新たなエリア
シリウス帝国。国土の殆どが砂と岩ばかりで、豊かな国とは言えない。しかし、東に行くにつれ草木が徐々に増え、最東部では帝国全土の食料を賄うほど豊かな土地が広がっていた。
その豊かな土地には人口の少ない村が一つあるのみ。だが、広大な土地で稲穂が揺れ、野菜が実り、果実が成り、家畜の元気な鳴き声がそこら中から聞こえている。農家の村である。
帝国の名産である米を育てているのもこの村だ。
そして、この村には米の他にも名産品がある。
酒だ。
ワインやエールを醸造しているが、中でも日本酒に似た酒は絶品で、帝国が嫌いな王国の貴族も密かに輸入して呑むほどだそうだ。
ある時、その村のとある農家が実験的な酒を作る。
その酒は甘く、呑むには諄かった。当然、当時は失敗だと思われた。しかし、料理に他の調味料とともに使用すると、極上の味へ変化したのだ。今ではその酒を使うのは当然となり、帝国中で愛されている。
あのシリウス王でさえ、この料理で育ったと言っていい。
その酒とは、『みりん』。
そのみりんを、シリウス王が俺のところへ遊びに来た時、土産として持ってきたのだ。
これは俺が喉から手が出るほど欲しかったものでもある。料理の幅が広がるからな。
俺の知識でも作ることはできるが、シリウス王に出会うまで米が見つからなかったのだ。作るとしても時間がかかりすぎる。
それに、俺がパッと作ったとしても、農家が長年かけた物とは比べ物にならないだろう。本当に手に入れることが出来てよかった。
そのみりんをダンジョン攻略に持ってきていた。今日はそれを使って料理をする。
「もしかして、今日もハンバーガーッスか?」
パテを焼き、バンズを用意している俺を見て、シギルがため息を吐いた。
「そうだが……、嫌だったか?」
「えっと、嫌じゃないんスけど、その……」
まあなぁ、ダンジョン攻略中もだが、最近は料理を作る度にハンバーガーだったからな。飽きてしまったのだろう。
さらに言えば、昨日もハンバーガーだったし。俺でも飽きる。でもな……。
「シギル、気持ちはわかる。だが、今日は我慢してくれないか?」
「え?えっと、旦那がそう言うなら……。ちょっと我儘だったッスね。あたしは料理苦手なのに……」
「いや、気にするな。明日は別の料理にするよ」
「ッス」
シギルが恥ずかしそうに頬をかきながら離れていく。
「ただな、シギル」
「え?」
「今日のハンバーガーは、いつもとちょっと違うぜ?楽しみにしてろ」
「?はいッス」
シギルは首を傾げてから自分の仕事をするために戻っていった。
意味不明だよな。ハンバーガーはハンバーガー。ちょっと違うって言ってもな。
だが、自信はある。食べればきっと気に入る。さあ、もうすぐ完成だ。
目の前には7人分の料理が置かれている。俺のパーティとホワイトドラゴンの分だ。
メニューはハンバーガーにサラダ。もちろん、ポテトとナゲットも。
俺の作った料理を見て、喜んでいるのはエルとエリーの二人。この二人は例え1週間同じメニューでも、俺の料理なら喜んで食べくれる。
リディアとシギルの表情はいつもと一緒だが、恐らく微妙な心境だろう。なんせ昨晩の料理と一緒だし。それでも黙って食べてくれる彼女らは大人だ。
ホワイトドラゴンは料理を珍しそうにしげしげと眺めている。まあ、ドラゴンは料理なんてしないだろうしな。
「ギル。ウチの分はわざわざ作らなくてもええよ?」
料理はティリフスの前にも置かれている。鎧の彼女に食事は不要だ。だが……。
「昨日も言ったけどさ、それは気遣いだよ。食べられなくても、仲間の分を用意するのは当然だ」
「ギル……」
「まあどうせ、エルとエリーが食べるしな。気にするな」
「うん」
「さて、それじゃあ食べよう!いただきます」
「「「いただきます」」」
ホワイトドラゴンと俺以外が一斉にかぶりつく。そして、同じタイミングで目を見開いた。
「な、なんスか、これ?!昨日と全く違う……」
「ええ、段違いに美味しいです」
シギルとリディアが二人で感想を言い合う。
そりゃそうだ。いつものケチャップのハンバーガーじゃないからな。極上のみりんが手に入ったことで、今まで作れなかったテリヤキにしたのさ。それにマヨネーズだ。
最強の組み合わせ。テリヤキバーガーだ!
エルとエリーも好きなのか、言葉すら発せず黙々と食べている。いつもより食べる速度が速いぐらいだ。
その様子を見ていたホワイトドラゴンも、ハンバーガーにかぶりついた。
《む!これは……》
「どうだ?」
《……どう答えたらいいかわからん。竜種は料理など興味がないからな。だが、お前たちの言葉で伝えるなら、旨いと言えばいいのか?》
「お、嬉しいね」
《ああ、悪くない。悪くないが、野菜か……》
ホワイトドラゴンがチラリとサラダを見る。
「嫌いなのか?」
《いや、そうではない。が、胸焼けを抑えるぐらいにしか食さないからな。元々、竜種の主食は獣肉よ》
胸焼けの時に植物を食べるのか。猫みたいだな。
「ま、食べてみろよ。それにも究極のソースがかかってるからよ」
「!それって、まよねーず、です?」
ホワイトドラゴンの代わりに、エルが食べる手を止めて俺に確認をする。
そう言えば、エルもマヨネーズ食べるの初めてだったな。昨日はマヨネーズを使ってなかった。ずっと食べたいって言ってたのに、かわいそうなことをした。だからか、確認せずにはいられないのだろう。
「そうだ。ハンバーガーにもサラダにもマヨネーズがかかっている」
「んっ!もぐもぐ、おいしい、です!」
エルは野菜より肉派だ。エルフなのに……、というのは俺の勝手な思い込みか。だが、そのエルがサラダをがっつくように食べている。
ホワイトドラゴンも究極のソースと聞いて、フォークにサラダを刺し口へ運んだ。
《むむ?!これが野菜?覚えている味とは違う。何なのだこれは……。酸味があるが、まろやかさで気にならない。いや、絶妙というのが正しい。確かにこれは究極の調味料だ。好まない料理でさえも、これだけで絶品になるな》
驚いた。こんなに饒舌なホワイトドラゴンは初めてだ。それほど気に入ってくれたということか?エルの反応も合わせると、マヨネーズの出来は上々と言っていいだろうな。
「食に興味が無い割には、中々のグルメじゃないか、白竜」
《ふむ……、これは目覚めたかもしれぬな》
秘められた才能が開花したと言いたいようだが、こいつは味のある料理を食べたことがあるのか?ぶっちゃけ、しっかり味付けした料理だったら何でも旨いと言いそう……。
ま、満足してくれたならそれでいいか。ティリフスの体の相談料と今夜の宿代ぐらいにはなっただろう。
仲間たちも夢中で食べている。中でもエルは凄まじく、既にハンバーガーとサラダを平らげていた。
マジかよ。待ちに待ったマヨネーズだったとしても、食べるの速すぎだろ。ちゃんと噛んでいるのか?
エルはポテトとナゲットをつまみながら、皆が食べているハンバーガーを物欲しそうに眺めている。
これは俺が食べる前に、おかわりを作らなければいけないパターンかな?
「エル、ウチの食べる?」
「ティリフス……、いいの、です?」
「どうせ食べられへんからなぁ」
そう言いながら、ティリフスはナイフを取り出しハンバーガーを半分に切った。
「ほい。後の半分はエリーの分」
気づけば、エリーの皿も空になっていた。
ティリフスは早食い選手権(参加者二人)2位のエリーにも切ったハンバーガーを渡す。
「ありがと、ティリフス」
「ティリフス、ありがとう、です!」
「ええよ」とハンバーガーを切ったナイフを軽く振る。
ほんと、ティリフスは面倒見いいんだよな。皆のお姉さんって感じだ。
だが、俺は見逃さなかった。ティリフス、おめぇが今ハンバーガー切ったのに使ったナイフ、ミスリルの短剣じゃねーか!初めて使ったのが魔物じゃなくてハンバーガーかよ。心做しか、ミスリルが寂しそうに輝いて見える。
ま、いっか。それより俺もさっさと食べよう。どうせ、ティリフスのハンバーガーを分けたとしても足りなくなって作ることになるからな。
そして、俺はハンバーガーに齧り付く。
ああ、やっぱマヨネーズはうめぇ。
食事が終わると、仲間たちはさっさと寝てしまった。
ダンジョン攻略は久しぶりだからな。二日目ともなると疲れが溜まってきていたのだろう。やはり、ホワイトドラゴンの所で一泊というのは正解だった。安心して寝られる場所はこの先あるかわからないからな。
俺はというと、皆が寝た後もホワイトドラゴンと話していた。ビールとクラーケンのサキイカをつまみにして。
色々と情報を聞き出せたら儲けものだしな。……というのは建前で、本当は眠ることが出来ないティリフスのためだ。
いつもは眠らない街である魔法都市を散歩して、時間を潰しているらしいのだ。だから、今日俺が寝てしまうとホワイトドラゴンと二人きりにしてしまう。ホワイトドラゴンに萎縮して鎧の置物と化しているのに、それは少々酷だろう。
だから仲間たちと密かに話し合って、いつもの見張りをするように交代で起きることにしたのだ。
その甲斐あって、俺が寝る頃にはティリフスが会話に交じることができるようになった。生物最強種と会話することができたんだ。これで少しはビビリの性格が治ればいいのだがな……。
そして、次の日。
俺たちはホワイトドラゴンに別れの挨拶を済ませると、次のエリアへと進んだ。
氷の広間に一本だけ生えている氷樹。この巨大な氷の木こそが次のエリアへ進む道だ。
その根本に入り口があり、氷樹の中にある階段を上がっていく。すると、徐々に気温も上がっていった。
天井が見える所まで上る頃には寒さなどは感じず、逆に温かいほどだった。
この暖かさで氷樹が溶けないのかという疑問を覚えたが、ダンジョン内で起きる現象を考えても無駄だと思い出し、頭から振り払って黙々と上っていく。
そして、ようやく26階層に辿り着く。
重々しい鉄の扉を開くと、そこは草食動物が喜んで食べそうな青々とした草が生える草原地帯だった。
「拍子抜けした。ここは草原エリアか?」
今まで色々なエリアを体験してきた。しかし、草原エリアは1~5階層の比較的安全なエリアだった。なのに、26階層でまた草原エリア?
もしかしてループ的なやつか?26階層は1階層と同じみたいな。だったら楽でいいのだが……。
エリーの父親が残した手記にも、このエリアのことは書いていなかった。いや、正確には24階層以降、詳しいことは書いていなかったのだ。
突破した日付と、装備の損耗や消費アイテムの残数ぐらいしか書いておらず、これが何を意味するのかわかっていない。
もしかしたら書く必要がなかったのか?いいや、考えても無駄だ。エリーの父親が何を考えたかは、俺たちが実際に進むことでしかわからない。
とにかく、進むしかない。もちろん警戒は怠らずな。
「確かに拍子抜けッスね。あたしはまだ雪山エリアが続くって思っていたッスから」
どうやら予想が外れたのは、俺だけではなくシギルもそうだったようだ。
「どうしてそう思ったのですか?」
リディアが生える草に触れながらシギルに理由を聞く。
「いや、V字型のダンジョンッスよね?だったら、同じエリアで構成されていると思っていたッス」
「……ここは26階層ではなく、24階層の雪山エリアと?」
「エリー正解。でも、あたしの考えは不正解ッスね」
シギルも色々と考えているんだな。鉱石か金属のことしか考えてないかと思ってた。
しかし、平和だな。26階層に入ってから数分間お喋りしているのに、魔物が近寄ってくる気配がない。
やはり1階層と同じ、比較的温厚な魔物なのかもしれない。
そう思った矢先、エルとティリフスが俺の名を呼んだ。
「お兄ちゃん!」
「ギル」
二人は少しだけ焦っているように見えた。
「どうした?魔物はまだ見えないが……。二人には何か見えるのか?」
「ここ、アカン。気配が強すぎるわ」
ティリフスは意味不明なことを言って怯えている。
なんだ?ティリフスが怯えるのはいつものことだが、気配が強いとは?魔物のマナを感じたってことか?
「あそこに、いる、です」
「は?」
エルがある方向を指す。そこには木が二本生えていた。
「木か?」
「その裏、です」
裏?裏って言っても、木が奥にもう一本あるだけじゃ……。
いや、なんかあの木動いてねーか?
「避ける、です!!」
エルが声を張り上げ、俺たちは意味もわからず回避行動を取った。
直後、轟音とともに巨大な岩石が飛んできて、俺たちが今いた場所へ落ちたのだ。
「くそ!なんだってんだ!!」
悪態をつきながら、巨石の衝撃で舞った砂煙を手で払う。
飛んできた方向からすると、あの木があった辺りか?
もう一度よく見てみると、明らかに木が移動していた。いや、木ではなかった。
「巨人だ!」
それは人型の魔物だった。木と同じ背丈の人だったのだ。