レッドランスの苦悩
ゲオルグ・フォン・レッドランスは、自領が大量のアンデッドに襲われていると報を受けた直後、できる限り早く戻るために駿馬を購入し乗った。
途中にある街や村で馬を乗り換えることで、驚くことに10日以上掛かる道程を僅か3日で辿り着いた。
ゲオルグの城まで着くと、ゲオルグが最も信頼を置く従者のミゲルが外に出て待っていた。
「ミゲル、私が帰ってくると予想したか」
「もちろんです、閣下。閣下ならば急報に馬を乗り継いで帰ってくると信じておりました」
「うむ」
優秀な従者にゲオルグは満足そうに頷いてから馬を降りる。だが、ここまでの道程を強引な方法で進んで来たせいか着地したゲオルグを蹌踉めかせる。
ミゲルが慌てて近づき、ゲオルグを支えた。
「ゲオルグ様!」
「おっと、すまんな。少々睡眠不足のようだ」
10日以上の距離を3日まで縮めたのだから、その分何かを犠牲にしたのだ。それは当然、ゲオルグの睡眠時間だった。
殆どは馬上で過ごした。馬から降りたのは用を足す時か仮眠をする時だけ。ゲオルグがこの3日で眠った時間はたったの6時間、一日に2時間の計算だ。
ふらついてしまうのも仕方のないことだった。
「少々休まれますか?」
「……いや、そうも言ってられんだろう。状況はどうなのだ?」
ミゲルから離れると、深呼吸をしてから歩き出す。
「その前にご報告しなければならないことが……。私の判断で魔法都市へと書簡を出してしまいました。申し訳ありません」
「なんだと?!……いや、いやいやそれで良い。お前のことだ、残存兵力やら敵戦力やらを考慮し、そう判断したのだろう?」
「は」
「陛下からもそう提案されている。が、かの都市代表が無条件で手を貸してくださるとも思えないが……」
ギルと会話をした時間はわずかだったが、それでもゲオルグはギルの性格を見抜いていた。頼み込んだとしても条件が揃わなければギルは首を縦に振らないことも。
だが、もし魔法都市が助太刀に来てくれたのなら戦況など無関係なのだ。
二方向から攻め込まれているが、ギルに片方を任せれることができるれば、もう片方を自領の兵力のみで対処できるからだ。
ゲオルグとしては足止めだけと考えていたが、王の命令通りに殲滅することも可能。そうなれば、失態をなかったことにできるだろう。
「アンデッドの軍勢が向かってきていると知り、すぐに魔法都市へと書簡を送ったのですがまだ連絡は来ていません」
「やはりか……。まだ手元に届いてないか、届いていたとしても益がないと見捨てられたか……。いや、他国に期待することが間違っている。われわれで何とかする方法をまず考えねばなるまい。それで、戦況はどうだ?」
「はい、北へ3万、南へ2万を送り、残り2万はここに」
「ふむ、北の方がアンデッドの数が多いのか」
「いえ、ほぼ同数です。ですが、南にはヴィシュメールがあり、冒険者ギルドが手を貸してくれていますので。それにオーセブルクのギルド本部にも依頼として冒険者に募集をかけました」
「そういうことか。冒険者が手を貸してくれるなら心強い。魔法都市の手助けがなくともこのまま殲滅できるのではないか?」
王城での報告は、約4万のアンデッドが進行中だとゲオルグは聞いていた。つまり、同数だということは南北2万ずつ攻めてきているということだ。
数の上では北は兵士が1万、南は冒険者の数だけ有利になっている。
敵数は多くとも所詮は魔物。数的有利ならば取るに足らないとゲオルグが考えるのは間違いではない。
だが、ミゲルの表情は暗いままだ。
「我々の不利です」
「なに?!数的有利は我々のはずだ!相手は合わせて4万だと聞いたぞ!」
「どこかで情報が錯綜し、誤報へと変化したのでしょう。実際は南北ともに約4万以上です。まだ増えているかもしれません」
「な?!それでは圧倒的な不利ではないか!しかも相手はアンデッドだぞ」
「……敵は痛みすら感じないアンデッド。怯まない上に数で押し潰されたら勝ち目はないでしょう。さらにゾンビやスケルトンだけではなく、上位のアンデッドも確認されています。劣勢、いえ、そんな希望のある言い方ではなく正直な言い方だと、敗北濃厚と言っていいでしょう」
なにを暢気にとゲオルグは激昂しそうになるが思いとどまる。ミゲルはただ正直に報告しているだけなのだ。
希望的観測や願望が込められた報告はこの際邪魔になる。事実のみを知らせてくれるミゲルはゲオルグにとって有り難い存在といえる。
ここで自分がいつの間にか軍議室についていることに気づき、一つ溜息を吐くと扉を開いた。
軍議室の中央にある大きなテーブルの上には地図が置かれ、勢力を示す駒が並べられている。
ゲオルグはそれをさっと見て、ミゲルが話した内容と一致していることに内心がっかりする。
「ミゲルの話していた通りだな。後はこの城に残る2万で対処するしかないか。ミゲルはどう考える?」
「は、この城の2万を使っても良いのでしたら、まずは北の3万と合流するのが良いかと。手早く殲滅し、その後南に向かうのが現実的だと考えます」
「南のヴィシュメールはどうする?冒険者の手助けがあったとしても、さすがに保たないかもしれんぞ」
「そのとおりです。ですが、ヴィシュメールは城壁のように堅牢な壁で囲われています。戦い方を間違わなければ被害は最小限で済むでしょう。一方、北は近くに数個の村があり、そこには壁などありません。被害を考えると、やはり北を優先すべきでしょう」
言葉には出していないが、ヴィシュメールは北を落ち着くまで籠城して耐えろとミゲルは言っている。そして、その判断は正しい。
アンデッドの軍勢が壁を壊し、門をこじ開けてまでヴィシュメールの住人を攻撃しようと考える知能も、その目的もない。大量のアンデッドがヴィシュメールをぐるぐると回るか、壁に体を打ちつけているだけだ。
北を殲滅した後、南に向かったとしても間に合う可能性は十分ある。
しかし、ミゲルは前提を間違っていた。
「それは駄目だ。王の命は殲滅なのだ。いや、それは結果そうしろと言っているだけで、本来の目的はこのレッドランス領で足止めしろということだろうな」
「…………それは……、また無茶な」
従者が王に対して不遜なことを言えば、ゲオルグに迷惑がかかる。それを理解しているミゲルの、不敬にならないギリギリの言葉だった。
ゲオルグは苦笑いをして同意した。
「だが、命は命だ。アンデッドどもを素通りさせるわけにはいかん」
「……そうなると、兵や冒険者、街の者らに力を尽くしてもらうことになりますね」
言葉を選んではいるが、言外に犠牲になってもらうほかないと言っているのだ。
街そのものを囮にして時間稼ぎをする。そうするしかアンデッドを留めることはできない。
だが、それを選ぶのは領主として許しがたい行為だとゲオルグは考える。ゆえに悩む。
「どうすれば良いのだ」
ミゲルもゲオルグの性格を知っているからこそ、何も言わずに決断を待つ。
それから30分ほど沈黙が続いた。だが、まだゲオルグは決断できずにいる。
それでもミゲルも黙ってゲオルグの決断を待つ。最後の決断に従者であるミゲルが口を出してはいけないとわきまえているからだ。
「3万が残っていたら何とかなったものを……」
ゲオルグが舌打ちをする。
ラルヴァに乗せられ魔法都市にちょっかいを出したせいで、3万近い兵を失ったことを思い出したのだ。
あの出来事さえなければ北も南も守れたかもしれない。そう考えると悔やみきれないのだろう。
ゲオルグの思考が悪い方向へ行っていることに気づいたミゲルは、さすがに止めようと口を開く。
「閣下、今そのことを考えても――」
「ミゲル殿!来ましたぞ!!」
だが、慌てて軍議室に入ってきた兵に遮られる。
「あ、失礼しました。レッドランス閣下も帰っておられたのですね!!」
「あ、ああ、そんなに慌ててどうした?」
「もしかして書簡が届いたのですか?」
ミゲルには心当たりがあった。というよりは、ミゲルがこの兵士に書簡が届いたら教えて欲しいと頼み込んでいたのだ。
「はい!オーセブルクからです!」
「まさか!」
書簡が出された場所を聞き、ゲオルグもその差出人に思い当たる。
ゲオルグが急いで書簡を受け取ると、開いて内容を読む。
一度目は驚き、二度目は確認の為、三度読み返すとゲオルグはニヤけていた。
「魔法都市代表様ですか?」
「そうだ」
差出人には魔法都市、ギルの名。
「それで、その、なんと?」
「来てくださるそうだ。いや、すでにヴィシュメールに向かっているそうだ」
「それは!!………勝ちましたね」
「ああ。まあ、礼に期待すると書かれているがな。あの人らしいと言えばそうか」
「街一つを無傷で助けることが出来ます。安いものですね」
「その通りだ。よし、決まった。私は城に残る2万を率いて北へ向かう」
「閣下が?!相手は魔物ですし、将軍に任せて良いのでは?私が将軍に付いて行くことも出来ますから!」
「いや、ミゲルにはやってもらいたいことがある。さっそく準備をしよう」
そう言いながら軍議室を出ようとしたゲオルグをミゲルが慌てて止める。
「それは私がやりますから、閣下はその間休んでください」
その言葉でゲオルグは自分がほとんど寝ていないことを思い出した。だから、ミゲルに任せることにした。
10時間後。ゲオルグは2万の兵を率い北へと出撃した。
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俺たちはヴィシュメールから少し離れた場所で様子を見ていた。
目の前に広がる平原で、大勢の人間とアンデッドが戦っている。
「これは厳しいな」
「はい、このまま続ければ王国は負けますね」
「まあ、相手は疲労がないアンデッドやし」
夜寝る必要のないアンデッドを相手にする場合、速攻で倒す必要がある。時間をかければかけるほど、人間は体力を失い不利だからだ。
急いでオーセブルクを出発したがすでに戦闘は始まっていた。しかも、かなり押された状態で。
「一日ぐらい、たたかい続けてるかも、です」
俺たちはレッドランスに書簡を出してすぐにオーセブルクを出た。これでもできる限り急いだつもりだが、開戦までに間に合わなかったようだ。
怪我人や死体の数、兵士たちの動きの悪さを考えると、エルの言う通り一日ぐらいは戦い続けているだろう。
「そうだな。転がっている死体の数を考えてもそのぐらいだろ」
「いやいや!ギルよ、何を暢気に話してんだよ!さっさと助けに入ろうぜ!」
状況を把握していると、エリックが戦場を指差してこんなことを言い出した。
手紙を受け取った後、俺はヴィシュメールに家があるシギルに内容を知らせた。
シギルにとって、それはただの家ではない。祖父の形見でもある鍛冶屋だ。当然、シギルはヴィシュメールに戻ると言い出し、俺たちも当然手助けするために付いてきた。
だが、話を聞いていたエリーの父、エリックも手助けすると言い出して一緒に付いてきたのだ。
ダンジョン攻略で疲れているんだから、オーセブルクで休んでろと言ったんだがなぁ。ま、基本的にいいヤツなんだろうな。
「そうは言ってもな。兵が邪魔なんだよ」
「何を言ってんだよ。俺たちも混ざってアンデッドどもを薙ぎ倒せばそれで終わりだぜ。オーセブルクダンジョンを攻略した俺たちだったら楽勝だろ?」
「そう簡単じゃないんだよ。まずはアンデッドの数を減らさないと持久戦になっちまう。持久戦になったら、生物に勝ち目はない」
「だったらどうすんだよ。兵士たちが全滅か退くまで待つってのか?」
「んー、なんとか指揮官と連絡取れないかな?息を合わせないと巻き込んじまう」
意味がわからないのか、エリックは首を傾げている。
俺の戦い方を知らないから仕方ないが、こういうのが面倒だから残ってろって促したんだよな。
「でも、本当にどうすんスか?このままだともうすぐ敗走しそうッスよ?」
シギルは今の所冷静に見える。だが、内心穏やかではないだろう。
さて、どうするか。たしかにこのまま眺めていてもどうしようもない。だが、俺たちが指揮官と話せたとして、おとなしく従ってくれるか?
……いや、とにかく話してみるか。
「誰か来た」
エリーがある方向を指した。
そちらを視線を向けると、たしかに馬がこちらに向かって走ってきている。
「誰だ?」
仲間たちも心当たりがないようで首を横に振る。
んー、ヴィシュメールのギルド関係者かな?少し待ってみるか。
徐々に近づいてきて俺たちの下へと辿り着き、馬は止まった。どうやら俺たちに用があるのは間違いないようだ。
馬には人間が乗っていた。
どこかで見たことあるな。誰だったか。
「魔法都市代表殿ですね!!」
「そうだ、お前は?」
「私はミゲルと言います。レッドランス様の伝令として参りました」
あー、そう言えばレッドランスが魔法都市につれてきた一人だったか。
「久しぶりだな。魔法都市に来ていただろ?」
「覚えておられましたか。先日はおいしい食事をありがとうございました。と、今はそれどころではないですね」
なるほど、レッドランスが連れているだけあって賢い奴だ。
「そうだな。それで、俺はどうすればいい?俺の戦い方は知っているな?」
「はい。それでは打ち合わせをしましょう」




