再出発
魔法都市最奥にある城の一室。会議室と呼んでいる部屋に俺たちは集まっていた。
なぜ会議室にいるのか?
それは空の旅をしていた時に発見した、この魔法都市の裏道の説明を仲間にするためだ。
あの後、仲間たちを連れて魔法都市に帰ってきたのだ。裏道を通って魔法都市に帰ってきた時は全員が唖然としていた。
だが、彼女たちは容姿だけではなく頭も良い。というより、誰でもわかることだろう。
魔法都市と、あの空のエリアはつながっていると。
では、何を説明するのか?分かっているのなら説明する必要はないだろう。しかし、感覚でわかるのと、しっかり頭で理解するのとでは重要度が違ってくる。
そして、これがどれだけ良くない状況なのかも。それを説明するのだ。
「おはよう。昨日は自分のベッドでよく眠れたか?」
「いや全然。うなされたわー。空を飛んだせいやと思う」
「ティリフス、お前寝ねーだろ。それより外出してないだろうな?」
魔法都市に戻ってくると、皆安心したのか、それとも慣れない空の旅で疲れ切ったのか、全員が寝ることを選んだのだ。
だが、精神的に疲れていても体がなく眠る必要がないティリフスは、どうやって自分を癒すのか?
それは街に出て精神を癒やすのだ。
長い間閉じ込められていたティリフスにとっては、出歩くことがなによりも癒やしなのだろう。
でも、今俺たちはダンジョンを攻略している最中。街に存在しないのだ。
「まあ……」
「おい」
「き、昨日は行ってない」
「今日も出れないぞ」
「なんでや!!」
「ティリフス、ギル様はそれを説明するために皆を集めたんですよ」
ストレス発散を止められイラつくティリフスを、リディアが宥める。
まあなぁ、散歩が趣味でストレス発散方法なのに、それを止められたらさすがの精霊でも気分はよくないだろうな。
「申し訳ないと思うけど、俺たちは現在この場にいない。魔法都市に帰ってきてはおらず、魔法都市の住人にとって俺たちは今もダンジョン攻略をしている最中なんだ。それがいつの間にか魔法都市にいたらどう思う?」
「説明したらええやん」
「それは出来ない。皆も分かっているとは思うけど、空のエリアと17階層はつながっている。だけど、この事実は俺たち以外に教えてはいけない情報なんだよ」
「そうッスね」
「なぜ、です?」
シギルが唸りながら頷き、それに対しエルが首を傾げる。
「さすがにもう一つ街を作る余裕は、あたしたちに無いってことッスよ」
「?」
シギルの説明でエルは余計に疑問が増えたようだ。
どうやらシギルにはわかっているようだ。ただそれが、魔法都市の財政面から見た答えなのが少しだけ悲しいが……。
「シギルの言っていることは正しいけど、話が飛びすぎだ。エルが知恵熱で倒れるぞ。……エル、魔法都市に帰ってきたあの通路と広間は、この魔法都市につながっているな?」
「はいです」
「つまりは魔法都市の裏口だ。そのことを公表した場合、この魔法都市は無防備な状態になってしまうんだ」
エルは少しだけ考えると答えを導き出す。
「街がないから、です?」
「そう。現在、魔法都市は他国にとって非常に魅力的だ。プールストーンもそうだが、各国から商人が集まって大陸で最も活気のある街なんだ。それこそ戦をしてでも奪いたいほどにな。だけど、そうなっていないのは、襲撃し難いのが理由なんだ」
商人だけではない。冒険者や貴族、各国の重鎮までもこの街に集まりつつある。
もしここを攻め落とせたなら、大金と新しい戦争の道具が手に入る。しかし、その攻め落とすことが難しい。
攻める側からすれば、ダンジョン内を大軍で進む事自体難しいのもあるし、街という防衛能力は非常に厄介だ。
魔法都市を壊滅させるだけならどの国にも簡単にできる。
長期間かけて兵士を潜入させ、ある程度の兵士が潜入を終えたら、一斉に破壊活動を開始するだけでいい。
しかし、どの時代、どの世界でも大義名分は必要だし、それ以前に壊滅させたら魔法都市が欲しいという前提が無意味になってしまう。
ならばどうするか?
首切り戦法、つまり街の代表である俺を倒すことだが、その俺がいる場所は魔法都市の最奥にある城だ。
そこへ行くにはエルピスと魔法都市2つの街を通らなければならない。
大軍で攻めにくいのだから、必然的に少数精鋭で忍び込み俺を倒さなければならないのだが、その倒すべき俺は大軍を魔法で壊滅させる男だ。
例えだが、俺と仲間たちだけで帝国の城に潜入し、あのシリウスを暗殺するようなものだ。吐き気が止まらないよ。
まあ、かなり無理な条件だということだ。
だが、裏口が存在してしまったらこの前提がなくなる。
街を壊さないよう気をつけるどころか、大軍が暴れても問題のない広間。その上、防衛機能のない通路を通り過ぎれば目の前は俺の城。
そんなのは防衛するしない以前の問題だ。
絶対に秘密にすべきことだろう。
ということを説明した。
「たしかに、それは忌忌しいですね……」
「だろ?夜寝ていたら、他国の大軍が城の中に攻め込んできたなんてのは俺だってゴメンだ。だから、このことは俺たちだけの秘密にしなければならない」
「現在魔法都市には財政的な余裕がないから、防衛機能を果たす街も作れないと……そういうことですね?シギル」
「え?あ、そうッス。さっきの話につながるというわけッス」
まあ、シギルはそこまで考えての発言ではなかったな。ただ、財政面でもう一つ街を作る余裕が魔法都市にないのは正しい。
「まあそういうことで黙っているのが一番って結論だな」
いずれ大陸の平和が確約されたなら、街を作っても良いかもしれないな。俺が生きている間にできるかどうかはわからないが。
「でもそれなら、あそこはどうするの?」
エリーが目の前にあるカップを口に運びながら俺に聞く。ちなみにカップの中身は甘いミルクコーヒーだ。
「あそこを塞ぐ」
「塞いじゃうの?」
「といっても、プールストーンで塞ぐだけだが……。巨人エリアを避けるショートカットはぜひとも残しておきたいしな。あとはシギルと色々考えるよ」
「ッス」
シギルがプールストーンに取り付ける器具を作るから、色々相談しなければならないだろう。
俺は土魔法で岩壁を作るつもりだが、プールストーン一つでは消費魔力が激しくてすぐに解除されてしまう。だから、何個かプールストーンをつなげて数日魔力を込めなくても問題ないようにしたい。
それが可能になるような器具をシギルに作ってもらう必要があるのだ。
「で、話を戻すがティリフスは攻略が終わるまでは俺たちと同行してもらうことになる。だから、悪いけどそれまでは街へ外出することは避けてくれ」
「むぅ、まあそういうことなら……」
「そうがっかりするなよ。明日には再出発するから」
「余計にがっかりするわ」
ティリフスならそういう反応になるか。とは言え、あの裏道を秘密にするなら魔法都市に長居するのは止めたほうがいい。
昨日だってあの裏道から出て城に入ったら、城で働く半魔の一人が俺たちを見てあまりの驚きに悲鳴を上げたほどだ。
俺たちがダンジョンで力尽きて、化けて出たと思ったらしい。
来客中に悲鳴なんか上げたら大騒ぎになってしまうから、本当に気をつけないと。
「まあそういうことで、欲しい物は半魔たちに買いに行ってもらうことにしよう。今日はゆっくり休んで明日再出発するぞ」
全員が頷いたのを確認して会議は終了となった。
翌日、プールストーン10個をつなげた器具を裏道に設置し起動させた。
ここに道があると知らなければ絶対にわからないだろう。
プールストーンは地面に埋め、魔法を扱える半魔が数日に一度魔力を補充するようにしたから魔力切れの心配はない。
裏道を戻り、空エリアへと戻ってくると俺が作った浮遊石の乗り物は無事だった。
全員でそれに乗ると上昇し進んでいく。
「ある程度離れると入り口があるなんてわかりませんね」
リディアが後ろを振り返っている。さっき出てきた魔法都市へつながる通路を見ているようだ。
「まあな。エルだから気づいたんだろうな。これだけ分かりづらいなら一安心だな」
「そうですね。それに他の冒険者が見つけたとしても中に入らないかもしれませんし、入ったとしても設置したプールストーンですぐ行き止まりですしね」
魔法都市側と空エリア側の出口をプールストーンの壁で塞いで通り抜けできないようにしてある。プールストーンが埋めてあることをしらないと絶対にわからないだろう。
「とりあえずは一安心だ。後は俺たちが攻略出来るかどうかだな」
「そうですね。気を抜かずにがんばりましょう」
その会話を最後に俺は運転に集中した。
6時間ほど上昇し続けているが、まったく出口が見当たらない。
俺が作った浮遊石の乗り物の上昇速度が遅いのもあるが、障害物を避けながらというのが主な要因だろう。地味に浮いている浮遊石が邪魔なんだよな。まっすぐ上昇していけばもう少し距離は稼げたと思うんだが……。
乗り物で移動していても、これだけの長時間乗り続けていれば飽きが来る。
初めは怖がっていた仲間たちも、今ではうんざりしていて恐怖なんてちっとも感じてないだろう。
会話もなくなり偽物の空の彼方をぼんやりと眺めている。
「まだッスかねぇ……」
「それを俺に言われても……」
「お兄ちゃん、速度アップ、です!」
「最高速度なんです」
「ごはんにする」
「エリーさん、30分前にガッツリ食べたでしょ?」
「なんでやねん」
「どうした?!急に!」
「ティリフスは暇なのが苦手ですから、正気を失っているんでしょうね。まあ、暇が得意な人はいないでしょうけど……」
たまに会話をしても、なぜか俺への愚痴か、支離滅裂な言葉を口にするだけ。
俺だって魔力をバンバン使って疲労しているのに、未だに労いの言葉すらないんですが……。
「そろそろ魔力も少なくなってきたし、どこかで休憩でもするか……」
「そうですね、皆も限界みたいですし……。え?ギル様!あれ見てください!」
休憩場所を探すために辺りを見渡していたら、リディアが急に大きな声を出した。
「ど、どうした?」
「あれです、ギル様」
リディアが見上げ指を差している。俺もその方向に視線を向ける。
「なんだありゃ?」
そこには魔物がいた。
このエリアの魔物はハエのような昆虫だ。だが、今見ている魔物は明らか違う。
鳥が飛んでいた。巨大な。
「な、なんスか?!」
俺とリディアが騒いでいるからか、他のメンバーたちも気づいたようだ。
「でっか!何なん?あれ」
「鳥?」
「とり、です」
「ギル様、あれは魔物でしょうか?」
「……間違いないだろう」
「え?」
「あれがこのエリアのボスだ」
空を優雅に飛ぶ超巨大な鳥。空エリアのボスだった。