30階ボス
オーセブルクダンジョンでは、5階層毎にそのエリアを代表するボスが登場する。
それはそのエリアに出没する魔物の強化版だったり、場合によっては出没数も一匹ではなく多数だったりする。
だからといって、ホワイトドラゴン以外で苦戦することはなかったし、そのエリアを突破しうる実力さえあれば負けることはない。
俺たちは草原エリア、いや、わかりやすく巨人エリアと言い換えるが、それを突破し30階層のボスに挑もうとしている。
つまりここのボスも当然巨人系のボスだと予想し、個人的に胸躍る心境だった。
なんせ、巨人のボスだ。
26階層で倒した巨人の種類はわからないが、そのボスともなれば俺でも知っている巨人が登場するはず。キュクロープスやタイタンあたりが出てくるのではと思っていたからだ。
しかし、予想外どころか想定外のボスとは思いもしなかった。
30階の扉を開くと、そこに巨人の巨人たらしめる巨体がなかったのだ。
ボスが討伐されていてリスポーン中だった?いいや、そうではなくボスは間違いなく部屋の中央で立ちはだかっていた。
「あれがこのエリアボスですか?」
リディアも困惑し、俺に確認する。
俺に聞かれても……。
「みたいだな」
「巨人ちゃうね」
「それ以前に魔物じゃなくないッスか?」
「ん、ヒト種に見える」
そう、部屋の中央で立っているのは人間。リディアだけではなく、俺も含めたパーティ全員が困惑するのは仕方がないだろう。。
だが間違いなく魔物のはず。人間だったら、扉を入る前にティリフスが気配を察知していたはずだ。
「エル、どう見える?」
近づけばすぐに戦闘が開始される。目の良いエルに観察してもらうのがいいだろう。
「ちいさい巨人さん、です」
「………それはもはや巨人ではないな」
危うく条件反射で「そうか」と言いそうになるのを飲み込んだ。
巨人が小さくなったら、『巨』をなくしてただの『人』だろ。
エルの超視覚を持ってもしても人間そのものにしか見えないのか。だが、ティリフスの気配察知では魔物。意味がわからんな。
さて、それよりどうするかだ。
相手からも俺たちの姿は見えている。今も睨むでもなくただ見ている。
「襲ってこないッスね」
今までの魔物たちならば、扉を開け発見された時点で襲ってきたが、このボスは俺たちをみているだけ。
このヒトモドキがボスである以上、戦うことになるのは間違いないのだが……。
「厄介だな」
「何がッスか?」
「そりゃあ、あいつが俺らを観察していることだよ」
「つまり私たちの出方を見ているということですね」
「ああ、観察し出方を見ている。更に言えば、それを考える能力がある。……知能があるということだ」
本能ではなく知能。魔物にあってほしくないものだ。
体格や人間を凌駕する筋肉。牙や爪の生まれながらに持っている鋭い武器。これだけでも十分人間を圧倒できるのが魔物だ。レベルやステータスが戦闘を左右するとはいえ、基本値が違う。同じステータス値だった場合、魔物の方が有利なのだ。
それ故に人間は工夫する。思考し戦略を立てる。装備を用意する。それでしか魔物に勝てない。
なのに、目の前にいる魔物は考える力も持っているのだ。厄介極まりない。
「じゃ、じゃあこうやって喋ってるのアカンやん」
ティリフスの言葉にリディアとエル以外が頷く。
法国で半魔と戦った時、二人には説明したからわかっているようだ。
「その心配はない。俺たちの言語を教える奴がいないから、たとえ話す能力を持っていても理解はできない」
半魔とは違い、元々が人間というわけではない。あいつはダンジョンのエリアボスである以上、見た目人間で考える力を持っていたとしても、ただの魔物に過ぎない。言語を学んでいないのだから理解するのも当然無理だ。
「それなら良えんやけど……」
「だけど、さっさと倒すべきかもな」
俺は普段から熟考してから行動を起こす。仲間たちにも、そうすべきと教えてきた。
それが突然、敵のことを観察せずに倒すべきと言い出したら混乱するだろう。
やはりと言うべきか、仲間たちは頷きつつも困惑しているようだ。ま、これは後で説明しなければならんだろうな。
だが今は、倒すために行動する。
「いつもの通り!前衛、エリー任せるぞ!」
「ん!」
エリーは言葉は少なくとも強く頷いて先頭に立ち、ゆっくりとヒトモドキに向かって歩き出す。俺たちもエリーの後をついていきながら陣形を整える。
だが、突如ヒトモドキが飛び出した。
蹴り足で砕かれた地面を巻き上げながら、猛スピードでエリーに突撃してきたのだ。
エリーは動揺せず、盾を構えた。俺たちの中で最も防御力が高く、強打にも負けない技術と経験がある。相手が魔物、人間関係なく突進など恐れない。
エリーならタックルだろうと、素手での攻撃だろうと問題ないだろう。エリーが止めた瞬間、俺とエルで遠距離攻撃。陣形が整っていないリディアとシギルは動かないでもらうか。
そんなことを考えていると、ヒトモドキが接近しエリーの盾にそのままタックルをした。
だが、またも予想外なことが起きた。
エリーが力負けしたのだ。
「くっ!」
エリーが歯を食いしばりながら、ヒトモドキを止めようと踏ん張る。だが、ヒトモドキの力の方が強いらしくエリーが押されて行く。
「くそ!エル、援護!」
「は、はいです!」
エルの射撃に合わせて、俺も魔法を発射。だが、攻撃は当たらなかった。
ヒトモドキが飛び退いて避けたのだ。
チッ!エリーとの距離が近すぎて連続魔法が使えなかったし、エルもエリーへ誤射しないようにしたせいか、狙いが単純だった。敵にとっては避けやすかったか。それにしてもあのヒトモドキ、冷静に俺たちの動きを見てやがるな。やっぱり頭が良い。
だが、今の攻防の間に陣形は整った。今度はこっちから攻撃してやる。
「シギル、リディア、攻撃は各自の判断!どうやら敵の力は異常に強いらしいから、攻撃には当たるなよ!」
「はい!」
「ッス!」
シギルとリディアがヒトモドキに向かって走り出す。
「エリーも近づいて出来る限りで良いから引き付けを頼む!エル、ティリフスは援護!仲間に当てるなよ!」
「ん」
「はい、です」
「ウチもかー」
若干1名やる気のない返事だったが、俺の指示通りに動き出す。
リディアが刀を振り下ろすが、ヒトモドキは容易く避ける。
当然だろう。あの攻撃には当てる意志がないからな。本命はシギル。
ヒトモドキが避けた先には、シギルが待ち伏せし拳を振りかぶっていて、それを撃ち抜いた。
カウンター気味のパンチは、ヒトモドキに見事命中。鈍い音が辺りに響く。
だが……、逆にシギルが吹っ飛んだ。
「え?」
「痛ぁ!」
リディアはシギルの攻撃でヒトモドキが吹き飛ぶと予想していたのか、珍しく戦闘中なのに驚きの声を上げた。
シギルはヒトモドキに攻撃されたわけでもないのに痛いと呻く。
はぁ?!何だってんだ。シギルの拳打は見た目に反して高威力のはずだ。それがカウンターでモロに入ったんだぞ?ヒトモドキが痛みでのたうち回るならともかく、逆にシギルの方がふっ飛ばされる?
いや、待てよ?
「シギル、どうした!あと、どこが痛い?!」
「手首と肩ッス。あいつ凄い硬くて、まるで訓練岩を殴ったみたいッスよ!」
やっぱりか。シギルの武器は篭手。拳の保護はされているから、拳が痛くなることはない。まるでナックルダスターのようにな。
でも、手首は固定されているわけではない。撃ち抜けない物、たとえば固定されていて壊れない物を殴った場合、当然反動が返ってくる。シギルの手首や肩にだ。
それに最初にタックルをしてきた時、蹴り足で地面の石を砕いていた。それが陥没穴での出来事を思い出させる。
『強さは体重で決まる』
あの岩のような鱗を持つ半魔を倒した時のことだ。エルの機転で爆裂矢を使って倒したのだが、その時どうして普通のボルトではなく、遅延爆発を起こす爆裂矢を使ったのかと聞いたのだ。エルは地面に足跡が残っていたからと答えた。
力強さも防御力も体重で決まる。地球での常識だ。
当然、レベルとステータスが全てであるこの異世界でも、基礎値として見過ごせないファクターだ。
シギルの拳打を跳ね返す防御力、最初の突進時の蹴り足で砕いた地面、エリーを押し返す突進力。
そして……、巨人エリアのボス。
そういうことかよ。
「皆気をつけろ!あの魔物は巨人ぐらいの体重を持っているぞ!攻撃力も防御力も巨人と同等、もしかしたらそれ以上かもしれん!」
「マジッスか」
「それは厄介ですね」
そう、このヒトモドキは俺より少し高いぐらいの身長なのに、巨人の体重がある。どうやってか、あの巨体に備わっている筋肉や骨をあの小さな体型に収めた存在なのだ。
これぞファンタジーってやつか?
でも、興奮する。こんな魔物は地球の物語に出てこない。未知の生物が目の前にいる。それは俺にとって知識欲を満たす素晴らしい出来事なのだ。
それが厄介極まりない魔物であったとしても。
だが、仲間を失うわけにはいかない。死んでもらう。
タネさえ分かれば対処もできる。
「シギル!トドメはパイルバンカーを使用するぞ!俺の魔法じゃ目標が小さすぎる!」
「ッス」
あの防御力を貫けるシギルの魔法武器『パイルバンカー』を再度使用する。俺の魔法ではダメだ。一撃であの魔物の上半身を吹っ飛ばせる『電磁加速砲』は不向きだからだ。
準備に時間がかかるのもあるが、体重が重いくせに蹴り足だけで高速移動ができるあの魔物に命中させるのは困難。
だから、近接状態でもトドメを刺せる『パイルバンカー』というわけだ。
俺がシギルに指示したことで、他の仲間たちもその結末に導くために動き出す。
ヒトモドキの動きを止め、シギルを接近させ『パイルバンカー』でトドメを刺す。この結末のために。
まず行動を起こしたのはリディア。役目は足止めだ。
ヒトモドキの圧縮された筋肉で殴られたら、死にはしなくとも戦闘復帰に時間が掛かるほどの重症になるだろう。にもかかわらず、リディアは恐れもせず踏み込んだ。
自信のある剣技で足を斬り、機動力を奪うつもりだろう。
当然ヒトモドキも反撃してきた。
本能で理解しているのか、避けやすい頭を狙うようなことはしない。リディアの体を狙ってのベアナックル。
それに対し、リディアは更に踏み込み姿勢を低くして、ヒトモドキのベアナックルを頭スレスレで避ける。
リディアの姿勢は大股を開いて、それこそバレエストレッチの前後開脚のような格好だ。ギリギリ避けはしたけど、あの姿勢では攻撃は出来ないだろう。出来たとしても、あの鋼鉄のような防御力がある筋肉に有効な一撃は……、無理だろうな。
などと思っていたら、リディアは抜身の刀を一瞬で鞘に収め、再び抜くと同時にヒトモドキの足に斬り付けた。
閃光が走ってから一拍置いてヒトモドキの足から血が吹き出す。
「チッ!すみません!骨を断てませんでした!」
珍しく舌打ちしつつ、ヒトモドキから距離を取るリディア。
驚いた。あの格好から居合斬りかよ。バランスが悪いどころか、あの前後開脚状態でもバランスは維持していたということか。
リディアのしなやかな身体と、どんな状態からでも刀を振ることが出来る体幹が可能にしたのだろう。
刀を触ったことがある人間なら理解出来るが、一瞬で納刀することは難しい。何千、何万と繰り返した動きだから出来たのだ。
ホント、尊敬するよ。
「十分だ!片足が動かないだけでもやりやすい!」
リディアは足の切断を狙っていたようだが、肉を切る程度で終わったみたいだ。だが、あの出血量ならかなり深くまで切ったはず。動きも鈍くなるな。
それを証拠にヒトモドキは片膝立ちのような姿勢だ。足に力が入らないに違いない。機動力を封じられたならチャンスだ。
いや……、あのヒトモドキ、何している?
「?」
全員が疑問符を頭に浮かべただろう。
なぜなら、ヒトモドキが片膝立ちのままアッパーカットをする前の姿勢だからだ。
今はリディアが距離をとったから、ヒトモドキの周りには、攻撃が届く距離には誰もいない。なのに、なぜアッパーを繰り出すような格好なんだ?誰にも当たらないぞ。
ヒトモドキもそんなことはわかっているはずだ。目が見えないわけじゃないんだから。
目?視線?ヒトモドキが見ているのは……、地面?………マジか。
「気をつけろ!遠距離攻撃くるぞ!!」
俺が注意すると同時に、ヒトモドキがアッパーを繰り出した。
ヒトモドキは更に姿勢を低くした。当然、拳は地面に当たる。いや、当たるどころか、地面にめり込み、知ったことではないと言わんばかりに振り上げる。
砕いた地面の石が俺たちに向かって飛来する。
力任せの石礫攻撃だ。
慌てて防御するために魔法を準備する。だが、すでに間に合わない。回避するしかない。
こぶし大の石が何個も凄まじい速度で向かってくる。
畜生!何個かくらっちまう!骨折で済めばいいが……。
などと覚悟を決めていると、目前まで迫った石が砕け散った。他の石も同様に砕け散っていた。
いったいどうなったんだ?と眉をひそめていると、カラーンと金属音が響く。
見ると、それはエルのボルトだった。
エルに視線をやると、クロスボウを構えていた。エルが石を全てクロスボウで叩き落としたのだ。
凄ぇ!もはや超絶技巧じゃねーか!
「エル、助かった!」
俺が礼を言うと、エルはにへらと笑った。うん、可愛い。
いやいや、エルに癒やされている場合じゃない。あのヒトモドキは何するかわからないから、さっさと仕留めたほうがいい。
シギルの方へ視線をやると、パイルバンカーの準備段階は完了していた。
よし、後は動きを止めることができれば終了だな。まあ、それが問題なんだが……。さてどうするか。
「ティリフス、木魔法で動きを止められるか?」
「ちょっと厳しいかも。一瞬でも止まってくれたらなんとかなるんやけど」
つまり、動きを止めるために、動きを止めろってか。まったく、厄介だよ。だけど、木魔法なら完全に動きを止める事ができる。その時間を稼ぐしかないか。
「わかった!やってみるから準備しとけよ!」
「う、うん」
「エリー!『ライトニングスピア』準備!俺が一瞬止める」
「もう終わってる」
エリーの魔法武器である雷属性『ライトニングスピア』で麻痺させようと指示を出したのが、すでにエリーの持つ槍はバチバチと音を鳴らせ電気を纏い輝いていた。
さすが戦闘経験は俺達の中でもダントツで一番のエリーだ。
「最高!」
俺はヒトモドキに向かって走り出す。
ヒトモドキはまだ片膝立ちのままだ。だが、俺が向かっていけば反撃するだろう。
やはりと言うべきか、ヒトモドキが先程と同じようにアッパーカットの体勢になる。
今度は俺だけを狙って。
でも、来るとわかっていればなんとでもなる。
俺は魔法陣を前方に展開。
ヒトモドキが拳を地面に潜らせそれを振り上げる。
高速の石礫が地面から巻き上がる。が、それはヒトモドキの目の前の何もない空中で全て砕け散る。
氷の壁をヒトモドキの目の前に出してやったのだ。
ヒトモドキが歯ぎしりする音が聞こえる。かなり苛ついているようだが、もう遅い。
俺はヒトモドキから3メートルほど離れた場所まで近づいていた。俺が使う魔法の射程距離に到着したのだ。
手には魔法陣を展開しヒトモドキの顔面に向けている。
何かヤバい雰囲気を感じたのか、ヒトモドキは両手を前に出して防御態勢を取った。
それじゃダメだ。防ぐことは出来ないぞ。
「大魔法『超目潰し』」
自分でもなんでこんな名前をつけたのか不明な魔法名と共に、魔法陣から大量の砂が飛び出す。
砂はヒトモドキの手をすり抜け、目や鼻、口へと降り注いだ。
俺の目的通り、目潰しは成功した。ヒトモドキもわけが分からず、目を瞑りながら腕を振り回している。
「エリー!」
俺がヒトモドキの近くから退避しつつ名前を呼ぶと、エリーは槍を突き出した。
直後、轟音。一瞬だけ部屋全体が眩しくなったと思ったら、ヒトモドキが焦げていた。
エリーの『ライトニングスピア』。電気の直撃を受け、プスプスと煙が立ち上がっているのだ。
「ティリフス!」
間髪入れず、ティリフスの木の魔法が発動。
ヒトモドキの真下に魔法陣が浮かび、そこから細い木が何本も生えてくる。
それはヒトモドキに絡みつきながら、一本の巨木になった。
ヒトモドキは根本の方で顔と身体以外は木の中にいる状態だ。
よし、動きは封じた。最後は……。
名前を呼ばなくとも彼女はすでにヒトモドキの目の前にいた。
シギルが篭手をヒトモドキの心臓に押し当て、魔法武器を発動させる。
「『パイルバンカー』ッス」
シギルがヒトモドキのとどめを刺した。
「っていうか、『パイルバンカー』使わなくても大丈夫だったんじゃないッスか?」
プシュー!と排熱させながら、シギルがこちらに歩いてくる。
かっけーなぁ。個人的にはパイルバンカーの攻撃より、排熱の方が好きなんだよ。篭手の魔法で追加される部分は魔力を止めれば砂に戻るから排熱の必要すらない。なのに、格好良いというだけで魔法陣を追加したぐらいだ。
シギルの言っていることは理解できる。わざわざ魔法武器使わなくても、あの動きを封じた状態なら他の方法でも楽に倒せたんじゃないかと言っているのだ。
「いや、リディアでも骨まで斬れなかったし、一撃で仕留めたほうが良かったよ。あの生命力だから他にも何かしたかもしれないしな」
「んー、そう言われたらそうッスね」
事実、目潰し、電撃、木魔法で封じたあの状態でも、ヒトモドキは抜け出そうと足掻いていた。あのままとどめを刺さなかったら、間違いなくすぐに抜け出して戦闘は続いただろう。
「よし、それじゃ宝箱探して、軽く食事取ったら次の階層行くぞ。今日はそこで休めそうなら休もう」
皆が頷いて宝箱を探すために立ち上がる。だが、探す必要がなかった。
宝箱がいつの間にか次の階層へ行く扉の前に現れていたからだ。
「探す必要なかったですね」
「こんな出現の仕方もあるんだな。よし、シギル開けてみろ。一応罠に気をつけてな」
「ッス」
シギルが近づいて宝箱を調べる。どうやら罠はなかったのか、ためらいもなく宝箱を開いた。
中を覗いたシギルがなんだか微妙な顔をしていたから、俺たちも近寄って中を覗いてみた。
中には革の袋が入っていた。
「何だこれ」
「なんですかコレ?」
「なに、です?」
「なに?」
「なんなんコレ?」
一斉に出た言葉だ。シギルが知るはずもないのに。
シギルが困ったように笑うと、鑑定スキルで調べるために革袋を持ち上げる。
中に水が入っているようで、持ち上げるとチャポチャポ音がしている。
「えーっとッスね。人魚薬って言うそうッス」
革袋の中の液体が報酬みたいだ。以前のボス報酬で手に入った『渺渺たる水源』は、マジックアイテムで飲水が危険なこの世界で無限に水が手に入ることから、価値が非常に高いものだった。
しかし、この人魚薬。調べてみたところ、効果は水中で息をすることが出来るようになるという素晴らしい効果だが、時間制限ありという残念な仕様だ。
一時間の時間制限で、この革袋に入っている回数分しかない。量から言って、俺たちパーティ全員で使ったら一人2回ぐらいか。
海の街付近ならいざ知らず、大陸の中心地では価値は低いだろう。売っても大金を稼げそうにないから自分たちで使うか。
今度暇ができたら、オーセブルクダンジョンのクラーケンが出る階層で海水浴でもしますかね。
少し残念な気持ちになったが、次のボスがリポップする間に食事をすることで気持ちをリセットすることが出来た。
少しの食休みを挟み、俺たちは次の階層へと進むために階段を上る。
さてさて、次はどんなエリアかな?もし6階層と同じなら、迷路のように入り組んだ洞窟のようなエリアのはずだが……。
「風の音」
エリーが呟く。
確かにさっきから風の音がするな。次の階層から風が入ってきているのだろうか。
「風が強いんスかね?次のエリアは山脈エリアとか?」
「考えても仕方ないですよ。もうじきなのですから、自分たちの目で確かめましょう」
リディアの言う通りだな。予想をするのは良いことだけど、もう目の前だからな。次の階層の明かりが見えるし。
俺は階段を上りきり、次の階層へ足を踏み入れる。いや、踏み入れようとした。
俺が入り口で急に止まったせいか、すぐ後ろをついてきたシギルが俺の腰辺りにぶつかる。
「ふぎゃ。……旦那、急に止まらないでほしいッス」
「ああ……、悪い。でも、こんなにも驚くことばかりだと、な」
俺だって次のエリアの予想ぐらいはしていた。しかし、予想が外れるどころか、想定外過ぎた。
次のエリア。
そこは日が沈みかけの、茜色に染まる空が眩しい場所だった。辺りに雲は一つもなく、快晴と言っていい。
いや、訂正をする。雲はある。
俺の真下に。
「どうやら、次は空の上らしい……」