ヴィシュメール防衛
「えぇい!引くな!アンデッドごときなんぞ、正面から力でねじ伏せろ!」
ヴィシュメールの街の入り口に陣取る王国軍の将軍が、兵士を奮い立たせんと声を張り上げる。
アンデッドは生者を襲う習性がある。ゆえに兵士を倒すことに時間を取られ進行速度は遅い。
しかし、それでもじわじわと王国軍は押されつつあった。明らかに劣勢である。
「将軍!兵たちは丸一日戦っております!もはや限界です!」
将軍の横に立つ副将は兵士たちの疲れを気にし、休ませた方が良いと将軍に提言する。
「何を言う!王国最強のレッドランス軍が、たかがアンデッドを相手にして疲れるなどありえん!」
だが、将軍はそれを一蹴。
副将はその言葉に唖然としたが、すぐにもう一度説得しようと口を開いた。
「しかし!このままでは――」
「くどい!後ろには街があるのだ!街一つ守れないで何が軍隊か!」
街を守ることが最大の目標なのだから、将軍の言い分は正しい。兵を休ませることでさらに押し込まれ、戦線を維持できるかわからないからだ。だが、副将もまた正しかった。
このまま休ませずに戦っても、兵士が最高のパフォーマンスを発揮することが出来ない。それはひとりひとりの戦闘力低下を意味し、結果的に押し込まれることになる。
どちらも正しいが、どちらも敗北の引き伸ばしだった。将軍の言うようにこのまま攻め、戦線を維持してもじきに兵士たちは疲労によって力尽きるか、戦闘力低下でアンデッドに倒されるだろう。
副将の言うように兵士を少しずつ休ませても、兵数が減った分だけ負担になる。現状で押されているのも問題で、兵を休ませた分だけ戦力がなくなり、結果さらに押されてしまう。
つまりは八方塞がりなのだ。
副将は舌打ちを打つ。
これは旗色が悪いからではなく、将軍への不満からだった。副将と将軍の姿を見れば当然と言えば当然である。
将軍は陽光に照らされ眩しく光る鎧を身に着け汚れ一つない。一方副将は、腐肉や臭う血が鎧に付着しており傷だらけ。
戦場に立ってもいない将軍の鼓舞など、苛立つ要因に他ならないのだ。
戦わずに応援だけしたいのなら闘技場にでも行けばいいのにと、内心で悪態をつきながら兜を脱いで汗を拭った。
将軍に殴りかかりそうになっている気持ちを落ち着かせるために戦場を見渡していると、近づいてくる馬に気がつく。
「将軍、あちらから馬が一頭来ています」
「なに?」
急いでいるのか異常な速度で将軍の下へと辿り着くが、乗っている人物を見て将軍が顔を顰める。
その人物はミゲルだった。馬から降りると小さく礼する。
「閣下の従者か。いったい何をしにきたのだ?ここには閣下の荷物などないぞ」
ミゲルは性格が良く、能力もあるのに嫌う者は多い。従者の分際でゲオルグに意見することをよく思われていないのだ。
ミゲルは将軍の嫌味に顔色一つ変えなかった。というより、文字通り気にする暇がなかったのだ。
「将軍、副将軍。まもなく援軍による攻撃が始まります」
「なに?!」
「本当ですか?!従者殿!」
二人は援軍の姿を確認するために辺りを見渡す。しかし、この状況を打破する軍勢の影すら見当たらない。
副将は首を傾げ、将軍は怒りで額に血管が浮かんでいる。
「貴様!冗談を言いに来たのか!」
「いいえ、魔法都市の援軍が伏せております」
「あの噂の魔法都市ですか?いえ、援軍ならばどの国のでも有り難いですが……」
副将は魔法都市との件を知っているのか、あんなことをしたレッドランスになぜ援軍をと疑問を覚える。
「噂などどうでもいい。それで数は何万寄越したのだ?その魔法都市とやらは」
「数名です」
「は?」
「魔法都市代表様がじきじきにおいでくださっています」
ミゲルの言葉で、将軍は堪忍袋の緒が切れた。
「魔法都市の代表か知らんがここは戦場だ!観光なら王都にでも行けと伝えろ!!」
「ま、待ってください、将軍!」
「どけ!」
怒鳴り散らす将軍を止めようと副将が割って入るが、押しのけられミゲルへと詰め寄っていく。
しかし、ミゲルは顔色一つ変えない。魔法の言葉を知っているからだ。
「閣下の命令です」
その言葉で将軍は立ち止まる。
「なんだと?」
「レッドランス閣下は、『魔法都市代表に従え』と命令されました」
ミゲルはそう言いながら書簡を懐から出し将軍に渡す。
将軍はミゲルから書簡を奪うように受け取ると乱暴に開いて読む。
そこにはミゲルの言った通りのことが書かれていた。
将軍は読み終わると書簡を地面に叩きつける。
「くそが!!自国の防衛を他国の王に指揮させるだと?!」
書簡を何度も何度も踏みつけながら怒鳴り散らす。
主からの命令書を踏みつける行為など許されないが、気持ちがわかる副将は止めなかった。ミゲルもまたそれを止めず、将軍の気が収まるのをただ待っていた。
「それで!!何をしろと言っているのだ!?その代表とやらは!!」
少しだけ溜飲が下がったようで、兜を脱いで短い髪をわしゃわしゃと掻きながら将軍は話す。
「はい、魔法都市代表様は魔法攻撃を仕掛けるので、合図とともに兵を引かせよと仰っています」
「兵を引かせるだと?!戦の素人か、そいつは!」
「将軍、閣下の命令ですので!それで従者殿、その合図とは?」
「魔法陣が見えたらとのことです」
「魔法陣?どれだけ凄い魔法だか知らんが、魔法陣なんぞ目で見えるか!バカバカしい!たかが数名の魔法士による魔法だろう?!だったらこのまま戦闘は継続し、援護射撃をしてもらった方が幾分か役に立つ!……うむ、やはりそれが良いな。各隊にそう伝えよ、副将」
「将軍!!」
ギルの指示を無視し、違う命令を出そうとする将軍をミゲルが怒鳴って止める。
「な、なんだ、従者?」
詰め寄られようが、貶されようが顔色一つ変えない従者が叫ぶように止めれば、さすがの将軍も動揺する。
だが、将軍にとって衝撃的な言葉はこの後だった。
「将軍、戦場にいる兵を皆殺しにするおつもりですか?」
「何を……」
「事実です」
「やはり噂は本当なのですか?従者殿」
噂を聞いていた副将がミゲルに確認すると、ミゲルは真顔で頷く。
「さっきから何の話している?噂とはなんだ?」
「魔法都市代表が、レッドランス軍及びストラウス軍、合わせて5万をたった一発の魔法で壊滅させたという噂を聞きました」
「そ、そんな魔法があってたまるか!」
「真実です」
「う……」
真顔で真実だと言われ将軍は言い返すことが出来なかった。
「それでは副将、そのように各隊の隊長へ伝えてください。よろしいですね、将軍」
「………ああ」
将軍としては納得していなかったが、心の平静を取り戻す前に指示されてしまい従ってしまう。
副将は頷くと伝令の下へ馬を走らせた。
――――――――――――――――――――――――
伝令を最後に受け取ったレッドランス軍の隊長は、内容に顔を顰める。
「兵を引かせることができるのは助かるが、魔法陣が見えたらとはどういうことだ?それも速やかに、確実にとは……。魔法士隊が何かをするのか?いや、しかし……」
レッドランス軍にも魔法士隊はいる。だが、馬上から見ても彼らがどこにいるか見当もつかない。それを発見し、彼らが描く小さい魔法陣を目視して兵を引かせるという命令に、隊長は頭を悩ませる。
「俺は目が良くないからな。誰か目の良い奴に頼むか……」
意味がわからなかろうが、視力が弱かろうが命令は命令。それに従うのが兵士の務めだ。
そう呟き、目の良い弓兵の誰かに頼もうと馬を走らせようとした時、魔法陣は出現した。
目の悪さなど関係はなかった。
無数の魔法陣があたり一面の地面と空を埋め尽くしていたからだ。
「な?!なんだあの数は?!!……いかん!引けー!!!!」
慌てて声を張り上げる。
それとほぼ同時に「引け」という命令が、焦りを含んだ声色とともにあちこちから発せられたのだった。
――――――――――――――――――――――――
「な、なんだ、なんなんだこれは……」
「これは……。噂で聞き、こんなものだろうと想像していましたが、実際に自分の目で見ると………、壮観ですね」
尻込みする将軍の横で、ミゲルは感嘆の溜息を吐く。
ギルの魔法はすでに発動していた。
兵士たちは「引け」と命令され、後方へと下がった。急な撤退命令に戸惑って迅速にとは行かなかったが、アンデッドたちの進行速度は遅く、十分な距離を開けることができた。
その直後、魔法陣は待機させていた現象を発動させる。
空から溶岩の雨が降り注ぎ、それに混じって拳大の石が風切り音とともに落ちてくる。大地には霜が降り、氷の棘が花畑のように生えていた。
アンデッドは頭を潰され、燃え上がり、足を凍らせ、最後は倒れ込み氷の棘に全身を貫かれた。
数万のアンデッドは、僅か数分で消滅したのだ。
その光景を見ていた兵士たちの半分は歓声を上げた。
残りの半分は怯えた。鎧をカタカタと鳴らす者や蹲り頭を抱える者、膝をつき女神に助けを乞う者や呆然と眺めながら股のあたりを濡らす者。中には恐怖で逃げ出す者までいた。
「こんなもの………、どう立ち向かえば良いのだ」
逃げる兵士などどうでもいいと言わんばかりに立ち尽くす将軍。もし敵に回してしまったら、と想像し呟く。
「味方ですよ……、今は。これからもそうありたいですが、それよりも、見た限りだとアンデッドはほぼ全て倒しました。後はヴィシュメールの冒険者たちが奇跡的に逃れたアンデッドを倒すでしょう。我々は北へと向かいましょう」
「………い、いや!まだ、上級アンデッドがいる!あいつらは奥の方にいたから、あの魔法にも当たっていないはずだ!それを倒すのは冒険者の数では厳しいだろう」
「問題ありません。おそらく、魔法都市代表様のお仲間がすでに倒しているはずです」
「……数名ではないのか?」
「はい、魔法都市代表様に同行されている方々は数名ですよ。ですが、おそらく」
馬に跨り、確信しているように頷くミゲルを見て、将軍は大きなため息を吐いた。
「わかった。我らは北に向かった軍に合流しよう」
「それが良いです。では将軍、私は魔法都市代表様にお礼を申し上げに行きますので」
将軍にそう伝えミゲルは馬を走らせた。
それと入れ替わるように副将がやってくる。
「将軍!見ましたか!魔物どもは木っ端微塵ですよ!!」
「副将」
「は、はい?」
副将は興奮していたが、将軍の声に覇気がないことに動揺する。
「我々は北へ向かう。兵を休ませながらで良いと従者が言っていたから、ゆっくりと兵を進ませよ」
「北へですか!なるほど、了解しました!今度は数で負けてません!我々で奴らを土に還してやりましょう!」
「それとな、副将」
「は、は?」
「この戦が終わったら、引退する」
「………」
こうして多くの犠牲は出たものの、ヴィシュメールの街は無傷で守りきったのだった。
――――――――――――――――――――――――
「ただいま戻りました、ギル様」
リディアが生き残ったアンデッドの追撃から戻ってきた。
「お疲れ様。やっぱ、上級アンデッドは魔法範囲に収まってなかったか?」
「はい。ゾンビやスケルトンだけが戦場にいたようです」
ふーむ?ちょっと、気になるな。他の仲間たちも残ったアンデッドを探しに行っているが、この遅さだと上級アンデッドに遭遇しているかもな。まあ今更、上級程度のアンデッドには負けないと思うから、あいつらの心配はしてないけど。
俺の魔法効果が終わった後、仲間たちには残っているかもしれない上級アンデッドを倒してもらいに行ってもらったのだ。
地上のアンデッドがどのように出現するか分からないが、上級アンデッドが関わっている可能性がある。
またヴィシュメールを襲われるわけにはいかないから、念の為だ。
「いや、ちょっとまて。なんでみんな冷静なんだ?!あの魔法はなんだよ!」
エリックが俺の思考を邪魔してきた。
この場に残っているのはエリックとティリフス、そして帰ってきたリディアだ。
エリックには俺の護衛……、というか、ティリフスの護衛の為に動かないでもらった。エリックの仲間であるジルドにはシギルに、ティタリスにはエリーに付いていってもらった。
エルは俺たちから少し離れた場所でクロスボウを撃っている。魔法で生き残ったアンデッドにとどめを刺しているのだ。
しかし、エリックはエリーの父親とは思えないほど五月蝿いな。似ているのは髪の色ぐらいか。
「なあ?鎧の嬢ちゃん!」
「へ?あー、もう慣れたわー」
「嘘だろ……。あんな魔法ばっか使うのか?……あいつおかしいだろ」
「そやね、ギルは変人やし」
聞こえてるぞ。後で塩水ぶっかけてやる。
「ギル様、従者の方が来ました」
「また来たのか」
ミゲルは数時間ぶりと同じように馬を止め降りると、恭しく腰を曲げた。
「ありがとうございました。話には聞いておりましたがあれほどの魔法とは思いませんでした」
下馬してすぐに礼か。本当に出来た従者だな。レッドランスはこいつに色々助けられているだろうな。俺の下に送るぐらいだから、レッドランスも信頼しているか。
「ちょっとやりすぎたか?」
「ええ、まあ。ですが、魔法都市代表様に書簡を送った時に覚悟したので」
ん?ミゲルが俺に書簡を送ったのか。たしかに俺たちが到着したタイミングからして、かなり急ぎで書簡を送ってきたみたいだし、レッドランスには無理だよな。
王やらに許可もらわなければならないから、その間にヴィシュメールはやられていたはずだし。
ミゲルの独断で、色々すっ飛ばして俺に書簡を送ったのかもしれない。
まあ、レッドランスが王の許可を得ないでやった可能性もあるが。
ちょっと聞いてみたいが、やめておくか。
「まあ、こっちにも色々理由があってね」
シギルの為だが、他にも魔法都市に手を出せばこうなるぞって脅しも兼ねてある。
だから張り切ったのだが、おかげで残ったアンデッド掃討を手伝えないぐらい魔力が少ないけどな。
「レッドランス閣下から聞いておりますのでお気になさらずに」
いったい何を話したのか。さすがに俺とシリウスの試合の件は話していないと思うが。
「さてそれでだが、他にも気になることがある」
「お礼の件でしょうか?」
くそ、レッドランスめ。がめついとか話したな?
「それもあるが……、このアンデッド軍団はちょっとおかしいな。今、俺の仲間たちが残った上級アンデッドを探しに行っているが、おそらくその殆どが俺の魔法から逃れた」
「………意志のあるアンデッドですか。リッチ、もしくはそれ以上のアンデッドが、ゾンビやスケルトンなどの下級アンデッドを従わせていた可能性がありますね」
やはり賢い。全部言わなくても理解したか。
アンデッドの殆どは人間の成り果てた姿だが、知能はまったくない。だが、上級アンデッド、もちろん種類によるが高い知能を持つアンデッドもいる。
その上級アンデッドが指揮をしていた可能性が高いのだ。
だが、そんな極稀に出現するアンデッドが、この場に何匹もいたのだ。偶然では片付けられないだろう。
「そうだな。それに更に上の存在が、意図して配置した可能性もな。誰に狙われているのか俺には関係ないが、王国はこれから大変だぞ」
「………閣下にそう伝えておきます」
「ああ」
それからいくつか助言をしてミゲルを帰らせた。早くレッドランスに報告したいだろうしな。
まもなくして上級アンデッドを探しに出ていた仲間たちが戻ってきた。
やはり上級アンデッドが数匹いたようだ。だが、それも全て退治してきたらしい。これでヴィシュメールは安全だろう。
シギルに折角だからヴィシュメールに寄るかと聞いたが、成長してから戻るッスと言ったから、魔法都市に帰ることにしたのだった。