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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十二章 王国西方の戦い
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あの時の夢を

 「だからさ、本当に良かったのか?爺さんの店見に行かなくてさ」


 「旦那ー、何度も言ってるじゃないッスかー。今更ッスよ」


 ………たしかに、もう魔法都市だしな。

 アンデッドの軍団を倒した後、結局魔法都市へそのまま帰ってきてしまった。殆どを俺の魔法で倒したからか、みんなの疲れもそれほどなかったからな。

 今はエルピスの街を歩いているが、やっぱり一度ぐらいは店の様子を見たほうが良かったのではとシギルにしつこく聞いていたのだ。

 シギルにとって店を守ることは何より大切なことだ。シギルは気にしていないような素振りだが、実際はかなり気にしているはずだから、こんなに何度も聞いていたのだが……。たしかにしつこいか。


 「わかった、もう言わない。……ま、とりあえず行くか」


 「ッス。なんか久々ッスねー。あー、早く飲みたいッスよ」


 魔法都市から長い時間離れていたから、今日はエルピスの料理屋でゆっくり食事しようという流れになりこうやってエルピスの街をみんなで歩いているのだ。


 「おぉお!なんだよこれは!!おい、見てみろよ、ティタリス、ジルド!!」


 「うっさ」


 「一緒に見てるんだから、いちいち言わないでほしいわ」


 エリックたちパーティも。っていうか、うっせーな、エリック。休日のショッピングモールとかの幼児たちを見ている気分だ。

 エリックがしばらくダンジョンに入りたくない的なことを言っていたから、オーセブルクでゆっくりしていろと言ったのだが、どうせ帰る場所もなく、目的である娘のエリーもいるのだからと俺たちについてきたのだ。

 ちなみにエリーの母、つまりエリックの嫁さんはすでに他界している。だから、エリックには帰る場所がないのだ。


 「何言ってんだ!ダンジョンの中にこんな街があるんだぞ!!驚くだろ?!驚いて!もっと驚いて!!」


 「ああ!もう!ほんとに煩いわ!!」


 「エリック、頼むから少し静かにしてくれ。周りからの目が恥ずかしい」


 どうやらティタリスとジルドも振り回されているようだ。しかし、たしかに五月蝿い。なるべく店へ急いだほうが良さそうだ。



 それからエリックとは他人の振りをしつつ、早足で店へと急いだ。

 だが、店内に入っても騒がしかった。


 「んぐんぐんぐっ……、ぷはー!なるほどなるほど、興味深い!!さて、これは……、これもうまい!」


 エリックはビールとつまみを食べて喜んでいた。しかし、何をしていても五月蝿い。


 「……落ち着いて飲みたいけれど、たしかに美味しいわね。エールに似ているけれど……」


 「俺はワインが最高の酒だと思っていたが、これはこれで旨い。のどごしが良いな」


 ティタリスとジルドも喜んでいるようで良かった。

 それに久々だからか俺もビールが美味く感じる。仲間たちも楽しんでいるし、少々騒がしいがいいか。


 「はー!マスターおかわりッス!!」


 「あ、では私ももう一杯」


 シギルが何杯目だかわからないおかわりをし、それにリディアが便乗。


 「もぐもぐ、エルも、おかわりもぐ、です」


 「ん」


 エルとエリーは食べる方に夢中のようだ。エルは人見知りのくせにこういう時はアグレッシブだな。


 「ほら、もっと食べんと。おっきくなれへんよ」


 ティリフスは親戚のおばちゃん役に徹し、大食い二人の皿に料理を乗せまくっている。まあ、食べることが出来ないから仕方ないが。

 よし、俺ももう一杯だけ飲むか。

 そう思い、店員がいる方へ視線を向けたが、客の一人に知った人物がいることに気づき注文を止めた。


 「ん?あれは……」


 「ギル様、どうしましたか?」


 「いや、知り合いを見つけてね。ちょっと挨拶してくるよ」


 そう断りを入れ、知り合いの席へと向かう。


 「よう」


 「ん?お?ギルか!」


 一人で美味しそうにビールを飲んでいた知り合いに声をかけると、邪魔をされ気分を悪くしたのか一瞬だけ俺を睨んだ。だが、俺だと気づいてその表情を緩めた。


 「久しぶりだな、ヴァジ!」


 そう、旅商人のヴァジだ。俺が世話になった人物。


 「そういや、久しぶりだな、ギル。おっと、今はギル様と呼んだ方がいいか?」


 「やめてくれ、ヴァジ。今はプライベートだし、そう呼ばれるのは慣れていないし、好きでもない」


 「……ま、そういうことなら。で、どうした?」


 「いや、たまたま仲間たちと食事をしていてね。だけどヴァジを見かけたから挨拶に来たんだ」


 「ははは!そうか!」


 ヴァジは笑いながら俺の肩をバンバンと叩く。

 控えめに言って超痛い。


 「それにしてもこの街に来ていたのか」


 「何言ってやがる。今は俺の街でもあるんだ」


 ということは、ヴァジはこの街に出店したのか。

 ヴァジには情報料として、この街に店を出せるようにしたんだった。


 「そうか」


 「しっかし、本当にうめぇ酒だ。この暑さもまたこの酒が進む理由だな」


 さすが商人。ビールはどの季節でも美味いが、やはり夏のような暑い時期の方が美味いことに気づいたようだ。


 「のどごしが最高だろ?」


 「ああ、エールと同じ味なんだがな。それに料理も美味い。これにも何か秘密がありそうだ」


 本当に勘が良い。エルピスの街の料理は確かに美味い。

 だが、美味いだけではない。金を落としてもらうために工夫しているのだ。

 地球でもそうだが、店で飲む酒は高い。利益を上げるためには多く飲んでもらう必要がある。

 料理の味を濃くし、ビールは冷やし、接客を丁寧にし、できる限りの楽しい空間作りをした。

 それを証拠にエルピスでのビール売上は異常なほど高い。

 だが、そんな知識はこの世界の住人にはない。いや、感覚的には理解しているはずだが、それを知識として理解し故意に作り出すことはしていない。

 俺はそれをやっているのだ。しかし、ヴァジにはそれに気が付きつつあるということだ。


 「それはさすがに教えられないぞ」


 そういうのは教えることじゃない。自分で気づくことだしな。


 「ははは、いまさら料理屋に転職するつもりはないから安心しろ」


 「そうか」


 「それで……何か聞きたいことがあるんだろ?」


 「ん?いや、久しぶりだったから声をかけただけだ」


 「なに?本当にそれだけだったのか」


 「ああ、挨拶だけ――」


 いや、待て。

 ヴァジは自由都市の旅商人だ。それもこの大陸でも指折りの。そして、商人として信頼でき、俺の知り合いでもある。

 これは例の件に使えるかもな。


 「――いや、頼みたいことがあったのを忘れてた」


 「は?なんだやっぱ下心あっての挨拶なんじゃねーか」


 「いや、今の今まで忘れてて……」


 「いいぜ、何を頼みたいってんだ?当然、商売の話だろ?」


 さすがヴァジ、話が早い。


 「ヴァジは自由都市出身の商人だったな?」


 「お?話したっけか?」


 「いや、有名だしな」


 「ははは、そうか。それで?」


 「船だ」


 ヴァジに頼みたいこと、それは船を買うための口利き。

 オーセブルクは当然として、王国は海に面している土地がない。船を手に入れるには、やはり海がある国に頼むのが良い。

 俺と仲がいい帝国にも海はあるが、その殆どが断崖絶壁。奇跡的な要塞である帝国は海から攻め込まれる心配がないのもあって、造船に力を入れていない。

 法国にも海はあるが、あの雪山を越えなければならないから論外。

 あとは王国と戦争中のナカンだが……、戦争中だしな。リディアには言えないが、ヴァンパイアに落とされた国なんて危険すぎて行けないだろ。

 その点、自由都市は海の国と言われるほどだ。漁獲量も多く、市場に出回っている魚の殆どが自由都市産とも言われている。

 当然、船も多いはずだ。多く船を作っているから信頼性もある。船を買うには自由都市が良い。


 「船?またどうして、そんな高価なものを」


 「国家機密だ」


 「おっと!これはこれは、大変失礼を!魔法都市代表陛下」


 「やめろ。それでだ、信頼のあるヴァジに口利きをしてもらいたいんだ。もちろん、口の固い連中を選んでだ」


 「ほぉ?なるほどな。それで俺に頼むってことか」


 ヴァジは有名な商人。こういう口止めが必要な取引だって何度もしてきている。それにもし内容が漏れた場合、商人としての信頼は失われるから、しっかり仕事をこなさなければならない。

 つまり、真面目な仕事が期待できる。

 ま、ヴァジを信用しているってのもあるけどな。


 「どうだ?無理なら他の商人に頼むが」


 「聞いても良いぜ」


 即答かよ。信頼性を失う可能性がある取引は賭けと同じだ。ヴァジが秘密を漏らさなくとも、紹介した相手先が漏らすかもしれない。

 だが、即答できるほど信頼できる取引先が多いってことだ。

 やっぱりヴァジに頼むべきだな。


 「さすが、ヴァジ」


 「だが!高いぞ」


 まあ、そうだろうな。船だって高価だし、何より口止め料もだ。

 だが、これに関してはまだ誰にも知られるわけにはいかない。料金を払ってでも口止めをする必要がある。

 王国とのいざこざでレッドランスに払ってもらった金もあるし、落ち着いている今しかないだろう。


 「それで良い」


 「よし、なら話を詰めようか」


 俺は店員に二人分のビールを頼むとテーブルについた。



 ヴァジと取引の話が終わり、仲間たちがいるテーブルに戻った。


 「おぁ?やっと、ギルが帰ってきたぜ!」


 酒くさっ!エリックから二人分の距離があるのに吐く息からアルコールの独特な匂いがここまで漂ってくる。いったいどれだけ飲んだんだ?


 「エリック、あんまり飲みすぎるなよ。俺は仲間と話があるから……」


 酔っぱらいの相手は好きじゃない。だから、軽くあしらって逃げようとしたら、エリックにガシりと腕を掴まれた。


 「ちょっと待て、ギル!」


 「なんだよ、エリック」


 「お前には話さなくちゃならないことがある!」


 「だから何だ?」


 エリックが俺に顔を近づけ、口から漏れる酒臭い息が顔にあたる。


 「エリーちゃんはやらんぞ」


 は?……あー、お父さん的な心配って奴か。


 「アホらし。そんなのはエリーが好きになった奴に言えよ」


 「なんだと?お前、俺のエリーちゃんが可愛くないっていうのか?」


 あー、面倒くせぇ!酒飲むなら絡むなよなぁ。俺はシギルに話があるんだよ。

 無視して行こうとしたら、店長が俺たちのテーブルに顔を出した。


 「旦那!じゃなかった、代表!お久しぶりです、帰ってらしたんですね」


 「お、店長か。元気にしてるか?」


 「ええ」


 「それでどうした?」


 「いえ、代表がお見えとのことで、サービスの料理を作って来たんですよ」


 そう言いながら、コトリとテーブルに皿を置いた。

 きつね色の衣に湯気が上っている。揚げたてなのか、まだ油がパチパチと音を立てていた。

 ここはシーフードフライの店。

 だが、このフライはシーフードじゃなかった。食べやすく切られた所は、ピンク色の肉。

 ほぉ!トンカツ、完成したのか!美味そうだ!!


 「代表?代表ってなんだ?」


 目の前に置かれた美味しそうな料理より、エリックは違うことに興味が沸いたようだ。


 「へ?だん、代表、この方は?」


 「あー、エリーの親父さんだ」


 「なんですって?!訓練長の?」


 訓練長?………ああ、エリーが衛兵たちの訓練をしたからか。


 「それで代表ってなんなんだ?」


 「それは、このエルピスの街と隣の魔法都市の代表ってことですよ」


 「代表……。もしかして、国王ってことか?!」


 「あー、そういうことになるんですかね」


 エリックは一瞬だけ驚いた表情をすると、ばっと俺の方を見た。


 「ギルくん。婚約はいつにするんだぃ?」


 「うるせぇよ」


 元王族とは思えないほど現金なやつだった。

 やっぱり馬鹿らしい。こいつは無視して、シギルのところ行こう。


 「シギル」


 「どうしたッスか?」


 シギルはトンカツをサクリと噛み切ってビールを呷る。

 美味そうに飲むなぁ。シギルは酒豪だから安心だしな。


 「例の件、知り合いの商人に頼んできたぞ」


 俺がそう言うと、口に運ぼうとした木のコップを止めた。


 「ということは、船を?」


 「ああ、だから設計を進めておいてくれ。それと信頼できる腕の良い職人にも声かけておいてくれ」


 「うッス。でも、本当に可能なんスか?」


 あの空エリアで浮遊石を手に入れた時から作ろうと決めていた。

 レトロゲーム世代である俺たちの夢。そして、ファンタジー世界ならあっても不思議ではないもの。

 地球の出身であれば、誰もが考えつくアレに……。そう――。


 「ああ、俺たちは空を飛ぶ船を作るんだ」


 そう言ってトンカツを口に放り込んだ。

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