火属性の授業
「まあ、そんなわけで王国の軍隊を壊滅させてやった事を伝えに来た」
魔法学院の講堂に入るなりこう言ってやった。
どうしたのかね。口をパクパクして、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔じゃないか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんた何言い出すんだ」
襲撃以来、少しだけテッドの好感度が上がったおかげか、警戒心は解け、気安く話しかけてくるようになった。たぶん、襲撃を助けたからでなく、さきイカを上げたからだろうけど。
言葉遣いがアレだが、まあいいか。俺の見た目が年下だからプライドもあるのだろう。
「王国が攻めてきたって噂が流れてただろ?アレ本当」
「で、では、代表様がお一人で撃退したという噂も街で流れてましたが、あれが事実だと?」
テッドと冒険者コンビのエレナか。エミリーと3人でいつも仲が良いな。ん?4人に増えてる。知らない間に新しい友達ができたのかな。
まあ、あのエミリーのことだ。友達を増やすのには困らないか。
エレナが言っているのは、おそらくオーセブルクにいた商人だか冒険者だかが俺の戦いを見て、それを魔法都市で話し広まった噂だろう。
「そうだ。俺が一人で潰した。魔法一発でな」
俺のこの一言で、「おお!」という歓声が講堂中に響く。
「魔法とは、破壊するという方向で極めると、そこまでの威力が出せるのだな」
「いやいや、潜在的な魔力があってこそだと私は思うな」
「つまり今の所、代表や三賢人しか、なし得ないと?」
「そうは言っていない」
「では?」
「さてな……。ただ、この学院の授業の方向性を考えると……、知識次第ではないかな」
「なるほど。知識さえ手に入れることができれば、我々でも可能だと。では――」
おぉ、魔法学院らしく魔法議論に花を咲かせている!いいじゃないか、真剣に励んでいる学生らしくて!でも、目の前に俺がいるんだから聞いてほしい!
いやしかし、折角自分たちで『考える』という面白いことをしているのを、いきなり答えを教えて邪魔するのはどうだろうか。悩ましいところだ。
などと悶ている場合ではないな。授業もあるのだから、続きを話さないと。
「代表、いいですか?」
話し始めようとすると、ある少女が手を上げて俺に何かを聞こうとしている。
エミリーたちと一緒にいる子だ。が、名前は知らない。
「えっと、君は……」
「クルスといいます。壊滅させたと言われましたが、王国側に犠牲者が出たということですか?」
「……おそらく4万人ほどの犠牲者が出たはずだ」
クルスの質問中も議論を続けていた生徒たちが静まり返る。
数字で言われ、その惨たらしさに今頃気がついたのだろう。
「では、代表は大虐殺をなさったということですね」
「ク、クルスちゃん!」
エミリーがクルスを止めようとしているが、クルスは立ったまま俺を睨んでいる。
さて、スパールの話だと、既に虐殺が起きる事を伝えてあると聞いた。つまり、生徒全員がそれを知っているのに、それを俺に聞く意味はなんだろうな。
俺を悪者にしたいってところか?
「ま、事実だし否定はしない」
「つまり、ご自分がただの虐殺者だと認めるのですね?」
「クルス、だったな。言葉で誘導して、何を俺に認めさせたいのかわからんが、言いたいことは自分の言葉ではっきりと言え」
「……失礼しました。私は王国出身です。さすがにそれだけの犠牲者が出て糾弾せずにいられないのです」
なるほど、そういうことなら仕方ないか。さすがに自分の国の兵士が4万も犠牲になって、のほほんと笑って学生生活できないってことだろう。
「拳を振り上げたのはあちらが先だしな。正当な防衛だと思ってくれ」
「他にもっとやりようがあったのでは?魔法都市側が無抵抗ならば、それほどの死者が出ることもなかったように思えますが」
ん?なんか変な方向に話が行っている。それに言っていることが支離滅裂だぞ。
「君は5万人の兵士が攻めて来ているのに、無抵抗を貫けと言っているのか?」
「そうしていたら、4万人の死者も出ていませんでした」
「どうしてそう言い切るのか理解できないな」
「私が王国民だからです。王国はそのような酷いことはしませんので」
おお!凄いじゃないか。なんという自国愛。なんという愛国者!アホなことを言うなよ。
「はっきり言って、この議論は無駄だが……、いいだろう付き合ってやる。その可能性はあり得た。しかし、犠牲が出たかもしれない。どちらもあり得たのであれば、自国を守るために相手を撃退するのは当然だろう」
「ですから、無抵抗ならば犠牲者は少数で済んだというのはわかっていることなのです」
「少数ならば良いと?ここにいる誰かかもしれないぞ」
「……それでも王国の兵が4万人も死ぬことはなかった」
「俺は確実に殺されていたぞ。なんせ狙いは俺だったからな」
「だとすれば、代表お一人の犠牲で――」
「ふざけるな!!」
今まで淡々と話していたのに、急に叫ぶように声を荒げてしてしまい、殆どの生徒がビクリとし震えだした。
しまった。殺意を込めちまった。議論で感情的になってはいかんな。
「俺は自分が殺されるのも、仲間が殺されるのも真っ平御免だ。虐殺者だと言われようとも、自分たちを守るためならいくらでも殺してやる。それが俺を殺そうとする者の末路であり、自業自得でもある」
「じ、自分勝手過ぎます!」
「なんとでも言ってくれ。俺は襲われたから防衛した。誰も何かを言う資格はない。自分が襲われてから言ってくれ」
「私はあなたを許すことは出来ません!」
だめだ。この子は自分の正義感や自己犠牲を信じすぎているし、相手にそれを求めすぎて議論にならん。
議論に付き合わず、相手にしないのが正解だったようだ。
「それで構わない。だから偉くなって他のアホ共に言ってやってくれ。魔法都市を攻めないでって。そうすれば犠牲者はこれ以上出なくなる。……よし、悪いが授業があるんだ。議論はここで終わらせてもらうよ」
「逃げるんですか!」
「他の生徒の点数加算を君が邪魔するのか?それは他人を犠牲にするということかな?」
「くっ!」
「悪い。嫌味を言うつもりはなかった。だが、そろそろ授業に移りたいのは本当だ。今日は大事な火属性の基礎を俺が教えなきゃならなくなってね。その後で皆に聞かなきゃならないこともあって、時間がカツカツなんだよ」
「わかりました!ですが、私は気分が悪いので今日は帰ります!」
「ク、クルスちゃん……」
エミリーは意固地になっているクルスを宥めようとするが、クルスは頭に血が上っていて聞こえていない。
俺はチラチラと俺の顔色を窺うエミリーに、顔を横に振って「行かせてやれ」と合図する。
「構わない。他の生徒から授業内容だけは聞いておけ」
「……失礼します」
そして、クルスは退室していった。
「……さて、早速だが授業を始めるよ」
俺がクルスを気にする素振りすら見せず、本当に授業を始めたことに他の生徒たちも一瞬唖然とした後、慌てて授業の準備をしだす。
俺は準備ができるのを待つように、少しだけ間を置いてから続きを話した。
「…………火属性について。唐突だけど、君たちは火について何を知っている?……君から順番に、言ってみて」
生徒に答えさせるという、おそらくアニーとは違う教え方だったのか、初めに当てられた生徒は驚くが、恐る恐る答えた。
「そ、その、燃える。そう、物が燃えて火が発生します」
「うん、次の君は?」
「火は……、移ります!」
俺は頷いて次の生徒を見る。生徒たちは順番に自分が知っている『火』について答えていった。
横一列答えさせてから、俺はもう一度頷く。
「うん、皆が知っているのは正しい。だけど、その原理を知っているわけじゃないんだ。今日の授業はそこをもう少しだけ詳しく説明するね」
とはいっても、化学式を基礎から説明していると日が暮れても説明が終わらないから、簡単に教える。
「物が燃えるのに大事なのは3つ。可燃物、熱、そして空気」
酸素とは言わない。酸素という言葉がこの世界にはまだ無いからだ。
どこからともなく「空気?」という声が聞こえる。
「空気というのは君たちが吸って生きている空気のこと。それが無ければ、だいたいは燃えないんだ」
酸素がなくても燃える物もある。火薬など酸素を含んでいるものや、自己反応性物質というニトログリセリンのような、衝撃を与えて燃焼、爆発する物質がそうだ。
「今も言ったように、『だいたいの物』は空気がないと燃えない。例外はあるけれど、今日はその説明は省くね。大事なのは酸素がないと燃えないというところだ。逆に空気を多く加えれば火力が増すということにもなる。これを魔法に置き換えよう。可燃物と熱は魔力で、空気は既に周りにある」
俺は魔法陣を展開して火を出してみる。
後ろの生徒にも見えるように30センチぐらいの炎だ。
何度か『無詠無手陣構成』をやって見せているが、まだ珍しいのか何人もの生徒が「おぉ」と感嘆の声を上げている。
「火の大きさは魔力を流す量で決まるのは皆もわかっているよね。でも、熱の温度を上げるためにはどうすればいいと思う?エミリー言ってみて」
急に刺されたエミリーが驚いて立ち上がる。
「ふぁい!?え?あ、あの、ああ!空気です!さっき代表様が言っていたように空気を加えると火力が増します!」
「そうだね。俺が言ったことを良く覚えてた」
「えへへ」
エミリーが照れながら席に座る。
「じゃあ、この火に風魔法を合成してみるよ」
俺は合成魔法で火と風属性を合わせた魔法陣を展開し魔力を流す。
すると、青い火が魔法陣から噴き出した。
「蒼炎になったね。温度で言えば、赤い火が約1000度なのに対し、蒼い火は約1700度になる。余談だが、この蒼炎なら鉄防具も貫くことができる」
鉄の融点が1600度だからなどとは教えない。あくまで余談だからだ。
本当なら赤い火は炭素がどうのと詳しく教えたいところだが、それもこの魔法の授業には関係ない。
俺が出した蒼炎に、生徒たちは少年少女に戻ったみたいに目をキラキラさせて感嘆している。
俺と一悶着あったレッドランスの三男坊ですらだ。
やっぱり皆魔法に興味があって学びに来ているのだ。ちゃんと教えれば、しっかり勉強してくれる。
「今やったのが合成魔法。火属性と風属性の合成だ。いずれその授業もあるから楽しみにしていてくれ」
「代表様、よろしいですか?」
お、質問か。質問者はエレナだ。
「エレナ、わからないところか?」
「あ、いえ、アニーさんは魔法陣も教えてくれるのですが……」
何?!そういうことも教えなきゃいけないのか?!火属性魔法ぐらい誰でも使えるだろうが。
と思ったけど、現在の魔法士は一つの属性を使うのに一生を費やすのだと思い出した。
魔法陣に描く火のところを違う属性に描き直せばいいだけだが、細かく言えば属性ごとに活用方法が違う。先人が生み出した完成された魔法のテンプレートを、暗記し描くのは苦労するということだろう。
俺みたいに前に飛ばすことばかりではないのだ。
つまり、魔法陣の詠唱文を教えないと生徒たちは真似出来ないということだ。
とはいっても、俺はこの世界の字はまだまだ。まいったな、適当にはぐらか、いや、正直に話そう。
「悪いけど、魔法陣についてはアニーが帰ってきたときに聞いてくれ。俺はこの大陸出身ではなく、故郷の字で魔法陣を描いていて、教えても無駄になると思う。それに残念ながら、この大陸の字は俺も勉強中なんだ」
正直に話すと生徒たちから笑い声が上がる。
馬鹿にしている嘲笑ではなく、単に面白いから笑っている。
良かった、馬鹿にされなくて。
「いえ、そういうことなら、アニーさんに聞きます。ありがとうございます、代表様」
「ごめんね。ということで、火属性の授業は短いけど今日はここまで。で、俺から皆に聞きたいことがあるんだ?」
本題だ。これを聞くために今日はわざわざ教師の真似事をしたんだ。しっかり聞いておかないとな。
「帝国出身者はこの中にどれぐらいいる?」
俺の質問に数人が手を挙げる。
お?!テッドとエレナもか!そう言えばそうだった!なんだよ、だったら尚更呼び出せば良かったじゃんか。
いや、テッドとエレナが知っていると決まったわけじゃないか。情報は多いほうが良い。他にも聞ける相手がいるなら、そいつからも聞くべきだ。
しかし、黙る所は黙るべきでもある。今度、帝国の王が会いに来るんだと言ってみろ。また大きな騒ぎになる。
「帝国のシリウス王はどんな魔法を使うのだろうか?聞けば、歴代の王はかなりの魔法士だと聞いたのだが、シリウス王のことは全然聞かなくてね。魔法士として興味があるんだよ」
まあまあ上手い聞き方か?ちょっとわざとらしくもあるが……。
俺が聞くとテッドとエレナが顔を見合わせて笑っている。
「どうしたテッド?俺、おかしいこと聞いてる?」
「ああ、いや、悪かった。そうか、シリウス王のことは誰も聞かないから知らなくて当然か。それに若い世代しか知らないしな。若い帝国民なら誰でも知っているよ」
「はい、その話は有名ですから」
「そうだったのか……。でも、若い世代だけとはどういうことなんだ?」
「若いつっても俺ぐらいの年齢やちょい上の奴も知ってるけどな。シリウス王が、革命で前王に勝利した時、戦に関わった奴は殆ど死んじまっただけなんだ」
それって革命軍が元帝国軍を全滅させたってことか。大岩落としをした俺が言うのもなんだけど、それはそれは酷い惨状だったことだろう。
で、前王の帝国軍には若くない奴が多く、シリウス率いる革命軍は若い世代が中心だったわけだ。
でも、それだけで古い世代がシリウスのことを知らないわけがない。と思ったが、俺にはわからない事情があるのだろう。
たとえば、根掘り葉掘り聞いて反乱すると思われたくないとかな。
俺だったらそんなレジスタンスみたいな組織の噂を聞いた時点で潰す。デカくなる前に潰す。俺が似ていると言われているシリウスもたぶんそうするだろう。
で、他国の奴らも似たような理由で聞きたくないのだ。
それを理由に攻めて来られても困るしな。
ふむ。では、そろそろ本題を聞こうかな。
「で、その有名な魔法はどんなものだ?」
すると、やはりテッドとエレナが笑い、エレナが申し訳無さそうに咳払いすると簡単に教えてくれた。
しかし、俺はそれは聞いて驚くことになる。もしかしたら、法国の半魔や女神の話を聞いた時より驚いたかもしれない。
それは……。
「シリウス王は、魔法が一切使えません」