ルフ
空を自由に飛び回る巨大な鳥。
翼を広げた時の大きさは40メートルぐらいはあるだろう。ぼやぼやしていたら急接近され、俺たちが乗っている乗り物ごと鷲掴みされそのまま潰されてしまいそうだ。
そう言えば、地球でもそんな伝説があったような気がする。なんだったか……。
「ルフかー」
巨大な鳥の魔物に気づかれないように距離をとりながら考えていると、ティリフスがこんなことを呟いた。
ルフ?ルフ、ルフ……。ああ、思い出した。ロック鳥のことだ。
ロック鳥。別名ルフ。
象3頭を持ち帰り巣の雛に食べさせるとかなんとか。まあ、それぐらい大きく力が強いことが言いたいのだろう。
伝説というが、マルコポーロの『東方見聞録』でマダカスカルにいたと記述があったらしい。つまり、地球でも実際にいたかもしれない鳥だということだ。
物語として有名なのは、アラビアンナイトでシンドバッドの船を壊した鳥。他にもロック鳥はフェニックスだとか、グリフォンだとか言われている。
が、実際は17世紀まで生息していたエピオルニスや、アフリカのヒゲワシが元だったかもしれない……、だったか?
まあ、この伝説からではあの魔物がどんなのかわからないな。だが、どっちにしろ穏便に素通りはできないだろう。
「まったく、ロック鳥とは困ったことになったな」
「ロック鳥?あれはルフやろ?」
おっと、仲間に教えるのを忘れてた。
俺は仲間たちに地球の伝説だと前置きして説明した。
「へー、異世界にもいたんやなぁ」
ティリフスにも俺が異世界から来たことは教えてある。まあ、ティリフスは「ふーん」と興味なさげだったが。千年も生きていたら異世界からの来訪者だって珍しくないのだろう。
俺が地球のロック鳥伝説を説明し、ティリフスがそれに感心していると、他の仲間たちも同様に感心して頷いていた。
「ま、物語上の生物だがな。実際に存在したって言っても、ちょっと大きい鳥を大げさに表現しただけだと思う。こっちのロック鳥、いや、ルフはどんな魔物なんだ?」
「んー、こっちも大昔に存在した生物なのは一緒やね。ウチもまだ精霊だった時に見たきりやし」
約千年前の生物ってことか。それじゃこっちでも伝説の魔物じゃないか。
他にも色々聞いてみたが、やっぱりこれ以上の話は聞けなかった。でもそれは仕方がないことだ。ティリフスが監禁されず自由だったなら、どうして絶滅したかわかったかもしれないが……。
「んー、ギル様はティリフスの話では、どうすればいいかわかりませんね」
「なんか、すまん」
「すんません」
「い、いえいえ!嫌味を言ったわけではないです!」
とは言え、その通りだ。シンドバッドの物語でも倒したって話ではなかったような……。子供の頃に見た絵本だからか記憶が曖昧だ。
おそらく倒さなければならないが、空をあれだけの速度で飛び回られては手に負えないぞ。
「俺の魔法では手に負えないな。広範囲指定の魔法でもあの速さでは直撃させることは出来ないだろう。エルはどうだ?」
この中で有効な攻撃ができるのはエルぐらいだ。エルだけに任せるのは申し訳ないが、エルが手に負えなければそれこそお手上げだ。
さてそのエルだが、自分の手に負えるかどうかを考えているようだ。
ただ手を目元まで上げ、親指と中指で目頭あたりを押さえてるのはちがう。それは目の疲れを気にする人間のすることだ。
「んー、ダメです。当たるかも、だけど、こうげきりょくが、足らないです」
つまり、クロスボウを当てる自信はあるけど、ロック鳥にダメージを与えることは出来ないだろう、と。
そりゃそうか。100メートル以上離れて、それもクロスボウでの攻撃を当てるだけでも凄いことだ。だが、距離が遠いから当てたとしても威力は低い。あの巨体だからそれなりの防御力があるだろうし、矢が弾かれて終わりという確率は高い。
「だとすれば、後は近づくのがいいのでしょうが……」
「近づいたら意味がない」
当然それしか方法がないとリディアが提案するが、エリーがそれを否定する。
まあ当然だよな。近づいたら乗り物が無事では済まないと説明したばかりだしな。乗り物が潰されたら、俺たち全員が真っ逆さまだ。
「ですね」
「今の所お手上げってことッスね。どうすんスか?」
シギルが俺に答えを求める。
俺に聞くんじゃねぇと言いたいぞ。あんなのどうしようもない。せめて足場がしっかりしていればやりようはあるんだが。
そう、足場がしっかりした大地だったら、おびき寄せて遠距離じゃなくとも、魔法や近距離で攻撃できる。しかし、ロック鳥が飛んでいる場所には透明なガラスの大地は殆どなく、小さい足場が少しだけ。
あんな小さい足場では、乗ったとしてもバランスを取るだけで精一杯だ。攻撃なんてとても出来ない。
「お手上げだ。倒すなら新しい魔法を開発するしかないが、すぐには思いつかないだろうな」
「じゃあ、戻って魔法開発するんスか?」
んー、それしかないか。いや――。
エリーを見てみると、エリーも俺をじっと見ていた。俺が何かを見つけると期待している目だ。
「いや、まだやれることはある」
「やれること?」
「ああ、観察だ」
俺はそう言ってから、さらに乗り物をロック鳥から距離を離した。
皆はちょっとだけ呆れていたけどな。なんせこのエリアに来てから待つことが多いからなぁ。逆の立場だったら俺も呆れていただろう。
いや、今はそんなことを気にしている暇はない。超高難易度のボスなんだから、しっかり観察し何か対策を考えなければならない。
……超高難易度?
いや、待てよ?それっておかしくないか?
ここは31階層とは言え、位置的には17階層の火山エリアと同等。V字型のダンジョンだからそういうことだろう。
つまり、ダンジョンの逆側からも侵入が可能のはず。なのに難易度に違いがありすぎる。
火山エリアと同じならコボルトキングとコボルトエリート数体ぐらいの強さのはずだ。
だが実際は無理難題級の難易度。
落ちたら即死亡の場所で足場はほぼなく、対して相手は自由に飛び回る巨大な鳥。近づかれたら風圧で落ち、突進されたら逃げるのも間に合わず落ちる。どちらにしろ落下死だ。
これではコボルトキングとは天と地の差がある。ありすぎる。
そういうこともあるという可能性も捨てきれないが、それでもこれはおかしい。
エルのような強力な遠距離攻撃を出来る人間が、そう多くいるとも思えないし、いたとしても冒険者パーティに一人いれば奇跡と言っていい。
あのロック鳥を倒すために、この大陸中からエルクラスの弓士を集めろっていうのか?そんなのは当然無理だ。それにそんなのはゴリ押し以外の何者でもない。
違う攻略方法があるのではないか?
それからはただひたすらにロック鳥を観察していた。
ロック鳥の行動は一見複雑に見えた。が、実際はある程度のパターンがある。
ある位置でホバリングし、それから旋回。そして急下降し、しばらくすると戻ってくる。これになんの意味があるかわからないが、これを繰り返しているようだ。
これがロック鳥の生態かわからないが、これを繰り返し続けているのは間違いない。さて、後は……。
「ちょっと行ってくるから、ここで待っててくれ」
「ギ、ギル様!さすがに危険です!」
「そうッスよ。落ちたら終わりッスよ?」
リディアとシギルがかなり真剣に止める。他のメンバーも強く頷いているところを見ると同じ気持ちなんだろう。
「とはいってもなぁ、確かめなきゃいけないし。俺の代わりに誰か行ってくれるのか?」
と、俺が言った途端、全員が目を逸らす。
俺の心配をしてくれるが、自分の命の方がもっと大事なのだね?君たちは。
ま、元々彼女たちにやらせるつもりはないけどさ、ちょっとだけ寂しいよ。
「俺ならたとえ落ちたとしても、少しだけなら魔法で空中を移動できるからさ」
「わ、わかりました」
「じゃあ、行ってくる。乗り物はしっかり守ってくれよ?」
「はい」
リディアが頷いたのを見てから浮遊石の乗り物から飛び降りる。マウスパッドぐらいの大きさの浮遊石に着地する。
着地の衝撃で浮遊石が下降し、それによってこみあげてくる吐き気を無理矢理飲み込んで、次の浮遊石へと飛び移ることを繰り返す。
尋常ではない冷や汗を額やら背中やらに感じながら、段々とロック鳥へ近づいていく。
そして、すぐ近くまで辿り着いた。
ロック鳥は俺の真上で物凄い風圧を生み出しながら飛び回っている。しかし、間違いなく俺が見えているはずなのに攻撃してこない。
なんでだ?絶対に俺見えているだろ?こいつなら突き落とすだけで終わるだろうに。いや、それが答えなのか?
人間を敵視していないってことではないか?
考えてみれば、あれだけ巨大な魔物にとって、俺たちのような小さい生物は取るに足らない存在だ。餌としてもロック鳥の満腹に貢献できそうにない。
まあ攻撃したら当然襲ってくるだろうが……。こちらから仕掛けなければ攻撃してこない?
しっかし、わかんねーな。それになんの意味がある?あっちから仕掛けてこなければ、いてもいなくても同じだろうが。
だが、いるのだ。今もこの偽物の空を自由に飛んでいる。
それにこのダンジョンはV字型。もし逆から侵入したらいきなりあのデカ鳥に遭遇するんだぞ。俺だってロック鳥が攻撃してこないって知らずに遭遇したら心が折れるぞ。
さらにこの空を降りていかなければならないんだ。ガラスの小さい足場を乗り継いで下っていくのは、よじ登るより危険だし、恐怖だって尋常じゃない。体力的には上るより楽だが、滑落する確率が大幅に上がる。
ロック鳥に滑落とその恐怖。
はっきり言って初見には厳しすぎる。なのに、ロック鳥はいる意味がない。
「あの鳥に乗れたら下まで楽に移動できそうだが……。いや、まさか」
あり得るのか?
それこそ意味があるのか?あのロック鳥に乗って下に降りることが前提なんて……。
いや、待てよ。そういや確か、シンドバッドもロック鳥にしがみついて移動していたような……。
じゃあ、あのめっちゃ怖い鳥は敵ではなく、味方ってことかよ!そんなのわかるわけない!クソ!確信はないがそうに違いない!悩んで損した!
辺りを見渡してみる。ロック鳥が旋回しているすぐ近くの空に、ぽっかりと穴が空いているのを発見した。
あった。あれが次のエリアに行く通路だ。あそこの通路だか階段を通れば36階層に辿り着くはず。
俺はいつでも魔法を発動できるように魔法陣を展開しつつ、小さい足場を飛び移りながらその横穴を目指して移動する。
移動している最中にロック鳥が横数メートルを移動していたが、攻撃されることはなかった。
そして、何事もなく横穴へと辿り着いた。
やっぱりか。本当に意味ないな、このエリア。1から25階層まではそれなりに考えられていた。しっかりとした攻略法が用意されていて、それを見つけることができればある程度安全に進むことができた。
だが、これはいったいなにが目的なんだ?いや、これこそ考えても仕方がない。ダンジョンに意志があるかもわからないし、あったとしてもそんなものの意志が俺に理解できるかよ。それよりさっさと戻って仲間たちを連れて次のエリアに移動したい。しっかりした大地がある所で休みたい。
そう思ったら居ても立っても居られず、仲間の下へ戻った。
「ギル様!!ご無事ですか?!」
「ああ、全く問題なかった。あの鳥は移動用として使える魔物だったよ」
「近づいても、襲われない、です?」
「そういうことだ」
「なーんだ、悩んで損したッスね」
悩んだのは俺だけどな。だが、損したのは同感だ。
「そうだな。もうこんなソワソワするエリアなんかとはおさらばして、次のエリア行こう。足場がないのはどうも落ち着かん」
俺の言葉に仲間たちが苦笑いしていたが、本気でうんざりしていた俺はさっさと乗り物を移動させる。
乗り物で移動してもロック鳥は反応しなかった。
それにホッとしつつ、横穴の近くまで乗り物を移動させ、順番に横穴へと飛び移った。
当然最後は俺。浮遊石の乗り物を、他の浮遊石の足場に紛れ込ませてから俺も横穴へと侵入した。中は階段だった。
「はあ、他のヤツに取られないように、出来る限り上手く隠したから大丈夫だと思うけど……」
「お疲れさまでした、ギル様」
「それよりやっと安定している足場に乗れてよかったわー」
それは本当に同感。それにこんな意味がわからないエリアはゴメンだ。
「それより、先急ぐ」
ぐったりしている俺たちだが、エリーだけは別のようだ。確かにあとたったの15階層。3エリアで出口なのだ。エリーだって目標が近づいてやる気に満ちているのだろう。
「よし、それじゃ先へ進むか」
全員頷き、俺たちは次のエリアへ向けて階段を上がっていった。
階段を一歩一歩上るにつれ、体が軽くなっていく。
あー、やっぱ人間っていうのは陸上の生物なんだなぁ。空を飛んで移動したとはいえ、気持ち的には倍の重力を感じていたし。陸上ではなく地中だという細かい話は置いておいて、しっかりした足場を歩いていくことに体が喜びを感じているのだろう。いや、気持ちの問題か?まあ、それでもまるで浮き上がる気分だ。
仲間たちも同じ気持ちなのか、俺と同じく軽快に階段を上っている。
階段を上りきる頃には、体は羽のように軽くなったいた。
調子がいい。やっぱり大地っていうのは偉大だ。この体の軽さならば野営なんてしなくてもそのまま攻略できそうだ。
次のエリアの扉をそんな気持ちで開き、一歩を踏み出した。
すると、体はまるで浮き上がるほど好調になっていた。
いや、実際に浮いていた。
36階層。そこは何もない広大な空間が広がるエリアだった。あるのは、空中に浮かぶ岩ぐらいだ。
次のエリアって、宇宙かよ。