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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
143/286

シリウス

 会談後、俺はダンジョンの中を歩いている。21階層に向かっている最中だ。

 何故か?……ぶっちゃけ、わかんね。誰か後ろの奴に聞いてくれ。

 俺がチラリとあとを着いてくる男を見る。

 そこには、ダンジョンに興味津々なシリウスがいた。

 いや、理由はわかっている。なんせ、シリウスの口から聞いたからな。

 俺と戦いたいと。

 それを避けるために盾おじさんを用意したのだが、どうやらそれは無意味だったようだ。

 どうしてこうなったのか。俺は会談のことを思い出す。



 食後、コーヒーを飲みながら会談を開始した。

 まずはレッドランスの戦争賠償の話を終わらせよう。なんかわからんけど、シリウスの話は後回しにしたい。


 「さて、まずレッドランス公。オーセブルクにいる怪我人たちには会えたかな?」


 「はい、冒険者ギルドのマスターから事情も聞きました。なんでも代表がギルドマスターに頼んで怪我人の世話をお願いしていただけたとか。この場を借りて礼を言わせてください」


 「ま、そのぐらいはな。帰る時に一緒に連れ帰ってくれ。悪いが、兵士共がオーセブルクでの治療費及び、生活費用に関してはそちらで負担してくれ」


 「それはもちろんです、代表殿」


 「で、だ。その兵士たちからある程度の話は聞いている。予想通りではあったが、ラルヴァに煽られたみたいだな」


 火の賢人ラルヴァがレッドランスに話を持ちかけ、彼がその話に乗ったということだが……。

 レッドランスは沈痛な面持ちになり顔を伏せる。

 なんとまあ、演技派だこと。レッドランスもメリットとデメリットを天秤にかけ考えた結果、派兵したのだとわかっている。だから、その演技は無意味だ。

 レッドランスもわかっているが、建前上演技をする必要がある。

 自分も被害者だと言い逃れるためにはな。

 レッドランスはラルヴァに騙されて兵を貸し出した。そういう事にしたいのだ。

 俺としてもその方向性で話を進めたい。

 レッドランスに責任がないわけがない。しかしそれでも、この慰謝料請求をすんなりと終わらせるのは、ラルヴァに責任を擦り付ける必要がある。というか、擦り付けるも何も、本当にラルヴァが悪いんだけどな。


 「言葉もありません。今現在、王国には余裕がありません。王都は言うまでもなく、殆どの領地がそうでしょう。それ故に、ラルヴァ公が持ってきた話に乗ってしまったのです」


 レッドランスは『何が』とは言わない。

 王国の何が余裕ないのか。

 シリウスが聞いている以上、それを話すわけにはいかないのだ。

 だが、俺もシリウスもなんとなくわかっている。

 王国が今戦争をし、それが上手くいっていないということはな。

 俺としても、そこを追求するつもりはない。話がややこしくなる。今大事なのは、慰謝料を払ってもらう約束をし、さっさとこの面倒臭い会談を終わらすことだ。

 シリウスも瞳を閉じ黙って聞いている。


 「うん、まあそれはいいよ。だけど、ラルヴァが戦死した今、責任を取れるのはオーセリアン王か、加担したレッドランス公しかいないわけだ」


 「はい。故に、わざわざ参りました」


 わざわざ、ね。ダンジョンの奥底に、貴族で領主でもあるレッドランスがわざわざ出向いたということが、彼にとって誠意だと言いたいようだ。

 ふーむ。まあ、その通りなんだけど、その誠意を認めるわけにはいかない。

 魔法都市としては慰謝料をできるだけ多く貰いたい。けれど、レッドランスとしては少なくしたい。そういう理由で、このセリフというわけだ。

 このまま会談を続ければ、そのやり取りだけで数時間なんてすぐに終わってしまうだろう。何より、今はその前哨戦に過ぎない。時間がいくらあっても足りない。

 さて、どうすっかなー。

 などと考えていると、今まで黙っていたシリウスが口を開いた。


 「つまらんな、貴様ら。そんな会話は無駄だ」


 レッドランスが眉根を寄せる。不快に思ってのことではない。邪魔をしてほしくないと言外に言っているのだ。

 俺はどうだろう?シリウスのこの言葉を邪魔だと思っているか?

 いや、シリウスの言う通りだ。


 「そうだな。シリウス王の言う通りだ。俺が三人で会談をする用意をしたのは、面倒を省くためだ。レッドランス公、前置きや言葉を飾って時間を無駄にするのはやめにしようじゃないか」


 「……と、言いますと?」


 レッドランスはまだ(とぼ)けるつもりか。じゃ、はっきりと言うか。


 「あの将軍から聞いていると思うが、俺はあんたから慰謝料を貰う。その額を話そうじゃないか」


 「……そうですな。私としてもそれは仕方のないことだと理解しています。ですが、私が故意にこんな事を――」


 「あー、そういうのいいよ。故意だろうと故意じゃなかろうと、魔法都市は攻められた。その事実だけで慰謝料を貰うには十分だろ?それに、レッドランス公。俺は全てをわかっている」


 レッドランスはまたもや一瞬だけ眉根を寄せる。これは不快感だ。俺にではなく、居心地の悪さだろう。

 話を上手く運べない焦りも。俺を怒らせるとレッドランスは無事に帰ることが出来ない。あらゆる交渉術が、見え隠れする暴力に封じられる。

 嫌だよね、分かるよ。俺もそーなの。この後に控えているシリウスとの会話を考えると胃が痛い。

 だから、そんな顔をするなよ、レッドランス。俺はそんなことしないって。


 「全てをわかっているとは、どういう意味でしょう?」


 「王国の窮状もそうだが、レッドランス公が慰謝料を減らすために、今努力していること。それに将軍にも話したが、その払う慰謝料はレッドランス公が払うんじゃないってこともな。ラルヴァの領地に請求したんだろ?それ以外にも色々と予想はつく。何より慰謝料を払うことは確定している。だから、無駄な会話は止めよう」


 ラルヴァを仕留めた後、将軍に「レッドランスは上手くやるさ」と言ったのは、こういうことだ。ラルヴァの領地から金を引っ張ってくるのはわかっていた。

 俺にそこまで言われたからか、レッドランスは「まいったな」と言いつつ天を仰ぐ。


 「では、全て予測していたと?」


 「そりゃあ、細かい部分にズレは出るだろうけど、概ね予想通りのはずだ。将軍から話を聞いた後、あんたはラルヴァの領地に早馬を走らせた。あんたの書簡を持たせてね。内容はおそらく、敗戦の報告と慰謝料の要求。払わなければ、魔法都市の軍が攻めてくるとでも書いたんだろ?王国の窮状を考えれば、ラルヴァの領地に兵士はもう殆どいないはずだ。その状況下で攻められるのは困る。何より、魔法都市と戦になったなんて、そっちの王様にどう言い訳していいかわからないからな。ナカンと挟み撃ちの状況を作ってしまう、それだけは絶対に避けたい。領地と貴族称号の剥奪の危機感もある。だったら、慰謝料を払ってでも戦だけは回避したいよな。レッドランス公、あんたはこうやって請求したんだろ?そして、その了承は既に得ている」


 俺が話していくと、レッドランスの表情は難しくなっていった。ほぼ、合っているようだ。


 「む、むぅ。全て読んでおられたと?」


 「というより、それしかない。あんたが兵士以外の損害を避けるためにはな。でだ、俺としてはラルヴァから用意された慰謝料だけで良いと思っている。それで……その額はどれぐらいだ?あ、金額を低く言うのは無しだ。それを自分の被害に充てようと考えているかもしれないが、それはやめたほうが良い。そのためにシリウス王がそこに座っているということを、考えてくれ」


 そう言われ、レッドランスがシリウスをチラリと見る。

 やっぱり、そう考えてたのか。いや、そう考えるべきなのだ。指導者としては。

 領地の住人からは、絶大な信頼を得ているらしいが、やっぱりこいつも指導者らしく狸だということだ。しかし、それが領民の為になる。

 だが、こちらもその駆け引きは面倒臭い。そんな時間は無駄だ。

 レッドランスは唸りながらその金額を口にした。


 「白金貨50枚」


 白金貨50枚!!それって、それってどれくらいだ?俺みたいなただの会社員には金額がでかすぎるぞ。

 俺はテーブルの下で「一、十、百……」と指折り数えていく。

 地球の価値に換算して、約5億!国としてではなく、一領地から出す慰謝料としては、精一杯の金額だろう。

 地球の戦争賠償に比べれば少なく思えるだろうが、こちらは全くの被害なし。俺が費やした魔力の対価としては高い金額だ。


 「シリウス王、この金額は妥当だろうか?」


 「ふん、我ならばもっとふんだくる。その上で領地を手に入れる。が、小さないざこざの賠償程度だと考えれば、妥当だろうな」


 シリウスも5万人が攻めてきたことは噂で聞いたはずだ。それを小さないざこざ?いったいどういう頭してんだ。国王が戦争で動かす人数としては少ないのかもしれないが……。

 しかしまあ、シリウスが妥当だというのだから、信じるしかないだろう。


 「じゃ、それでいいや。レッドランス公に異存は?」


 「いいえ」


 これで済んだと考えれば安いものだ、そう顔に書いてあるよ、レッドランス。

 けど、それでいい。これ以上の要求は後の関係に響く。今が良いとは言い難いが、最悪ではないだろう。


 「じゃあ、それを頂くことにする。それでこちらはこれ以上の要求は一切しないと約束しよう。後で誓約書にサインしようか?」


 「はい」


 「で、その慰謝料はいつこちらに渡せる?」


 金額が金額だ。かなり後になるかもしれないなぁ。まだまだ、魔法都市の財政は厳しいか。


 「既に持ってきています。後でお渡ししましょう」


 マジで?!あ、そうか。白金貨50枚か。5億の札束ではないから、持ってくるのは簡単か。

 おお、じゃあ国としては全然だけど、財政は潤ったと言っていいな!ははは、笑いが止まりません!

 だが、それを顔に出すのはいただけない。

 俺は真面目な顔を作り頷いた。


 「わかった。後でそれをもらおう。それでこの話は終わりだ」


 レッドランスも頷いた。

 レッドランスが大変なのはこの後だ。5万の死傷者が出たのは事実だから、オーセリアン王に言い訳をしなくてはならない。

 まあ、それも彼なら上手くやるだろうさ。

 これで終わりなら、祝杯でも上げて、その後シギルあたりを抱き枕にしてベッドに潜り込むところだが、そうはいかない。

 まだシリウスの話が残っている。


 「さて……、それではシリウス王がこの魔法都市に来た理由を聞こうか」


 シリウスは軽く鼻で笑った後、口を開いた。


 「ふん、理由などない。面白い王が現れた。だから、俺が見に来た。それだけだ」


 ………は?いや、たしかに書簡ではそう書いてあったけど、それが本音とは誰も思わないっていうか……。え、本当に?

 つまり、俺と同じ趣味人で、興味があることは絶対に知りたかったと?なんだ、良い奴じゃないか。これは勝手に暴力的な人物と思い込んでいた俺が悪かったかな。


 「シリウス王にそう言ってもらえたら、俺としても嬉しいな」


 「それだけだった。だが、気が変わった」


 ん?なんか流れおかしくない?


 「……気が変わった、とは?」


 「貴様と手合わせしたい。なに、心配ない。殺そうとは思っていない」


 いや、心配だらけだよ!ベッドから起き上がれないくらいの重症で、「ほら、死んでいないだろう?」って言われそうだよ!

 これはキッチリ断るべき!


 「はっはっは、それは面白そうですな。5万の戦力と同等の魔法都市代表殿と、天下無双の炎帝、帝国のシリウス王。どちらが強いか、これから先必ず噂される事になりますからな」


 断ろうと思った矢先、レッドランスが割り込んでこんな事を言いだした。

 この野郎、何言い出しやがる!反撃か?!それに俺が事故って死んだら、賠償の約束を反故にする気だな?


 「ふはは!そうだろう?レッドランス。これ以上に面白いことはないだろう」


 「そうですな、シリウス王。あ、ギル代表殿。支払いはこの戦いを見物した後でよろしいですかな?」


 やっぱり反故にする気じゃねーか!ダメだこの盾、呪われてやがった!


 「レッドランス公、誰が見物していいって言った?それにシリウス王、戦うことに利益は?」


 レッドランスは悔しがるでも怯えるでもなく肩を竦める仕草。

 この野郎、余裕かましやがって。

 そして、俺にこう言われたシリウス王は。


 「水を差すな、魔法都市の王。レッドランスという壁を用意するように、頭を回すだけが能ではあるまい?しかし、良いだろう。利益なら何でもくれてやるぞ?金でも交易でもな。金なら先程の倍払っても良い。我に勝てば、だがな」


 約10億円と引き換えに、病院で寝たきりになれと?ちょっと、考える。

 いやいや、考えるまでもないだろう。勝てばって言ったじゃねーか。勝てる気がしないんだけど!?

 しかし、やりようによっては?どの辺りを勝利とするかによる?

 俺は思考を加速させる。こんなことで思考加速させるとは思わなかったよ。

 おっと、余計なことを考えている暇はない。

 シリウスの戦い方を……。俺が見せれば……?俺の有利な場所ならば……?ルールをどうする?シリウスの知らない概念ならば……?

 熟考をした結果、勝利の道筋はできた。限りなく敗北に近く、か細い糸を手繰るような、そんな勝利だが。

 後は勇気だけ。やってみるか。シリウスは殺さないって言ってるし、やるだけなら……。


 「シリウス、やってもいいぞ?」


 いきなりの呼び捨てに、シリウスがピクリと眉を動かす。

 やっべ、思考に没頭しすぎて、心の中での呼び方が口に出ちまった。怒らせたか?


 「そうか。ならば、早速やろうではないか。ギルよ」


 おや?大丈夫だった。俺が了承したことに反応したのか。あっちも呼び捨てになったし、面倒臭くなくていいや。

 だが、レッドランスには仕返ししないとな。盾役を自ら降板しやがって!


 「レッドランス、お前、審判な。これ殺し合いじゃないから、ルールとジャッジが必要だし」


 「な、なにを?!」


 「それと仲間連れて行くの禁止な?これを噂されたから困るし」


 「勝手に何を仰るのですかな?!」


 「お前もさっき煽ったろ?見物したいとも言ったし。だったら、見物させてやるよ。だけど、ジャッジしてもらうから。断ったら生きて帰れると思うなよ?」


 「……」


 わかってる。俺も横暴だと思うよ?セリフが悪役そのものだし。だけどヤケクソなんだ。このぐらいは許せ。

 さて、まだやることがある。ここではっきりとさせておかないとな。


 「シリウス。今、レッドランスに言ったけど、これは殺し合いじゃない。ルールを決めさせてもらう」


 「ほう?了承するかは別にして言ってみろ」


 「別に面倒なことじゃないさ。ルールは戦闘不能になったら負け。ただし、殺しは無しだ」


 「ふん、良いだろう」


 「それに俺が勝ったらそれなりの褒美はもらう」


 「……良いだろう」


 少し雰囲気が変わった。威圧感が増した?『俺が勝ったら』と言ったのが、自信があると勘違いさせたかもしれない。

 だけど、言うべきは言った。そして了承も得た。だったら、やるか。死なない事を信じて。



 という経緯があったのさ。

 抜け出して来たから、今頃城の中では大騒ぎじゃねーかな。

 もう一度、後ろをチラリと見る。

 シリウスが俺の視線に気がついたのか、ニヤリと笑う。そして、その後ろにはビクつきながら着いてくるレッドランスの姿も。

 今頃、この二人の護衛たちが、俺の仲間に質問攻めしているはずだ。

 だが、今城の中にいるのはシギルだけだ。あいつなら、上手く対応するだろ。

 そんなことを考えていると、角からコボルトメイジが飛び出してきた。

 俺は魔法陣を展開し、即座に魔法を発動。

 コボルトメイジはズタズタに引き裂かれ、何も出来ずに倒れた。

 傍から見れば、ひとりでに魔物が死んだように見えただろう。

 それは風魔法の『かまいたち』で倒したからだ。

 レッドランスは驚き、シリウスは感心している。

 17階層を出てから、ずっとこんな感じだ。俺が魔物を処理しながら、先に進んでいる。

 俺は今近接武器を持っていない。魔法が俺の攻撃手段だ。

 目的地の道中で魔力を使うのは失策だろう。だが、これにも意味がある。

 向かう先は21階層。雪の世界だ。

 氷魔法を使える俺にとっては有利なエリア。炎帝と称されるシリウスにとっては不利なはずだ。

 だから、道中は俺が戦うことにしたのだ。フェアプレイのために。それを装うために。

 さて、なぜ21階層で戦うことにしたのかだが……、それは人が少ないからというのがある。

 21階層は広大な上に、時間をかけると凍死するほど寒い。

 エルピスと魔法都市が出来たおかげで、20階層までは人が多いが、21階層からの攻略は非常に難しい。

 魔物の毛皮を剥ぐ事に気付くまでは、超高難易度なのだ。だからか、未だに踏破率が少ない。だが、徐々に21階層の魔物の毛皮がエルピスの商店に入荷していってるから、それに気付くのももうすぐのはずだ。

 しかし、今はまだ人がいない。都合が良いのもあったのだ。

 それにシリウスを倒せるとしたら、21階層しかないっていうのもある。

 シリウスの攻撃手段がどんなものかわからないから、まだ確証はないけどな。


 「面白い魔法だな」


 おっと、今まで黙って着いてきたシリウスが話しかけてきたぞ。


 「そうだな。俺の魔法陣構成は努力で誰でも出来るが、今の所出来るのは俺だけだろうな」


 「ふ」


 なんだその笑いは。大したことないって言いたいのか?詳しく聞きたいが、厄介なことになりそうだからやめておこう。

 そうこうしていると、ついに20階層へ下る階段が見えてきた。

 さて、次なる手を打とう。


 「ここが20階層へ下りる道だ。が、少々魔力を使いすぎた。シリウス、ここのボスは頼めるか?」


 「……良いだろう。我だけ手の内を見せないのは、王らしからぬよな」


 「そうだな」


 「ぬかす」


 俺が誘導したのはわかっている。だが、王としてそれに乗らないわけにはいかない、といったところか。

 そう、俺が見たいのはシリウスの戦い方。俺が道中の魔物を倒したのもここでシリウスに戦わせるため。

 ここで少しでも見ておかないと勝つことは絶対にできない。

 これでボスが討伐済みだった場合負けが確定するから、生きててほしい。

 階段を下りていき、扉を開けるとそこには、6匹の影。コボルトキングとコボルトエリート5匹。

 よしよし!ボスがいた!これでシリウスの戦いが見られる!


 「じゃあ、頼むわ、シリウス。レッドランスは俺の後ろにでも隠れておけ」


 「ふん」


 「は、はい!」


 シリウスは鼻で笑い、レッドランスがそそくさと俺の後ろに隠れる。

 レッドランスはたしか武道も出来るらしいけど、さすがに魔物に囲まれるのは初めてなのか、ダンジョンを歩いている最中はずっとこんな感じだ。

 おめーが俺を盾(物理)にしてどうすんだ。と初めは思ったが、今では同情している。なんかすまんかった。俺もこの世界に来た時はこうだったしな。

 さて、シリウスはというと……。

 街を散歩するかのように、平然とキングコボルトの方へと歩いていく。

 キングコボルトがシリウスに対して威嚇する。それは来るなと言っているのか、それとも暴言を吐いているのか?

 シリウスはそれすらも心地よい風を浴びるかのようだ。歩みを止めず進んでいく。

 キングコボルトが後退りながら、エリートたちに何かを命令。すると、エリートたちはシリウス目掛けて全員で飛びかかった。

 シリウスは剣の柄に手を伸ばす。

 来た。シリウスの魔剣。これを待っていた。

 ドンッ!!

 轟音と衝撃波。

 大地が震えるような音と、遠くにいる俺を震わす衝撃。

 シリウスは動いていない。まだ剣の柄に触れたまま動いていない。

 なのに……。

 コボルトエリートたちは5匹揃って、上半身と下半身が分かれていた。

 コボルトエリートたちも自分たちが既に()()()()()()事に気がついておらず、離れた手足をバタバタさせながら何かを喚いている。

 何をした?いや、結果から推測できる。目にも止まらぬ、いや、目にも映らぬ速さで斬ったのだろう。剣技ならリディアが一番だなんて思っていたが、シリウスは桁違いだ。

 それよりも、これじゃなんの参考にもならない。それどころか、今のままでは絶対に勝てない。

 キングコボルトがいつの間にか斬られているエリートたちを見て、『ギャーギャー』と叫びながらさらに後退っていく。

 しまいには、シリウスに背を向けて逃げ出してしまう。

 シリウスは「はっ」と笑った後、剣を抜いた。

 お?何をする?せめて、魔剣の力だけでも見せてくれ。

 シリウスはその場で軽く剣を横に薙いだ。

 すると、何もない所から炎が生まれ、まだバタバタと手足を暴れさせていたエリートと、逃げていくキングコボルトを波のように押し寄せ巻き込み、燃やしていったのだ。

 離れていてもその炎の熱さが伝わる。あれに焼かれたら骨すらも残らないだろう。

 それは事実で、わずか数秒で魔物たちは何も残さず燃え尽きてしまっていた。

 シリウスは剣を方に担ぎ、「ふん」と鼻で笑った後剣を鞘に収めた。

 まるで自分の意志を持ったかのような炎の動きだった。範囲攻撃で焼いたのでなく、狙って焼いたようだった。あれが魔剣か。

 すると、俺の後ろに隠れつつ見物していたレッドランスが、ひょこっと顔を出しあることを口にした。


 「あ、あれが聖剣イフリタ!なんという凄まじい威力か」


 聖剣?魔剣じゃなく?なんだそれ、聞いてないぞ。俺が勝手に魔剣だと勘違いしただけだが、そんなことはどうでもいい。聖剣がどんなものか調べてすらいないぞ。

 どうだろう?勝てるのかな?それ以前に、俺生きて帰れるのかな?

 ……いや、火を使う以上、条件は揃っている。困難な道だが、勝利の可能性はある。残念ながら確証を得ることはできなかったが。

 だから俺は、疲れもなく汗すらかいていないシリウスが戻ってくるのを、逃げずに待つのだった。

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