ヴィシュメールの街
俺達は今、街へ入る為に入り口で行列に並んでいた。
行列と言っても、日が沈みかけの時間帯でそれほど並んでいるわけではない。それでもまだ、10組程はいるのだが。
並んでいる間、リディアに心配事をいくつか聞いてみた。街に入る為に身分証明は必要なのか?俺とエルは、無事に入れそうか?そして、入る為に必要な税の事も。なんせ、この国の金は銀貨20枚程しか所持していない。日本円換算で2千円だ。3人の入市税には足らないのではないかと心配なのだ。
リディアの話では、身分証明は必要だがそれはどうとでもなると言っていた。なぜなら持っていない人間が圧倒的に多いからだ。あるなら出す程度らしい。物を売るために街に入ってくる商人か貴族、そして冒険者は身分を証明出来るから出すそうだ。
そして、俺達は街に入ることが出来るのかという質問には、問題なく入れるとの事。俺に関しては身分証明書を持っていなかったから聞いたが、先程必要ないと分かったので除外するとして、亜人もただ差別の対象というだけで、街に入ることが禁止さているわけではないらしい。
そして、一番の問題の金だ。これに関しても問題なかった。一人あたり1ヶ月銀貨2枚で滞在できるらしい。銀貨6枚あれば足りる。ただ、リディアに関しては入市税は必要ないみたいだ。冒険者の身分証明書があるからというわけではなく、冒険者ギルドで発行される、『依頼遂行証明書』という物を持っているからだ。それはそうか。依頼で街の外に出る度に税金を持っていかれたら堪ったもんじゃない。
これで俺の心配事は全て解消された。金が足りなかったらリディアに借りる事も視野に入れていたから、借金せずに済んで一安心だ。
ようやく俺達の番になった。リディアの話していた通り、俺とエルの銀貨4枚払ったらすんなりと街に入ることができた。まあ、一日に何人も通すのだから、そんなにしっかりと見るわけではないか。
「ギルさま!ここがヴィシュメールの街です!」
リディアが手のひらを町並みへと向ける。
中世ヨーロッパ風の建物が立ち並び、その間を馬車2台程が通れる広さの石畳が敷かれている。道には鎧を着込んだ冒険者風の人達や今まで屋台でもやっていたのか、手押し車を押す商人、ここの住人であろう人達が自分の家へ、今日泊まる宿へと帰るために歩いている。
あぁ。これこそが異世界の風景だ。
「うん。とても素敵な街だね」
俺は笑顔で答える。この街にも色々と嫌なことはあるのだろうけど、今の感想はこれだ。
隣ではエルも目を輝かせて頷いている。
「私の街というわけではありませんが、私が拠点としている街をお二人に気に入ってもらえるのは、嬉しいものですね」
俺とエルの反応を見てリディアも喜ぶ。
「ですが、もう日が暮れます。早速ですが、宿を探さなくてはなりません」
確かにその通りだ。街に入れたのに野宿はさすがに嫌だ。
「リディアのお薦めはあるのか?」
「そうですね……。私達の条件に合っている宿は、1軒だけ心当たりがあります。そこに行き部屋が空いているか確かめましょう」
俺達の条件は、馬車を置く駐車場があり、馬を世話してもらえる厩舎も付いていて、更にはエルフが泊まれる宿ということらしい。亜人を嫌う宿も少なくないみたいだ。馬鹿な話だね。差別で金が稼げるわけがないのに。
リディアの案内でしばらく行くと、『黄金の羊亭』という宿に着いた。
リディアが先に馬車から降り、空き室があるか確かめに行った。
その間エルと二人できょろきょろと周りを見ていた。
リディアが帰ってくると、部屋が空いていたというので、とりあえず荷物だけ持ち宿の中に入った。
『黄金の羊亭』は、俺の想像していた通りだった。2階建ての建物で、1階部分が食堂、2階部分が宿泊部屋となっていた。食堂には、この宿の宿泊客であろう冒険者や商人がワインを飲みながら、料理に舌鼓を打っている。
俺達が宿に入ると一瞬だけこちらを見たが、お約束の絡まれるイベントはなく、すんなりと受付まで辿り着いた。
「いらっしゃいませ!黄金の羊亭へようこそ!先程のお客さんだね。それで部屋はどうするんだぃ?」
元気の良いおばちゃんが受付にやってきて、俺達に聞く。
俺はおばちゃんに料金を聞いてみた。
一人用の部屋で銀貨1枚と銅貨2枚。二人用だと銀貨2枚。馬の飼料と世話代は別途一頭に付き、銅貨1枚。これは一日の料金で、もちろん食事付きではない。
俺は、一人一部屋でお願いしたが、エルが一人だと不安だと言うので一人用と二人用を一部屋ずつお願いした。これに別途、馬の世話代だ。
とりあえず、2日間お願いした。
「それでは銀貨6枚と銅貨8枚ですね」
俺が金をまとめて払うとリディアが自分の分ぐらいは払いますと言ってきたが、エルと同じ二人用の部屋で寝てもらうから別に構わないと言っておいた。
部屋に案内してもらい荷物を置くと、腹の虫が鳴いたのですぐに食事を取る事にした。
三人で一階に降り食堂の席に座ると、何のメニューがあるか分からないからリディアに適当に頼んでもらった。
もちろん、ワインとエルの果実水もお願いした。
肉の煮込み料理や、鳥のソテー。野菜炒めなど机に並び、三人で美味しく食べた。
ワインは地球の物に比べると少し味気なかったが、この世界に来て以来の酒だ。非常に美味く感じた。
結構な量を食べて飲んだつもりだったが、銀貨1枚ほどの料金だった。
日本円に換算して千円程だ。安過ぎじゃないかなと思ったが、中世ヨーロッパ時代の物価だということに気付いた。
当時の価値だと10分の1程の差が生まれる。つまり、三人で1万円程飲み食いしたと考えると、結構食べたなぁと思える。
食事が終わると明日の事を話すためにエルとリディアの部屋に来た。
「さて、明日からの事だが、その前に切羽詰った問題が浮上してきた」
「ほぇ?ギルお兄ちゃん、もんだい、です?」
「ずばり、金がない」
俺がそう言うとエルが悲しそうな顔をする。
「いや、エル、大丈夫だ。一応金策はあるんだが、それを相談しようと思ってたんだ」
俺には、金インゴットがある。小さいがそれでも金だ。それなりにはなると思う。だが、どこで売ろうか迷っていた。
「信頼のある場所で売りたい。リディア、心当たりはあるか?」
「それでしたら、商人ギルドに行くというのはどうですか?」
商人ギルドがあるのか。確かに信用が一番の商人達の元締めだ。しっかりと値段をつけてもらえるだろう。
「じゃあ、朝一で商人ギルドに行くか」
「その用事が済みましたら、冒険者ギルドにも寄っていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんだ。というか、入市税の問題もあるし俺とエルも冒険者登録するか?」
「え、エルも良いのです?」
「そっちの方がいいだろう。わざわざ危ない所に行って戦いたいわけではないが、身分証明書はあったほうが何かと都合がいいしな」
明日の予定は商人ギルドと冒険者ギルドに行き、終わり次第街を見て回ることにした。
俺は、二人の部屋を出て自分の部屋に行き、そのままベッドに入ることにした。
朝、起きて出かける準備をすると三人で宿を出た。
今日は朝ということもあり、それなりの人数が道を歩いている。
俺達が宿泊している宿か5分程歩くと商人ギルドがあった。遠くて面倒くさいと思うよりは、近くて良かったと思う方が良いのだろうけど、もう少し朝の町並みを見ていたかった。
商人ギルドの建物は、かなり大きい。中に入ってみると、相談窓口と買取窓口のカウンターが3つずつ並んでいた。
俺達の用は買取だから買取窓口に行ってみると、綺麗なお姉さんが受付をしていた。
「買取希望のお客様でしょうか?」
受付嬢が俺達を見ると声をかけてきた。さすがは商人ギルド。それなりの接客レベルを維持している。
「はい。これを売りたいのですが、査定していただけますか?」
金のインゴットをカウンターに置く。
「金のインゴットですね。かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと奥に行き、天秤や色々な道具を持ってきた。本物の金か確かめるのだろう。
コボルトが作っていた物だから、少しドキドキした。
受付嬢が手際よく鑑定をし、今度は天秤に乗せた。重さを量るということは、本物の金だったということだな。
インゴットを乗せた皿とは逆の更に、小さな錘を乗せていく。5個ほど乗せると天秤が水平を保った。
500グラムほどらしい。地球だと500グラムの金は4千~5千円程になるだろう。
「はい。間違いなく金でした。重さは500グラムでしたので、金貨5枚となりますがよろしいでしょうか?」
えっと、物価は逆算すると10倍だから、計算はあってるな。
「かまいません。それでお願いします」
「かしこまりました。では、もう少々お待ちください」
また奥へと消え、戻ってくるとカウンターに金貨を5枚置いた。
「では、こちら金貨5枚ですね。本日はお売りいただきありがとうございました」
そして、金インゴットを持ってまた奥へと消えた。
俺が思っていたより迅速な取引で安心した。そして、これでお金が都合できた。街に長く滞在するのも、買い物をするのも問題なくなった。
「冒険者にもなっていないのに、金貨を5枚も手に入れるのはすごいことですよ。ギルさま」
リディアが言うにはそれなりの強さの魔物を倒す依頼をこなし、その魔物の素材を売ったとしても金貨5枚にはならないと言っていた。俺はかなり運が良かったのだろう。いや、無理矢理この世界に連れてこられた事を考えるとどっこいどっこいかな?
商人ギルドを出ると、次は冒険者ギルドに向かう為、また街を歩く。また、5分程歩くと冒険者ギルドに着いた。どうやら俺達の宿泊している宿は、街の中心部にあるみたいで、大体の施設が宿の周りにあるのが分かった。
「ここが冒険者ギルド、です?」
「ええ。少し怖い人達がいるけど、私が護るからエルは怖がらなくていいからね?」
「は、はい」
二人の会話が微笑ましい。姉妹みたいだ。
そんな二人を後ろから眺めつつ、冒険者ギルドに入る。入る少し前から分かっていたが、かなりの人がいた。
冒険者ギルドは基本的に受付カウンターと酒場が併設されていて、一杯やりながら何の依頼を受けるかとか、色々な情報交換をしているらしい。っていうか、朝っぱらから酒を飲んでるのかよ。働け。
俺達が歩いていくとやはりと言うか、注目を浴び、ギルド内が静かになる。
だが、静かになったのは一瞬でまたざわざわし始めた。
「おい。あれって『赤髪の剣姫』じゃねーか?」
「ああ。Cランクの?」
「そうそう。依頼で遠くまで行ってたらしいが帰ってきたみたいだな」
「ってゆーか、後ろの奴らなに?護衛の依頼?」
リディアはかなり有名人らしい。これだけ美人でそれなりの強さらしいから当たり前か。
しかし、リディアは気にすることもなく受付まで歩いていく。
そうすると受付のお姉さんが気付いた。
「リディアさん!おかえりなさい!」
「ただいま。依頼完了の報告に来たわ」
そう言うとリディアは一枚の紙を出した。これは『完了報告書』と言って、依頼者のサインが入って初めて報酬と引き替えできる。
「そうですか。じゃあちょっと待っててくださいね」
商人ギルドの受付嬢とは違い、フレンドリーな接客だ。これはこれで、ニーズに合っているのだろう。
「はい。間違いなく完了ですね。こちらが報酬の銀貨2枚です」
実は、この『完了報告書』、俺に喧嘩をふっかけてきた冒険者のサインが入っているのだが、俺がボコボコにした後、リディアが無理矢理書かせたものだ。まあ、ちゃんと依頼は達成していたのだから、無理矢理もクソもないのだが。
「で、リディアさん。そちらの方々は?」
「あぁ、私はこの方と今行動を共にしていてね。私が冒険者ギルドに寄ると言ったら、ついでに冒険者登録しようという話になったのでお連れした」
リディアが行動を共にしていてねと言った瞬間、聞き耳を立てていた他の冒険者がまたざわざわし始めた。
「マジかよ。あんな弱そうな奴らとパーティ組むつもりかよ」
「はー。俺、狙ってたのになぁ」
「馬鹿。皆狙ってたんだよ。強い上に美人だぞ?」
「そうそう。ま、誰ともパーティ組まなかったんだ。それなりの理由があるんだろ?」
ってゆーか、もっとヒソヒソ話せよ。丸聞こえじゃねーか。
だが、受付嬢とリディアは全く気にしていない。慣れているなぁ。
「そうですか。では、こちらに記入してください」
ギルド加入用紙を2枚、カウンターに並べた。
「あ、私が代筆します」
俺とエルはこの国の字が書けない。事前にリディアにお願いしておいたのだ。
リディアが俺とエルのを書き受付嬢に渡す。
「えー。エルフの方がエルミリアさんですね。武器は弓で間違いないですか?」
受付嬢の質問にエルが頷く。
「それで、ギルさんというのは、あなたですね。武器は……剣と魔法?!両方使うのですか?」
何故か驚かれた。やっちまったか?本当の事だけど、剣だけにしておくべきだったのか?
リディアは自慢げにただ頷くだけ。いやいや、なんか問題が起きそうなら先に言っとけよ。
まぁ、もう書いてしまったんだから遅いか。
「ええ、まあ」
俺が答えるとギルド内がまたざわざわし始めた。
「おいおい!嘘ついてんじゃねーのぉ?」
「いや、わかんねーよ?天才君かもしれん」
「ぎゃははは。だったら、冒険者になってないぜ」
「そりゃあそうだ」
ん?あれ?馬鹿にされてる?訴訟を起こすよ?
イラッとしていると、俺達から一番近くに座っていたでかい図体の男が話しかけてきた。
「おい、俺達冒険者は命かけてやってんだ。おまえのような坊っちゃんがやるようなものじゃねぇ。その上に嘘の申請までするのはほっとけねぇな。どうせ『赤髪の剣姫』だって金で雇ってんだろ?」
そう言いながら立ち上がり、俺達の方へと近づいてくる。
ははーん。これはあれだな?お約束の新人いびりってやつだね?はは、苦しゅうない苦しゅうない。
俺は小説やアニメでお約束の場面に少しテンションが上がった。
それだけならまだ笑って済ませてやったんだが。
「それになんだ?亜人なんぞ連れてよぉ?ん?意外とかわいいじゃねーか。お前にはもったいねぇ。俺の性奴隷にでもしてやるから、寄越せよ」
エルの近くまで来ると顔と身体を舐めるように見る。
その言葉と態度に俺とリディアが睨み、エルは俺の背中に隠れる。
「なんだぁ?その目はよぉ!おめぇのような坊っちゃんがCランクの俺に勝てるとでも思ってんのか?あ?」
周りにいる奴らの反応はそれぞれだった。リディアの連れに手を出して命知らずだなと呆れる者と、いいぞもっとやれと煽る者。
「『赤髪の剣姫』、なんだよその目は?俺はおまえの事を認めてねぇんだ。Cランクに成れたのだって、どうせ、冒険者ギルドの上の奴らと寝て手に入れたんだろ?安心しろ。今日はそこのエルフと一緒に俺がベッドの上で戦い方を教えてやるからよぉ」
図体の男は舌なめずりしながら、リディアを見る。主に身体を。
さすがのリディアも看過できなくなったのか、文句を言おうと俺の前に出ようとする。
それを俺が止める。何故止めるのですかとリディアが俺の顔見て、固まる。
俺はブチギレてた。
色々不満があるのだろう。それは分かる。そして、言い出してしまったら後には引けないのだろう。それも分かる。
けれど、エルを物として見たこと。リディアの誠実さを馬鹿にしたことには我慢できない。
二度と俺の仲間に変な目で見ることや、馬鹿にした言葉を吐けないようにするしかねーよなぁ?
俺は、周りの匂いを嗅ぐようなジェスチャーをする。
「すんすん。ん?くせぇな。何の匂いだ?」
俺が急にこんなことを言い出すから、男も怪訝な顔をしている。
「なんだぁ?おまえ何を言って……」
「あぁ。わかったわ。お前の口がくせーんだわ。話さないでもらえます?糞みたいな口臭の匂いが服につくから」
服を叩きながらそう言うと、男の顔、段々と真っ赤になってきた。
「おぃ!!てめぇ!」
「うわ!臭っ!」
この一言で男は我慢できなくなった。俺に向かって、殴りかかってきたのだ。
俺の顔を狙って、左拳でまっすぐと殴ってくる。
それを俺は小さく前に出つつ、男の腕の内側に避ける。と、同時に左足で強く踏み込み、身体を男の拳と向かい合うぐらいまで捻り、背中で男の身体を叩いた。
ドンッ!と音がすると、踏み込んだ足の床が割れ、同時に男が10メートル程吹っ飛んでいった。
頭から落ち、まだ慣性があるのか、ゴロゴロと転がってギルドの外まで出ていった。外から悲鳴があがるが俺は無視した。
そう、子供の頃にやった格闘ゲームの技。『鉄山靠』である。相手の力を利用し、更に異世界で成長した力でやってみたゲーム内の技はかなりの破壊力を持っていた。
ゲームの技が思いの外、上手く決まったので気分がよくなり、あの男を許すことにした。死んでるかもしれないけど。
「さて、じゃあ話の続きしましょうか」
「……え?あ!はい!えっと、何でしたっけ?」
ギルド全体が沈黙していた。受付嬢もあまりの出来事に何を話していたのか忘れていたが、さっさと終わらせたかったから話を進めようとしたら、また違うところから声がかかった。
「なんの騒ぎじゃ!ギルド内の暴力行為は許さんぞ!」
だよね。すんなり行くわけないよね?
冒険者ギルドの奥から出てきた老人が俺達を睨んでいた。