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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
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幕間 魔法都市へ赴く者たち

 魔法都市との戦争から10日後。

 あの戦いを戦争と言って良いものかはさておき、軍隊の指揮を任されていた将軍は、レッドランス領へと無事に戻ることができていた。

 帰ってくるなり急いで領主に報告をすべく、領主の住まう館へと赴く。敗戦の報告だからか足取りが重い。

 館の執事と話すと間もなく領主が仕事をしている執務室へと通された。

 普通、上位貴族、それも領主ともなれば、戦の報告であっても数時間、忙しさや手続きによっては数日待たされることもあるのだが、ゲオルグ・フォン・レッドランスは違う。

 多忙なのは間違いないが、ゲオルグが仕事や職務で悩むところを将軍は見たことがない。つまり、仕事が異常に早いのだ。

 そのため、どんなに優先度の低い報告であっても待たされた記憶がない。

 それはひとえにゲオルグが優秀である証明でもあるのだが、それでも領主の住居に約束もなく訪れ、執事に話し数分で会えるなど、この大陸中どこを探してもゲオルグだけだろうと将軍は思う。

 だが、今日はその優秀さが、さらに将軍の気を重くさせる。

 いや、この気持ちのまま何時間も待たされなくて良かったと思うべきか、と将軍は苦笑いをする。

 将軍が執務室の扉をノックし、入室の許可が中にいる人から発せられ扉を開く。そこには当然、机に向かい書類に目を通す領主本人がいた。

 ゲオルグは将軍を一瞥すると、小さく嘆息してから口を開いた。


 「負けたか、将軍」


 ゲオルグの短い言葉に、将軍は一瞬で冷や汗が吹き出し、血の気が引いていくのが自分でわかった。

 ゲオルグは将軍の姿をひと目見ただけで、今回の戦争に負けたことを理解したのだ。

 それは将軍の表情、鎧の汚れ具合、立ち姿から推理したに過ぎないが、将軍にとってはゲオルグの恐ろしさを再認識するには十分だった。

 とはいえ、領主が話しかけているのだ。なのに、黙っているわけにもいかない。将軍にとっては、戦とは別次元の勇気を振り絞って口を開く。


 「その通りです、閣下」


 ゲオルグは持っていた書類をパサリと置いてから天井を見上げる。


 「頭の痛いことだ。どうせ、ストラウス公が邪魔したのだろう?して、そのストラウス公はどこだ?」


 「ラルヴァ殿は……、戦死なさいました」


 「なに?!あのストラウス公が?!」


 生命力だけは虫以上だと理解していただけに、将軍の報告にゲオルグは驚きを隠せない。

 ゲオルグは負ける可能性もあると予想していた。しかし、ラルヴァが戦死することだけは思っても見なかったのだ。

 それはラルヴァが賢者だというのもあるが、生き残ろうとする執念をゲオルグはよく知っていたからだ。


 「はい。魔法都市代表にトドメを刺されました」


 「戦場に都市代表が?それは随分と勇ましいな。……なるほどな。戦を仕掛けた張本人を許すつもりはないということか。それで、敵方は何万の兵で待ち構え、そしてどんな策を講じたのだ?」


 「都市代表のみです」


 「……何を莫迦な。将軍、おまえは私が冷静だからといって、負けたことに何も思わないわけではないのだぞ?だのに、冗談で終わらせるつもりか?」


 執務室にピリッとした空気が流れる。

 普段は見せないゲオルグの威圧に、将軍は思わず口に溜まった唾液を飲み込む。

 ゲオルグに洒落が通じないわけでない。しかし、真面目な質問、それも負け戦の報告を聞いている最中の冗談など、ゲオルグでなくとも許さないだろう。

 だが、これは冗談ではない。事実を言ったまでである。


 「命に誓って、事実です、閣下」


 強調するように言葉を区切って告げる。

 ゲオルグは将軍を視線で射抜かんばかりに見つめる。

 そして、それが真実だと理解した。


 「わかった。つまりはこう言いたいのだな。魔法都市の代表が一人で5万の兵の前に現れ、『魔法都市の代表』の名に相応しい魔法でもって、こちらの陣にいるストラウス公を狙って殺したと。であれば理解もできる。魔法勝負で賢人ストラウスが負けたというのが信じられんが、そういうこともある。その後、将軍は攻めるか引くかを天秤にかけ、兵士を連れて戻ってきたというわけだ。その判断が正しいか間違いかは別として、ここはお前が無事で良かったと言っておこう」


 「全てを理解した。真相はこうだ!」と言わんばかりに、ゲオルグは自分の頭の中で想像した全てを将軍に披露する。

 一気に話した後、目頭を抑えて「代表が一人で目の前にいたのならば、撤退などせず攻めるべきだったな」などと苦言を言う始末。

 あの場で起きた出来事を知らないのであれば仕方のないことではあるが、自分の忠誠を捧げる人物の掠りもしない推理を聞くのは、さすがの将軍も心苦しい。

 まだアドバイスを続けようとするゲオルグの言葉を切るために、少し大きめな声でゲオルグを止める。


 「違います、閣下!我が軍は、魔法都市代表一人の魔法で壊滅したのです!」


 将軍の言葉を理解できないのか、ゲオルグは唖然としていた。

 その後のゲオルグの言葉は、将軍でさえ予想できた。


 「何を莫迦な!!」


 「全て真実です!!」


 予想できたから将軍はすぐさま用意していた言葉を言うことが出来る。真実だと。


 「将軍、冗談はよせ。壊滅だと?」


 「生き残りは約1万。怪我人はオーセブルクにて迎えを待っているはずです」


 ゲオルグと、冗談か冗談ではないという言い争いを避けるため、将軍はゲオルグの質問には答えず事実を述べることにした。

 今にも自害しそうな将軍の絞り出すような声に、ゲオルグはやっと今話している事が現実に起きたことだと理解する。


 「事実……なんだな?」


 「はい」


 「話せ。起きたこと全てだ」



 話を聞き終わるとゲオルグは椅子にもたれる。


 「そんなことが現実に?」


 「はい」


 「魔法都市の代表が一人で大軍の前に現れ、三度の警告後魔法を発動。そのたった一度の魔法で5万の軍勢が壊滅、か。にわかに信じられん話だ」


 「閣下、これは本当に――」


 「わかっている、将軍。兵たちに問いただせばすぐにわかることなのに、将軍が嘘を付くとは思っておらんさ」


 「……ありがとうございます。私はどんな罰でも……」


 ゲオルグは大きく息を吐くと首を横に振った。


 「罰することはせんよ。兵たちも責めたりしないだろう。今回は相手が悪かったとわかっているだろうしな」


 「私は処刑も覚悟しておりました」


 「誰が指揮しても同じ結末だった。災害に巻き込まれたと思って気にしなくて良い。それに今回はスケープゴートがいるしな」


 「スケープゴート?」


 「いや、知らなくて良い。しかし、魔法都市の代表か。……規格外だな」


 「はい。規格外の魔力でした」


 「魔法の話ではないのだ。いや、それもそうなのだが、代表の先を読む力がだ」


 「先を読む力、でしょうか?」


 頭が痛いと言わんばかり、ゲオルグは親指でこめかみを押す。


 「ああ……、どうやら魔法都市代表殿は、私がこれからすることを予想出来ているらしい。そして、私はその予想通りに動くしかない」


 「それはどういう?」


 「………一度私自身が魔法都市に足を運び、代表に謝罪しなければならん」


 ゲオルグは将軍にそう言うと、机の上にあった書類らしき羊皮紙を乱暴に床へと落とし、引き出しから白紙の羊皮紙を取り出し物凄い勢いで何かを書き始めた。


 「閣下?」


 「すまないが、急ぎでやらなくてはならないことが出来た。お前は下がって良い」


 これで話は終わりだと、ゲオルグは再度机に向かう。

 将軍もこれ以上の会話は望まれていないことを察し、何も言わずに敬礼だけしてから部屋を出る。執事にも礼を伝え、ゲオルグの館を後にしたのだった。

 普段はどんなことにも落ち着き迅速に対処する領主が、今回は違う。見た目はそれほど慌てている様子はなかった。

 しかし、自分と話をする時間もないほど焦っているのが将軍にはわかった。

 そして、将軍は予感する。すぐにレッドランス領の全てが忙しくなると。


 ――――――――――――――――――――――――


 時を同じくして、シリウス帝国の王城。

 シリウス帝国のほとんどは砂漠で、王城のある都市は大きなオアシスに出来た街だ。

 その土地柄、城を含めた建物は切り出した石を積み重ねて建築している。

 帝国の王が一日のうち最も長くいる玉座の間も、同じように建材は石がメインだ。しかし、その玉座の間は、落ち着いた雰囲気や質素などという言葉からかけ離れている。

 壁や柱、天井に至るまで眩しいほどの黄金がこれでもかと使われていた。

 柱や天井の装飾や燭台、壁の縁や扉が金色に輝いているのだ。だが、下品ではなく豪華絢爛という言葉が似合うセンスの良さがあった。

 王が座る椅子、玉座もまた黄金で作られている。

 その黄金の玉座には、つまらなそうな表情をした男が座っていた。

 歳はまだ若く20代後半。サラサラの金髪をおろしているせいもあり、人によっては20代前半に見える。

 顔は美形。体型は細いが引き締まっている。控えめに言って完璧な男だった。

 彼こそ帝国の王、シリウスその人だ。

 シリウスは不機嫌を隠しもせず、臣下の報告を聞いていた。いや、正確には臣下でも報告でもないが。


 「で、ですから、我々貴族を、貴族制度を廃止など断じて許されることではありません」


 帝国ではシリウス王の主導で、貴族制度の廃止が進められていた。

 平民は喜び、シリウス王を支持しているが、貴族としてはたまったものではない。それで今まさに僅かに残っている貴族の一人が代表として王へ止めるよう訴えに来ているのだが……。

 シリウスは貴族にも聞こえるほどの溜息を吐きながら、黄金の玉座の肘掛けに腕を置き頬杖をつく。


 「何故(なにゆえ)か?」


 「は?」


 「何故、許されない?」


 「そ、それは……」


 「答えろ。何故、許されない?」


 やる気のない表情のわりに鋭い眼光と、迫力のある声に貴族はたじろぎ、口籠る。

 シリウスは答えなければ話を続けるつもりはないと黙ったままだ。

 貴族は勇気を振り絞って口を開く。


 「それは……、それは!貴族の助けが無ければ国が成り立たない!故に、民が許さないのです!」


 貴族が言い終わると、シリウスは鼻で笑う。


 「阿呆が何を言う。民が献上した税を掠め盗るだけが能のお前たちが、国の何に役に立つというのだ?」


 「な?!言葉が過ぎますぞ!戦でも我々貴族が兵たちを指揮してこそ成り立つのです!」


 「ふん、間抜けめ。戦など(おれ)が出ればそれで済むのは理解しておろう?」


 「くっ」


 貴族は悔しそうだ。

 シリウスは王である以前に英雄だ。シリウスの言う通り戦場に立てば、それだけで士気は高まる。シリウスが剣を握れば一騎当千。

 シリウスに戦の話を持ち出すこと自体が間違いなのだ。


 「それにお前はひとつ思い違いをしている。帝国は我の国だ。帝国の王である我が貴族は不必要と言ったのだ。誰が嘆願に来ようが、覆ることはない」


 「そ、そんなご無体な!」


 「であれば、この国の習わし通り、革命でもすればよかろう?……望むのであれば、今でも良いぞ?」


 帝国の歴史は、革命の歴史といっても過言ではない。現にシリウスも革命で前王を打倒していた。

 そして貴族の目の前には王がいる。これは好機ではないかとシリウスはほのめかしているのだ。


 「う……、い、いえ、そんなことは……」


 貴族ははぐらかしていたが、それは拒否と言っていい。臆病だからではなく、英雄クラスに勝てないことはわかっているからこその拒否だった。

 答えを聞いたシリウスは、今まで以上につまらなそうな表情になる。


 「所詮貴様らはその程度。自分らがいればどれだけ有益かということも証明できず、はたまた武勇を示すこともできん。これ以上の会話は無意味よ、去れ」


 有無を言わさないシリウスの言葉に、貴族もこれ以上の進言は無駄だと悟る。


 「くっ!陛下、我々は諦めませんぞ!失礼!」


 貴族の選択は退出だった。話し合いが無駄だと理解したのもあるが、身を守るためでもある。

 これ以上この場にいて、シリウスの怒りを買えば死体になる確率が高まる。

 貴族は礼をすることもなく、そそくさと玉座の間から出ていってしまう。


 「………それまでに貴様らが生き残っている保証はないがな」


 貴族が閉めた扉に向けてシリウスは呟くと目を閉じる。



 「――いか!陛下!」


 自分を呼ぶ声で目を開けると、いつの間にか宰相が玉座の間に入ってきていた。


 「眠っていたか」


 「どうやらお疲れのようですな」


 「いや、貴族との会話は眠くてかなわん」


 「では、興味深い話はいかがでしょうか?」


 シリウスは眉をひそめる。シリウスが信頼しているだけあって、宰相も下手な話はしない。その宰相が興味深いというのだから、シリウスが警戒するのも無理はない。


 「興味深い話だと?」


 「ははは、仕事の話ではありません。陛下はオーセブルクはご存知でしょうか?」


 「王国と自由都市の国境にあるダンジョンだ。それがどうした」


 「そのオーセブルクの17階層に魔法都市なるものが出来たそうです」


 「ほう?」


 「魔法士や商人の間では有名なのですが、そこでは魔法の新技術に触れることができるとか」


 「どんなものだ?」


 「こちらを御覧ください」


 宰相はそう言い懐からプールストーンを取り出す。軽く握るとプールストーンから小さな火が吹き出した。

 シリウスはそれを見ると珍しく身を乗り出す。


 「ほほう?」


 「なんでも、プールストーンには魔力を保存できる新事実が発見されたそうで、魔法士でもない一般人でも魔法が使えるそうです。そして、それを発見した者は、現在魔法都市の代表になったそうです」


 「ほほーう?賢人になるのではなく、一国の王を選んだか」


 新たな賢者が誕生したのであれば、シリウスの耳にも入る。そうではないということは、賢人にならず都市を作る方を選んだとシリウスは予想する。


 「そのようです。続きがありまして、どうやらその賢者共と不仲らしく、ひと悶着あったそうです」


 「その者、やるではないか」


 「たしかに。最近の賢人は名ばかりで怠惰が目立っておりましたから、我慢が出来なかったのでしょう。……それで、あの貴族でもあるストラウス公爵が兵を募って魔法都市に攻めたようでして」


 「それで?」


 シリウスが相槌を打つのは珍しい。そうなると宰相も興が乗り、身振り手振り話を続ける。


 「兵の数、なんと5万が魔法都市を占領せんとオーセブルクに向かいました」


 「ふむふむ」


 「そして、いよいよオーセブルク目前。しかし、そこには魔法都市代表が一人で5万の軍勢を待っていたのです」


 「絶体絶命よなぁ」


 「ところが!代表は魔法をひとつだけ使ったそうです。そして、5万の軍勢は壊滅し敗走したのです!」


 「ふはは!やるではないか!魔法都市代表!其奴は英雄だったのか?我に迫る強さを持っておるな」


 「それはわかりません。ですが、この話は実際に見ていたという者から聞いた話です」


 「……面白い。興味が湧いた」


 「陛下ならばそう仰ると思っていました。ですが、私としては少々恐ろしいですな」


 「魔法都市とやらを知る必要がある」


 「たしかに。実は既に一人、冒険者を雇い魔法都市に潜入させております。その者に詳しく調べさせましょう。いや、もっと多くの密偵を送った方が良いですな」


 宰相の目的はこれだった。

 冒険者ではなく、帝国の優秀な密偵を送り込むにはシリウスの許可がいる。そのためにシリウスの興味を引く必要があったのだ。

 しかし、宰相にとって思いも寄らないことをシリウスが言い出す。


 「人伝(ひとづて)に聞いても真実味が足らん。ふむ、我が行こう!」


 「は?」


 「我の目で直接見たほうが良いだろう。それにその魔法都市の代表にも興味がある」


 「な、何を仰るのですか!陛下が直々に出向くなど!国務はどうなさるのです!」


 「お前がいるではないか。我が玉座にずっといるとは限らんのだぞ?その時に宰相であるお前が肩代わりしないで誰がする?それこそ宰相の価値が無くなるぞ」


 「ぐっ」


 「で、あろう?ふはは!決まりだ。ならば、魔法都市へ書簡を出せ。皇帝が魔法都市の王に会いに行くとな」


 こうなったらシリウスは聞かないことを、宰相は知っている。

 泣く泣く宰相は頷いた。


 「はぁ、わかりました。では正式に謁見を求めましょう」


 「それでこそだ!ふはは!」


 呵々大笑するシリウスを見て、宰相は呆れたように息を吐くと深く礼をした後、玉座の間を出ていこうとする。

 魔法都市に送る書簡を書くためだ。

 その姿をシリウスは眺めながら口元と緩める。


 「魔法都市の王か。ふっ、楽しみだ」


 玉座の間に、不遜王の笑い声が響いたのだった。

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