これからの予定
今となってはそれなりに住み慣れたクッ○城。その城の2階に談話室があり、そこで俺は久しぶりに仲間たちと食後の会話を楽しんでいた。
「それでシリウス王はやっと帝国に戻られたのですか?」
ポニーテールにした赤い髪を揺らしながら、透き通る声で俺に質問をするのはリディアだ。魔法の才能はないが剣の技術はこの世界でもトップクラスで、パーティの中では頼りになるアタッカーだ。
最近まで魔法都市に滞在していた帝国の王シリウスについて聞いているのだ。
「ああ、ようやく帰ったよ。一度帰ったのに、カードゲーム作って戻ってきたからな、あいつ。また戻ってきそうで怖いが、しばらくは大丈夫だろ」
「なんで魔法都市に来ることを怖がってんスか。友人になったんッスよね?」
ッスッスうるさい部活の後輩っぽい語尾で話すのはシギル。種族がドワーフだからか、年齢は二十歳だが見た目が幼女の紫髪ツインテール。
仲間たちはシリウスと友人になったことを知っている。公には俺とシリウスは会ったことすらないことになっているんだけどな。
個人の友人なのだから別に秘密にする必要はないのだが、国のトップ同士というのが問題なのだ。
帝国は評判が悪いからな。そんな国の王と仲良くしているのがバレると、何かを企んでいると勘違いされて戦争を仕掛けられる可能性がある。だから、一応秘密にしている。
「来ることは歓迎だよ。ただ、3食プラス夜食を料理して、その上何十時間もカードゲームをするのが辛いんだよ」
この間は結局二日間ぶっ続けでポーカーをしたからな。無尽蔵な体力を持っている怪物が相手だと、カードゲームで遊ぶのさえ命がけになるのだと学習したよ。
そんなわけで、友人が来てくれるのは嬉しいが、体力的には辛いということだ。
「英雄と友人になるというのも大変なのですね」
「いやいや、遊んでるだけッスからね?」
耳が痛い。その上、ポーカー教えたのは俺だしな。自業自得だわ。
しかし、こんな風にみんなと談笑するのも久しぶりだな。男友達と遊ぶのも楽しいが、やっぱり仲間たちといるのが落ち着くな。
さらに言えば、みんな美人だから目の保養にも心の癒やしにもなる。
癒やされて気が抜けていたのか、俺の背後に誰かが立っているのに気づかなかった。
「そんで、ようやく予定が空いたんやろ?どこ行くん?」
「ひぃっ!!ティ、ティリフスか!なんで金属音もなく後ろに立つんだ!!」
漆黒に金の装飾がある鎧が背後に立っていた。
こいつはティリフス。鎧の中に身体はなく、精神体だけという存在だ。元々は妖精の上位種である精霊だったが、法国に捕えられた末に精神だけを鎧に封印されたそうだ。
声は最高に可愛いのだが、どこか残念な奴。性別はおそらく女性……だと思う。精霊に性別があるかわからないが、なんか聞くのは失礼な気がして聞いてない。
そして何故か地球の関西訛り。
「えぇ……、ウチ、なんで怒られてんの?」
「あー、旦那はティリフスのこと苦手ッスから」
「えぇ……、酷ない?」
「いや、ティリフスがじゃなくて鎧がね……」
幽霊とかゾンビとかは全然平気なんだけど、人形とか動く鎧は苦手なんだよな……。多分、無機物が動く系がダメなんだと思う。会話とか通用しなさそうじゃん?まあ、幽霊やゾンビに会話が通用するかはしらんけど。
「それで、どうするん?」
「ん?ああ、予定だったな」
「ギル様の好きな旅でしょうか?」
この異世界での癒やしは、仲間との旅ぐらいだ。まあ、乗り物が馬車しかなく、尻が痛いのと到着まで時間がかかりすぎるのが難点なんだが。
独特な街の風景や不思議な出来事は、俺の知識欲を刺激するから好きなのだ。
しかし、空いた予定ですることは、既に決まっている。もちろん、旅ではない。
「そろそろダンジョン攻略に力を入れようと思う。エリーの目的も達成させて上げたいしね」
「いいの?」
今まで俺たちの会話を無表情で黙って聞いていたエリーが、首をコテンと傾ける。
エリーはリディアと同じヒト種で、サラサラの銀髪をセミロングしている美女だ。抜群のスタイルだが、普段は全身鎧を着ていて拝見出来るのは城でのんびりしている時ぐらい。パーティでの役割は前衛で敵の攻撃を受ける盾役だ。
「まあ、元々はオーセブルクダンジョンに来た理由が、ダンジョン攻略だからな。それに父親のこともあるだろ?」
「………」
エリーはいつもながらの無表情だが、俺の言いたいことはわかっている様子だ。
実はエリーのダンジョン攻略や、ダンジョンで亡くなったらしいエリーの父親についての情報は、錯綜していて何が正しいのかわかっていない。
俺が初めてオーセブルクに来た時、冒険者にエリーのことを訪ねたら、エリーは既に30階を攻略したベテランだと聞いた。
だが実際はエリーが攻略したのは22階層までだ。
そして、エリーの父親の情報だが……。
「エリーは父親が45階層のボスで命を落としたって言ってたけどさ、それはどうやって知ったの?」
そう、エリーから父親は45階層で死んだと聞いたのだ。だが俺は納得していない。
「父の手記が44階層で終わっていたから」
やっぱりか。手記と言っても、おそらく簡単に階層の攻略を書いたものだろう。その最後のページが44階層で終わっていた。
その内容は45階層のボスには魔剣クラスの武器が必要だと書いてあったらしい。だから45階層の攻略が出来ずに、44階層で力尽きたと思ったのだろう。
「エリーも既に勘づいているかもしれないけどさ、もしかしたら生きてるかもな」
「……確信はない」
「まあな。だけど可能性はある」
なぜそう思うか?それは25階層のボス、ホワイトドラゴンと対話したからだ。
ホワイトドラゴンは、エリーと同じ銀髪の人間がいる一組のパーティが25階層を突破したと言っていた。それがエリーの父親なのは間違いないだろう。
ただここで疑問がある。
ダンジョンの構造には隠し通路があるがそれは抜きにして、その構造は25階層を最下層としたV字型らしいのだ。
構造がV字型なら、50階層はオーセブルクと同じ1階層とも言える。つまり、出口があるかもしれないということだ。
さらにホワイトドラゴンは、25階層を突破したのは1組だけだと言っていた。
ならばエリーが持っている手記は誰が回収したのだろうか?
父親のパーティの誰かか?
つまり、エリーの父親の生死については何もわかっていないのだ。生きている可能性は十分ある。
「……会いに来ないのはおかしい」
ん?ああ、もし生きていたらエリーに会いに来ると言いたいのか。
「だから死んでいる、か。かもしれないな」
期待を持たせすぎて残念な結果だったらエリーに申し訳ないからこう言っておく。
「まあ、エリーの父親は置いておくとしても、どちらにしろエリーの目的は45階層突破だろ?」
「うん」
「じゃあ、行くか」
「ん」
エリーがコクリと頷く。心做しか微笑んでいるようにも見えた。
「よしよし、じゃあ近々ダンジョンの続きを攻略するぞ」
俺の言葉に全員が頷く。いや、全員ではないか。お茶目鎧と眠り姫が――。
「ふにゅ?!ダンジョンこうりゃく、れす?!」
俺がダンジョン攻略を宣言すると、突然呂律が回らない声がする。
眠り姫はやはり寝ていたようだ。食後だからね。仕方ないね。
右手でコシコシと目を擦り、左手で口から垂れていた涎を拭っている耳がヒト種より少しだけ長い美少女は、エルフのエル。本名はエルミリアで、長いからいつの間にかエルって呼んでいる。
長寿だからか精神の成長が遅いが、見た目は地球の高校生ぐらい。超成長期なのか、かなりの大食い。そして、よく寝る。それもあって、何気にスタイルの良さはエリーに次ぐ。
エルは優しい性格でもあるが、そんな彼女がどうして戦いに明け暮れるダンジョン攻略に、飛び起きる勢いだったのか?
「どうしてエルが喜んでいるのですか?」
リディアも俺と同じ疑問を覚えたみたいだ。
「ま、まよねーじゅ、れす!」
………ああ、マヨネーズか!そう言えば、完成したって教えたけど、シリウスにお土産として全部持っていかれたから、まだ食べさせてなかったんだ。
今度みんなで出かける時に用意しておくと話してそのままだったな。
また材料から探しに行かなければならないから大変なんだよなぁ。
昔、究極の調味料って教えちまったから食べてみたくて仕方がないのだろう。
もうひとりの大食いでもあるエリーも、いつもより瞬きが多く、そわそわしているようにも見える。
これは逃げることはできないか……。
「ギルお兄ちゃん?」
「ん、ああ、もちろん用意していくさ!」
結果、政治家のポスターみたいにガッツポーズする俺がいた。
こうして予定は決まったのだが、その後は酷いものだった。
俺がすぐ作ると勘違いしたのか、俺が何かする度にティリフスが煽って、エルが俺の周りをグルグルと回って纏わり付く。
それが2日間も続いた。
早く材料を取りに行かなければ……。それとティリフスには塩水ぶっかけてやった。
エルを説得し、なんとか圧力をかけるのをやめさせて更に二日後。
仕事を続けながらダンジョン攻略の準備を進めている。
簡単に準備を進めていると言っているが、実際は出発までの道のりは長い。
旅に行く場合は、道中の食事の用意、馬車の手入れ、装備品のメンテナンスなどで済む。しかし、馬車の手入れがかなり重要で、シギルの手が空いていなければ金を支払い専門業者に任せるほどだ。
ダンジョン攻略の場合になると、更に長期間の準備を要する。
携帯食料制作、装備メンテ、ポーション制作、キャンプの道具用意、嗜好品買い出し。
馬車の手入れが無くなったから楽になったかと思いきや、挙げたこれらは全て重要なのだ。
食料はかなりの量を仕込むことになる。旅の場合、街に寄れば買い足すことができるが、ダンジョンではそうはいかない。
食べられる魔物が見つからない可能性があるからだ。栄養のバランスがとれた献立を考えるだけできりが無い。
次に、嗜好品。
これはデザートや酒類、コーヒーなどだが、これにも気を配る。
ダンジョンエリアの構造にもよるが、場合によっては洞窟のような狭い場所で数日間戦い続けることもある。
そのストレスでモチベーションが下がるのは避けたい。その状況が続けば仲間割れすることもある。
俺のパーティがいつも仲が良いのは嗜好品に力を入れ、適度にストレスを発散させているからだ。
食べ物ばかりを挙げたが、野営時の夜に皆で楽しむゲームなども該当する。これを調達するのも、やはり時間が要る。
装備のメンテナンスやポーション制作は基本で言うまでもない。だが、今回は装備に関しては最優先だった。
それはリディアの武器がないからだ。
魔術付加武器、または魔法武器。リディアの魔法武器は刀で『劫火焦熱』という。
魔法が使えないリディアにとって魔法武器は生命線なのだが、法国での戦闘の際に折れてしまった。
愛用していたからか、折れた直後はかなり落ち込んでいた。俺の刀をリディアに貸すことでなんとか元気を出してもらったのだが、その刀は魔法武器ではないのだ。
今度のダンジョン攻略までに魔法武器を完成させなければならない。
そして、今はその魔法武器の発動魔法をどうするか悩んでいるところだ。
自室の机に向かい、白紙を睨みながら持つペンでゴリゴリと頭を掻く。
「うーむ、どうするか」
独り言が漏れるのも仕方がないことだ。なんせ、武器の素材すら決まっていないのだから。
素材が決まっていなければ、シギルも武器のデザインが仕上げられない。デザインがなければ、魔法陣を描く魔石の大きさも量も決まらない。
素材なんて何でも良いと思うかもしれないが、魔物の素材を使うとなれば使用する魔石の形が限られてしまうのだ。その魔物の素材も星の数ほどあり、その全てを想定して魔法陣を組むなんて無理なのだ。
ある程度の魔石の大きさと量が決まっていなければ、魔法陣を組めないのが魔法武器の欠点だな。
さらに魔石の所持量も僅かだ。無駄な物を作っている余裕はない。
リディアの武器は最優先が故に、焦りがでてしまう。焦りがあると良いアイデアは浮かばない。
「鉄はダメだ。また折れて、そのあとにリディアの悲しむ顔はもう見たくない」
となると、鋼鉄以上の硬度を持つ魔物素材しか……。いや、リディアは刀使いだ。硬すぎる素材は刀に不向きだ。
「まいったな、八方塞がりだ。リディアの武器なしでダンジョン攻略は流石に厳しいぞ。……シギルと相談するか」
考えても無駄だと理解し、ペンを放り投げ窓の外の夜景を眺める。ま、朝なんだけどね。
「旦那!いる?!!」
「ぶりゅあああああああああああああ!」
唐突過ぎて、驚き過ぎて、奇声を上げ過ぎた。
部屋の扉を轟音と共に叩き開け、同時に3つ先の部屋まで届く大声量で名前を呼ばれれば、俺の驚きっぷりも理解できるだろう。
人間、本当に驚くと声が出ないなんて言うけれど、あれは嘘だな。正解は奇声を上げ、全身の毛穴がチクチク痛くなる、だ。
あー、椅子に座りながら跳び上がることって出来るんだなぁ。
声と扉の開け方でわかってはいたが、驚いたことで全身が硬直し、結果攣った肩を揉みほぐしながら扉の方へ視線をやると、やはりというべきかそこにはシギルが立っていた。
「?」
奇声を上げたのが不思議だったのか、シギルはちっちゃい顔を可愛らしく傾げる。
む、可愛い。胸に手をやると高鳴っているのがわかる。やだ、これってもしかして……恋?!違うな、動悸だわ。
いや、それより要件をさっさと聞こう。聞いた後、シギルを追い出してから精神統一しつつ、攣った肩を労ろう。
「どうした?」
「ああ、そうッス!ようやくミスリル鉱石が届いたッス!!」
「なにぃいいい?!」
この後、攣った肩が重症化してのた打ち回ったのは言うまでもない。