ブレンブルク自由都市
「………それで、わざわざこんなところまで来たのか?」
カンカンと金槌で叩く音と、職人たちの怒声が入り交じる騒音の中で話すことじゃない。
だが、目の前で申し訳無さそうに立つ男は、わざわざ王国の首都からはるばる自由都市へ、このくだらない話をするために来たのだ。
本来であれば、叱責し、罵り、塩をまいて追い返すところだが、書簡などではなく本人が来たことに敬意を払い、話を聞くことにしたのだ。
男は俺の質問に汗を垂らすばかりで答えない。
困った。俺、本当に忙しいんだよな。頑張って働く職人さんを粗末な椅子に座ってぼーっと眺めているように見えるけれど、すっごい忙しい。
というか、顔見知りで会話だって何度もしているのに、なんでこんなに怯えてんだ?
「滝のような汗だな、レッドランス」
男はレッドランス領主、ゲオルグ・フォン・レッドランスだ。
魔法都市で三国会議をしたときに、帝国皇帝シリウスの口撃を受け止めてくれた、俺の愛用盾だ。まあ、呪われてたけど。
「申し訳ありません、魔法都市代表様。閣下は少々、その、ご病気で……」
レッドランスの代わりに従者、名前はたしかミゲルだったか、が答えた。
なんだよ、具合が悪いのか。知らない仲じゃないし、少しだけ心配だな。
「どうした?この前のアンデッド討伐で負傷でもしたか?」
レッドランスは北側に出没したアンデッドの大群と戦ったらしい。指揮だけに留まらず、自ら戦場を駆けたのだとオーセブルクで聞いた。もしかしたら、その時に負傷し、それが悪化したのかもしれないな。
などと心配していると、レッドランスは蚊の鳴くような声で話しだした。
「い、いえ……、胃痛です」
え、ストレス胃痛ってこと?その原因って俺?
……1ミリも俺が悪いとは思ってないけど、このままじゃ話出来ないな。仕方ない。
俺は自作の治癒ポーションをマジックバッグから取り出すと、レッドランスに渡した。
「飲め。俺が作った物だから効くぞ」
「も、もうしわけ、ない」
レッドランスはプルプルと震える手で受け取ると、ちびちびと飲み始めた。
さて、どうしてこんな状況なのか。ポーションを飲むレッドランスを眺めながら思い出す。
空を飛ぶ船を作ると決めた俺は、ヴァジに三通の紹介状を書いてもらった。内二通は、中古の船を取り扱う商人と船の改造を専門にする業者への紹介状。
残り一通は、代行商人への紹介状。紹介状というよりは、内密に進めてほしいという依頼書のようなものだ。
これら三通の書簡を代行商人に送ることで、俺は魔法都市にいながらも完璧に仕事をしてくれるようにヴァジが気を使ってくれたのだ。
俺は魔法都市の代表。おいそれと外出できないからな。
ヴァジに料金を払い、三通の紹介状を受け取って城に戻った俺は、自分の部屋のベッドに寝転がりながら、こんなことを考えた。
やっぱ、自由都市も見てみたいよなぁ。
そう思った瞬間、手元から代行商人への依頼書が失くなっていたのだ。
仕方なく、俺は自分が自由都市に行くことを決断。
おそらく大陸で最も高いと思われる知力ステータスを駆使し、三賢人を全力で説得。翌日、仲間たちを引き連れ、無事に魔法都市を抜け出した。
空を飛ぶ船を作ると決めてから、僅か3日の出来事だった。
それからオーセブルクに預けてある馬車でブレンブルク自由都市へ向けて出発し、10日かけてようやく到着した。
道中寄った各街で色んな事が起きたが、それはまた別の話。無事に辿りついたしな。
ブレンブルク自由都市の首都は非常に大きい街だった。
なんでも4つの街が合わさって出来た都市らしく、その広さは魔法都市の5倍。プールストーンの生産地である魔法都市が今最も熱い街だと思っていたが、自由都市の賑わいはその比ではなかった。
各国の様々な種族の商人が出入りし、様々な商品が店先に並ぶ。それを目当てに各国から人が集まっているのだから、この活気も納得だろう。
新鮮な食料、珍しい物、有名な職人が作った家具や武器防具、もちろん魔法都市の賢人キオルの店が売っているプールストーンもあり、自由都市で手に入らないものはないとまで言われているほどだ。
中でも、香辛料と新鮮な魚の多くはここでしか手に入らないものが多い。
俺もブレンブルクに到着したその日は、テンションが上り買い漁ったぐらいだからな。
それはさておき。
中古船販売業者へヴァジの紹介状持っていくと、必要な手続きをもろもろすっ飛ばして船を購入できた。割引もしてくれるというおまけ付きだ。
買った船は、地球で言うところのガレオン船に似ていた。ガレオン船というだけあって、もちろん大型帆走船。帆を張って航行する船だ。
料金は驚きの白金貨40枚。地球の売れ筋中古船の話だが、全長約15メートルほどで1億5千万ほどの価格だと考えると、ガレオン船のような巨大な船を白金貨40枚(約4億円)で購入出来たことは驚きの安さと言っていいだろう。
それを改造業者のドックへ運んでもらって、今はあれこれと改造している最中ってわけだ。
ちなみに改造に必要な見積もり金は白金貨10枚。かなりの高額だが、基本的にどこの世界も船に関しては代金が高いということだろう。
当然、改造しなければ空など飛べないのだから即決した。
こうして、レッドランスからもらった慰謝料を全て使い切り、仲間たちに白い目で見られたとさ。
だが、予算内に収まったのはおそらくヴァジのおかげだろうな。ほんとヴァジさまさまだよ。
俺が心の中でヴァジに感謝していると、レッドランスが治癒ポーションを飲み終わったようだ。心做しか、顔色が良くなったように見える。
「少しは治まったか?」
「はい、胃痛はなくなりました。感謝します、代表殿」
「それで何だって?さっきもお前の従者が全部話してたから、今だったら自分の口からもう一度言えるよな?」
どこからか俺の居場所を聞きつけて、俺の前へと現れたレッドランスには驚いたものだ。
だって、口止めしてんだぜ?なんで居場所バレてんの?
「……はい。魔法都市代表殿に、オーセリアン王国より依頼があります」
そう、レッドランスは俺に依頼しに来たのだ。
レッドランスは『魔法都市代表殿』と言っているが、従者ミゲルの話ぶりだと冒険者ギルとそのパーティに依頼という形らしい。
その依頼は、現在王国がしている戦争の手助け。つまり、金をやるからナカンの兵士たちを魔法で皆殺しにしろって言っているのだ。
バカを言うなって話だ。暗殺のプロであるゴル○13さんだってそんなに殺さねーぞ。
それに俺をなんだと思ってんだ?たしかにレッドランスとラルヴァの兵士を魔法で殲滅したが、好きでやったわけじゃない。俺や俺の仲間たちが危険だったからだ。
……まあ、レッドランスの様子からだと、彼自身が発案したってわけでもなさそうだから怒っても仕方ないが。
「なあ、レッドランス。俺は殺人鬼じゃないぞ。依頼というぐらいだから依頼金が発生するだろうけど、今の所その依頼を受けようとは思えないな」
「そうです……よね。王国としては金貨五百枚で依頼するそうですが……」
「ごひゃ?!」
まてまて、五百枚?!計算が面倒だ!
えっと、金貨が1万で、地球換算が10万円だったよな。それを五百枚で掛けると……、500万円!地球換算だったら5000万円?!思ったより計算が楽だった。
ちょっとまって、一つの依頼で500万って……、500万で何が出来んだろ?今回の中古船購入で大金を使ってしまったから是非とも欲しいな。
……だけど、金で大虐殺をすることには変わらないんだよなぁ。今の俺は殺人をなんとも思わないが、殺人は駄目ですよという地球育ちの倫理観は残っている。
勿体ないけれど、ここは拒否するか。勿体ないけど。
「大金を積んできたけど、虐殺を金で請け負うのはちょっとなぁ……」
「………やはりですか。冒険者としても、魔法都市としても外聞は良くないですからな」
「相手が人という部分が、代表様にとって気になるところなのでしょうか?」
俺とレッドランスの会話にミゲルが混ざる。
普通、主と他国の代表の会話に、従者が加わることなどありえないが、レッドランスに気にした様子はない。それだけ信頼しているということだろう。
もちろん、元々一般人だった俺も気にしないから、そのことを言及しない。
「まあなぁ、俺だけじゃなく、ほとんどの人がそうじゃないか?」
「そういうことでしたら、気にする必要はないかもしれません」
「どういうことだ、ミゲル?」
「閣下、私が集めた情報によりますと、ナカンの兵はアンデッドらしいのです」
「な?!」
レッドランスは初耳らしく驚いている。声や態度には出していないが、当然俺も驚いた。
ナカン共和国の兵はアンデッド?最近、アンデッドばかりの相手をしているが、まさか……。
「英雄を送り迎えする馬車の御者が知り合いでして……。なんでも、死んだ王国兵がアンデッドとして蘇るとか。今では兵力が逆転し、500万近くまで膨れ上がっているそうです」
「500万のアンデッドだと?!いや、なぜそれをもっと早く私に話さなかった?!」
「この報せが届いたのは昨日ですから。急ぎで自由都市へ来たことで報せが遅れたのでしょう。それに、閣下はこんな話をされて信じますか?」
「そ、それは……」
たしかにその通りだ。死人が蘇るという話だから、ナカン兵のアンデッドの殆どはゾンビだろう。
だがこの世界のゾンビに、地球の物語で定番の噛んだらゾンビにすると言った能力はない。あくまで攻撃手段の一つが噛むというだけだ。
俺の知らない魔物がゾンビを量産するネクロマンシー的な能力を持っている可能性はあるが、オーセブルクや魔法都市で聞いたことがない。
冒険者が最も多く存在する、オーセブルク、魔法都市を拠点とする俺が知らないのだ。レッドランスだって知らないだろう。
あり得ないことを聞かされても、到底信じられない。
「私もこの話を聞いた時は信じませんでした。ですが、代表様のお顔を見てあることを思い出し、確信に変わりました」
「俺の顔?」
「はい、代表様にヴィシュメールで頂いた助言を思い出しました」
あー、ヴィシュメール防衛の時か。確か別れ際に『このアンデッド軍団はおかしい』とか言って、色々助言したんだった。
「その話は私も聞いたし、体験もした。それがその信じられない話と、どうつながる?」
「閣下の領地に突如現れ、王都を目指して進軍するアンデッド。まるで、王都を挟撃するかのようにです。そして、代表様が仰った『更に上の存在が意図して配置した可能性』という言葉で、私は上の存在がナカン共和国かもしれないという答えに辿り着きました。つまり……、ナカン共和国はアンデッドを操ることが出来るのではと思い至りました」
確かにその結論に至れば、王国の西で展開しているナカン軍の兵がアンデッドという話を信じる気になるだろうな。
「そんなまさか……」
レッドランスは決して勘の悪い男ではない。だが、それでもこの話は信じられないようだ。いや、信じたくないのだろう。
魔物を戦争の道具にする技術が、ナカン共和国にあるということだからな。
「陛下が閣下を含めた貴族に教えないことも、これならば説明がつきます」
どうやらオーセリアン王は貴族連中に何の説明もしていないらしい。王の近くに策士がいるようだ。または王本人か?
「それこそ貴族に説明すべきだろう!陛下は何を考えておられる!」
「閣下は、兵が死んだらアンデッドとして蘇り敵になると言われ、兵を出しますか?」
「それはっ……!いや、だが!…………では、私の兵の何人かは既に……」
「閣下の兵だけではなく、各領地から出した兵の大勢がアンデッドとなり、ナカンに加わっていると思われます」
「では、殺した相手をアンデッドとして蘇らせ、自国兵に出来る国と戦って勝てと?王国は英雄を出していて、劣勢なのだぞ?もはや詰んでいるではないか!」
「はい。王国に奥の手がなければ八方塞がりです。……そうですね、例えば単独でナカンのアンデッド軍を殲滅できるような兵器、もしくは人物がいなければ、ですが」
ミゲルとレッドランスが同時に俺を見る。
「ギル代表殿、なんとか引き受けてもらえないでしょうか?このままでは王国が滅びてしまいます。それに敵兵はヒトではない可能性も高い。どうか!」
レッドランスが頭を下げると、ミゲルも同様に頭を下げた。
確かに、俺と仲間たちなら可能かもしれない。だが、ぶっちゃけ個人的な感情では、王国が滅亡してから殲滅すれば良いと思っている。
まあ、そうもいかない事情もあるけど。どちらにしろ、俺が一人で決めるわけにはいかない。仲間と話し合わなければならないな。特にシギルと。いや、もう一人いるか。
「悪いが、即答できない。俺にも仲間と国があるんでな」
「………たしかに、そうですな」
「今日の所は帰ってくれるか?仲間たちが戻ったら話し合ってみる。どうせレッドランスたちは俺から答えを聞くまで王国に戻れないんだろ?」
「わかりました。答えが決まりましたらお教えください。今日はこれで失礼します」
「ああ」
レッドランスとミゲルが恭しく腰を折ると、船渠から重い足取りで出ていった。
さて、どうするかな。十中八九助けることにはなるとおもうが……。まあ、仲間たちの帰りを待つか。
しばらくすると、船渠の裏口から騒がしい話し声が聞こえてきた。仲間たちが買い物から帰ってきたのだろう。
この作戦名『秘密の 食い物を 海で 手に 入れよう』を遂行している間、誰か一人が見張りを兼ねて船渠に残り、監督することになっていた。……ちなみに頭文字を取って略すことは厳禁だ。
なんせ空を飛ぶ船を作ろうと言うのだ。魔法都市としては秘密にしたい。
いずれは露見するにせよ、遅いに越したことはないという気持ちから、スパイや口を滑らす職人を見張っているわけだ。
しかし、それをわざわざ全員ですることもない。最近は戦いばかりだし、先日も王国のゴタゴタに巻き込まれた。そろそろリフレッシュしたいと思っていたのだ。
それで俺が見張りを請け負い、仲間たちを買い物に出かけさせ発散させていたのだが、どうやらその買い物から帰ってきたようだ。
「おかえり、楽しめたか?」
「はい、色々な商店を見て回れました。ギル様もお疲れさまです」
女は買い物が好きと、差別的な発言も決めつけてもいないが、実際物を買うという行為はストレス発散になる。
普段から俺の無茶についてきてくれているのだから、見張りぐらい喜んでするさ。
「そうか、それなら良かった。あと、俺が頼んでいた物は買ってきてくれたか?色々頼んでしまったけど……」
俺は見張りをしているから、買い物に出かける仲間たちに俺が欲しい物を頼んだのだ。
「買ってきた、です!」
エルが自分のマジックバッグをぽんぽんと叩いて満面の笑みを見せる。
「手に入ったか!ありがとう、エル」
よしよし、必要なものが沢山ありすぎて手に入らないものがあるのではと心配していたが、さすがはブレンブルク自由都市。手に入らない物はないという触れ込みは伊達ではないな。
「旦那は良かったんスか?ブレンブルク、楽しみにしてたじゃないッスか」
実は見張りをするのは俺だけだ。シギルには作って欲しい物があるから、少しは俺と一緒にこの船渠で作業をするが、それが終わったら俺以外は自由時間だ。
俺もブレンブルク自由都市は気になっていた。消耗品、食材、アイテム、有名な職人の作成した椅子。この街でしか手に入らないものだってある。
だが、その全てが買い物。頼んでも手に入る物だ。だったら、今回は仲間の為に一肌脱ごうってことにした。
「気にするな。シギルも明日から作業だろ?悪いな、こんな素晴らしい街に来てまで作業をさせて」
「全然良いッスよ。あたしは物を買うのも、作るのも気晴らしになるッスから」
さすがはドワーフ、本当に尊敬するよ。俺には無理だな。作業をすることはイコール仕事だからな。仕事は趣味をするためにやっているだけだから、ストレスが蓄積するんだよ。
シギルの頭をワシャワシャと撫でてから、エリーに視線を向ける。
「エリーも発散できたか?」
「? なにが?」
「いや、久々に父親が側にいない旅だろ?もしかして、余計なお世話だったか?」
エリックは魔法都市に置いてきた。エリーに書き置きを残させて、夜中の内に魔法都市を出たから、朝起きて大騒ぎだったに違いない。
だが、エリックはエリーと再会してから、四六時中べったりだ。それではさすがに疲れるだろう。だから、今回は気晴らしに良いと勝手に思っていたんだが。
「んーん、ありがと」
エリーはそう言って、わずかに口元を緩めた。
良かった。最近はエリーの感情が読めるようになってきたが、完璧ではないからな。余計なことをしたのではと思ったのだが、間違ってはいなかったようだ。
「でもさ、ここまでする必要ある?今日もべつに問題なかったんやろ?」
『さまようよろい』ことティリフスが、器用に俺が座るボロボロの椅子を顎で差す。
どうやら見張りは必要ないのではと言いたいらしい。
「まあ、俺が心配していた問題は起きなかったな」
「そやったら、みんなで買い物行ったら良いやん」
「いや、ここにいたおかげで、ある奴に会えたぞ」
俺がこう言ってニヤリと笑うと、ティリフスはしばらく悩む素振りを見せていたが、何かを思い出したのかガシャンと手を鳴らした。
「あー、そう言えばさっき、名前はなんやっけ……、とにかく王国の人に会ったわ。ギルに会いたがっていたから場所教えといたんやけど……」
おまえっ、お前か!おかしいと思ってたんだよ!あいつらが俺の場所を探し当てたことに!この作戦名略称『ひくうてい』は絶対にバレたくないって話したじゃねーか!!
……まったく。だが、今は見られても問題ない時期だ。船が浮かび上がるのはもうちょっと先だからな。
それに、今は大事な話をしなければならない。
「俺たちパーティに依頼が来たぞ。報酬は金貨50万枚だそうだ」
当然、仲間たちは唖然としていた。




