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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十一章 50層攻略
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精霊銀の刀

 シギルの鍛冶工房にて、肩付近を揉み解しながら目の前に積まれている鉱石の山を眺めていた。


 「ようやく届いたッスね!加工するのが楽しみッス!」


 ミスリルのことだ。

 シギルは興奮冷めやらぬ様子でペタペタと鉱石の山を触っている。

 こんなにテンションが高いシギルは久しぶりだな。もちろん、俺もテンションは高い。攣った筋肉の痛みが気にならないくらいには。


 「しかし、よくこんなに持ってきたな。それもこの魔法都市に」


 ミスリル鉱石は手押し車に一杯入っている。これを運んでダンジョンを通ってきたことは単純に評価したい。どうやら頼んだ業者は中々に良い仕事をするらしい。


 「それもッスけど、純度も良いッスよ」


 「へぇ、採掘業者も良かったか。まあ、それなりの金額は払っているからな」


 「この量のミスリルだったらすぐにプラスッス」


 マジか。ちょっとだけ売りたいって思ってしまった。今回は装備を作らなければならないから我慢するけど。


 「それで、もちろんリディアの武器作るんだよな?」


 「そうッスね。余ったらちょっと他のも作りたいッスけど」


 「他の?」


 何か他に作らなければならない物ってあったっけな?んー、でも暇なうちにダンジョン攻略に出発しておきたいんだよなぁ。


 「だ、ダメッスか?」


 シギルが上目遣いで俺を見る。

 くっ!その姿で上目遣いは卑怯だろ!可愛いらしい幼女がおねだりしているみたいで断れないじゃないか!


 「い、良いよ?」


 「本当ッスか!」


 「まあ、いいさ。この際とことんやってしまおう。ダンジョン攻略時にも役に立つだろ」


 「そうッスよ!じゃあ、早速!!」


 「え」


 その元気の良さ、やる気の高さはドワーフらしいと思う。けど、早速?もしかして、今からやる気かな?

 いつものことながら俺は寝ていない。

 昨日の昼から魔法都市関連の仕事をし、夕方にはダンジョン攻略の為に必要な物を調達し、夜にはエルの為にマヨネーズに必要な材料を狩りに、朝方になってからリディアの新武器の魔法陣を組むために机に向かっていた。

 そこへシギルが来たのだから、ぶっちゃけ今の俺は全てのやる気がない。明日からでも……。


 「なっにつっくろっかな♪つっくろっかな♪」


 シギルは歌いながら体を左右に揺らしている。

 無理だな。シギルが口ずさみながら着々と準備を整えていく姿を見て、断ることは俺にはできない。楽しみにしている女の子の機嫌を損ねないように立ち回ることをイエスマンと言うのなら、俺はそうなのだろう。


 「よし!やるか!」


 「お、旦那もやる気ッスね!」


 「で、どうするんだ?ミスリル加工って難しいんだろ?」


 ミスリル。地球では精霊銀とも呼ばれる架空上の鉱石。輝く灰色と言われるミスリルは、銀の輝きと鋼以上の強さ故に、非常に貴重なものと設定されている。

 作品にもよるが、これを鍛えることができるのはドワーフのみとされていることが多い。

 さて、それでこの異世界の精霊銀はというと……、真っ黒だ。鈍色ならまだいいが、ただただ黒い。


 「……これ、石炭じゃねーの?」


 「な?!何言うんスか!」


 「えー……。こっちでは精霊銀は銀色じゃないの?」


 仲間たちには俺が地球から来たことを教えている。召喚されたと聞いてもシギルを含めた仲間たちは気にする様子もない。

 気兼ねなく話せるのは楽でいい。

 それはさておき、俺の質問にシギルは、ようやく俺が異世界から来たことを思い出したらしく、得心がいったと頷く。


 「あー、そう言えば旦那は知らないんスね。だったら、何も知らないままの方が旦那は楽しいんじゃないッスか?」


 むむ、なるほど。一理ある。どうやらこの焼け焦げた肉の塊のような物は、間違いなくミスリルのようだ。

 法国の聖騎士装備はミスリル製だというし、アレがミスリルならば間違いなく銀色だった。だとすれば、この黒い鉱石がどのように銀色へ変化するか知るのは、俺の知識欲を満たすだろう。

 やっべ、眠いのに楽しくなってきた。


 「よーしよしよし!じゃあ、早速やろうじゃないか!」


 「ッス!」


 そうして、二人でせっせとミスリル鉱石を運ぶのだった。



 ミスリル鉱石を炉の前に山積みして準備は完了した。

 まず何をするかといえば、当然製錬である。

 鉱石はミスリル以外にも不純物が混ざり合っている状態で、このまま使用することはできない。これは他の金属鉱石にも言える。

 不純物を除去し、場合によっては精錬して純度の高い金属を取り出す作業をする。つまり、冶金をするのだが……。


 「なあ、この冶金に俺必要かな?」


 ミスリル加工には魔法が扱える鍛冶師が必要である。

 だが、鉱石を運びながらおおまかな工程をシギルから教わったが、ミスリル加工に必要な魔法士の役目はまだまだ先なのだ。

 さらに、さすがの知識を集めるのが趣味の俺でも、金属工学に関しては初心者と言っていい。

 冶金に俺は必要がないのではないか?ならば、終わるまで寝て待ってても良いんじゃないか?そう、提案しようとするが。


 「なに言ってんスか!寂しいじゃないッスか!」


 「あっ……、そう……」


 ちなみに、製錬で肉体的疲労はない。

 プールストーン技術のおかげで、殆どを自動化してあるからだ。

 だからその余った時間で万全の状態にしようとしたのだが、シギルに寂しいとか意味のわからない理由で一蹴され、今は二人でぼーっと赤々と燃える炉を静かに眺めている。

 やっぱり俺いらんだろ。

 まあ確かに製錬には時間が掛かる。それに自動化したと言っても、地球の機械式に比べたら事故の発生率が高い。何か問題が起きた時のために炉の側にいる必要があって、それを一人でっていうのは少々過酷か。

 それにミスリルの製錬なんてこの異世界でしか見ることはできないからいいかと、自分に言い聞かせながら炉を睨む。

 その間にもシギルと会話をし、ミスリルの冶金について色々聞いた。

 ミスリルの製錬は特に簡単だとシギルは語る。

 ただ炉の温度を高めるだけでミスリルと不純物を分けられるというのだ。

 それは単にミスリルの溶ける温度、「融点」が非常に高いのが理由だ。他の不純物が先に溶け、純度の高いミスリルだけが残るからだ。

 しかし、その理屈だと地球に存在するクロム鉱石を溶かす以上の温度、3000度以上ということになるが、それは異世界のファンタジー物質でなんとかなるのだ。

 マグマ石と呼ばれる石炭の上位版があり、それを使用することで3000度以上はどうにでもなるのだとか。

 さて、では炉の耐久度が持たないじゃないかとか、マグマ石というネーミングだと1000度ぐらいしか出なさそうとか、やっぱり俺はいらないじゃないかという疑問もあるが、それを覚えた頃には真っ黒いインゴットが出来上がっていた。


 「これがミスリルインゴット。相変わらず真っ黒のままだが、それよりもあれだけあった鉱石があっという間に無くなったな」


 手押し車一杯の鉱石は、インゴット10本になっていた。

 砂鉄から純度の高い鉄を作るのに比べればマシだと言える量が製錬出来たが、それでもたった10本か。


 「いや、十分ッス。それよりも純度の高いミスリル鉱石だったことに驚いているぐらいッスから」


 やはりそうなのか。砂鉄からなんて、何百キロも用意して純度の高い鉄ができるのは僅かだしな。


 「なるほどな。さすがはミスリルの産地と言ったところか。でも、やっと製錬が終わったな。日も暮れてきたし、続きは明日にするか」


 「何言ってんスか!!この熱意が冷めないうちにやっちゃうッスよ!」


 やっぱりね。さり気なくやんわりと本日の終業を伝えたつもりだったが、この熱い女には伝わらなかったようだ。

 そして、目を爛々と輝かせる見た目幼女の熱意に冷や水を浴びせることも、俺にはやっぱり出来ない。


 「よし、やるかぁ!」


 「お!!アツいッスね!」


 どこでそんな言葉を覚えたんだ。……もちろん俺からだが、昔に戻れるならシギルやエルに言葉を教えている当時の俺を殴りつけてやりたい。

 そんなことを考えながら、空元気で目が死んだ魚のようになっている俺と、徹夜の覚悟すらしていそうな鉄の意志を持つ見た目幼女は、金床が設置してある火床へインゴットを持って移動した。



 先程と同じようにマグマ石でミスリルインゴットをシギルが熱している最中だ。その間に大事なことを聞いておく必要がある。


 「で、俺の役目ってなんだ?」


 ミスリル加工には、熟練の腕と魔法技術が必要だ。

 シギルにはドワーフ式の最高の鍛冶技術があるが、魔法は未熟だ。一人ではミスリル加工は厳しい。

 そこで魔力だけは有り余っていて、技術は稚拙だが鍛冶知識もある俺が、そのシギルをカバーするのだ。

 しかし、まだ何をやって良いのかわかっていない。


 「これを使って相槌を打つんスよ」


 シギルが俺に手渡したのはただの大鎚だった。そこらへんの鍛冶屋でも置いてありそうなものだ。違うところは槌の色が銀色っぽいことか。


 「相槌を打つんだから俺が大鎚なのは知っているけどさ、いつもと一緒じゃないか」


 「これはじいちゃんの槌ッス。昔、ミスリルの装備を作った時に使っていたそうッスよ」


 「大事な物じゃないか。ということは、普段の槌とは違うのか?」


 「そうッス。柄の部分は、魔法士の杖と同じ材質になっているんスよ」


 なるほど。だから、魔法士である俺に持たせるのか。


 「つまり魔力を槌に流しながら、ミスリルを打つってことか?」


 「さすがは旦那。その通りッス……けど、かなり辛いッスよ?聞いた話では、魔法士を数人用意するらしいッスから」


 「まあ、数人程度の魔力はあると思う」


 「ッスよね。じゃあ、早速やるッス」


 「ちょっと待て」


 「え?」


 「おそらく刀を打つつもりだろうけど、それってリディアのだろ?」


 「はい」


 「デザインは決まったのか?」


 「今決めたッス」


 今?!いや、刀だから奇抜なデザインにならないのはわかるけど、魔石を取り付ける部分とかを俺と打ち合わせして決めるはずじゃ……。

 あ、これ後で俺が苦労するパターンだ。面倒くせぇんだよな、決められた魔石数や形で魔法陣組むの……。

 ここはしっかりと抗議しておかないと。

 カカーン!

 などと考えているうちに、シギルが一発目の槌を入れる。

 始めやがった!!あわ、あわわ、相槌打たなければ!

 俺は魔力を大鎚に流す。

 うわっ!何だこれ?!魔力が吸い込まれるように大鎚に流れる?!が、先の方が詰まっている感じがする。多分、この詰まっている部分にまで流さなければいけないんだよな?

 魔力量を増やして大鎚の先まで魔力を流すと、銀色の槌が僅かに光を発した。

 これでいいのか?しかし、これは思っていたより辛い。氷魔法を出すぐらいの魔力が必要で、それを刀ができるまで出し続けるってことか。

 最後まで俺の魔力が持つかわからないが、もう始まってしまったのだ。やるしかない。

 シギルが初めに叩いた小槌の指示通りに、俺は大鎚を振り下ろす。

 小気味いい音が鍛冶場中を埋める。

 シギルと一瞬だけ見つめ合い、シギルが僅かに微笑んだ。すぐ真面目な表情に戻ると、小槌を叩きつけ再開する。

 シギルが小槌を打ち、その指示通りに俺が大鎚で相槌を打つ。ただただひたすらに。

 何度も何度も繰り返す。

 すると、真っ黒だったミスリルに変化が起きた。

 いや、熱しているから赤々としているのだが、その色が橙から白へと近づいている気がする。おそらく、ミスリルの色が黒から銀色へと変化しつつあるようだ。

 もしかして、この大鎚を介して俺の魔力をミスリルに練り込んでいるのか?あの輝くような銀色は、魔力と反応して放つのか。面白い金属だな。

 そう考えると、この大鎚も……?

 おっと余計なことを考えている暇はないようだ。俺の大事な仲間の武器を作っているのだから、気を抜かないようにしないと。材料は限られているからミスは許されない。集中だ。

 俺とシギルは、延々と槌を打ち続ける。

 そして、日が昇る頃。いや、まあ太陽は見えないけれど、そのぐらいの時間。

 リディアの新しい刀が完成した。

 いつものように魔力が尽きかけの俺は、生まれたての子鹿よろしく膝を震わせる。鍛冶場の床は俺が流した汗が広がっていた。


 「か、完成したな」


 「そ、そうッスね。もうヘトヘトッスよ」


 正確には完成ではない。この後、シギルが刀を研ぎ、俺が魔石を加工し埋め込まなければならない。だが、共同作業はこれで終わりだ。


 「それは俺もだ。……しかし、なんとも綺麗な刀だ」


 新しい刀を見つめる。

 本来、出来立ての刀は鉄の棒と変わらない。研いで初めてその美しさが現れる。

 だが、目の前にある刀は既に銀色に眩しく輝いている。


 「そうッスね。これでこの後研ぐんスから、末恐ろしい子ッス」


 「ああ。本当の完成が楽しみだな」


 「ッスね。リディアも喜んでくれると思うッス」


 「ならいいが……。だが、完成はもう少し先だな。今はただ眠りたい」


 「ッスねー……」


 部屋に戻るのも無理だ。ほんの少しだけ、ここで眠らせてもらおう。

 そう考えた直後、俺は崩れ落ちた。

 シギルも限界だったのか、コテンと倒れ込むと、二人寄り添って泥のように眠ったのだった。

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