表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
144/286

世紀の一戦

 レッドランスは寒さに震えながらも、戦闘が始まるのを今か今かと待っていた。

 20階層でシリウスの戦いをギルと見物したが、その後は一言も交わさず21階層へと下りてきたのだ。

 ギルとシリウスが睨み合ったまま動かない。


 (これは幸運だ。凍えるような寒さ中でいつ魔物に襲われるか分からない状況ではあるが、あのシリウス王の戦いが観られるのは、王国貴族の中でも私ぐらいだろう。それに謎の魔法士、ギル代表の戦いもだ。虐殺魔法があるのは知っているが、果たしてシリウス王と比べてどの程度の強さなのか。これは今後の王国の為にも知っておく必要がある。何より、楽しみだ。この事を話すなと釘を差されたのが残念で仕方がない。それがなければ貴族連中に自慢して回るのに!)


 レッドランスは自分の相反する感情に葛藤しながらも、状況が動くのを見逃すまいと集中する。

 そんなレッドランスの気持ちを知ってか知らずか、シリウスが口を開いた。


 「何を仕組んでいる?ギルよ」


 シリウスはギルが何かをするつもりだと察知している。それに勝利するつもりだということも。

 その言葉に対するギルの答えは。


 「さてね。だけど、それを言葉で知りたくはないだろう?自分がどう負けるか見てみたい。ちがうか?シリウス」


 レッドランスはシリウスが負けると嘯く若き王に驚く。


 (シリウス王に勝つ?!あの少年が?!……やれやれ、これではどっちが不遜王かわからんな。もし私が同じ言葉をシリウス王に向かって言ったならば、瞬く間に殺されてしまうだろう。あのギルという王には、それだけの自信が?)


 対してシリウスは、楽しそうに嗤うだけだった。

 それがレッドランスにとって更に疑問だった。


 (なぜシリウス王は怒らない?かの王の目の前にいるのは、成人したての……、年齢上大人になっただけの少年だぞ。その少年にそう言われて、笑うだけとは。もしや、シリウスという王は不遜なだけで、実は温厚な性格なのか?我が王なら怒り心頭……、即座に不敬罪として死刑を言い渡すところだ)


 実は、シリウス王は優しい男なのでは?そうレッドランスが思いかけた矢先、それは否定された。

 濃厚な殺意。今すぐに跪きたくなるほどの威圧が、離れて観ているレッドランスに押し寄せた。

 シリウスの殺意。

 レッドランスの身体が、寒さとは別の理由で震える。

 だがギルはそれを涼しそうに受け流す。


 (な、なんという威圧感!会敵確定死。そんなシリウス王の異名を聞いたことがある。戦場で会えば、死は免れない。その異名が大法螺ではないと今理解した。あれは普通のヒトが放つことができるものではない。しかし驚くべきは、あの威圧を受けても涼しい顔のままのギル代表。一時はどうなるかと思ったが……、ああ、女神よ、私がこの場にいることが出来る幸運を与えてくださり、感謝します)


 その時、レッドランスの4階層上で、ティリフスがビクリとして金属音を鳴らしたが、それをレッドランスは知る由もない。


 「本来であれば……、この唯一の真の王に対し、視ることも声を出すことも許さぬし、天に仰ぎ見るべきこの我と同じ目線で立つことすら許さぬ。そして、そのような巫山戯た物言いをする輩ならば、当然万死に値すると、この手で息の根を止める。見たことも聞いたことも無いほどに、残酷に、冷酷に」


 シリウスが犬歯剥き出しの笑みを浮かべる。

 それでもギルの表情は変わらない。それどころか……。


 「その仮面はどうして被っているんだ?信用できる奴がいないから?それとも抑止力のため?」


 意味不明なことを喋りだす。


 (何を言っているのだ?魔法都市代表は。恐怖に気でも狂ったか?予想外にも程があるだろう)


 だが、予想外なことはまだあった。

 シリウスの殺意が若干ではあったが弱まったのだ。

 しかし、それにレッドランスは気付くことはできなかった。

 だがギルは気付く。だから、ギルはニヤリと笑う。


 「それはいいや。寒いから、そろそろ始めよう」


 ギルはその事に言及せずに、勝負を始めようと促す。

 レッドランスには今のやり取りが何なのかわからなかったが、ようやく始まると知り今の会話を無視する。


 「良いだろう」


 シリウスも頷いた。

 レッドランスにも理解できるほどの、張りつめた空気が辺りを支配した。


 (い、いよいよか?)


 だが、その空気がパッと変わる。

 ギルが「あ、そうそう」と言葉を発したから緩まったのだ。


 「ルールの確認だ。これは大事なことだからさ。殺人なしの戦闘不能まで。それ以外は何でもあり。……それでいいな?」


 シリウスは舌打ちしながら「ああ」と頷いた。

 レッドランスも聞こえないように、シリウスと同じく舌打ちをする。しかし、いよいよだ。いよいよ始まる。観ることを誰もが羨む、世紀の一戦が。

 しかし、まだ始まらない。ギルにはまだ言いたいことがあるみたいだ。


 「よしよし。殺人なしの戦闘不能まで。そんで何でもあり。ところで……、不思議に思わなかったか?魔法だけで武器も持っていない俺が、どうしてこんなに余裕なのか」


 レッドランスは心の中で「確かに」と頷く。

 一瞬で魔法を出すことが出来るとはいえ、さすがに武器もないのではギルに勝ち目がない。

 なぜなら、魔法士は近づかれたら負けだというのはこの世界で常識だからだ。しかも相手は最強と言われるシリウス。

 ギルはシリウスの剛剣を受けて、奇跡的に生き残れる鎧すらない。殺しなしのルールがあるとはいえ、鎧もなく、防ぐ盾も武器もない。

 この状況で、ギルの余裕はたしかにおかしいのだ。

 シリウスもそんなことはわかっている。それにギルが何かを仕組んでいることも。

 ギルは話を続ける。


 「それには理由があるんだよ。もう一度、最後のルール確認だ。殺人なしの戦闘不能まで。戦闘に関しては何でもあり。…………何でもあり。そう、何でもありなんだよ。シリウス」


 シリウスがピクリと眉を動かす。

 レッドランスも、ギルが何を言っているか理解していなくとも、何か不穏な空気を感じる。

 ここまで言えば分かるなと言わんばかりに、ギルは邪悪な笑みを浮かべながら叫ぶ。


 「何でもありなんだよ、シリウス!!俺が!この俺が!!一人でお前に挑むとでも思ったか!!後ろを見てみろ!!」


 シリウスがハッとして後ろを振り返る。レッドランスもようやく意味を理解し、シリウスと同じ方向を見る。

 そこには、誰もいなかった。


 「なに?」

 (は?)


 シリウスが意味不明だと声を出した、その直後。

 シリウスはレッドランスの目の前から消えた。

 正確には何者かの攻撃で吹っ飛んだのだ。

 その何者かはもちろんギルだ。シリウスが余所見をしている間に、シリウスの背中目掛けて思いっきり蹴りを入れたのだ。

 レッドランスが「何やってくれてんの?」という気持ちでギルを見ると、そのギルは両手を天に突き出し、勝利宣言のように「おぉおお!」と叫んでいた。


 「勝負は既に始まっているのだ!!余所見なんぞしている場合ではないぞ、シリウス!!」


 ギルが高笑いしていると、ズボッという音と共にシリウスが立ち上がる。額に青筋を立てながら。

 レッドランスが思わず「ひぃっ」と言ってしまうほど、怒りに満ちた表情。

 シリウスは鎧に付着した雪を払った後、ギルの方へとゆっくり歩き出した。

 そして、ギルの目の前に立つ。

 ギルは悪そうな笑顔のまま、シリウスを見下ろすように顎を上げながら見ていた。

 こんな顔をされたのならば、レッドランスであれば即刻剣を抜き斬りかかるだろう。

 だがシリウスがした行動は別だった。

 手に持っていた何かをギルの顔に投げたのだ。

 それは雪だった。倒れた時に握っていたのだ。

 そのまだサラサラな雪は、シリウスの超速の投げによって弾丸と化す。

 雪は猛烈な勢いとなって、避ける間もなくギルの顔にぶつかった。


 「ぎゃあああ、目がぁああ!」


 目を押さえ悶えるギル。さらにその横っ面に、シリウスは軽く握った拳を叩き込んだ。

 ギルは「ぷぎぃ!」という情けない悲鳴と共に吹っ飛んで行く。

 吹っ飛んだ先で数秒ピクピクと痙攣した後、ギルは何事もなかったように立ち上がった。


 「ふぃー、効いたぜ」


 ニヤリ、と笑いながら。

 ギルの声を聞きながらレッドランスは思う。


 (余所見させて不意打ちに、目潰し?なんと!なんと情けない戦いなのだ!)


 そう嘆きながら頭を抱え、更に思う。


 (声の感じからまだ余裕があると思わせたいようだが……、勢いよく吹き飛んだせいで雪が舞ってしまいよく見えないから意味がない。何から何まで残念な戦いだ)


 そう思った瞬間、状況が変わった。

 舞う雪の中から何個もの岩が飛び出し、シリウスに向かっていく。

 だがシリウスは動かない。

 岩が近づいていき当たると思ったその瞬間、岩が次々と砕け散った。

 レッドランスには状況が把握出来ていない。だが、分かることもある。


 (ど、どうやら、ようやく本気で戦うようだ。だが、何が起きているかわからんな。それでも分かることもある。……シリウス王は圧倒的だ。私の目では何も動いていないように見えるが、おそらく聖剣で岩を叩き割ったのだろう。つまり、私目線では一切動かずに勝負が決してしまう可能性すらある。余裕の勝利、それほど圧倒的なのだ。ギル代表も、おそらく魔法だろうが、一瞬であれだけ大きい岩を出す技術は素晴らしい。が、素人の私ですら、どんな魔法もシリウス王には無意味だと分かる。これは……、シリウス王の勝利は揺るがない、か)


 砕けた岩が砂になって散っていくのを眺めながら、レッドランスはこんな事を考えていた。

 シリウスも目だけで散った砂を見た後、未だに雪が舞い姿がはっきりしないギルがいる場所を睨む。

 だが、シリウスは急にハッという表情をすると、その場から飛び退いた。


 (ど、どうしたのだ?シリウス王は)


 その理由はすぐに分かった。

 今までシリウスが立っていた場所の雪が舞ったのだ。


 (風?……もしや!!道中にギル代表が使っていた魔法か?!コボルトをズタズタに切り裂いた魔法!!そうか、あれならば、見えない攻撃ならば当たるかもしれん!あのシリウス王に!)


 そうギルのことを感心する。しかし、驚くべきところはそこではない。

 その攻撃を避けたシリウスの察知能力こそ驚くべきなのだ。

 シリウスが避けることが出来たのは、降る雪の僅かな変化と、このエリアが静かなおかげだった。

 何もないところに急に気圧の変化が起きるのだから、一定に降る雪にも変化が起きるのは当然として、静かというのは雪が周りの音を吸収しているからだ。

 シリウスは風の音を聴き、避けることが出来たのだ。

 結果的に、このエリアを選んだことが裏目に出た形となった。

 だが、ギルの攻撃はそこで終わりではない。

 シリウスが避けた場所へ魔法を放つ。

 先程と同じ土魔法。岩の塊の数個がシリウスへと向かっていた。

 飛び退いた直後でバランスが取れているとはお世辞にも言えないが、当然シリウスはその岩も砕く。

 しかし、ギルが放った魔法は土魔法だけではない。

 その岩の後ろに氷魔法を隠していた。

 砕けた岩に混ざって氷柱がシリウスの顔に飛んでいく。

 透き通るような氷柱は、周りの景色に同化し見えにくい。

 しかし、それをもシリウスは首を横に傾けるだけで避ける。


 (おお!避けた!!遠くから見ていた私ですらシリウス王が避けたから気がついたのに!だが、風といい氷といい、視認しづらい攻撃方法は有効だ!見えない攻撃を避けたシリウス王は凄いが、あれを連続してやられたらそのうち捕まるはずだ!……先程までがっかりしかけたが、なんと高度な戦いなのだ!)


 掌をくるくる返すレッドランスを余所に、ギルの攻撃はまだ続いていた。

 シリウスの真下に魔法陣が現れ、石の杭が飛び出したのだ。それをシリウスは一歩下がって避ける。

 さらにギルがいる雪煙から追加の石が飛んで行く。と同時に、シリウスの前、左右に20もの魔法陣が現れた。


 (な、なんだ?!あの数の魔法陣は!!はっ!あれが噂の瞬間発動する魔法というやつか!あんなものどうやって防げばいいのだ!!)


 魔法陣から様々な魔法が飛び出す。

 しかし、シリウスはその全てを僅かな動きで躱し、剣で切り裂き凌ぎ切ったのだ。

 刹那の攻防。レッドランスは考えが追いついていない。


 (お……、おぉ!!あの数の魔法ですら、シリウス王には無意味だというのか?!)


 レッドランスがようやく状況を把握したが、まだギルの本命の攻撃が残っている。

 シリウスの真上に魔法陣が現れ、火の雨が降り注いだのだ。

 今まで最小限の動きのみで避けていたのに、これには大きく飛び退いて回避する。

 その直後、今まで一回も魔法陣が現れていなかった、シリウスの背後に大きな魔法陣が出現。

 そこから巨大な岩が飛び出す。

 シリウスが飛び退いたことで、カウンター気味に岩がシリウスへと向かっていく。


 「チッ!」


 ここで初めてシリウスが嫌な顔をした。

 ギルの攻撃にではない。ギルの罠に嵌ったことにだ。

 ギルは今まで、シリウスの死角からの攻撃はしていなかった。それは魔法陣展開の距離限界がそこまでだと思い込ませるためと、シリウスが死角からの攻撃に慣れないようにするため、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()の視線誘導でもあった。

 火の雨は真上であったが、シリウスの正面側に多く範囲指定されていた。

 その上、防ぐことが出来ない攻撃であることで、シリウスを背後へと避けさせた。

 そこへ背後からの魔法攻撃。

 シリウスでなくとも嫌な顔はするだろう。

 だが、シリウスは一瞬で剣を抜き振り下ろして巨岩を真っ二つに切り裂いたのだ。

 この攻撃を防いだシリウスを、見事という他ないだろう。しかし、シリウスに剣を抜かせたギルもまた見事とシリウスは思っていた。

 しかし、まだ終わっていなかった。

 切り裂かれた岩からギルが現れたのだ。

 ギルは拳を握り、未だに振り下ろした体勢から回復できていないシリウスの横っ面に叩き込む。無属性魔法で強化された殴りは、シリウスを十数メートル吹き飛ばしたのだ。

 一連の流れを見ていたレッドランスは、口をぽかんと開けたまま涙を流していた。


 (なんという攻防……。ギル代表に勝ち目はないと思ったところで、あの魔法の連続攻撃。その上、計算された戦術。考えてみれば、全てが罠だったのだ)


 この事実に気がついたレッドランスは、無能ではないという証明だった。

 最初の巫山戯たやり取りでさえも、ギルにとっては作戦に過ぎない。シリウスに殴り返され、派手に吹き飛び、雪を舞わせること。


 (私もどうかしていた。舞った雪があんな長時間、その場に残っているはずないのに)


 その通りで、舞った雪を維持していたのもギルの風魔法だった。

 ギルが魔力を止めると、あっという間に舞った雪は散っていく。そして、シリウスが吹き飛び、その影響で舞った雪も。

 シリウスは膝をついていた。

 無傷ではない。口から血を流している。

 シリウスは血を指で拭うと、突然笑い出す。


 「ふ、はは、ふはははは!!この我が痛みを感じたのは久しいぞ!褒めてやろう、ギル!」

 

 スッと立ち上がると、シリウスは天を見上げる。


 「こんなに楽しいのは久しぶりだ。頭脳、技術は一級品で、魔法だけではなく近接もお手の物。万能型は弱いという思い込みは止めねばならんな」


 手放しにギルを褒める。対してギルは頬をひくつかせていた。


 「お前こそ、いったいどんな防御力してやがる。死にはしなくとも、意識を失うには十分な威力だっただろうが」


 ギルの殴りは無属性魔法による肉体強化で凄まじい威力になっていた。人体を容易く破壊し、薄い石の壁なら拳を傷つけずに砕くほどに。

 それを受けてもシリウスは口から血を流す程度。異常な防御力といえる。


 「レベル差……、それは残酷よな?」


 「元も子もないな!」


 「そうだな。ふむ、それを貴様が理解したところで、そろそろ終わりにしよう。礼を言う。面白い余興だった」


 ギルは小さな声で「その余興をやらせてんのはおめーだろうが」と悪態をつく。

 その声が聞こえたのか、シリウスは「ふん」と鼻で笑った。

 直後、シリウスが飛び出す。ギルに向かって一直線に。

 ギルが舌打ちし、50の魔法陣を展開し即座に迎え撃つ。

 シリウスはそれを叩き落とし、避け、あっという間にギルの目の前まで辿り着いた。


 「少々、本気を出してやろう。これを見て生き延びた奴は中々に少ない。光栄に思うがいい」


 シリウスの攻撃が来る。

 ギルは目を凝らす。さらに反撃の為に魔法陣を展開しようとした。

 結果から言えば、それは叶わなかった。いや、正確には魔法陣展開には成功したが、あることが原因で魔法が発動する前に中断させられたのだ。

 それはギルの左腕が無くなっていたからだ。

 シリウスはただ立っていた。

 刹那。シリウスの姿は剣を薙いだ格好になっていた。

 離れて観ているレッドランスにも、もちろんギルにも動作など見えなかった。時間を吹き飛ばされたみたいに、既に動作が終わっていた。

 遅れて、凄まじい轟音と共に、シリウスの剣筋をなぞるように砂煙が立つ。

 そして、ようやくギルの腕から血が吹き出したのだ。


 「バ?!」

 (な?!)


 ギルとレッドランスの驚き。同じものを見ているからこそ出た声だ。

 ただ違うのは、観ているか体感しているか。

 レッドランスはただただ、その芸術的な極められた剣技に驚嘆する。


 (あんなものどうやって防げば良いのだ。あの恐るべき剣技が、我が王国兵に向けられていたとしたら……。帝国を打ち倒すのは別として、あのシリウス王を倒すイメージができん。あの人外とは絶対に戦ってはいけない。……そして、この勝負、シリウス王の勝ちは確定した。いや、していた)


 冷静に分析していた。そして、教訓を得ることが出来たのを感謝していた。

 一方、ギルは――。


  ――――――――――――――――――――――――


 視界が赤く染まる。

 心臓が激しく脈打つのが分かる。

 じわじわと斬られたところが熱くなってきた。

 そして、燃えるような激痛。

 ぐぅううううう!!叫ぶな!歯を噛み締めろ!食いしばれ!痛みを抑え込め!!

 目がチカチカする。血の味がする。

 ありったけの力で噛み締めたせいで、奥歯から血が流れたか。脳に血が上り過ぎて、視界が変になった。

 未だに激痛を感じるが、なんとか気を失わずに済んだか。

 叫んだ方が楽だろうな。でも、それだけはダメだ。

 血が溢れていようが、額や背中から冷や汗が流れ続けようが、口元に微笑みを浮かべ、余裕をアピールしろ!動悸を隠せ!涙を出すな!

 でなければ、計画は破綻する。

 狂気と殺意で感情を埋め尽くせ。

 俺は魔法陣を無くなった腕に展開する。

 使う魔法は氷魔法。

 無くなった腕から血の混ざった氷が生えていく。

 そして、真っ赤な冷たい手が出来上がった。

 それを――。


 「余裕かましてんじゃねぇよ!」


 未だに薙いだ格好のまま残身しているシリウスの鎧の胸辺りに叩きつけた。

 血の混ざった氷腕は砕け散るが、予想できなかったシリウスも後ろへたたらを踏み尻もちをつく。


 「なんだと?」


 「勝負は決まったと?おいおい、帝国の王は腕を斬ったぐらいで勝利を確信するのかよ。ハッ、俺は手足を切り落とす天才だぞ?それこそ数十本だ。たった一本斬ったぐらいで満足するとはなぁ」


 そう言いながら、もう一度赤い氷の腕を生やす。

 それを細かい魔法制御で動かす。赤い氷の腕の指をクイと動かし指招き。

 さすがにこれにはシリウスも驚きを通り越し、ブチギレたようだ。

 徐に立ち上がり、そして手に持つ剣を振る。すると炎が溢れ出し、周りの雪を解かしていった。

 俺の氷の腕も影響を受けて、水を垂らしている。心做(こころな)しか小さくなっているな。

 暑っち!風魔法で熱気を防がなければ!

 魔法陣を展開し俺の後方から風を送る。

 やべぇ!すげー火力だ!シリウスが居る場所は、既に雪が解けて地面が見えているじゃねーか!じわじわと俺がいる場所の雪まで解かしつつある。こんなもん防ぎようがないぞ。いや、氷のドームを作れば少しの時間は防げるか。だけど、攻撃は出来ない。つまり、近づきようがない。

 でも、計算通り。

 俺は手に当たった雪を見る。

 シリウスの聖剣が放つ熱気の影響で、雪が(みぞれ)になっていた。

 よしよし、上々。後ひと手間。


 「すげぇ火力だな!シリウス!!この距離でも燃え尽きそうだ!!」


 炎が激しく燃え上がる音が大きすぎて、こちらも声量を上げなければならない。

 叫んでシリウスと会話する。


 「それは事故だな」


 おや、激怒していらっしゃる?あれ?殺しなしのルールは……。

 これじゃダメだな。もうちょっと慢心してくれなきゃ。っていうか、もう少し声量上げてもらえません?聞こえにくいんすけど。


 「お前はすげーよ!近接じゃ勝ち目がない!!」


 「ふん」


 「だけど、どうだろうな?!その剣の火力と俺の魔法、どっちが優秀なんだろうな?!」


 「なんだと?」


 ノッた?ノッてきた?


 「だって、俺の魔法でもこのぐらいのことは出来るぜ?!それに見た感じ、俺の氷魔法のが優秀っぽいな?!な?!」


 ゴウッと炎の勢いが増した気がし、そしてピタリと火が止んだ。

 ノッたな。


 「試すか?」


 「いいぜ?」


 さて、いよいよだ。ここまで長かった。

 もし、もしだ。この賭けに負けた場合、魔力を全部失った俺はもう戦う術が残っていないだろう。敗北が決定する。

 だが、やる価値はある。

 俺は300もの魔法陣を、シリウスの上下左右前後に展開する。

 霙がその魔法陣を通り抜けると、霙は氷に変わり積み上がっていく。

 それはあっという間に氷壁となり、シリウスを覆っていく。

 全方位の魔法陣は、霙を氷の立方体へと変化させていき、シリウスを氷のサイコロの中に閉じ込めた。

 一面の厚さが3メートル近い氷の巨大サイコロを作るのには、俺の残存魔力では難しい。

 合成魔法はそれほど魔力消費が激しいのだ。

 だが、すでに0℃近い霙を利用し、氷壁を作るならばなんとかなる。雪ではダメだ。霙が好ましい。

 つまり、ここまで全てが俺の計画通りに進んだのだ。

 この魔法に名前はない。氷壁を6面に出しただけだからだ。

 だけど、名前をつけるなら、そうだな。


 「『無開氷牢(むかいひょうろう)』」


 ガクガクと震え崩れ落ちそうになる膝に力を入れる。

 魔力がギリギリだ。

 だが、完成した。俺が導き出した勝利への道筋を、限りなく理想的に辿り、そして終着した。

 もう俺には何もできない。することは、ない。


 「さあ、準備は終わった。最後を始めようか……」


 そう呟くと中にいるであろうシリウスを睨み付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] > 遅れて、凄まじい轟音と共に、シリウスの剣筋をなぞるように砂煙が立つ。  砂煙?  雪原だったはずなので、雪煙では?
2023/03/14 02:57 退会済み
管理
[気になる点] 四万の人間殺したのにレベル全然上がってないの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ