手記に詳細がない理由
小鳥が木の枝に止まり囀る。獲物を狙っているのか、同種の仲間を呼んでいるのか。暖かな日差しが大地を照らし、涼やかに風が通り過ぎて葉同士がこすり合わせた音。ガーデンチェアに冷たい飲み物、そして本でもあれば、この素晴らしい空間で日向ぼっこをしながら読書にでも洒落込みたいところだ。
十数体の巨人が俺たちを探し回っていなければ……だが。
俺たちは倒した巨人が元々いた木の側にある茂みに潜んでいた。
あの巨体には、この広大なダンジョン内であっても距離はないに等しいらしく、僅か数分で倒した巨人の下に駆けつけた。
倒した巨人の死体を見つけると激昂して咆哮し、その声にまた新たな巨人が駆けつけて、今は十数体が仲間を倒した輩を探し回っている。
もちろんそれは俺たちのことだ。
あんな数の巨人に見つかったら逃げるのは絶望的だ。全部を倒すなんて論外。魔力消費がどうこうの心配以前に死人すら出かねない。
幸いにも25階層に戻る階段は近い。そこへ逃げ込めば、巨人はその巨体で通り抜けできないだろう。
だが、ここはあえて奥へと進み、エルが見つけた茂みに身を隠したというわけだ。
「どうすんねん、これ」
ティリフスがカタカタと鎧を震わせ、その振動が隠れている茂みの葉に伝わったのか、木に止まっていた鳥が飛び立つ。
「おい、あんまり震えるなよ。身震いする体ないのに器用なことすんな」
「酷ない?!」
「ですが、ティリフス。今飛び立った鳥でここに隠れていると見抜かれていたら、私たちは全滅だったかもしれないです。今はもう少しだけ我慢してくれますか?」
「むぅ、リディアがそう言うんなら……」
「それでどうすんスか、これ。今からでも強行突破して25階層に戻ることも出来ると思うッスよ?」
確かにそうだ。入り口から離れたとはいえ、俺の魔力の殆どと、仲間たちの全力で挑めばそれぐらいはどうとでもなる。
しかし、この26階層に突入してすぐに戻っては、50階攻略なんて一生無理だ。せめて次のエリアぐらいは見ておくぐらいのことはしておきたい。
それに考えがある。まだ纏まっていないが……。
「それも選択肢の一つとして残しておくけれど、今はまだ余力がある。シギルたち3人のおかげで、消耗は僅かだからな。それに……、確かめたいこともある」
「確かめたいこと……ッスか?」
「ああ。まだ考えが纏まっていないけど、もしかしたらこの巨人エリアの攻略自体は簡単かもしれない」
「マジっスか!」
「それを確信に変えるために、ティリフスとエルに聞きたい。今、ここに集まっている巨人はこの階層の全部か?」
俺の質問にエルは茂みから少しだけ顔を出してを辺りを見渡し、ティリフスは気配を感じようと俯く。
「たぶん、です」
エルの超視力では、遠くに巨人は発見できないと。
「ここ以外に、怖い気配は感じんけど……」
ティリフスの広範囲気配察知にも引っかからない。
つまり、ここに集まっている巨人が全部だという可能性が高まった。
「エリー、戦ってみてあいつらに知能があると思うか?」
「ない。攻撃に工夫が感じられない。力任せ」
「俺も同意見だ」
「えっと、ギル様。それがどうしたのですか?」
「リディア、俺とエリーはあの巨人に知能がないと予想するが、なら何故死んだ巨人が上げた断末魔に集まったと思う?」
リディアは細い指を口元に当てて考える。
その仕草が可愛いなと思いつつも、俺はリディアが答えを出すのを待つ。
数秒後、何かをひらめいたのかリディアは思いつきを口にした。
「おそらく、ただの本能なのではないでしょうか?仲間の叫び声が聞こえたら、私たちでも考える必要もなく駆けつけますから」
「そうだな。俺も本能だと思う。そこで疑問なんだが、倒した巨人はどうしてここに居たんだろうな?」
俺は自分たちが隠れている茂みを指す。
駆けつけた巨人は遠くに離れていて、その多くはある方向から固まって走ってきた。だが、倒した巨人はこの茂み付近にいたのだ。
本能で動く魔物というなら、バラバラの位置から駆けつけるはず。いいや、その理屈で言うなら仲間が断末魔を上げたんだから、文字通り本能で逃げるやつがいてもいい。なのに、全員でここへ駆けつけた。
「仲間意識がある、ということでしょうか?だとすれば、ある程度の知能が?」
「かもしれない。だけど、俺はこう考えた。仲間を助けるためではなく、俺たちを排除するために駆けつけたのではと」
戦った感じで知能はないと結論づける。だが、本能の前提が違う。彼らは仲間を助ける本能ではなく、防衛機能としての本能で駆けつけたのではないかと。最後に叫んで仲間を呼びつけた巨人も、防衛機能の一部、簡単に言えば死んでも侵入者を逃さないために最後の力を呼ぶために使ったのではないか。
「……もしかして、倒した巨人は入り口を見ていたということですか?」
「ん、どういうことッスか?ちょっと話が見えないッス。知能とか本能が、ここの他に巨人がいないのとどうつながるんスか?」
「シギル、あの巨人たちはこの階層を守っているだけと、ギル様は言いたいのです」
「んん?まだ見えないッス」
んー、ちょっと回りくどいか?皆の表情を見る限り、リディアぐらいしかわかっていない感じだ。出来れば、俺がどう考えて行動しているかっていうのを皆に知ってもらいたいんだがな。
今までは全員のレベルやステータス、戦闘技術を上げるために指示を出してきた。だが、これからは指示せずとも動けるようになってもらいたいのだ。
俺がこんなことをしているのは、王国とのいざこざが起きたのが原因だ。この先、他国に狙われることがないとは言い切れない。その時、俺が近くに居なくても落ち着いて考えてから行動をして欲しいからだ。
それにシリウスから聞いた、英雄二人がかりでやっと倒せた敵の話もある。
話半分で聞いていたが、もし再度出没したら俺はシリウスと自由都市の英雄と共に討伐へ向かうことになる。
その時は仲間たちが魔法都市を守らなければならない。最悪の場合、俺と英雄二人が負けることだってある。その場合は彼女たちが代わりに討伐に向かう可能性もなくはない。
彼女たちは強くなっている。だけど、まだシリウスの足元にも及ばないだろう。全員で戦ってもだ。
つまり、シリウスが負けた敵に全員で挑んでも絶対に勝てないということだ。
だが、強さは決して純粋な力や魔力だけはない。そのことを知ってもらいたいのだ。様々な方法を使えば、それを考えつく思考を身につければ、格上の相手でも勝つ確率を上げられるということを。
それがこの質問して、彼女たちに答えを見つけてもらうやり方なんだが、さすがに時間がかかりすぎる。
俺の考えでは巨人たちがこの場にいる今が、最もこの階層を簡単に突破できるはず。俺たちが発見できなくて警戒を解き、元いた場所に戻ってもらっては困るのだ。
少し急ぐとしよう。
「あの巨人たちは、侵入者を見つけ殺すための魔物だということだ。誰でも自分の家に知らない奴が入ってきたら嫌だろ?そのためだけに行動している。そして入り口はわかっているなら、そこを見ていれば安心だよな」
「ということは、まさか知能がないのに入り口から入ってくる侵入者を見張っていた、ということッスか?」
「おそらくな」
そう、防衛装置だとすれば、初めの巨人は監視カメラ役。侵入者を発見したから、襲いかかってきたのだろう。
戦術を思いつかないし、発見してすぐ仲間を呼ぶという考えも思いつかない。つまり知能がない。しかし、自分が負けてしまい侵入者を逃がすのは防衛装置として許さない。だから、本能で仲間を呼んだ。
「なんとなくわかったッスけど、それがこの階層の攻略が簡単と行ったことにどうつながるんスか?巨人が侵入者を見つけて殺すだけの魔物だとしたら、文字通り虱潰しで見つけ出すんじゃないッスか?」
いいね。皆も首を傾げたり頷いたりと色々考えているみたいだ。
「最初の巨人は入り口を見張っていたよな?それは当然だ。そこに入り口があるなら見ていればすぐ侵入者が見つかる。だけど、入り口はもう一つあるよな?俺たちにとっては出口だ」
ここまで話すと俺と同じ結論に至ったのが数人出てきたらしい。
「次に行く階段前で待っていればいい」
「エリー正解。ホワイトドラゴンに金貨を払って25階層を突破した冒険者がいたよな。戦闘があったのか、逃げ回ってこの階層を突破したのかは知らないが、その経験から巨人たちは知能がなくとも入り口をここだと認識したわけだ。そして侵入者の行き着く先もわかっている。だったら、そこを守れば簡単だよな」
「すなけむりがたくさん上がってたの、あっちです」
驚くことに理解したメンバーにエルがいた。もちろん、エルだって普段から考えている。けれど、どちらかと言えばこういう事を考えるのが苦手だと思っていたから驚いてしまった。
「エルはわかっているみたいだね。そう、巨人たちが固まって走って来た方向に次の階層があると予想している」
「じゃあ、他の方向から来たのは……、見回りか何かッスかね?」
「そう考えるのが妥当だな」
「へー、色々考えてるんやね。でも、どないするん?」
ティリフスが今も探し回っている巨人たちを顎で指す。
それがわかったからと言って、この状況がよくなるわけではないと言いたいらしい。
「簡単だろ?相手は知能がないんだ。だったらさ――」
俺は魔法を発動した。すると遠くの方で火柱が上がる。
巨人たちは一斉にそちらに走り出し、ここから離れていった。あっという間に付近から巨人たちがいなくなったのだ。
「誘導すればいい。さあ、今のうちに出口へ向かうぞ」
俺たちは巨人たちが気づかない位置まで行くのを待ってから動き始めた。
予想通り、巨人たちが固まって向かってきた方向に、次の階層へ行く階段があったのだ。
それからは簡単だった。27階層以降も同様に巨人たちが魔物だったからだ。
隠れてから誘導し、さっさと次の階層へ行く。
そんな調子に27、28、29階層を突破する。だが、簡単ではあったが、楽にとは行かなかった。
休憩する場所は次階層へ上る階段のみで眠ることすらできず、巨人を誘導した後は静かに且つ素早く動く。つまりほぼ走り続けていたことになる。
少しの休憩では疲労は回復せず、食事すら簡単なもの。さっさとこのエリアを終わらせて休みたいという焦りから、休憩は短くし攻略ペースを上げてしまう。
俺たちは早いうちから巨人を誘導して比較的安全に通り抜けてきたが、スニーキングのみで攻略しようと考える冒険者だっているはずだ。
いいや、俺みたいに『法転移文字』を知っていて、離れた場所に魔法を発現させる魔法士がいるわけではない。殆どの冒険者はスニーキングを選択したはず。
彼らからしたらこのエリアは非常に高難度だっただろう。
休憩はろくに出来ず、ひっそりと移動するから速度も遅い。巨人に見つかる恐怖に怯えつつだ。
そんなことを考えていたら、エリーの父親が手記に攻略を書かなかった理由がなんとなくわかったような気がした。
書かなかったのではなく、書けなかったのではと。
そりゃそうだ。隠れて移動しただけだからな。攻略もクソもない。
攻略はそれぞれ違うだろう。正解も不正解も無いと思う。だけど、エリーの父親はスニーキング攻略が正解だと思えなかった。
もしあの手記が誰かの手に渡った時、不正解の攻略を見てほしくなかったんじゃないか?
そんな考えで攻略は書かず、攻略した日時だけ書いたのだ。
ちなみに……、エリーの父親は26階層突破に3日を費やしている。それだけでどれほど苦労したか理解できた。
それを続けて45階層まで行ったのだ。尊敬するよ。
でも、それとは逆に45階層まで詳しい攻略情報がなかったことが気になる。
書いていなかったってことは、これから先ずっとこんな調子なのではと考えてしまう。
「先が思いやられる……」
「どうしました?ギル様」
俺の呟きが聞こえてしまったのか、リディアが心配そうに俺の顔を覗いている。
俺たちは30階層のボスに挑む前に、扉を開かず階段で休憩をしている最中だった。
「いや、大丈夫だ。さて、皆少しは休めたか?」
俺は立ち上がって伸びをする。
やっぱ階段で休憩って言っても、寝っ転がれないから休めないよな。体のあちこちが痛い。
皆も同じように伸びをしながら立ち上がってから頷く。
表情から疲れが取れていないのが丸わかりだが、それでもやる気は失っていないようだ。
「よし、じゃあボスをちゃっちゃと倒して、眠れる場所を探そうか」
そう言うと、俺は扉に手をかけ開いた。