魔法都市に来る理由
オーセブルクダンジョン17階層、魔法都市最奥にある城。
魔法都市は常闇で時計もなく時間を把握しにくいが、今は深夜である。
その深夜帯にもかかわらず、魔法都市代表の俺、ギルの部屋からは煌々と灯りが漏れている。
部屋は緊張感のある静寂が支配していた。
誰も居ないわけではない。二人の男がテーブルに向き合って座っている。
「どうした?ギルよ」
沈黙を破ったのは、サラサラの金髪で男でも羨む容姿の男。
金髪の美男子は、シリウス帝国の皇帝、シリウス王だ。
「急かすなよ。……コールだ」
俺はテーブルの上に置かれている金のカードを睨みつけてからこう告げ、銀貨を1枚テーブルに置く。
シリウスは鼻で笑いながら頷く。
「いいだろう、勝負だな。手は何だ?」
「エースと4のツーペアだ!これなら勝ちだろ?!」
俺たちがやっていたのは、カードゲームのテキサスホールデムポーカーだ。
異世界にはポーカーというゲームは存在せず、もちろんシリウスもこのゲームを知らなかった。
一ヶ月前にシリウスと戦ってから友人となり、その時にシリウスにポーカーを教えたのだ。
しかし、残念ながらトランプなど持って来てないし、作ろうにもプラスチックといった都合のいい素材もない。
その事をシリウスに話すと、彼は一度帝国に戻り職人に作らせたのだ。それも金で。
そして僅か半月で完成させると、シリウスはまた魔法都市に来たのだ。
政務をしろよと言ったのだが、帝国は今最も安定しているらしく、王であるシリウスが玉座に居なくともなんとかなるのだとか。
それ以外にも理由はあるはずだが、まだ聞いていない。
そんな経緯があり、俺たちは真夜中までポーカー勝負をしているのだが……。
「あまいな。我のカードはキングのスリーカードだ」
テキサスホールデムポーカーは、手持ちに二枚、そしてテーブルに3枚、最大5枚まで置かれていくコミュニティカードで役を作るゲームだ。
今回のゲームは俺のツーペアよりスリーカードの方の役が強く、シリウスの勝ちだった。
「マジで?!なんでキングばっか来るんだ!」
「それは我が選ばれし王だからだ」
「そんな理由?!」
そう、シリウスはキングばっかり引くのだ。イカサマかと思えるほどに。
もちろんキングのカードは全部で4枚しかなく、俺が勝つ時もある。だが、ここぞという時に負けるのだ。もはや、俺に配られたカードの中にエースがなければ勝てないんじゃないかと錯覚するほどに。
「ふはは、我の勝ちだ。中々に良い勝負ではないか?」
シリウスの言う通り、賭け金としては良い勝負をしている。それは持ち前の高い知力ステータスで、頭をフル回転させているからだが……。
「賭け金としてはな。勝負としては負けてるさ」
俺は知恵熱が出そうになるほど頭を使っているが、シリウスは純粋にゲームを楽しんで、運だけで勝ちをものにする。不公平だろ。
「よし、さらに興が乗った。もうひと勝負といこうではないか」
そして、シリウスの体力は無限である。既に8時間の耐久ポーカーをしているのだが、まだ続けるつもりだ。
異世界でできた初めての男友達をがっかりさせたくはないが、俺としては少しは休憩がしたい。ここははっきりと言うべきだ。シリウスが満足するまでだと、俺が過労死か餓死してしまう。
「俺、腹減ったよ。なんか食おう」
「……ふむ、それもいいな。当然、我の知らない料理を用意しているのだろうな?」
お?シリウスも多少の空腹は感じているようだ。
おそらく、シリウスは俺が作る地球の料理にハマったのだろう。これが目的でわざわざ魔法都市に来ているのもあるはずだ。
だがシリウスが会いに来る度に作っていれば、現在作ることができる料理などすぐに食べ尽くしてしまうだろう。帝国から米が届けばまだやりようはあるが、無いものはしょうがない。
しかし今日は大丈夫。なぜなら、ようやくあの調味料が完成したのだから!
「シリウス、お前は幸運だな」
「なに?」
「今日は究極の調味料が完成した日なのだ」
「ほう?究極だと?それはいい、我と同様だからな」
「よしよし、ちょっと待ってろ。時間は掛からない」
さらっとシリウスの自信過剰っぷりを無視し、キッチンに向かう。そして、準備してからまた部屋に戻った。
持ってきた皿をテーブルに置くと、シリウスは眉をひそめる。
「シドラサンドだと?」
「シドラサンド?」
俺が用意したのはサンドイッチだ。地球でも一般的で簡単なサンドイッチ。
卵やハム、そして少しの野菜を一緒にソフトパンで挟むタイプ。
サンドイッチを見たシリウスは、これを『シドラサンド』だと言う。異世界にも似た料理があるということか。
「ふん、労働者が仕事の合間に食するパン料理だ。まさか貴様がこれを持ってくるとはな」
なるほど、そういう意味だったのか。
たしかにサンドイッチは、地球でも古くから存在している。
パンや干し肉は大昔からある。であれば、干し肉を薄く切りそれをパンで挟むという発想は簡単に出るだろう。
異世界の労働者が、休憩中の食事のためにサンドイッチを弁当にするは当然か。
シリウスは新しくない料理を俺が出すなんて思わなかったと言っているのだ。
「調味料だって言ってんだろ?いいから食ってみろ」
「ふん」
シリウスが鼻で笑うと、乱暴にサンドイッチを手に取りかぶりついた。
一国の王様の食べ方ではないが、俺はシリウスのこういうところが気に入っている。元々庶民だったから気取らないのだろう。
シリウスが何度か咀嚼すると、珍しく目を見開く。口の中にあるサンドイッチを飲み込むと、後味を楽しむかのように目を閉じた。
「どうだ?」
俺が声をかけると、シリウスが何度か頷いてから口を開く。
「貴様の言う通り調味料で別の料理へと変化している。パンも柔らかく甘いな。我もシドラサンドは食したことはあるが……、酷いものだぞ。パサパサで口内に水分がいくらあっても足りないほどだ」
この異世界のパンはカッチカチだ。そのパンに少しの干し肉を切って挟んで食べれば、たしかに口の中の水分を全て吸われて食べ難いだろうな。
その上、味は干し肉の塩気のみのはずだ。素早く食事を済ませられる利点のみで、決して美味しい料理ではないだろう。
「味は?」
「不思議な味だ。だが、美味い。まったりとしていて濃厚。微かに効いた酸味もまた味を引き締めている。何だこれは?」
「マヨネーズだ」
そう、俺が作ったのは地球でも色々な料理に使われるマヨネーズだ。これを作るのに2ヶ月もかかってしまった。
マヨネーズを作るのは難しくない。酢、塩、卵黄、植物油を混ぜれば良い。
混ぜるのは風魔法を使えば良いし、他の材料も比較的簡単に集まる。なのにどうして2ヶ月もかかったのか?
それは鮮度が低いのと品質の悪さ、それに材料が地球と同じではないのが問題だった。
まず手当り次第材料を集めた。しかし、そこで鮮度の低さが問題になった。
特に卵の鮮度が低いせいで、生での使用ができなかったのだ。
他の材料も酷いものだった。店売りの塩は茶色だし、酢は名ばかりで酸味が一切ない。油に至ってはゴミが混ざっていたり透明度がなかったりで、これを口に入れるのは怖いぐらいだった。
だからこれらを作る段階から始めた。卵も俺が自ら新鮮なものをダンジョン内で取ってきて、どれが
良い味か調べながら試作品を作っていたら2ヶ月もかかってしまったというわけだ。
だが、ようやく今日完成したのだ。地球のキュ○ピー製に比べたら月とスッポンだし、その日の内に食べなければいけないが、味はまあまあの物が出来た。
「マヨネーズ?面白い響きだな。貴様の国の言葉か?」
「そう。それなりに苦労してるから味わえよ?まだ仲間にも食べさせてないんだからよ」
「ほう、この我を実験台にしたわけか?不敬だ……が、良いだろう。この味は気に入った。故に赦そう」
シリウスはこう言っているが、かなり好みの味なのだろう。次々とサンドイッチに手を伸ばしている。
俺も食べよう。
………美味い。地球にいたら大した味では無いのだろうけど、異世界にはマヨネーズのような濃い味はない。だからか、余計に美味く感じる。
バターを塗るサンドイッチも好きだけど、俺はマヨネーズ派だ。
俺とシリウスは黙々と食べている。
会話がないのは寂しいから、聞きたいことを聞いてみよう。
「で……、なんで来たの?」
「なに?」
「魔法都市に来た理由だよ。今じゃなくて前のな」
ずっと気になっていた。シリウスが魔法都市に来たのは、代表である俺が気になったからだと言っていたが、それが理由ではないはずだ。
今は友人である俺に会うためと、珍しい料理を味わうために来ているのだろうがな。
「ほう、気づいていたか」
「まあな。考えなしに動いているように演じているが、お前の行動は全てに意味があるような気がする。ま、話すまでは騙されてたけど」
「ふん、……良いだろう。それはな、脅威に立ち向かうことが出来る者を探す為だ」
「脅威?魔物か?」
「さあな」
「おい」
「冗談ではない。我も一度、それも一匹しか遭遇したことがないからな。その種だけなのか、その一匹が特別だったのか、まだ他にいるのかさえ不明だ」
ん?どういうことだ?特定の地域に出没、出現する魔物ということか?話が見えないな。……だが、それでもシリウスなら大抵の魔物は物ともしないと思うのだが。
「でもさ、お前なら一人でも楽勝だったんじゃないか?他の地域にもまだいるかもしれないから注意しているのか?」
「ふん、我一人でも倒せなくはない。が、無事では済まんだろうな。当時は自由都市の英雄と二人でやっとだったからな」
驚いた。シリウスの若い頃の話だろうけど、それでもシリウスと自由都市の英雄の二人がかりでやっと?
シリウスの強さはホワイトドラゴンクラスだ。そのシリウスでも無事では済まない魔物なんて。
「っていうか、シリウスより弱い俺に教えたところで、力になれないんじゃないか?」
「貴様の強さは純粋な力ではない。その知識と魔法だろう?我を言葉巧みに操り行動を制限させ勝ったではないか」
「ルールがあったからだ」
「それでもだ。強さとは力だけではない。自由都市のジークフリートの強さも力とは別のところにある。それと同じだ」
ジークフリート。自由都市の英雄か。まだ会ったことがないし、調べてもいないからどんな奴か知らないが、シリウスが名を言葉にするだけで強いということが分かる。
ジークフリートの強さは、シリウスのような人並み外れの力ではないらしい。詳しく聞きたいところだが、止めておこう。
シリウスが言いたいのは、そのジークフリートと同じように俺を認めているということだからな。
「俺が強いか弱いかは置いておくとして、魔法都市にも脅威になるなら情報は欲しいな。詳しく教えてくれ」
「もし、その脅威が再び現れた時に、貴様も手を貸すのならな」
うーん、どうするか。いや、迷うことはないな。魔法都市、自由都市、帝国でその脅威が現れたら、俺も手伝わなければならないが、魔法都市で出没した場合にはシリウスが助けてくれるということだ。悪い条件どころか、心強いと言っていい。
「ま、友人の頼みなら仕方ねーな」
「ふん、良いだろう」
シリウスはニヤリと笑い、話し始めた。
その脅威が現れたのは自由都市だったらしい。
自由都市の最北端にある街が、一夜にして滅んだという。住民に生き残りはおらず、街の建物の殆どが崩壊。
当初、自由都市の幹部は災害が起きたのだと思っていた。だから、その原因を探るために調査員を派遣した。
だが、その調査員も戻ることはなかった。
調査員が二次災害に巻き込まれた可能性もある。しかし、自由都市の首都から最北端の街まで十数日かかり、街が滅んだ日から研究員が到着したと思われる日を計算すると、一ヶ月ほど。二次災害の可能性は限りなく低い。
だが、現に研究員からの報告はない。
そして、自由都市の幹部は魔物による襲撃だと判断。すぐに不在の英雄に代わり、騎士団の派遣を決定した。
しかし、その騎士団も壊滅。誰一人として帰ってくることはなかった。
だがその頃、ようやく英雄ジークフリートが自由都市に帰還。すぐさま、ジークフリートが単独で最北端の街に向かった。
幹部もこれで問題解決だと胸を撫で下ろした。が、結果は英雄の敗北だったのだ。命からがら戻ってきたジークフリートは傷を負っていた。
だがシリウスは、この時戻ってきたジークフリートはさすがだと言っていた。単独で戦いを挑み、再起不能にならずに戻ってきたことが奇跡だと。
そうしてようやく、ジークフリートからシリウスに救援が依頼されたのだ。
当時、自由都市と帝国は敵対していた。だが、暇を持て余していたシリウスはこれを承諾。すぐに自由都市へと向かった。
ジークフリートとシリウスの二人で最北端の街へ赴いた。
「二人?軍隊引き連れて行かなかったのか?」
「ふん、誰でもそう思う。当時の我もそうジークフリートめに言った。だが、そのジークフリートが邪魔だと言ったのだ。結論から言えば、その判断が正しかったがな」
到着した二人はその魔物と遭遇。すぐに戦闘を開始した。
防御力と攻撃力を兼ね備えたシリウスが正面から魔物に挑み、ジークフリートが隙をついて攻撃。
太陽が真上から沈むまでの時間を戦い、ようやく打ち倒すことに成功した。
持ち込んだ治癒ポーションを全て使い切り、それでもボロボロになってようやく。
「マジか。真昼から日が沈むって長時間の戦いだったな。シリウスがいてもそれだけの時間が掛かるほどの強敵だったってことか」
「そういうことだ。もしこの戦いに弱い兵たちが同行していたならば、邪魔で負けていた」
守りながらは無理だということか。シリウスの剛剣に巻き込まれても困るしな。
「それでどんな魔物だったんだ?」
「鋼鉄の魔物。人型で素早く、見たこともない魔法を使い、防御力は桁外れ。その上、剛力よ。不死身の生命力も持っているか」
「最強じゃねーか。いよいよ俺がどうこうできるように思えないぞ」
「我もジークフリートも魔法は苦手だからな。貴様にはそれがある」
なるほど、そういうことか。だったら魔法を得意とする魔法都市の代表の俺に興味を持ったのも理解できる。
物理攻撃が効かなかっただけで、もしかしたら魔法が効果的かもしれない。
ん、だが待てよ?
「魔法だったら、法国のホーライがいたじゃないか」
「ふはは、企てることだけが能の似非英雄に何ができる?」
まあ、そうか。俺でも倒せたぐらいだしな。ホーライの話しぶりだとシリウスも会ったことがあるみたいだし、何となく強さが理解できたのだろう。
「でも、色々情報収集しているけど、そんな噂聞かないぞ?」
「言っていないからな」
「は?」
「王たる者、民の蒙を啓くのは責務。だが、知らなくて良いこともある。混乱されても、腕試しで魔物を刺激されても困る」
あー、そういうことね。まあ、その辺りは指導者の性格によるだろうけどな。国民からしたら、知っておきたい人もいるから難しい問題だが。
知ってしまった俺はどうするか。
その魔物がどこにいるかも、どのぐらいいるかもわからない現状だと、話せることはないか。逆にいるかいないかもわからないからこそ、話して構わないとも思える。
注意喚起するにしてもなんて注意する?英雄でも勝てない魔物がいる可能性があるとでも言うのか?それこそ混乱を招く。
それを考えると黙っているのが正しいかもしれない。2体目の存在が確認出来てから、改めて国民に教える。
その2体目の出没が手遅れでなければだが。と、正しい答えがないのだ。
とにかく、難しい問題だ。であれば、元々知らなかったことにする。一部の人しか知らないなら、そういう事にしてしまえば良いのだ。
国民からしたら狡い考えだと思うけど、もし出没したら戦うのは俺だ。そのぐらいのズルは許容してもらう。
「そうだな。俺は何も知らない」
俺がそういうと、シリウスが俺の考えを理解したのか笑う。
「ふはは!そうだな!我と貴様は何も知らない。もし何かあったとしても、ジークフリートのせいにでもしてやれば良い」
ジークフリートって人知らないし、もしそう言って恨みを買うのも困るから言わないけどな。でもまあ、問題が起き、責任を追求されたら潔く代表の地位を譲るさ。元々なりたくてなったわけでもないし。
「とにかく、話はわかった。シリウスが討伐した魔物で打ち止めなのを祈ってるよ」
なんかこのセリフ自体がフラグのような気もするが、現実はこんな言葉でフラグが立つこともない。
話すだけで実現してしまう世界なんざ、地獄そのものだろう。そんな地獄があって言い訳がない。
「ふん、そうだな。一先ず、我の話は終わりだ。心どこかに留めておけ。では、札遊びの続きをやろうではないか!ふはは!!」
あったわ、地獄。
こうしてシリウスが来た理由がわかって安心したが、俺の地獄は翌朝まで続くのだった。