31階層
時間的には18時~19時ぐらいだろうか。どうやらこのエリアは外とリンクしているみたいだ。
日がもうじき沈む。本日最後だからか、オレンジ色の明かりをこれでもかと俺たちに浴びせている。
31階層、空エリア。
地面は半透明なガラスのようなもので、それがそこら中にある。これがこのエリアの地面ということだろう。
予定外、予想外で驚き続きだが、まだまだこのダンジョンにはそんなものがゴロゴロ転がっているようだ。
まったく。本当にまったくだ。こんなにも地球ではありえないことがあるなんて、本当に最高だよ。魔法が存在する異世界ってやつは。
さて、この半透明なガラスの地面だが……、どうやら乗っても大丈夫らしい。乗る分にはどんなに重くても。
ただ衝撃には気をつけろと注意された。
誰にか?それはこのエリアへ先に到達した冒険者さん方にだ。
31階層の入り口には、あの巨人エリアを突破した冒険者が疲れを癒やすため、キャンプ地にしていたのだ。
入り口前はかなり広い範囲で半透明の大地が広がっている。そこで8組の冒険者パーティがぐったりと黄昏れていたのだ。
さすがに巨人エリアは厳しかったみたいだな。だけど、俺としてはこれだけの人数が突破できたことが驚きだ。異世界の冒険者は慎重派で、実力も一部の英雄以外は大したことがないと思っていたから。
それで先に到着した冒険者からアドバイスをもらった後、俺たちはヒュンヒュンする下腹部と鳥肌を我慢しつつ野営の準備に取り掛かった。
場所を確保すると、いつものように石のコテージを展開。
すると他の冒険者たちが「おぉ!」とどよめいた。
「おい、あれってもしかして」
「俺ちょっと聞いてくるわ」
そんな会話が聞こえた後、何人かの冒険者が俺たちの下へとやってきたのだ。
「あの、すみません。それってもしかしてシギル魔道具店の?」
男の冒険者が俺に声をかけてきた。その男の冒険者の後にも数人ついてきている。
あー、そういうことか。シギル魔道具店は最近、一部の冒険者から注目を浴びている。そのシギル魔道具店で最も高価な商品を使っているのだから、それは驚かれるよな。
大金貨2枚。地球価値換算で、約200万相当の携帯用コテージ。
おいそれと買える代物ではない。それこそ冒険者にとっては一大決心の買い物になるだろう。
「そうだよ。見るのは初めてか?」
「そ、そうです。結構場所必要なんですね」
そう言いながら石のコテージを真剣に見ている。
盗もうとしているのではないはずだ。この石のコテージは高価だから、プールストーンは室内に設置されるようになっていて、簡単に盗めるようなものじゃない。それに、寝る時は入り口を石で閉じてしまうのもあって、侵入自体が不可能に近い。
「まあね。パーティ全員で寝るにはこのくらいの広さが必要だしな。それに魔物の襲撃でも安心できる寝床を確保するには、分厚い石の壁が必要だからな」
俺の説明に冒険者は感心するが、すぐ怪訝な表情になる。
ん?俺、なんか変なこと言ったか?
「なんでそんな詳しく……」
「あれ、もしかしてあなたは……」
冒険者たちがコソコソと話している。
え、この距離でコソコソ話をする意味ある?全部聞こえているんだけど……。
「あ、あのあなたはもしかして魔法都市代表様でしょうか?」
「そう、だけど」
「おぉ!あの魔王!!」
ん?魔王?ちょっと意味わからないんだけど……。別に格好良い異名とか期待はしていなかったけど、魔王ってどういうこと?
詳しく聞いてみると、魔人種を従えている王を略したらしい。
魔人種は法国の前聖王の息子や娘たちが改造され、半分魔物と化した『半魔』の別の呼び方。
半魔ではさすがに可哀想と思った俺が名付けたのだが……。
クッ、魔人種と思いつきで名付けたことが間違いだったか!善人種と名付けておけば!
この他にも色々な異名が勝手につけれらているらしい。
氷王だとか、賢人王だとか。でも、基本的には魔王って言われているそうだ。それも悪い王という意味で。
この世界に『魔族』は存在しない。だから、地球で言う所の『人間の脅威』や『勇者に世界の半分を分け与える提案をする』ような魔王とは意味が違う。
魔=悪や怖いという意味で使われるそうだ。どうやらラルヴァとのいざこざで、虐殺したことが原因っぽい。
シリウスの不遜王と同じで、悪口っぽいのばっかりだな。だけど、俺は一度も自分を王だとは名乗ってないのだけど……。なりたくもないし。その上、魔王かぁ……。
自分の異名について悩んでいると、冒険者の興味はすでに俺ではなくシギルに移っていた。
冒険者にとっては、都市代表よりも今話題の魔道具作成者の方に興味があるらしい。シギルは照れながらも冒険者たちに詳しい説明をしている。
「――という感じッスね」
「うーん、やっぱり欲しいよな」
「そうだな。まさか、魔道具を全て揃えると環境による気温を無視出来るとは」
「それもだけどあの石の中で調理場や浴場を設置できるのが凄いだろ」
シギルの説明を聞き、冒険者たちは各々で感想を言い合っている。作成者が目の前にいるのもあって、概ね好評に傾いているみたいだ。
こいつらが街に戻った時にでも噂をしてくれたらもう少し売上が伸びそうだ。
さて、販促も大事だがダンジョンの情報も大事だ。少し聞き出してみるか。
「ところでだ、このエリアの魔物とは戦ったのか?」
俺はまだこのエリアに出没する魔物を見ていない。少しでも情報を引き出せれば儲けものだ。
「ええ、戦いましたよ。非常に厄介です」
「俺たちのパーティは遠距離攻撃重視で良かったよな」
「それでも倒しにくいですが」
詳しく聞いてみたら、どうやらこのエリアの魔物は空を飛ぶらしい。魔物の攻撃力は弱いが、飛び回っているからこちらの攻撃は当たりにくく、その隙をついて突撃してくるのだとか。
他のエリアと同じで、入り口にはたまにしか出没しないのが救いだとも言っていた。
他にも色々と情報を聞き出した。
このエリアは見た通り空の上の環境で、今俺達が乗っている半透明なガラスの上を移動しながら進むらしい。
その足場もこの入口以外は小さいガラスで、飛び移りながら移動しなければならず、空を飛ぶ魔物は非常に厄介だとか。
それはそうだ。足場の少ない場所で、攻撃を避けながら突撃してくる魔物には苦労するだろうな。この冒険者たちの中で、まだ足場から落ちた奴はいないそうだが、当然生きては帰れないだろうと言っていた。
「ふーむ、面倒くさいエリアだ。前のエリアもそうだけど、殺しにかかってるな」
「まったくです。前のエリアボスもなんとか回避したのですが、俺たちにはまだ早かったみたいです」
「倒してないのか?」
「え、魔王様は倒したんですか?」
「まあ、一応」
っていうか、魔王って呼ぶな。魔王って呼ばれて喜ぶ段階は、だいぶ前に卒業してんだよ。
「「「おお!!」」」
なんだ?なんで驚く?いや、喜んでいる?
俺がどうしてそんなにも喜んでいるのか聞こうとしたら、話していた冒険者が黄昏れている冒険者たちに向かって叫んだ。
「おーい!どうやらこの方々がエリアボスを倒したらしいぞー!」
「「「なに?!」」」
今まで遠い目をしながら沈む夕日を眺めていた冒険者たちが、物凄い勢いでこちらに振り向く。
大丈夫か?首の骨折れんじゃねーかって勢いで振り向いたぞ。
そんな心配を他所に、黄昏れていた冒険者たちは慌てるように設置したテントやキャンプ道具を片付け始めた。
「どういうことだ?」
「いやぁ、皆あのエリアボスにはお手上げで、無理矢理突破したんですよ」
「そうそう。戻るのも辛い状況だったんです。怪我人も出たようなので」
「魔王様が倒したというのなら、今は再出現の合間。エリアボスさえ通り越したら後は隠れていればいいだけですからね」
それはそれで辛いだろうに。怪我人がいる状況で、あの巨人エリアを通り抜けるのは。だが、それ以上にあのエリアボスは高難度だったということか。
たしかに怪我人にはあのボスの突進力と馬鹿力は危険だ。逃げ遅れたら今度こそ死ぬだろうし。
それよりは草陰にでも隠れていたら見つからない巨人たちのほうがマシだと。
「おっと、俺たちも準備しないとな!」
「そうだな!魔王様ありがとうございました!」
「よし、急げ急げ!」
そう言うと、この冒険者たちもイソイソと自分のテントへと戻っていった。
お前たちもか……。この様子ではここにいる全員が進むことも戻ることも出来ずに足止めされていたようだ。実感は無いが、どうやら彼らを助けたみたいだな。
一時間後、この31階層入り口には俺たちだけとなっていた。
俺たちは石のコテージに入り寝る準備をしていた。
「そんなことがあったのですね」
リディアが自分の寝袋を敷きながら話す。俺とシギル以外のメンバーは野営の準備をしていたせいか、冒険者たちと会話をしていなかったから、寝る前に内容を教えた。
「たしかに、あのボスは強い」
「だけど、あたしはあの巨人エリアをまた戻る方がイヤッスね。休憩も睡眠もろくに取れないのは今のあたしたちじゃ厳しいッスよ」
「すぴー」
エリーとシギルは自分の寝袋に潜りながら会話に参加する。エルに至っては既に寝ているようだ。
「まあ、俺たちはボスを突破したばかりだが、あいつらはここにしばらく滞在していたようだからな。体力自体はあるんだろう」
俺は寝袋の準備をしていない。今日の見張りは俺だからだ。
「あー、そういうことッスか。じゃあ、あの人たちにとって、あたしたちは救援者みたいなもんだったんスねー」
そういうことになるのだろう。巨人エリアを戻る体力はあっても、あのボスを怪我人がいる状況でやり過ごすのは困難。そこへボスを倒して来た俺たちは、救援者どころか救世主ぐらいには思われたに違いない。
「そういうことだ。とまあ、ここにいた冒険者たちから聞いたのはこんなもんか。それじゃあ、俺とティリフスは外で見張りしてくるよ」
「なんでウチまで……」
皆が寝袋に潜ったのを確認すると、俺は見張りのために外に出ようとする。
ティリフスはどうせ眠ることが出来ないのだから、ずっと見張りをする。本人は嫌がっているけどな。っていうか、コテージの中にいても何もせずに起きているんだから、一緒に見張りしながら話していたほうが良いだろうに。
「すみません、ギル様。それにティリフスもありがとうございます」
「気にせんでええよー」
「はい。後で代わりますから」
「ああ、ゆっくり寝てくれ。おやすみ」
俺は申し訳さそうにしているリディアに手を上げて応えると、ティリフスと一緒に外に出る。
二人で焚き火の近くに座ると辺りを見渡す。
外は既に夜で、真上は星が輝いていた。
「これはどうなってんだろうな」
「なにが?」
「この状況がさ。ここは地上じゃなく、地下だ。なのに、俺は今雲より上にいて、真上に輝く星々を眺めている。普通なら気が狂っても不思議じゃない」
常人であればワケがわからなくなって気が触れることもあるはず。安全ならまだしも落ちれば死ぬし、追い打ちをかけるように魔物まで殺しに来る始末。正気を保つ方が難しいだろう。
ただ慣れれば、下を見ても下腹部がヒュンとしなくなるのが救いだろう。
半透明なガラスは夜の暗さで透明性が増し、今は薄っすらと透けて見えるが下には雲もあるし、なにより地面が見えないおかげだろう。下もどこまでも続く空。大地が見えるわけではない。
まあ、この半透明なガラスから足を踏み外したら確実に死ぬんだろうけど。見た目は何もなくても、底はあるはずだしな。
「ダンジョンの構造を考えても仕方ないやろ?何でもありなんやし」
そういう風に考えられるのはこの世界の住人だからだ。
科学が発展した場所から来た俺は、物理的に可能かどうかを考えてしまう。ただ、俺は考えても仕方がないと思い込むことが出来ただけ。ガチガチの研究者や科学者だったら、脳が壊れるまで悩むだろう。
逆に言えば、だからこそ俺は研究者や科学者になれないのだろうけど。
「そうだな。この状況を楽しむことにするよ」
「お気楽やなー」
お前とシギルにだけは言われたくない言葉だ。
だけど事実、お気楽に努めている。それも今だけだ。明日からまた面倒なダンジョンの攻略が始まる。
焚き火で温めたコーヒーをカップに移し、それを口に運ぶと白い息を吐いてからまた星を眺める。
「ほんと……、どうやって攻略しようか……。空の上だぞ……」