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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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覆らない命令

 レッドランスは誰にも聞こえないように息を吐いてから一歩を踏み出した。

 靴音の殆どを吸収する高価な赤い絨毯を、貴族とは思えない鎧姿で進んでいく。

 レッドランスは自領北に現れたアンデッドの大群を5万の兵で抑え込み、南に展開させた軍1万2千の生き残りと合流したあと、五日間で殲滅した。

 約一週間をかけた攻防だったが、北で二千人、南と合わせて約1万の兵が犠牲になった。

 その後、兵を連れレッドランスの城へと凱旋するが、本人はその足で王城へと向かった。もちろん、今回の騒動の結末を、王に報告するためだ。

 そんな経緯があり、レッドランスは戦場で戦った姿のまま謁見の間を歩いている。

 数日経っても臭う乾いた体液や血液を付着させたまま。


 「おお!よくぞ無事に帰って来た!早馬で報せは聞いているが……、ふむ、貴公の口からも聞きたい」


 オーセリアン王が立ち上がり、笑みを浮かべながらレッドランスを出迎える。

 5メートル近く離れていても、アンデッドの腐った血や体液は臭う。表情を変えない王はさすがというべきだろう。

 レッドランスは立ち止まると腰を折った。


 「我が領の南北に出没したアンデッドを殲滅し、ただいま帰還致しました」


 「うむ、楽にせよ」


 王が玉座に座るのを待ってから、レッドランスは折った腰を戻した。今回は以前とは違い勝利の報告で来たのもあってか、レッドランスは背筋を伸ばし、胸を張って堂々とした立ち姿である。

 戦から何日も経っているのだから綺麗な服でも良かったが、あの地獄のような戦場で戦い抜いた証にと鎧から着替えなかった。当然、引っかき傷の修理や汚れを拭いてすらいない。これが名誉だと言わんばかりに。

 王の隣にはいつも通り大臣と近衛兵士長が立っている。大臣は鼻を腕で覆い、近衛兵士長は態度に出さないが顔を顰めている。

 それが戦場から帰ってきたものに対する態度かと、レッドランスは嘆息したい気持ちを抑えつつ口を開いた。


 「南北に出没したアンデッドの数はそれぞれ4万以上で、それを我が軍と魔法都市の力を借り殲滅。約1万の兵が戦死しましたが、兵以外の被害はありません」


 「噂の魔法都市ですな。よく他国の軍を動かせたものですな、レッドランス公」


 王が何かを話す前に、大臣が嫌味を言う。書簡に『魔法都市の援軍』と書いたからか、大臣は軍隊と勘違いしていた。

 大臣の質問だったが、レッドランスは王へ視線を向けたまま返答する。


 「魔法都市はまだ出来たての国。必要な物が多いのです」


 「金か」


 「騙されてはいけません、陛下!きっと、レッドランス公は――」


 カチャリ。

 レッドランスを追い込む為の大臣の言葉は、近衛兵士長が鳴らした鎧の音で中断した。そして大臣を睨みながら会話に割り込んだ。


 「今は陛下へ戦場から帰還したレッドランス公が報告する場だ。口を開くな」


 「くっ」


 「感謝する兵士長」


 「どんな疑いがあろうと、戦場に立った者には敬意を払うべきだ。それより、陛下へ続きを話したらどうだ」


 近衛兵士長の言い方に不満はあったが、レッドランスはもう一度礼を言ってから王に続きを話す。


 「魔法都市が動いたのには理由があるのです」


 「理由?金ではないのか?」


 「いえ、陛下のお考えの通りでしょう。国の維持には莫大な金が必要ですから。それに魔法都市代表殿は都市の代表以前に、冒険者でもあります。税以外で自由に使える金が増えるのは喜ばしいことなのでしょう。二つ返事で引き受けて頂けました」


 このレッドランスの説明は殆どが欺瞞である。ギルとは良い付き合いをしているとはいえ、考えを全て推測することは出来ない。それらしいことを並べただけだ。

 だが、これがもっともらしい言い訳でもあった。故に、オーセリアン王は納得する。王として国の財政に悩んだことがあるからこそ。


 「なるほど、国を興したばかりでは尚更よな」


 「陛下!信じてはなりません!その魔法都市などという怪しい集団には何か思惑が!」


 「まあ待て大臣、よく考えてみよ。王国に攻め込むつもりであれば、此度のアンデッドの進撃を食い止めるより便乗すべきであろう?」


 「そ、それは確かに……」


 「それに良い考えも浮かんだ」


 その言葉に大臣は小さく礼をして後ろへ下がる。オーセリアン王は不敵な笑みを浮かべ、視線をレッドランスへ戻した。


 「さて、レッドランス公」


 「は」


 「此度はご苦労であった。貴公の疑いは行動によって晴れたと言って良い」


 「は、感謝します」


 「魔法都市の援軍があったとはいえ、8万ものアンデッドを殲滅するとは英雄と言って良い。正に英雄の軍隊だ。その上、魔法都市が王国を攻め込む疑いも薄れつつあり、東の安全は当面保たれたと言って良い」


 何か良くない方向へ話が向かっていることを察して、レッドランスは冷や汗を額に浮かべる。


 「そこで、レッドランス公。その英雄の軍隊をこの王都へと招待しようと思うのだが、どうか?」


 どうかと聞いているがこれは命令だ。レッドランスには頷く以外の選択肢はない。


 「私の軍を呼び寄せて、いったい何を……」


 「ふむ、まずは兵たちをこの王都で慰労しようと考えておる。それから、西の戦場で英雄の軍隊の力を思う存分発揮してもらいたい」


 「へ、陛下!我が領から軍隊を取り上げるおつもりですか!それでは防衛に支障が!」


 「先程、そなたも納得したではないか?東は当面の間、他国の脅威はないと」


 「で、ですが……。理由がわかりません!」


 各領地から大勢の兵が西で起きているナカンとの戦争へ出向いている。レッドランスの推測ではすでに二百万という軍勢が展開していると考えていた。

 王国の長い歴史から考えても、その数は過剰と言って良い。なのにさらに兵を集める理由がわからない。

 そして、これが大臣からの書簡などではなく、直接の言葉だからこそ重みが違う。それは王の命令だからだ。

 王の命令は絶対で拒否することはできない。ならばせめてと、理由を聞いたのだ。


 「ふむ……。忌々しいことに我が軍は劣勢なのだ」


 「劣勢?!ナカンは2百万以上の兵を?!それとも強力な……、そう英雄クラスがいるのでしょうか?!」


 「いいや、ナカンに英雄の存在はない」


 「それならば、王国に召喚した英雄でどうともでも――」


 「それでも劣勢と言えば納得するか?」


 「そんな……。召喚した英雄は数をも覆すはずでは……」


 あの魔法都市代表のようにと言いそうになり口を噤む。

 ギルが召喚されたことをレッドランスは知らないが、英雄クラスに限りなく近い力量を持っていることは薄々感づいていた。シリウスとの一騎打ちを観戦したからこそ知り得たことで、それを口止めされているレッドランスは話すことができない。

 レッドランスだって戦場で命を賭けるならまだしも、口を滑らせて命を落とすことはしたくない。


 「たしかに英雄は一騎当千の働きを見せている。が、英雄とてヒト。休みなく戦い続けることはできぬのは理解できよう?」


 「それは……そうですが……」


 レッドランスの歯切れが悪いのは、王国の英雄と会ったことがないからだ。どんな人物で人柄なのか、王国の英雄であっても情が湧かなければ、助けたいと思えないのは仕方がないことだろう。


 「何も戦が終わるまでということではない。英雄が英気を養い、再び戦場に戻る間を食い止めてほしいのだ」


 「……そういうことでしたら……」


 そう答えてはいるが、やはり納得はできない。だが、どちらにしろ既に命令はくだされていて、従わなければならないのならこの場からさっさと逃れられる方を選んだ。

 他に頼まれごとをされても困ると。だが――。


 「それとな、レッドランス公から、かの冒険者に依頼を出してもらいたい」


 「かの冒険者……、まさか!」


 「うむ、魔法都市とやらの代表に依頼しようではないか。それなりの金貨を積めば引き受けるだろう」


 「そっ、いや、ですが!」


 「ふっ、レッドランス公がそこまで慌てるとは珍しいな。さて、その反応をどのように受け取れば良いのか」


 レッドランスの感情は複雑だった。

 たしかにギルを戦場に立たせることができれば、ナカンの兵数など意味が無くなる。オーセリアン王が話す通り、金貨を山のように積めば引き受けることもレッドランスには予想できた。

 だが、そのように利用することを躊躇う。

 レッドランスにも理由はわからない。だが、軽く扱っていい人物だとは思えなかった。それが友人としてなのか、敵に回すと危険な人物だからかなのかも不明だがそう感じていた。

 それがレッドランスの歯切れの悪さにつながった。しかし、王の命だ。結局、レッドランスの答えは一つのみ許される。故に――。


 「……いえ、御意に」


 レッドランスは従う。

 レッドランスが腰を折り礼をしたことで、王は満足気に頷いた。


 「うむ!では後ほど、依頼の報酬について大臣と話せ」


 「は」


 そうしてレッドランスは謁見の間を後にした。なんとも言えない気持ちを抱きながら。


 ――――――――――――――――――――――――


 ナカン共和国とオーセリアン王国の国境付近。

 地響きのような大勢の足音が朝晩関係なく続く。それと重なるように生物の悲鳴が辺りに響いていた。

 それは人間や亜人、()()も含めた断末魔の叫び。どちらかと言えば、魔物の悲鳴の比率が多い。

 その悲鳴を創り出しているのは、一人の男だった。

 男は2メートルの背丈を持ち、肉体は異常なほどに鍛え上げられている。

 男は王国に召喚された英雄。

 英雄をアンデッドが取り囲んでいた。

 英雄に怯えはない。血走った青い瞳を動かし、肺にある熱い息を吐く。

 それと同時にアンデッドが一斉に飛びかかった。

 英雄の片手には男の背丈と同じ長さの大剣が握られていた。その大剣を盛り上がった筋肉でゆっくりと持ち上げる。

 ギリッと歯を噛みしめ、一歩踏み込んで大剣を薙ぎ払う。

 たった一振り。

 それだけで10のアンデッドの上半身と下半身が離れ、バラバラに散らばった。

 だがそれは、ナカンの兵力からしたら僅かな数を倒したに過ぎない。

 ナカンの兵数、5百万。その殆どはアンデッドだ。

 王国側は死を恐れないゾンビの軍勢に押されていた。

 死の恐怖がないアンデッドは怯まずに攻め続ける。一方で王国の兵士は人間で、交代しながらの戦闘が必要だ。

 しかし、そのせいで押されているのではない。


 「くそ!!また英雄殿を囲んでっ!英雄殿を孤立させるな!!」


 兵士が声を張り上げる。

 兵士が言ったようにゾンビが英雄を再び取り囲む。


 「おお!くそっ、本当にあれはアンデッドか!」


 「俺たちの嫌なことばかりする!これじゃあまるで……」


 王国が劣勢の理由、それは思考力のないアンデッドが統制された動きをするのが一つ。

 英雄を孤立させるように動くことは序の口で、王国の兵士たちがより疲弊するように攻めている。朝晩関係なく戦い続けるのはどのアンデッドも同じだが、攻め方に緩急がある。

 日中は耐えるように防御を固め、兵士が眠くなる夜中に攻める手を強める。

 まるで指揮官がいて、アンデッドたちはそれに従うように。

 それに――。


 「おぁああ!アンディが!!」


 「くそっ、アンディもか!死んだ奴がどんどんアンデッドになっちまう!!」


 ついさっき倒れ、命を落とした兵士がアンデッドとして蘇り、仲間だった者たちに襲いかかるのも理由の一つだ。

 王国の兵士が死んだ分だけ、ナカン共和国の兵力が増す。

 王国は死なずにアンデッドを倒し続けなければ勝つことはできない。それは非常に困難だろう。

 元々百万だったナカン軍が五倍に膨れ上がっている。

 犠牲を出すことなく敵を倒す。つまり、圧倒的な力量があり、万が一にも死ぬことがない英雄に頼らざるを得ない。

 だが、もはや英雄一人でどうにかなる敵数ではない。

 絶望的な状況。

 しかし、兵士たちは希望を失っていない。それはやはり英雄がいるからだ。


 「ガァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 アンデッドに囲まれている英雄が叫ぶ。

 大剣を天高く突き上げ、力任せに叩きつけた。

 大地は陥没し、衝撃でアンデッドが吹き飛ぶ。

 倒れたアンデッドを兵士たちが止めを刺した。


 「フー!フー!フー!」


 英雄は獣のように激しい息遣いをし、次の獲物を探すために首を回した。

 だが、英雄は動かない。いや、動けない。

 それも無理はない。英雄は既にひと月、ろくに睡眠も取らずに戦い続けているのだから。



 その様子を見ていた王国軍総大将は、側に立つフードを目深にかぶったローブの女に声をかけた。


 「英雄殿は限界だ。下げて頂けるか」


 フードの女は小さく頷いて歩き出し、英雄の近くまで辿り着くと大声で呼んだ。


 「英雄様、こちらへ!」


 女が言葉を発すると、英雄が身につけている首輪の宝石が輝く。すると英雄が索敵を止め、女の指示した方向へヨタヨタと向かう。

 女は自分がアンデッドに襲われないように急いで元いた場所へと引き返した。


 「ご苦労でした、()()()殿()。しかし……」


 総大将がフードの女を労ってから、足を引き摺りながら下がっていく英雄を一瞥する。


 「なにか?」


 「英雄殿は、その、そろそろ限界が近いのでは?」


 「問題ありません。昨日、早馬が私に報せを運んでくださいました」


 「報せ?」


 「はい。英雄様を休ませる為、一度王都に戻すと」


 「そ、それでは前線が持たない!!」


 限界だと言っておきながら、王都に戻すと言われ慌てて矛盾する反論をしたのは、長期間戦場から英雄がいなくなるのが困るからだ。


 「その代わりにレッドランス様の軍隊が来るそうです。英雄様が力を取り戻すまでは持ちこたえるでしょう」


 「し、しかし」


 「陛下の命令です」


 「……了解した」


 大戦場で指揮する総大将が怪しげなフードの女に強く言えないのは、王の命令は関係なく、女の地位が高いからだ。

 女の地位は貴族の爵位とは別のもので、大臣と同等の権力を持っていた。


 「ではそのようにお願いします。私は英雄様の様子を見に行きます」


 女はそう言い残して立ち去った。

 女の後を目で追いながら将軍は大きなため息を吐いた。


 「……陛下はわかっておられない。ただの兵士では駄目なのだ。死ねば敵側の兵力になってしまう。英雄が一人いても劣勢は変わらない。なんせ、英雄が奮闘している今でさえ、押されているのだからな」


 そのためには他国の英雄に救援をと言いかけて、総大将は自嘲的な笑いをして首を横に振った。

 総大将は空を仰ぐ。空の先にいると信じる女神に、絶望を伝えるために。


 「このままでは、いずれこの場にいる全ての者が動く屍と化す。何か打開する手を考えなければ……、いや、もはや手遅れかもしれない」


 日に日に敵戦力は増し、味方は減っていく。唯一、可能性があるとすれば、兵士たちを全て下げ、英雄が一人でアンデッドを倒すことだけだろう。

 だが、それは既に遅い。

 英雄が一人で戦っても、もはや防ぐことができるアンデッドの数ではない。

 総大将は諦め、助けてくれない女神に愚痴をこぼし、それでも兵士たちを鼓舞し続ける。


 「王国は負ける、いや、滅亡するかもしれんな……」


 溜め息混じりの言葉は、誰にも届かず風でかき消えていく。

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