になり、職人さんは既に帰っている。
今はプールストーンを展開し石のコテージの中で、漣を聞きながら俺の作った料理を皆で囲んでいた。
本当は自由都市の宿でゆっくりしてほしかったけど、今回はお忍びというのもあり我慢してもらった。
「それで……、何を依頼されたのですか?」
リディアが食べ物を飲み込み、上品に口元を拭いてから切り出した。
「王国の戦争に参戦して、ナカンの兵を倒せってさ」
「冒険者としてッスか?!珍しいッスねぇ」
「そうなのか?」
冒険者に頼むのはよくあることだと思ってた。戦争に勝つためにはなりふり構ってられないだろ。
「そういう柵が嫌で冒険者になる者も多いですから。それに色々な国を行き来して依頼を受けるのも理由の一つです」
「あー、なるほど。冒険者が断るのか。一方の国に肩入れするのは後々に響くからだな」
「はい。……それで、受けたのですか?」
「依頼はまだ受けてない。仲間たちと相談もあるからと言って待ってもらっているよ」
「そうですか」
「でも戦争なんやろ?ギルは即断りそうやけど……」
俺が王国に召喚されたのもあって、個人的に恨んでいるとティリフスは思っているようだ。
事実そうなんだが、恨んでいるわけではない。なんせ、仲間たちと出会えたし、知識欲を刺激できているからな。
「条件が良かったのもあるけど、気になることを聞いたからな」
「気になることッスか?」
「ああ、それはな――」
俺はナカンの戦力がほぼアンデッドであるかもしれない事と、ヴィシュメールがアンデッドの大群に襲われたのもナカンの策だった可能性を皆に話した。
それを聞いた反応は様々だった。
リディアは落ち込み、シギルは怒った。エルは安堵し、エリーは変わらず無表情。そしてティリフスは、わからん。鎧だし。
「私が国から出た後、アンデッドに支配されているかもしれないということですか……」
リディアが落ち込んだのはそういう理由だ。自分が逃げないで戦っていれば、もしかしたら違う結末だったのではと後悔しているのだろう。
「マジッスか。それじゃあ、もし王国が西での戦いに破れたら、ヴィシュメールもアンデッドの国になるんスかね……」
シギルは自分の生まれ育った街がアンデッドに支配されそうなんて考えたくもないと言ったところか。言葉に怒気を含んでいて、珍しく怒っているのを感じる。
俺がレッドランスの依頼をほぼ確実に受けると予想したのは、この二人がいるからだ。
ナカン共和国は元々ガウェインという国で、リディアはその王女の一人だった。だが、ブルート・ナカンというヴァンパイアに支配され、もしかしたら国民が全てアンデッドと化しているのではと落ち込んでいるのだろう。
一方、シギルは王国のヴィシュメール生まれ。祖父の鍛冶屋があるヴィシュメールを、アンデッドの街にしてはいけないと正義感に燃えている。戦う理由には十分だ。
この二人の事情を知っているからこそ、依頼を受けてナカンの侵略を阻止しなければならない。
「ヒトじゃなくて、よかった、です」
エルが安堵したのは、この一言に尽きる。
エルは優しい。いや、優しすぎる。おそらく、戦争であろうと人を殺すことはできないだろうな。それが例え自分たち亜人を迫害してきた王国が相手だったとしても。
「大群相手の戦い方、考える」
エリーは生粋の戦士だ。エルとは違って、依頼を受けたなら人であっても構わず戦うだろう。
そこが頼もしい。だが、エリーの言葉通り、500万という大群を相手するには工夫が必要だ。更に言えば、エリーは大群向けの戦闘は苦手だろう。
今回は相手がアンデッドで光属性が効果的だからエリーも渡り合えると思うが、これから先はわからない。今のうちに多勢相手と戦う方法を模索する必要がある。
それに関しては俺も少しだけ手伝おうと思う。
「アンデッド……。こっわ!」
ティリフスかぁ。こいつはどうなんだろ。無理じゃないかなぁ。
そもそもティリフスは戦いが苦手だ。その上、今回はティリフスの天敵であるアンデッドなのもある。逃げ回るならまだしも、戦闘中ずっと鎧の震える音を聞かされかねないぞ。
ビビりすぎて動けなくなることはダンジョン攻略で確認済みだ。ありえる。
でも、全員が依頼を受ける前提で話を進めているのが嬉しい誤算だ。全員が全員の事情を知っているから、断るという選択肢が存在しないのだ。
本当に良い奴らだろ?だから俺も全力でこいつらを助ける。
「依頼は受けるってことでいいな?」
決まりきっていることを確認する。当然、全員が頷いた。
「怖いけど、報酬は良いしな。金貨5百枚やっけ?」
「そうだけど、お前べつに欲しい物ないだろ」
ティリフスは寝ないし食わない。肉体がないから欲望の殆どが無い。生きる為に必要なものを買う必要がないのだから、欲しい物なんてないはずだ。
「失礼な!めっちゃあるわ!……油とか!」
カタタッという音を出しながら、自分の肩部分を指差す。
そこの関節部分が動きづらいんだね。一番良い油を買ってあげよう。
まあ、ティリフスのくだらない欲望はさておき、仲間たちだって欲しい物はあるはずだ。この依頼が成功すれば報酬の殆どは魔法都市のために使うことになるが、好きなものを買える金を全員に配ることは出来るだろう。
金で釣られたと思われたくないが、これは大事なことだ。
大金の報酬がなくても依頼は受けていたが、あるのとないのとではモチベーションが違う。
「でも、もうすでに間に合わないかもしれませんね」
「そうッスね。自由都市から出発して王国の西までとなると、ひと月はかかるかもしれないッスよ」
ナカンの兵が500万だ。これからは更に加速して増え続けていくだろう。その状況でひと月掛けて向かっても、辿り着いた頃には王国側は全滅し、取り返しのつかないことになっているかもしれない。
例え、王国の英雄と呼ばれている俺と同じく召喚された奴がいたとしても、食い止めることは不可能と言っていい。
リディアとシギルはそう言いたいのだ。
だが二人は忘れている。俺たちが何のためにこの自由都市まで来ているのかを。
「焦る必要はない。俺たちには空を飛ぶ船、『飛空艇』がある。完成したらあっという間に辿り着くことができるはずだ」
「ひくうてい……、どんなものか想像できない、です」
「ん、完成したとしても、本当に間に合う?」
地球にあるファンタジー世界の物語やゲームでは、当然と言って良いほど空を飛ぶ表現がある。だが、実際は難しい。
風魔法を利用したとしても、人が飛ぶには台風以上の風力が無ければならない。そんな魔法をホイホイと使えば、家屋が吹き飛ぶぞ。
火の魔法を使っても無理だ。気球を飛ばすのに必要な火力は、家庭用コンロの1000倍と言われている。自分だけを飛ばすにしても、まず魔力が保たないし、何より自分は当然として近くにいる人も焼け死んでしまう。そんなものは使えないだろう。
これはどの魔法を利用しようとも同じことが言える。
結果、この世界では飛ぶことは至難だ。科学の発展が遅いのもあって、たとえ数百年の時を進ませても魔法では空を飛ぶことは不可能と断言できる。
そういう固定観念があって、エルやエリーは空に移動することが想像できないのだ。いや、この世界の殆どが空想すらできないだろう。
しかし、ダンジョン攻略で見つけた浮遊石はそれを可能にする。
空間に固定される石。
これを利用することで、空中に固定された船を作ろうとしているのだ。
「間に合う。起伏のない空を、何者にも邪魔されずに移動できるんだから、地上より断然早い」
「ダンジョンで体験はしたけど、めちゃ遅かったやん」
「そらそうよ。あんな手すりもなく、バランス崩したら真っ逆さまで全滅する乗り物で、スピードなんて出せないだろ。でも、今回は船だから大丈夫だ」
ダンジョンで作った簡易的なものと違い、今回は巨大な船。手すりもあれば、船内だって入ることが出来る。それに今回は操縦席を船内に作る予定だ。酸素の問題とかもあるし、なにより甲板にでて操縦するのは辛すぎるからな。
船倉にダンジョンで集めた浮遊石の欠片を大量に貼り付けて固定することで、空中に船ごと固定する。
船が浮かび上がりさえすれば、後は魔法で高度を調整できる。
巨大なガレオン船クラスを移動させるのに、とてつもない魔力が必要だと思うかもしれないが、それは帆船の帆が助けてくれるはずだ。
帆で風を受けた力を利用し、魔法で更に加速させる。思っているよりずっと魔力消費は少ないだろう。さらに緊急用として、魔力を詰めたプールストーンも用意してあるから、移動の心配はそれほどない。
問題があるとすれば、船の上昇、巡航、旋回、降下など、姿勢を変化させるための機構を作るのが難しいことだ。
まあ、それは知識がある俺とシギルが頑張れば良いことだが……。
俺はそれらを軽く説明して見たが、やはりというか理解できたのはシギルぐらいだった。
「つまり、完成しなければ間に合わないということですよね?」
「そうだな」
「逆に言えば、完成が遅れたら間に合わないってことやね?」
「努力するよ。な?シギル」
「ッス」
そう言って、シギルがちっちゃい手をぐっと握る。
地球にいたら、こんな小さい女の子がどれだけ気合を入れても、絶対に間に合わないと思っただろうな。
でも、この世界では小さい大きいなど体格は関係ない。戦闘に置いては有利不利が多少あったとしても、物作りに限っては意味をなさない。
ステータスが全ての世界だから、何百キロという重い物を持ち上げながら固定する作業なども一人でできてしまう。
重機で作業する時間が必要ないからこそ、作る速度が速いのだ。
俺が自信を持って説明したところで、皆は半信半疑だろう。どちらにしろ、より一層努力するしか方法がない。
皆には俺とシギルを信じてもらうしか無いな。
「とにかく、レッドランスには条件付きで承諾するが、それでいいな」
全員が頷いたのを確認して話し合いは終わった。
翌日。
シギルに作業をしてもらっている間、俺はレッドランスが泊まっている宿を訪ねた。
さすがは貴族で、自由都市でもかなりの高級宿屋に泊まっていた。城かと勘違いしそうなほど巨大な宿。
こんなに広さいる?と思ってしまうような広々としたロビー。馬車が上がれんじゃねーかとツッコミを入れてしまうほどの幅広い階段。
そして、城の俺の部屋の4倍ぐらい広い客室。そこにレッドランスが泊まっている。
驚きなのが、この宿で最も広い部屋じゃないことだ。
一番広い部屋ってどんくらいだ?サッカーでも出来んじゃねーかな。
それはさておき、部屋に入るとレッドランスは机に向かって書き物をしていた。
寛いだ格好ではなく、いつものようにビシッと貴族の服を着ている。その側にはミゲルが使用人の服を着て立っている。
もっと楽にしろよ言いたくなる。真面目なんだろうなぁ。
「おまたせしました、ギル代表殿。今日は答えをお聞かせ頂けるのですか?」
レッドランスは書くのを止めると、俺の方へ向き直って立ち上がった。同時にミゲルが礼儀正しく腰を折る。
俺はレッドランスのこういう所は嫌いじゃない。俺が国の代表だからではなく、俺の仲間たちにも変わらない態度なのだ。
礼儀を大事にするからこそ応えようと思える。
「そうだな」
「依頼、受けて頂けるのでしょうか?」
「ああ、受けてやる」
「おお!!それでは早速出発して頂けると?!」
「待て、まだ話は終わっていない。条件付きで受けることにした」
「条件……」
俺がそう言うと、レッドランスはなんとも言えない表情になった。また俺が無茶な条件を言うと思ったに違いない。
「いや、そんな難しい話じゃない。今回の依頼は冒険者としてだよな?」
「はい」
「なら、冒険者ギルドを通して欲しい。当然、報酬もだ」
「ですが、それは……」
レッドランスは渋っているわけではない。俺が不利益になると思って言葉を濁しているのだ。
冒険者ギルドに依頼を通すということは、報酬の数%をギルドに持っていかれるからだ。当然、直接依頼を受けて報酬を貰う方が、全額受け取れるから得になる。
「悪いが、俺は王国を信用していない。今回はレッドランスが個人的に依頼しているわけではないだろう?ならば、冒険者ギルドを間に入れたほうが安心できる」
「……なるほど。金額が金額ですからな」
意外にもレッドランスは怒らなかった。
王国はそんな詐欺みたいなことはしないと激昂するかと思ったが、レッドランスにも思う所があるのかもしれない。
「依頼はオーセブルクのギルドにしてくれ。俺が書簡を送って依頼を受けることを報せておく。報酬の前払いはいらない。達成したら全額受け取るのが条件だ」
これにも意味はある。
まず受け取るのに、わざわざオーセリアン王城に出向く必要がないことだ。俺はオーセリアンの王に会いたくないからな。
それに前払いがある場合、大金を持ちながら戦わなければいけなくなる。何が起こるかわからないのだから、出来る限り大金は持っていたくない。
さらに未払いの心配がないことも挙げられる。冒険者ギルドは巨大な組織だ。後で報酬を支払いたくないと言えないようにするためだ。王国と言えども冒険者ギルドは敵に回したくないはずからな。
「わかりました」
レッドランスは即答した。それだけ依頼を受けて欲しいのだろう。
「よし、契約成立だな。俺たちは準備が終わり次第、王国へ出発する。レッドランスはどうするんだ?俺と一緒に出るか?」
「いえ、ギルドへの依頼もありますから。もちろん、早馬を走らせますが、我々も陛下に伝えなければいけませんので先に戻ることにします」
そっちの方が都合がいい。レッドランスにも飛空艇のことはまだ教えたくないからな。
「わかった。じゃあ、段取りの打ち合わせをしようか」
「はい。ミゲル、済まないが代表殿の飲み物を用意してくれるか」
「畏まりました。代表様、王国をどうかよろしくお願いします」
ミゲルが頭を下げてから部屋を出ていく。
俺はその姿を目で追い、ミゲルの気配がなくなってから口を開いた。
「あいつ、すげー良い従者だな」
「わかりますか!」
初めて見る満面の笑み。レッドランスは心の底から従者が褒められたことを喜んでいるみたいだ。
レッドランスもミゲルは自慢の従者だと思っているようだ。
「ああ、主に尽くしている。もちろん仕事も出来るんだろうが、何より賢いのが良い」
「ええ、正しくその通りです」
それからレッドランスは仕事そっちのけでミゲルの話をした。
本当はもっと上を目指せる実力を持っているのに、レッドランスの側にいる為に従者のままだとか、レッドランス領でもっとも強く、もっとも賢いなどと嬉しそうに語っていた。
自分の子供のように可愛がっているのだろう。俺も仲間たちの自慢をしろと言われたら、同じように話しそうだし、気持ちはわかる。
「俺のような若い小僧に言われるまでもないと思うが信じることだ。他人を信用することは世界で最も難しいが、相手に伝われば決して壊れることのない信頼を築けるからな」
地球にいた頃は最後まで部下を信じることはできなかった。だけど、こっちに来てからは信じることが出来る仲間を手に入れた。これだけでもこっちの世界に来て良かったと思える。
「心に刻んでおきます」
「うん、じゃあ仕事の話だ」
こうして数時間を掛けた打ち合わせが始まった。
レッドランスはそのすぐあと王国へ戻るため、自由都市を出発した。
俺たちが出発するのは、レッドランスが出た15日後だった。