宇宙の先
隕石に寄生する魔物を、仲間の人数分プラス数体倒すと仲間たちの下へ戻った。
人数分より多く倒したのは、仲間たちに酸素噴出による移動の練習をしてもらうためだ。さすがの彼女たちでも宇宙空間を練習もせずに移動するのは厳しい。
順番に練習してもらっている間、俺は食事と休憩を済ますことにした。
小一時間の練習で仲間たちはある程度自由に動けるようになっていたから、さっさと出発する。
何故こんなにも急いで移動を開始したのかは、睡眠の確保が難しいのが理由だ。色々考えてみたが、安定した寝床が用意できそうにないのだ。
石のコテージを設置する場所もなければ、地球の宇宙飛行士のように寝床に体を固定する留め具すら用意できない。こんな状態では睡眠を取るのは難しいだろう。
ならば急いでこのエリアを突破するしかない。
さて、問題である宇宙の移動だが、予想に反して順調だった。
練習したおかげか、彼女たちの運動神経が良いのかはわからないが、体のバランスの制御に苦労していないからだ。
あの草の魔物から手に入れた球根で酸素を噴射するだけで進むことが可能なのもあるだろう。進むだけならば、一度の噴射で済むから球根に入っている酸素をあまり使わないしな。
まあ、息が出来るのに摩擦がないのは意味不明だが。
襲ってくる魔物だが、それは思いもよらぬ人物のおかげで全く問題なく対処できた。
それはリディアだ。
隕石が突撃してきても、リディアが隕石ごと魔物を斬っていったのだ。
リディアにかかれば避けることもなく隕石を真っ二つにしてしまうのだから、俺の苦労はなんだったのか。
それにエリーもだ。
魔物が数体襲ってきても、エリーが盾でいなして時間を稼いでくれたのだ。
まさか近距離勢が活躍するとは思わなかった。ただ、倒す時に球根ごと斬ってしまうことがあって、その時はリディアも申し訳無さそうにしていたが。
倒すのに慣れ始めると、隕石から掘り出す必要もないように斬ってくれたから十分球根を回収できた。
そのおかげで信じられない速度で俺たちは攻略していった。
ちなみに、進行方向は地上に向けてだ。空エリアと同じで出口は同じ方向だろうと予想したのだ。
そして、5時間程進んだ現在。
「飽きたな」
「そッスね」
俺たちはやっぱり飽きていた。予想していたことだが、こうも景色が変わらないとな。
「魔物の出没も頻繁ではないからなぁ」
「そうですね。魔物自体は多くいるのでしょうが、これだけ広い空間だと遭遇しにくいのかもしれませんね」
「まあ、あの魔物の球根も十分な数集まったから出なくてもいいんだけど、暇なんだよなぁ」
球根は一人3つずつ持っていて、更にシギルのマジックバッグにも10個近くストックしてある。十分すぎる量を確保できたから、これ以上敵を倒さなくてもいい。
しかし、あまりの暇さ加減に敵と遭遇することも望んでいる始末なのだ。
「頻繁でも困るやろ。集中力保たんし」
「そうですね。ティリフスの言う通りかもしれません」
「まあなぁ」
魔物か本物の隕石か判断し難い以上、常に索敵で集中し続けるのは厳しい。
それはその通りだが、頻繁でなくても索敵することは変わらないのだから、集中力が保たないのは同じだろう。だったら、暇を潰すためにたまに魔物が出てきてもと考えてしまう。
今はティリフスの広範囲気配察知が頼りだからこのことを口には出さないが。
「お兄ちゃん」
俺がティリフスに索敵を丸投げしながらも、敵を倒す以外の暇つぶしをどうするか悩んでいるとエルが俺を呼んだ。
「んー?エル、どうした?」
「方向がずれて、ます」
「え?」
そんなはずはない。一度進めば、その方向へ進み続けるのが宇宙なのだ。たしかに、寸分違わず全員が同じ方向へ進むことはできないから多少のズレはあるだろうが、それでも進み始める時は出来る限り合わせて出発している。
だが、エルが言っているのはそういうことではない。全員が同じ方向へ曲がったことを言っているのだ。
進行方向が変わるなんて……。見えないだけで天体の設定とかしてあるのか?
俺は目標にしていた方向を確認する。
目標にしていたのは、巨大な隕石なのか、背景なのか、遠くで明かりに反射する何かだ。
確認するが確かに方向がズレている。いつの間にか進行方向が変わっているのだ。
「たしかにズレているな。みんな、一応元の方向へ向かうように調整しよう」
宇宙のすべてを理解できるわけではないのだから、こういうことが起こるかもしれない。そう思い、全員へ進行方向の変更を指示する。
そのまましばらく進むが、またいつの間にか方向が変わっていることに気がつく。
正面に見えていた星が、横に見えているのだ。
嘘だろ?ここまで急激な進行方向の変化って……。まさか!
ここまで考えてようやくこの現象が異常事態だということに思い至る。
「みんな!急いでここから離れるぞ!」
「ど、どうしたんスか、急に!」
「ブラックホールだ!引っ張られて飲み込まれるぞ!」
「えぇ?!」
俺は球根を強く握りしめ、現在の進行方向から離れるように移動する。仲間たちも俺に従って球根から大量の酸素を噴射させて付いてくる。
球根に入っていた酸素をまるまる使用してようやく元の進行方向へ進むようになった。
「戻った。よかった」
「何があったんですか?」
「ブラックホールって言って、非常に強い重力が俺たちを引っ張ってたんだ」
焦って確認できていないが、これほど急激な進行方向の変化は高重力以外にあり得ない。それはブラックホールしかないだろう。
「えっと、それは危険だったのですか?」
「わからないけど、助からない可能性が大きい。地球でも未だ解明されていないんだ。ある程度の予想はされているけど、それすらも予想の域は出ていないからな」
分かっていることと言えば、ブラックホールは光すら脱出できないほどの、高密度且つ強力な重力の天体であるということだけだ。
そんな高重力に飲み込まれたら人間は無事では済まないだろう。
それに強力な重力は時をも遅くすると言われている。
近づきすぎて、運良く脱出でき帰還したとしても、その間に世界は何十年も時が進んでいる可能性だってある。そんな危険なものを検証したいなんて思えない。
しかし、まさかこんなものがあるなんて、異世界は半端ないな。世界が壊れる代物だぞ。
「お兄ちゃん、あれがぶらっくほーる、です?」
「え、まさかエルには見えているのか?」
「はい、です」
マジかよ。俺には遠すぎて全然見えない。いつもながらエルの視力の良さには驚かされる。
「どんなのが見える?」
「えーっと、黒い穴、ぽいです」
「穴か。どうやらブラックホールで間違いないな」
「それに、真ん中におおきい生き物が、います」
え……、生き物?なんで?ちょっと、意味不明過ぎて理解できないのだが。
エルに詳しく聞いてみると、ブラックホールの中心に角のようなものが二本飛び出しているようだと言う。
形状からすると、どうやら蟻地獄のような虫が中心にいるようだ。大きさを予想するに、とてつもなく巨大な生物だろう。
つまり、魔物の仕業だ。
俺の目には見えないが、どうやらこの擬似的な宇宙空間のブラックホールは蟻地獄のような魔物が発生させているようだ。
「規格外だな。それが魔物だとすると、飲み込まれたら間違いなく死ぬだろうな」
「早めに気づくことができてよかったですね」
「ああ、エルのおかげだ」
「えへへ」
可愛い。可愛いけど、ブラックホールにゾッとしていてそれどころじゃない。
「考えられるとしたら、その魔物がこのエリアのボスの可能性か」
「また倒せない?」
「エリー、申し訳ないが倒す方法が思いつかない」
「んーん、別に良い」
良かった。倒したいって言ったら宇宙土下座して断るしかなかったわ。奇跡的に魔物を倒したとしても、浦島太郎にはなりたくないからな。
だが、突破するだけならこのエリアも問題なさそうだ。ブラックホールさえ避ければ良いんだからな。
と思った矢先。
「あー、会話中を邪魔して申し訳ないんやけど……」
「どうした?球根の残量がなくなったか?」
「いや、じゃなくて、その魔物の気配が徐々に近寄ってきているような気がするわ」
「………マジで?」
「う、うん」
目標にしていた星を再度確認すると、また正面ではなく少しズレて見える。進行方向が変わっているようだ。
どうやらティリフスの言う通りのようだ。
「もっと早く言えよ!」
「ご、ごめん」
「逃げるぞ!」
もう一度球根から酸素を大量に噴射させて、魔物から距離を離す。
球根をもう一個全部使い切って、ようやく逃げ切れたみたいだ。
危なかった。ティリフスの索敵能力はやっぱり凄い。ティリフスには早く言えと言ったが、早い段階で逃げる判断が出来るのは非常に助かる。
だが、俺たちの速度は異常なほど速くなっていた。逃げ切るために速度を出しすぎたのだ。
三個目の球根を使って速度を抑えたいが、また捕まるのが怖かったからそのまま進む。もし隕石の魔物と遭遇したら非常に危険だが、ブラックホールに追いつかれるよりマシだろう。
だが、拍子抜けするほど魔物とは出会わなかった。もしかしたら、速すぎる獲物を追わないのかもしれない。
他に危険なものはそこらにある障害物としての隕石だが、それは前方を注意して上手く避けるようにした。
暇をどう潰すか考えていたのが懐かしい。ほんの数十分前の話だったんだけどなぁ。
それからも速度を維持し、隕石を避けながら進んでいった。
2時間後。各自が持つ最後の球根を使い進行速度を落とす。魔物を狩って球根を補充するためだ。
球根のストックは十分にあると思っていたが、それは追ってくるブラックホールがなければの話だ。
あの魔物がボスで、一匹のみの出現だったら今のままのストック数で突破していたかもしれない。だが、それはわからない。二匹、三匹といるかもしれないし、ブラックホールがボスではないかもしれないのだ。
そんな状況で残り10個は心許ないと感じたのだ。
もっとブラックホールから距離を離してからの方が良いのではとも思ったが、そこがダンジョンの端で、さらにブラックホールに追いつかれたら逃げ場がなくなってしまう。
出口の方向が分かっていない現状で、壁とブラックホールに挟まれるのは避けたい。
ということで、仲間たちと魔物を狩り、球根集めに一時間ほど費やした。
結果、各自使い切っていない球根1個に満タン3個ずつと、他にストック20個を確保することができた。これだけあれば、あとブラックホールが二匹ぐらい現れても逃げ切ることが出来るだろう。
万全の状態で再出発する。が、30分ほど進むとあっさりと次の階層への道らしき横穴を見つけてしまったのだ。
残り少なかった球根すら使い切らずのゴール。
これはあれかぃ?狩りをしたのは無駄だったってことかぃ?追加で狩った分の球根どころか、元々ストックしてあったのすら使用しなかったなぁ。
なんだか、肉体の無いティリフスがジト目で俺を見ている気がするが気のせいだろう。
俺は何事もなく、仲間たちと視線を合わせないまま横穴へと侵入する。
そこは間違いなく次の階層への横穴だった。他のエリア同様、階段が上層へと伸びていた。
背後から感じるプレッシャーを無視しつつ、階段を上る。
「いや!何も言わんのかぃ!!」
堪えきれずティリフスが俺にツッコむ。
「ティリフス、俺にだって間違いはある。ダンジョンがどのぐらいの広さか、あの吸い込む魔物が一匹なのかもわからないのなら、慎重に行くべきだろう?」
「しかしやなぁ」
「まあまあ。ギル様の判断は正しかったと思いますよ」
「ウチだって文句が言いたいわけやないよ。ウチらに気を遣っているからや!」
「ティリフス……」
ティリフスは間違ったぐらいで気まずくなるなと言っているのだ。そんな気遣いはいらないと。
「ありがとう、ティリフス。まあ、だいたいお前が悪いしな」
「なんでや!!良いこと言ったやろ!なんでウチが悪いことにされんねん!ウチ何も悪いことしてへんよ!」
「冗談だ。ある程度」
「一言多いねん!どの程度か気になるやろ!」
ティリフスの性格はアレだけど、優しいんだよな。俺にこうやって気遣っているけど、他にも仲間たちを元気づけるためでもある。
出発前に休憩したとはいえ、何時間も睡眠を取らずに進んでいる。全員が疲労困憊なのだ。
ティリフスなりに奮起させようとしての軽口だろう。
それに不安もある。
「……この階段の先は何階層ッスかね?」
そう。さっきの疑似宇宙空間はかなりの広さがあった。だが、それが何階層分なのか。もし、1階層分だったら俺たちは詰む。
睡眠も取らずに残り4階層を進むのは、体力的に不可能だ。その上、ブラックホールがボスではないことが確定する。
そんな状態でブラックホール以上の強さがあるボスと戦えば、間違いなく詰みだろう。
「次もさっきと同じなら階段で数時間ずつ寝るぞ。これ以上は保たない」
「仕方ないッスね。階段で寝るの厳しいけど、そろそろ限界ッスもんね」
「案外、次はまた草原エリアや洞窟エリアかもしれませんよ?」
確かにその通りだ。過度な期待は良くないが、それぐらいの微かな希望は持つべきだろう。
「そうだな」
俺は笑顔でそう言うと、黙って上ることに専念した。
何にしろ、階段を上りきればわかることだ。それにその答えはもうすぐだ。もう少し上ったところに淡い明かりが漏れているから、そこが次の階層だろう。
結論から言おう。
階段を上りきったそこは、宇宙空間ではなかった。
つまり、ここからは41階層ということだ。これはとても嬉しいことだ。もう宇宙空間を飛び続けなくていいし、残り10層でゴールが現実味を帯びてきたのだから。
だが、良くもなかった。次のエリア、そこは――。
「次は水中かよ……」
海底の洞窟だった。