海底洞窟の謎
海底洞窟エリアで俺たちの救世主となったこの陸地は、海に浮かぶ島のようだった。島の面積はそれほど広くないが、コテージを展開してもまだ余裕がある。
上空に空の青色はなく鍾乳石が垂れ下がっている。どうやらここもまだ海底洞窟内という設定らしい。
と、この階層がどうなっているか考察しているが、仲間たちはそんな俺を無視して半笑いを浮かべながら黙々とキャンプの準備を進めている。
あの何かとサボる口実を見つけるティリフスですら積極的に動いていたほどだ。
肉体がないから身体的には疲労はないし、睡眠や食事も必要ないが、精神は疲れているということか?
「お兄ちゃん」
「ん?」
「サボってる、です?」
「あ、はい。手伝います」
温厚なエルが俺を叱りつけるほど疲労が限界だということか。それでティリフスもキビキビと働いていたのか。皆に怒られるから。
ここが安全な場所か確認してからのほうが良いが、手伝わないと全員から文句を言われそうだ。俺も働くことにしよう。
コテージを展開し、キャンプの準備を一通り終わらせた。だが、疲れすぎているのかすぐには眠れそうにない。
何より空腹だった。
ということで、料理をすることになった。当然、俺が。
なんで?うちのパーティの料理番は順番よ?まあ、皆も疲れているからね。今日は特別よ?
実は俺も食べたいものがあるのだ。さっき海底で見つけたエビ。あれで久しぶりにエビフライが食べたくなったのだ。
そうと決まれば、海老を確保するために海に潜る。さっきまで海中の光景が美しいとか思っていたが、空腹の状態ではその美しい海も漁場へ早変わり。
その海老だが、網はないが手づかみで十分な量を確保することができた。
急いで陸地まで戻り(とは言っても減圧症対策で急浮上はできないが)、海老の下準備を終わらせたあと、他の食材を出すためにマジックバッグを漁る。
しまった。粉類や野菜が入っていたの忘れてた。普通に水中を泳いでいたけど大丈夫かな?
などと心配もしたが、マジックバッグの中身は全く濡れていなかった。マジックバッグすげぇ。
エビフライの下準備は完了。後は揚げるだけだが、そのまえにアレを先に用意しなければならない。
そう、タルタルソースだ。マヨネーズが手に入った今なら、タルタルソースでさえ簡単に作ることが出来る。
卵をゆで卵にし殻をむいて粗刻み、玉ねぎに似た野菜をみじん切りにし、2つを混ぜてマヨネーズをぶっかける。
よく混ぜて、酢、塩、砂糖で味を整えて完成。簡単でしょ?
海老をサックサクに揚げて、完成したタルタルソースを添えて完成。俺は米派だが、今回はパンで我慢だ。
「出来上がりましたよー」
俺の声に全員が一斉に集まってくる。
「今日は何料理ッスか?」
「アレだ」
海老を剥いた殻を指差す。
「え、虫でしょうか?」
「ギル、乱心」
エル以外が顔をしかめる。いや、確かに海老は虫の仲間ですけど、そんなに嫌な顔をしなくても……。
海老は地球でも古くから食されてきたはずだ。この世界のこの時代でも食べることは珍しくないはずなんだけどな。もしかして、海から遠いからこの辺りでは市場に並ぶ機会があまりないのかな?
「まあまあ、前も言ったじゃないか。とりあえず一口だよ」
「そ、そうですね。私はもちろん食べますよ、ギル様!」
そんな力まなくても。
気後れしているのか、料理に手を付けない。これは俺から食べないと誰も手にすら取ってくれないパターンだ。
仕方ないかと俺がエビフライに手を伸ばす。だが、それよりも先に料理を取った人物がいた。
それはエルだ。エルは気後れすることもなくエビフライを口に運び噛む。サクリと小気味良い音が数度し、口内にあるものを飲み込んだ。
「う、うまぁ、です!」
「だろ?エル、これをつけて食べてみるんだ」
俺はタルタルソースをエルに勧めた。エルはそれがなんだか分からないはずなのに、エビフライにたっぷりと塗りたくる。そしてもう一度エビフライを食べてみた。
「も、もっとうまぁ、です!」
「そうだろそうだろ。ははは、たんとお食べ」
「はい、です!」
エルが次々とエビフライを頬張る。そのあまりに美味しそうな表情を見たせいか、全員が唾液を飲み込む。
それからは戦争だった。エビフライ争奪戦が勃発し、パンと共に取り合う。料理を平らげるのに時間はそれほどかからなかった。
いや、早すぎだろ。俺、エビフライ一尾しか食べてないんだけど。まあ、それだけエビフライとタルタルソースコンビが美味しかったということで我慢するか。
エリーが少しだけ悔しそうにしていた。エルより数尾確保数が少なかったからだが、もう一度言うけど俺1尾しか食べてないんだよ?
その後は久しぶりの野営だったせいか、会話が弾み、酒もよく回ってぐっすり寝ることができた。
足を伸ばせるのは素晴らしいと再認識した日だった。
まあ、ティリフスだけは終始寂しそうだったけどな。やっぱりなんとかしてあげたいよな。
翌日。
何故か見張りが朝までティリフス一人だったことに文句を言われつつ、野営道具を片付ける。
全員でティリフスに感謝をしたことで許してもらい、先に進むべく出発した。
道は当然なく、泳いで探すことになったが完全に潜らない分、ずいぶんと楽になった。だが、まだ推測の域はでないけど、このエリアも5階層がひとつになっているはずだ。水中を泳いで上がっていくならまだしも、既に海面なのにどうやって上るのだろうか?
あとティリフスの鎧対策だが、12階層の湿地帯で倒した蛇の革がゴムのような素材なのを利用し、浮き輪を作ったから俺たちが手を貸さなくても浮くことが出来ている。心做しか、ティリフスも楽しそうだ。
昨日に比べれば断然楽に進むことができるが、一つ難点を上げれば水流が激しいことだ。絶え間なく手足を動かしていないと、あっという間にどこかに流されてしまうだろう。
風もないのになんて荒々しい波なんだよ。川の上流みたいな流れの激しさだし、どこかへ流れて行っているのだろうか?
「ところで、ギル様」
などと考えていると、リディアが突然会話を始めた。
こんな厳しい流れの中で余裕があるような話し方。リディアは泳ぎが得意のようだ。
「どうした?」
口の中に海水が流れ込んできて、それをあぷあぷと吐き出しながら答える。
「昨日の野営地に、私達の他にも焚き火跡がありましたね」
ああ、そう言えばそうだった。俺も気がついたが、休憩場所があそこしかないのだから当然他の冒険者たちもあそこで休むはずだろうと考え気にしなかったのだ。それ以前に疲労が溜まっていたからな。ぶっちゃけ、どうでもよかったのだ。
「まあ、ここまで辿り着けたら誰もがあそこで休むだろうさ」
「はい。ですが、私たちの他にもここまで辿り着ける人たちがいるのですね。私が言うのもなんですが、オーセブルクの冒険者たちにはその……」
確かにオーセブルクや魔法都市に集まる冒険者たちに、そこまでの根性があるとは思えない。この世界の冒険者は、大幅な安全マージンを取るからな。つまり安全第一だ。
しかし、俺たちが知らないだけで名うての冒険者だっているのかもしれないし、時間さえかければ来れないことはない。もしかしたら危険を顧みずに突破した冒険者がいたのかもしれない。
「エリーの父親だって45階層まで突破しているんだ。他にもいる可能性はあるだろ?」
「そういえばそうですね。すみません、何か違和感があったもので」
「ま、気持ちはわかるよ。でも、まずは俺たちが全員無事に突破しなければな」
「はい」
リディアは力強く頷くと激しい水流に流されないように泳ぎに集中した。
現在の冒険者には厳しい道程だと俺も思う。だが、昨日の野営地にあった焚き火跡は比較的新しかった。
何年も放置された跡には見えなかったから、俺たちより数日、もしかしたら数十日先に突破した冒険者がいたのだろう。
それに関しては感心すらするが、リディアのように違和感は感じなかった。いったい何に違和感があるのだろうか。
いや、それは完全踏破してから考えても遅くない。俺も集中するとしよう。
1時間ほど泳ぎ続けて探索したが、上層への道をまだ発見出来ていない。
ただ水流が激しい理由は分かった。流れ着く方に巨大な穴が空いていて、そこへ大量の海水が流れ込んでいるのだ。
それで水がそちらへと流れているのが原因だった。
しかし、あれだけ大量の水がどこかへと流れているのにここの海水はなくならないということは、どこかで補充されているということだ。
もしかしたらそこが上層への道かもしれない。
そう考え、俺たちは巨大な穴とは逆側へと進んだ。
流れに逆らうように泳いでいるからか速度は出ないが、時間を掛け着実に進んでなんとか反対側へと着くことが出来た。
端から端へ移動したおかげで、なんとなくここの地形を把握できた。
ここは瓢箪を横に倒したような形をしているようだ。ちなみに、俺たちが昨日野営した場所は、瓢箪の大きい方にあった。
俺たちは今、その瓢箪の小さい方へ泳いできたところだ。
「お兄ちゃん、横穴がみっつある、です」
「3つ?!」
こちら側に海水が流入する場所があるのは予想していたが、まさか3つもあるとは。
エルが3方向を指差し、そちらを目を細めて見ると、たしかに穴が空いてるようだ。距離が離れていても見えるから、相当大きな穴なのだろう。
そのどれかが次の階層へと続く道のはずだ。
俺たちは3組に分かれて、3つの穴を別々に調べることにした。
俺とティリフス、エルとエリー、シギルとリディアの組に分かれた。
その横穴は巨大だった。直径が20メートル近くあり、綺麗な円形をしていた。しかし、海水は流れ込んできていなかった。
中を調べてみたが、緩い上り坂が100メートルほど続き、そこで行き止まりになった。
いや、正確には行き止まりではなく、そこから真上へと続いている。つまり竪穴へと変化していて、おそらく上層へつながっているはずだ。しかし、ここを上ることは不可能だ。
壁はツルツルで手で掴めるほどの取っ掛かりもなく、さらに湿っているのだ。ロッククライミングの装備があったとしても登ろうとは思わない。
どうやら俺たちの調べた穴はハズレだったようだ。
他のメンバー話を聞きに戻るとしよう。
戻ってみると既に他の二組は戻ってきていた。
話を聞いてみると、他の2つの横穴も同じ状況だったようだ。
「んー、上層へ続いていると思われるが、登れる状態ではないのはどこも一緒か。じゃあ、いったいどうやって上層へ行くんだ?」
「隠し通路か、そもそも間違っているってことッスか?」
「どうだろう。方向的には上に行くので間違いないはずだが……。シギルの言う通り、隠し通路なのか」
「ですが、ダンジョンの階層移動に隠し通路というのはどうなのでしょう」
「そういうこともあるやろ」
「「「んー……」」」
全員で波に漂いながら会議中だ。
だが、答えはでない。方向は上で間違いないはずだが、そこへ行く道がない。あと考えられるのは隠し通路だが、今の所それも見つかっていない。
横穴から集合場所に戻ってくるときも、潜って調べてみたが横穴らしきものは見当たらなかったのだ。
それにリディアの言う通り、近道や魔法都市のような広間へ行くわけではないのに隠し通路というのも変だ。
「例えばやけど、ここにも穴はあるで」
「「「え?」」」
やはり、隠し通路というのは無理があると判断しかけたところで、ティリフスが上を指差す。
ちょうど俺たちがいる場所の天井に穴が空いていた。
「たしかに穴は空いているけれども、どうやってあそこに行くんだ?」
「それはわからんけども……」
海面から天井の穴まで20メートル近い高さがある。空に浮かび上がらない限り、あそこへ辿り着くのは無理だ。浮遊石の上に乗って移動するにも、全員が一緒に乗ることができる大きさのはマジックバッグに入っていない。
「潮の満ち引きは?」
「それがここにあるかはわからないけど、あったとしても大した高さにはならないよ」
潮の満ち引き、つまり干潮から満潮になったとしても差は2メートルほど。20メートルの高さに届くとは到底思えない。
「じゃあ、逆側の水が流れてる方、です?」
エルが出口はここではないと判断したのか、先程見た水が流れ着く先が出口なのではと言い出す。
「あそこに入って生き残る自信はないなぁ」
あの流れの速さだ。あの先は滝のように下っているに違いない。だけど、それをやりかねないのがダンジョンだよな。
でも、下に降りるか?どうなんだろう。もしかしたらここが既に地上より高い位置にあるならあり得る?たしかオーセブルクの側には帝国とを隔てる高い山があるけれども……。
だめだ、分からない。
「一度、昨日の野営地に戻りましょうか」
「……そうだな。ここで浮きながら話すこともないか」
結局、流れ出る大量の海水をどうやって補充しているのかもわからなかったな。
戻ろうと向きを変える。だがその時、地響きのような音がし始めた。
「ちょっと待て。この音は何だ?」
仲間たちから答えは返ってこない。当然、誰もわからないからだ。
だが、音は段々と大きくなっている。
俺たちは意味がわからず動けずにいると、先程調べて水が流れ出していなかった横穴3つから、爆音とともに水が噴出した。
同時に三つの横穴から大量の水が流れ出ている。それが大波へと変化する。
波は徐々に大きくなり、この距離で見てもかなりの高さだと分かる。
その大波が、3方向から俺たちへ迫ってきたのだった。