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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
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交差するひととき

 帝国、宰相の執務室で部屋の主である宰相が、顎を撫でながら手紙を読んでいる。

 帝国の皇帝に宛てたギルの書簡だ。


 「ふむ、これはどうもまいったね」


 シリウスと会話をする時とは、別人と思える軽い口調。これは宰相がシリウスより年下というのもあるが、元々がこういう話し方だからでもある。

 誰も周りにいなければ仕方のないことだ。


 「一月後に会談を希望する……か。もう少し早くに書簡を送ってほしかったな。まあ、それも物理的に無理だが……」


 ギルの書簡には、シリウスとの会談希望日時が書かれていた。

 ギルにとってはこれでも急いだのだが、帝国宰相は遅いと言う。

 ギルは勘違いを二つしていた。

 まず一つ目は、王と王が会談をするのだから、たった一ヶ月の準備期間では短すぎるのだ。半年、場合によっては一年先の予定にしても遅くはない。

 一ヶ月では、この世界の移動手段である馬車で来るとしても、場所によってはすぐに出発しなければならない。

 ギルが地球という科学が進んでいる場所の出身であることと、取引には速度が大事と教え込まれたサラリーマン時代の記憶がその勘違いの原因だ。

 だが、宰相が漏らす「早く」というのは全く別の理由だった。

 それはギルがしているもう一つの勘違いだ。


 「陛下は既に出発してしまったんですよ、魔法都市代表殿……」


 シリウスがギル以上の行動力だったことだ。

 シリウスはギル宛てに書簡を出した翌日に魔法都市に向かっていた。宰相が物理的に無理と言ったのは、ギルがどう頑張ったとしても間に合わないから。

 シリウスの城から魔法都市まで、ダンジョン攻略を含めると25日。日時的には5日ほどゆっくり過ごせば、ギルの希望する会談日時なのだが……。

 問題はそこではない。


 「これは早馬を出して、シリウス王に伝えなければいけないな。でなければ、他国であの方が何を仕出かすか、わかったもんじゃない」


 シリウスの性格上、到着してすぐにギルの城を訪ねかねないのだと宰相は心配しているのだ。

 それはさすがにせっかち過ぎるし、何より礼儀知らずだ。

 不遜王と名高いが、国と国の礼儀を失くしてしまえば、さすがに敵だらけになってしまう。

 宰相もシリウスが戦場に立てば、どの国が相手でも負けはしないと思ってはいる。が、さすがに大陸の殆どを敵に回して無事で済むとは思っていない。

 最悪、シリウス以外が死に、事実上帝国滅亡だってあり得る、と。

 だからこそ、相手国の希望は出来る限り聞き入れる必要があると宰相は考えていた。

 帝国が嫌われ、恐れられながらも、大陸の国々を敵に回していないのは、この宰相の努力の賜物なのだ。


 「さて、シリウス王の機嫌を損ねなければ良いのだが……」


 宰相は頭をボリボリと掻き、整った髪型を乱しながらシリウス王へ届けさせる手紙を書くのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 「シリウス様、本当にそのような格好で街を歩かれるのですか?」


 少女が前を歩く男にそう声をかける。

 その男はサラサラの金髪に、誰が見ても美男と判断されるであろう顔立ち。どこぞの名家の子息だと思える気品さがある。

 しかし、服装だけはその容姿に釣り合ってはなく、ボロボロの冒険者装備なのだ。


 「名前を呼ぶな、ミア」


 その男は帝国の皇帝、シリウスだった。

 さすがに周りに人が大勢いる場所で、シリウスの名前を呼べば大騒ぎになる。シリウスがミアに注意する。


 「そうだぞ、ミア。王が、シリウス王だと露見しないための偽装なのだ」


 ミアの隣を歩く、大柄な年老いた剣士も少女を注意する。


 「貴様もだ、ガイア」


 シリウス王というワードを言ってしまうガイアにも注意するシリウス。


 「おっと、これは失礼。ガッハッハ!」


 ま、バレたらその時はその時だと言わんばかりに、ガイアは豪快に笑う。

 全く悪びれないガイアと、シリウスを誰よりも心配するミア。この二人がシリウスの付添だった。

 王の護衛がたった二人とはと誰もが疑問に思うが、更に言えば、ミアは戦闘が出来ない。実質、護衛はガイア一人だ。

 それで十分なのだ。いや、必要ないのだ、シリウスには。

 では、何故連れてきたのか?

 それは、お忍びとはいえ帝国の王が単独で出向くなど外聞が悪いと、宰相が決めたことだった。

 たしかに、皇帝が他国の王と会談するのに、護衛が一人もいないのでは外聞が悪いどころではない。シリウスが最強だと疑っていなくとも、それは別の話。

 シリウスも自分を皇帝だと隠すつもりはないが、宰相の願いだから嫌々ながらも気をつけているに過ぎない。が、今はそれすらもどうでもいいと思っていた。


 「ほう……、常闇の街と聞いていたが、素晴らしいな」


 「な?!誰も褒めない王が、そのような言葉を?!」


 「莫迦め、良い物は良いと認めることが出来る者こそ、真の王者だ」


 「シリウス様もご自分を王だと言っていますね……。ですが、本当に綺麗な町並みですね」


 ミアが感嘆の声を漏らす。

 ミアやシリウスの視線の先には、光魔法で彩られた町並みが広がっていた。

 シリウスたちは魔法都市に到着したばかりだったのだ。

 シリウスが城を出て、25日後。予定通りに無事魔法都市へ辿り着いていた。


 「ふん、やるではないか。魔法都市代表」


 「たしかに。魔法とは攻撃ばかりではないということですなぁ」


 「帝国の市場もシリウス様が王になられてから活気にあふれていますが、ここはまた別の意味で活気がありますね」


 「ここは魔法の為の街だ。魔法の新技術を買うため躍起になっている商人の熱気は別として、隣の街と明確にコンセプトを分けているのだろう。活気だけならば、帝国より隣の街、エルピスだったか?の方がある」


 シリウスの推察通りだった。

 魔法都市は新しい魔法を学び体験できる街として、エルピスは娯楽に重視したコンセプトがギルによって決めれられていた。


 「それより王よ。約束は5日後のはず。魔法都市に来てもよろしかったのですかな?」


 ガイアが言っているのは、ギルとの会談の予定日のことだ。宰相の早馬はどうにか間に合い、シリウスに伝えられていた。


 「我に対し日付を指定するとは、随分とでかく出たもの。神の啓示のように、我の行動そのままに受け入れよと、そう言いたいのだな?」


 「いえ、ちが――」


 「たしかにそうだが、この国の王にも考えがあるのだろう。それを見せてもらうのも一興。故に、この魔法都市を見に来たのだ」


 「えっと、どういうことでしょう?」


 「町並みでこれを作った者の性格がわかるということだ」


 「さすがシリウス様!」


 ミアが周りの目を気にすることなく、シリウスに向けて拍手をし、シリウスは当然とばかりに鼻で笑う。

 本当に身分を隠したいのか疑わしいが、シリウスの言葉は事実で、ある程度ギルの性格を見抜いていた。


 「それで、この国の王はどうですかな?」


 ガイアが街を見渡しながら訪ねる。


 「一見、街は乱雑だがこれは持ち主個人の性格だろう。だが、区画が整理されている。どの道幅も一定。狂っていると言って良いほどキッチリしているな。そして、光魔法による演出。ただの魔法士上がりには、到底無理な芸当だ。当然、店の経営者共が考えたことでもあるまい。しかし、驚くべきところは、これを考えた期間だ。魔法都市が出来た時期と、噂で聞いた代表の年齢を考えれば……」


 シリウスはフンと鼻で笑い、間を置く。


 「その性格は、ある程度の完璧主義、知能が非常に高く慎重。だが、大胆さもある。予測不可能な行動を取ることが多いと思われていそうだ。が、それはそう思っている者たちの知能が、この国の王に追いついていないだけだ。魔法都市の王は賢王だな」


 「「へぇ……」」


 ミアとガイアが感嘆の息を漏らす。

 シリウスの推測に感動したのではない。シリウスに『賢王』と言わせる魔法都市の代表に感心したのだ。


 「ふむ、よし。この国の王の性格はわかった。後5日はゆっくりと見て回るとしよう。魔法都市の代表がどんな国を作ったか興味が湧いてきた」


 シリウスが暴れるのではないかと宰相が心配していた事は、シリウスの気分で無事回避された形になる。


 「ならば!王よ、隣のエルピスには極上のエールがあるそうですぞ」


 「ほう?では、まずはそれを飲みに行こうではないか」


 「そうしましょう!」


 「ガイア様……」


 ガイアはシリウスの近衛騎士長であり、ミアは付き人。本来はミアにガイアを嗜めることなど出来ないが、付き合いの長さがそれを可能にしていた。

 ガイアも少しだけばつが悪そうに「良いではないか、ミア……」と言った後、切り札を切る為に小声でミアに耳打ちする。


 「シリウス王がなぜ魔法都市に来たがったのだ?それは王として、疲れや飽き、もしくは暇に感じていたのかもしれんぞ。ここで数日楽しみ、不満を発散して帝国に戻るべきではないか?」


 こう言われれば、ミアとしては納得せざるを得ない。

 シリウスを第一と考えるミアは、渋々ながらも頷く。


 「何をしている?置いていくぞ」


 「は、はい!只今!」


 「ガハハ!楽しむぞぅ!」


 こうして再びシリウス一行はエルピスへと戻るのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 シリウスたちとすれ違うように、また別の一行が魔法都市を訪れていた。

 髭を蓄えた、見るからに高貴だと分かる高価な服装。護衛や付き人を大勢付き従えた貴族が魔法都市の入り口で呆然としていた。


 「これは………、凄いな」


 感動し、思わず感想を漏らした男は、王国レッドランス領主である、ゲオルグ・フォン・レッドランスだった。


 「閣下?」


 立ち尽くすゲオルグを心配した従者が声をかける。


 「問題ない。少々、驚いただけだ。信じられるか?これが常闇の街だそうだ」


 「この場所はダンジョンとしての影響が少ないのでしょう。ダンジョンが形成したものではなく、元々この空間があったと考えるべきです」


 少しズレた答えを言う従者に、ゲオルグは苦笑いする。


 「ミゲル、お前は賢く信頼できる男だが、少し情緒に欠けるな。解析は大事だが、感動すべき時は感動してもいいのではないか?」


 ミゲルと呼ばれる従者は、ゲオルグの信頼している従者だ。ゲオルグの館の一切を任されている執事と同じぐらい大事にされている。

 ミゲルは本来従者などで収まる人間ではないとゲオルグは考えていた。知識も情報収集能力も高い。それこそ本人が望めば、ゲオルグは軍師にしてもいいと思っているほどに。

 しかし、ミゲルはただの従者であることを選んでいる。常にゲオルグの側にいるために。

 従者というより、ゲオルグにとってミゲルは助言をしてくれる友人に近い。

 だからこそ、ゲオルグは自分が感動している時は、同じように感動してほしいと思う。


 「いえ、感動はしております、閣下」


 「ほぉ?」


 「見てください。常闇の街ですから分かりづらいですが、現在深夜でしょう。なのに、この活気。ダンジョンという特殊な立地もありますが、一日中冒険者や商人が動き回っています。それこそ、時など関係ないと言わんばかりです。夜に寝静まらない街など、この街ぐらいでしょう。非常に感動的です」


 「……なるほど、お前は感動する所も私とは違うのだな。しかし、お前の言う通りだ。これは異常な光景だな。これを予測してこの都市を作り上げたとすれば、代表とは恐るべき男だな」


 この評価はギルにとって過大評価だろう。結果的にそういう街になっただけで、狙ったわけではないからだ。

 当のギルは夜にゆっくり寝たい派だ。ただ、周りがそうさせてくれないが……。


 「しかし、予想より早くついてしまいましたね」


 「ああ。魔法都市代表より書簡が届いた時は驚いたものだ。まさか、一月後とはな」


 ギルはシリウスの他に、もう一通ゲオルグに書簡を送っていた。『予定が空くのは一月後しかない』という内容だ。


 「魔法都市は出来たばかりだと聞きます。余裕のない日程に、無理矢理ゲオルグ閣下とお会いになる予定を入れたのでしょう」


 「であれば、早めるのではなく遅らせれば良かったものを。……とは、私が言うべき言葉ではないな」


 ゲオルグは魔法都市へ謝罪しに来たのだ。我儘を言う立場にない。

 しかし、それでも一ヶ月後は、この世界の住人であるゲオルグにとっては異例過ぎるのだ。


 「ですが、なんとか間に合いました。それに急ぎ足の旅でゲオルグ閣下の体調も心配です。まだ数日ありますので、ゆっくりされてはいかがですか?」


 ゲオルグは「ふむ」と頷くと、連れてきた護衛や付き人の顔を見る。殆どが疲れを隠しきれていない。


 「そうだな。皆も疲れているようだ。考察や代表の情報を集めるのは、明日以降でも出来る。今日は宿を取った後、食事でもしてゆっくり休もうではないか」


 ゲオルグが全員に聞こえるようにそう告げると、護衛や付き人は安心した顔つきになる。


 「でしたら、旨い酒と珍しい料理を出す店があるそうです」


 「毎回のことながら、お前の情報収集はどうやっているのだ?私と同じく今来たのだろう?」


 「私の仕事ですから。それよりも閣下の体調管理です。急いでその店へ参りましょう」


 種明かしをしないミゲルに、ゲオルグは苦笑いする。


 「わかった。もちろん、案内できるのだろうな?」


 「当然でございます。今通ってきた隣街に戻ることになりますが……、ご案内いたします」


 ゲオルグを護衛や付き人が囲むようにして、ミゲルの後をついていく。



 数十分、魔法都市出国の列に並びようやくエルピスへ戻ってくるが、目的の店があるのはまだ先で、護衛たちが人混みを掻き分けるのにウンザリした頃、ようやくとある店へと辿り着いた。 

 店に入ると、もう寝ても良い時分だと言うのに店内は満席近く、十数人のゲオルグたちが固まって座れるような空席が見当たらない。

 血の気の多い護衛の一人が、さすがに苛立ち始める。


 「おい、そこの給仕!」


 このまま待たされてはかなわぬとばかりに、護衛がウエイターを呼びつける。しかし、それをゲオルグが止める。


 「やめておけ。我々が何しに来たのか考えてから行動しろ」


 「しかし!」


 「気持ちはわかるがな。この香ばしい匂いを嗅ぎながら待つというのは拷問だろう」


 ゲオルグが笑いながら言うものだからか、護衛はようやく落ち着きを取り戻す。

 それを見てゲオルグは一つ頷くと、「さて、どうするか」と悩む。

 このまま待っていればいずれは食事ありつけるが、どうも自分を含めて空腹の限界が近い。さっさと踏ん切りを付けて違う店に行くべきか。そう悩んでいると、店主らしき人物が小走りでゲオルグの下へ近づいてきた。


 「いらっしゃいませ、大変お待たせ致しました、お客様」


 「いや、どうやら席が空いていないようだが、さすがにこの人数では無理か?」


 「えー……、12人でございますね」


 店主が護衛の顔色をチラリと見て、「今日は遅いし来店はしないか……」と呟くとまた笑顔になる。


 「どうやらこの街に着いたばかりに見えますし、お疲れでしょう。他のお客様のご予約席ではありますが、そちらの数席をお使いください。どうぞ」


 そう言いながら店の奥へと案内される。

 ゲオルグたちが黙ってついていくと、奥まった所に団体でも座れるような空席があった。

 ゲオルグが席につくと、店主が「ご注文が決まる頃、再度お伺い致します」と言い小さく礼をして離れていく。

 護衛たちも座ると、先程給仕に文句を言いかけた護衛の一人が満足気に頷く。


 「なんだよ、他の客からもあまり視線が通らない場所が空いてんじゃねーか。閣下の身分が良さそうだから、焦らされたんですかね?」


 「どうだかな。この席は指定席というやつだろう。王国でも貴族の為に空けておく貴賓席のようなものだ」


 「だとすれば、随分と礼儀知らずですな。閣下のように、見るからに貴族を案内出来るというのに渋るとは。他の貴族だったら怒鳴り散らしているに違いない」


 はっはっはと笑う護衛。だが、それをゲオルグのお気に入りの従者が否定する。


 「どうでしょうか。この席に案内されるまで、周りを見ておりましたが様々な客が満足気に食事しておりました。商人や冒険者、それこそ貴族まで」


 ミゲルの言葉にゲオルグが頷く。


 「そうだな。この街や魔法都市に身分は通用しないと聞く。それにあの店主の対応はどうだ?王国の貴族が行く店よりしっかりした接客だ。それにお前たちの疲れ具合を見て、この席に案内することを決断したようだぞ?疲れているとはいえ、そして客とはいえ、我々の方が無礼だったのかもしれん」


 ゲオルグとミゲルにこう言われ、護衛もバツが悪そうに俯く。これで護衛も静かになるだろう。


 「それより、食事にしようではないか。それでこの店の珍しい料理と旨い酒というのはどういうものだ?」


 「申し訳ありません。詳細を調べるほど時間がありませんでしたので」


 ミゲルが申し訳無さそうに謝る。

 珍しく情報が出てこないミゲルだったが、それをゲオルグは咎めない。当然ながら、その従者の側には自分もいたのだから、そんな時間がないことはゲオルグも知っているからだ。

 ゲオルグは悩む。


 (ふむ、困ったぞ。折角、席につけたというのに、人気の料理を口に出来ないのはさすがにな。数日間の猶予があるとはいえ、この香りの料理を今口に出来ず、他の料理で満腹になるのは避けたい)


 そう頭を悩ませていると、近くの席から声が聞こえた。


 「ほう?ほほう?」


 「ど、どうでしょう?」


 「我の国の料理、その全てより美味だ。お前たちも食してみよ」


 「はい」


 「()()よ!……う、美味いですな、これは!!そして、この酒も旨い!」


 「むぐ……、ほぁあ、美味しいですね!」


 「うむ、少々驚いた。我でさえ見たことのない料理が、ダンジョンの中で食えるとはな」


 ゲオルグの位置からは三人の姿は見えないが、どうやらその客たちはこの店の名物を食べているみたいだ。

 料理の感想を聞き、それが高評価ならば尚更食べたくなるもの。


 (むむ、やはり食べなければならんな。この席に案内されるとき他のテーブルを見てみたが、皆一様に同じ料理を食べていた。あれがおそらくそうだろう。今日食えずともと思うが、目の前にあるのだ。ぜひとも食べてみたい)


 ゲオルグは贅沢な暮らしはしない。しかし、貴族が楽しめることは全て経験してもいる。経験したことがない料理が目の前にあるのだ。それを食せず何が貴族かという意地もある。

 そんなことを悩んでいると、ゲオルグを案内した店主が向かってくる。注文を聞きに来たのだ。


 (まいったな。素直に聞くことは恥ずかしくない。が、間違うのは避けたい。何もこの店の名物料理が一つというわけでは無いだろう。聞き方を間違えれば、別の料理が来てしまう。今、我々が食べたいのは、先程の客が美味いと言っていた料理なのだ)


 もうすぐ店主が注文を取りに来る。猶予はそれほどない。

 しかし、突然店主が入り口がある方向を見て驚く。

 先程の丁寧な口調とは別の、それでも彼にとって最上の礼儀を尽くすような口調で話し出す。どうやら客が来店してそれに驚いたようだった。

 その会話がゲオルグの席にも届いた。


 「こ、これは旦那方!今日はいかがしたんで?!」


 「何しにって、飯食いに来る以外あんのか?」


 「おい、クリーク。仕事の相談なんだからコーヒーの店でいいじゃねーか。っていうか、寝かせろよ。眠いんだよ、俺は。それに店主が迷惑がってんじゃねーか」


 「い、いえ、そんな」


 「いいじゃねーか。大事な仕事は数日後なんだろ?それに今日の相談は酒が入っていたほうが良い。おい、いつもの席空いてるか?」


 「あ、あの。旦那、申し訳ないですが、今日はもう来ないと思って他の客入れちまったんです」


 「なに?」


 「いいじゃねーか。忙しそうだし、団体客でも来たんだろ。俺らは空いている席でいいから、とりあえずビール、それにシーフードフライな。クリークもそれでいいだろ」


 「ああ。まあ、そういうことなら仕方ねえ。が、落ち着いた席じゃないとさすがになぁ……。飯食い終わったら俺の執務室に行こう」


 「マジか……」


 その会話の後、声がゲオルグから離れていく。空いている席へと案内したのだ。


 (悪いことをしたな。この席を指定した客が来たようだ。だが、心の広い客のようで助かった。この厚意に預かるとしよう。ふむ、しかしあの客、『ビール』と『シーフードフライ』と言っていたな。それが名物か?)


 ゲオルグがようやく料理の名前を知った頃、店主が再び席に顔を見せた。


 「大変おまたせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」


 いよいよ注文の時だ。

 やはり、どうしてもあの料理を食べてみたい。だから、恥を忍んで素直に分からないと店主に伝えようと決断する。

 だが、その前にと。


 「店主、どうやらこの席を指定した人物が来てしまったようで、迷惑をかけたな」


 「あ、聞こえてましたか。あちらは問題ないので……」


 ゲオルグは店主の心遣いに感謝することにした。

 ゲオルグが平民や農民から好かれるのは、こういうところなのだ。


 「それはよかった。しかし、注文だが……、この街に来たばかりでわからんのだ。皆が一様に食べている物は『ビール』と『シーフードフライ』で良いのか?」


 「ええ!それが当店の名物でございます」


 それは良かったとゲオルグは頷く。


 「では、それを人数分頼む」


 「かしこまりました」


 店主がそう言い、小走りで去っていくのを見て、ゲオルグはホッとする。

 その様子を見ていたミゲルが「お見事です」と言いたそうにしていた。

 そして、いよいよ料理がテーブルに並ぶ。


 「これがそうか」


 透き通る氷の器に入った金色に輝く飲み物と、湯気が立ち上がり食欲をそそる香りを放つ黄金色の料理。

 それを見てどこからともなく、口に溜まる唾液を嚥下する音がゲオルグの耳に届く。それは自分が出した音なのか、護衛の誰かのものか。


 (しまった。外見を楽しむのは後にしよう。まず、私が食べなければ護衛や従者が食べられん)


 毒味など必要ない。なぜなら、ゲオルグは毒消しポーションを常備しているからだ。

 それよりも、出来たてを食べられなくなる方がよっぽど毒だ。

 ゲオルグはまず酒に手を付ける。

 持ち手の部分に布が巻かれ、氷で手が冷たくならないようになっている。

 それを握り、一口含む。


 (つ、冷たい!それに何だ?この舌が痺れる強い刺激は!エールとは別物だぞ!これはワインのように口に含んで楽しむものではない。一気に飲み込むべきものだ!)


 ゲオルグは貴族としての経験でそれを理解する。

 そして、ゴクゴクと酒を飲んでいく。


 「くぅ!たまらん!暑いこのダンジョンエリアにこの冷たく、そして痺れるような喉越し!確かにこれは名物よ!」


 しばらく余韻に浸りたい。しかし、まだ料理に手を付けていない。それを食べなければ従者や護衛が食べられない。

 余韻を楽しめないことを残念に思いながら、料理をフォークとナイフで切り、口に入れる。

 噛むと食材を包む周りの殻がサクリと優しく砕け、まだ高温を保つ中の食材が口内で別の香りを放つ。

 噛めば噛むほど味が染み出し、ほどよく効いた塩がそれを助ける。


 「なんと……、これは……、言葉にできん。皆も遠慮せず食え。これは出来たてが一番のはずだ」


 ゲオルグがそう言うと、護衛たちの顔がぱあっと明るくなり、がっつくように食べ始めた。


 「う、美味い!」

 「何だこれ!!」

 「俺はこの酒だ!これは極上だろう!!」

 「ああ、同感だ!閣下が仰っていたように、この気温にはこれしかない!」


 各々が食べ物を口に含みながら感想を漏らす。

 貴族ならば、このようなマナーを無視した食べ方を下品と叱るだろう。しかし、ゲオルグはそれをしない。


 (仕方がない。こんな料理が目の前にあれば、誰でもこうなる。私も護衛や従者が近くにいなければ、同じように食べるだろう。それだけ美味い。ふむ、謝罪という気の重い事をしなければならんこの旅も、この料理に出会ったことで帳消しに出来るほどだ)


 ゲオルグは魔法都市やエルピスの街、この店の雰囲気を思い出す。


 (身分はこの国で影響しない。そう魔法都市代表は明言していると聞く。なのにこの平和な街はどうだ。酒場での殴り合いなど起こりそうにない。それも衛兵が常に見回りをしているからだろうが、それだけとも思えん。これも代表の影響か?……そして、この美味い食事よ。これがダンジョンの中だとは到底考えられない)


 数日後にはギルと会うことになるが、この街に来る前と来た後でゲオルグの気持ちが変化していることに気付く。


 (魔法の一撃で軍隊を壊滅させる暴力的な一面と、気配りの効いた店がある街を作り出す繊細な一面か)


 ゲオルグは切り分けたシーフードフライを口に含むと、「やはり、美味い」と言いながら満足気に頷く。


 (これは代表に会うのが楽しみになってきたな。さて、どんな人物か)


 そして、ビールを呷って酒気漂う息を目一杯吐き出した。


 (今夜はよく眠れそうだ)


 こうして、指導者たちの夜は更けていくのだった。

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