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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
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戦後

 すっかり夜の帳が下りた草原をのんびりと歩いていく。

 大地を照らす偽物の太陽が沈んだとはいえ、気温の変化のないダンジョン内。このオーセブルクダンジョン地下1階は夏の気候で常に温かい。

 いや、暑いと言ったほうがいいか。しかし、たまに吹く涼やかな夜風が、より心地良く感じる。

 何故か夏の夜にぶらぶら歩くのって気持ちいいよな。

 静かな夜なら、虫の声が聞こえてもっとテンション上がるんだけどな。

 静かな夜なら……ね。


 「あぁ……、無くなった肘から先が痒いよぅ」

 「足、どこで失くしたのかなぁ。お前知ってる?」

 「自分の足ぐらい見たらわかるだろ」

 「俺の周りにだけでも20本ぐらいあったぞ。わかるわけねーだろ。みんな俺と同じ水虫だったし」

 「腕や足を失くしたぐらいでガタガタ言うなよ」

 「お前無事じゃねーか。俺らの気持ちわからないだろうが」

 「いやいやいや、はみ出した内臓しまう時に、砂利とか木とか、枯れ葉とか巻き込んで治されたんだぞ。これどうすんの」


 俺の後ろをゾロゾロと歩く、俺の魔法で生き残った怪我人が大勢いて静かとは程遠いから、夏の夜の心地よさに浸れないけどな。

 というか、さっきまで死にかけていたのにすげー元気だな、こいつら。

 俺の魔法を受けたすぐ後や、死体の片付けをしている時とかは、糞尿と涙を撒き散らしながらも言葉は少なかったのに、今は元気よく口喧嘩をしている。

 違う所でも殴り合ったり、罵ったりして敗戦直後とは思えないほどだ。


 「ギルくん、なんで彼らあんなに元気なんだぃ?中には笑いながら殴り合っている人たちもいるよ?」


 さすがのアーサーも彼らの行動が変だと気がついたみたいだ。

 アーサーも自分の体を大事にしない戦い方だが、こいつらはもっとおかしい。体の一部を失ったことなど何でも無いようにしている。いや、事実彼らにとっては何でも無いのだろう。


 「俺に聞くなよ。あいつらに直接聞いてみろ」


 「それもそっか。じゃあ、聞いてくるね」


 アホそうな顔をしながら深く頷くと、先程自分の体について話していた兵士たちの所に行き会話に混ざりはじめた。


 「やあ、君たち!」


 「おぉ、執行者殿ですかぃ。いかがしたんで?」


 「ちょっと聞きたいんだけど、どうしてそうお気楽なんだぃ?」


 そんな聞き方があるか、バカ。


 「えっと、どういう意味でしょう?」


 兵士の一人が首を傾げる。

 そりゃそうだ。アーサーの聞き方だと、ただ単にバカにしているだけだし。


 「いや、敗戦したのもだけど、体の一部が無くなったっていうのにそんなに悲観していないなぁと不思議でね」


 アーサーの疑問に、兵士たちは一瞬呆然とした後、腹を抱えるほど笑い出した。


 「ははは、笑わせんでください、執行者殿。内臓についている小石が刺さって痛いですから」


 「え、えっと?どういう意味かな?」


 今度はアーサーが首を傾げる。アーサーの場合、純粋に意味がわかっていないようだ。

 遠くで耳を澄まして聞いている俺にも意味がわからないが。


 「法国の執行者殿がわからないわけないじゃないですか」

 「そうそう、『女神の教え』ですよ」

 「冗談がきついですぜ、ほんとに。教えを信じている俺達に、その教えを説く法国の人間がわからないなんて」


 王国の多くで最も信じられている宗教は、エステル教だと聞いたことがある。ということは、彼らの振る舞いはエステル教に関係があるのか。

 っていうか、アーサーヤバいんじゃね?あいつがエステル教を理解しているとは思えないし。


 「あー、僕は法国に来てから間もないんだよ。戦闘の腕を買われて執行者の弟子になったようなものだから」


 お、思いの外上手い逃げ方。兵士たちも「そういうことですかぃ」と言いながら頷いているし。


 「だったら、『女神の教え』について詳しくないのも仕方ないのかもしれないですね」

 「『女神の教え』には、一般のモノと戦闘職向けのモノがあるんですよ」

 「そうそう、俺らは兵士だから戦闘職向け。執行者殿が覚えていらっしゃるのは一般向けでしょ?」


 アーサーは顔いっぱいに疑問符を浮かべながら頷く。

 もっと上手くやれよとツッコミそうになるが、ここは我慢。兵士たちは気にしてないようだし。


 「それでですね、戦闘職向けの教えってのは、簡単に言ってしまうと勇敢に戦って死ねば、天の国に迎えてくださるという教えです」


 あー、北欧神話のヴァルハラと同じか。


 「でも、君たちは戦って死んでいないし、腕や足を失くしただけじゃ」


 俺もアーサーと同じ疑問を覚えた。彼らは生きているのだから関係ないのでは、と。


 「そこなんですがね、たしかに今日の戦で俺たちは、圧倒的な力にただ呆然とやられ、手足を失いました。ですが、エステル教の戦闘職向けの教えには、俺たちのような負け方をした者にも情けをかけてくださるんですよ」


 「ああ、敵対者による攻撃を受け、生きながらにして体の一部を失った者は、一足先に失った部位が天の国へ至る道を探してくれるっていう教えが」


 「そうそう、俺たちは体の一部がない分戦闘能力が落ちるけど、後にどんな死に方をしても先に行った腕や足が天の国へ案内してくれるんです。ですから、お気楽にもなりますよ」


 なるほど、俺の攻撃でふっ飛ばされた体の一部は、ヴァルハラへの通行証になるわけだ。

 なんて都合のいい教えなんだ。


 「そうだったんだね!僕も君たちが天の国に行けることを望んでいるよ!」


 アーサーはそう言いながら笑顔で兵士たちの肩を叩く。

 アーサーの凄い所は裏表がないこと。そして、それが相手に伝わること。何も考えてないと言えなくもないが、何も考えてないからこそ口から出た言葉は、アーサーの本心だとわかるのだ。

 もし俺が同じセリフを言えば間違いなく嫌味だと思われるだろうな。

 兵士たちも疑いもせず満足そうに笑っていた。

 しかし、ヴァルハラとはな。おそらく死の恐怖に負けないように戦わせるためだが、まさか戦闘で手足を失っただけでヴァルハラへ行くことが出来るとは思わなかった。

 そりゃあ、あの兵士たちが笑いながら失った体をネタに冗談を言えるわけだ。

 俺が倒した聖王が考えたかどうかはわからないが、恐ろしい教えを考えついたものだ。

 僅かな献金で、死を恐れない兵士を作り出せるんだからな。王国がエステル教を推すのも理解できる。法国としても信者が増え、お互いの国にとって良い事ずくめってことか。

 俺としては、兵士たちにとって残酷な教えだと感じてしまうが、それは俺が決めつけることじゃないな。彼らが何を信じるのも自由なのだから。


 「ようやくオーセブルクの入り口か。早く休みてぇな」


 ある兵士の声が耳に入る。どうやら考え事をしている間にオーセブルクに到着していたようだ。

 さて、体の一部を失った兵士たちの心配より、自分の心配をすべきだな。

 なんせ、勝手に怪我人を連れきたんだ。

 将軍にはオーセブルクで休ませると大見得切ったが、実際には誰にも許可を取っていない。

 これから取るのだ。といっても、俺が頼める相手は一人しかいない。


 「さてさて、ギルドマスターアンリにどうやって説明するかな」


 俺はそう独り言ちてから冒険者ギルドへと兵士たちを連れて行くのだった。



 冒険者ギルドの中へ入ると、アンリは受付にいた。いや、正確には顔をひきつらせながら仁王立ちして俺を待ち構えていた、だ。

 どうやら、俺がやらかしたことは既に伝わっているようだ。

 まあ、そうだろうな。オーセブルクに入った時もジロジロと見られたし、この冒険者ギルドにいる冒険者も俺を見て、何やらヒソヒソ言っているしな。

 兵士たちを引き連れていたからではなく、俺の魔法を見たやつが噂を広めたっぽい。まあ、オーセブルクダンジョンの入り口から結構な人数が戦いを見てからからなぁ。

 その噂がアンリの耳に入り、こうやって怒気を撒き散らしているわけだ。

 いや、憶測は止めよう。もしかしたら、アンリに嫌な出来事があっただけかもしれん。そうだ、怒られる理由もないしな。


 「やあ、ギルドマスターアンリ。ご機嫌麗しゅう?」


 「麗しく見えるのか、君には」


 やっぱり機嫌が良くないのね。そうだと思ったんだ。

 アンリはギルド中に聞こえるほどの大きな溜息を吐くと、俺の腕を掴んでギルドの奥へと連れて行く。

 誰にも聞こえない場所まで行くと、俺を壁に押さえつけもう一方の手で壁を強く叩く。

 いわゆる壁ドンだ。

 腕が短いせいか、大きな胸の先端が俺の体に触れている。

 やべぇ、ドキドキする。容姿が良く、豊満な胸を持つ女性に壁ドンされた経験はさすがにない。女性がする壁ドンに、これほど魅了する力があるとは……。


 「いったい何をやった?詳しく話せ」


 囁くような声に乗って、アンリの息が俺にかかる。

 それどころじゃないです。胸を押し付けられ、唇が触れそうな距離で囁かれたら、さすがの俺も平静を保てんぞ。

 ここは正直に言った方が良いかもしれんな。


 「アンリ、エロすぎて話ができねぇ」


 俺の言葉にアンリは一瞬ポカンとした後、今の状況を確認するように目が下へと動いて行く。

 あと数ミリのくっつきそうな唇、そして押し付けた胸、さらには俺の股下にある自分の片足。

 アンリの顔が見る見る赤くなると、慌てて離れ自分の胸を手で隠す。

 マジかよ。アンリが一番ヒロインしてんじゃねーか。


 「す、すまないな。少々感情的になって周りが見えていなかったようだ」


 「気にするな。最高の状況だった」


 「そ、それで!いったい噂はどこまで真実なのだ!」


 目を慌ただしく動かしながら話をはぐらかす。いや、本題に入っただけか。

 目を色々動かしているのに、俺と目が合わないのがいじらしい。

 さて、俺も真面目に話をするとしようか。


 「噂の尾ヒレにもよるが、おそらくだいたい真実だ」


 それから今までの経緯と、オーセブルクダンジョン入り口近くで起きた戦闘について、細かくアンリに教えた。

 全てを話し終えると、アンリは頭を振って嘆息する。


 「それは戦前に話してほしかった」


 「ごもっともな意見だが、勘違いもしている」


 「勘違い?」


 「アンリ、わざわざ他国の代表が戦争すると教えに来ると本当に思っているのか?それもただのギルドマスターに?」


 「……」


 先ほどの顔を赤くして恥じらっていた姿とは打って変わって、俺を射殺さんとばかりに睨む。

 ……殺意が込められていないのがアンリらしいが。


 「そう睨むな。今回は知らないほうが良かったんだよ」


 「………なるほど」


 少し考えてからアンリは納得した。どうやら少しの言葉で理解したようだ。さすがはギルドマスターってことか。


 「オーセブルクは中立だ。万が一俺が負けて、軍隊がオーセブルクになだれ込んできても魔法都市の味方でなければ攻撃はされない。まあ、実際魔法都市とは全く関係がないしな」


 ラルヴァは明らかに俺目当てで魔法都市に攻め込んできていた。オーセブルクが魔法都市の属国でなければ攻撃されない。

 なんせ、オーセブルクは王国と自由都市の両国で管理しているダンジョンだ。攻撃する理由もなければ、自由都市と戦争に発展するようなことも出来ない。

 その状況を維持するには何も知らせないのが最善だった。

 とはいっても、俺がアンリに教えたからといって、オーセブルク全体が魔法都市の味方をするとは思えないけどな。

 ん?それはアンリもわかっているはずだし、今俺が怒られているのはなんでだ?


 「それでも心配はする。知らぬ仲でもないし」


 知らぬ仲でもないか。確かにな。

 俺が魔法都市からオーセブルクに戻ってくる度に、アンリとは話をしている。

 魔法都市の近況を知らせるのもあるが、賢者試験の時から良くしてもらっていて、食事をしながら冒険者たちから聞いた情報を教えてもらっていたのだ。

 コーヒーや魔道具の贈り物もしたりして、好感度を上げたのはいい思い出。

 今では知り合いというよりは、友人といっていい存在になっている。俺がアンリと呼び捨てにしているのも個人的に会って友情を育んだ結果だ。

 友人なら心配をするのは当然だ。俺もアンリに危険が迫ったら守るために動くだろう。

 アンリだけにでも教えるべきだったか。


 「悪かった、アンリだけにでも話しておくべきだったな」


 「ああ、無事な姿を見れたからもう良い。それで、戦には勝ったみたいだが、どうして冒険者ギルドに?」


 「そうだった。悪いんだけど、怪我人をオーセブルクで預かって欲しいんだ。その手配をアンリにしてもらいたい」


 「それは友人として頼んでいるのか?」


 「いいや、友人にどうでもいい他人のことを頼まねーよ。これは魔法都市代表として、冒険者ギルドマスターへ要請だ。費用は魔法都市が払う」


 実際に払うのは王国だけどな。


 「だったらいい。どちらにしろ、王国の兵士だからオーセブルクとしても無視するわけにはいかんだろ」


 そう言いながら頬を赤く染めて照れているのが可愛らしい。アンリは若くしてギルドマスターになったからか、妬む者が多く友人が非常に少ない。もしかしたら、俺以外にはいないかもしれない。

 それは言い過ぎか?冒険者時代の仲間とたまに会うと言っていたし。だが、少ないのは変わらない。だから、俺に友人と言われると照れてしまうのだろう。


 「ああ、頼むよ。人数多くて大変だろうけどな」


 「仕事だから問題ないよ。ところで今日はゆっくりできるのか?だったら食事でもどうだ?」


 「あー、いや、流石に戦の結果を魔法都市で首を長くして待っているだろうから、急いで帰らないと。その素晴らしい提案は、次来た時でいいか?」


 「もちろんだ。楽しみにしているよ」


 「ああ、俺もだ。じゃあ、後はよろしく頼むよ。今度来たときに、またコーヒーの差し入れするからさ」


 「わかった。一応ダンジョンだから気を抜くなよ」


 「おう、じゃあな」


 俺はアンリに手を振ってから冒険者ギルドを出る。

 長時間アンリと話して待たせてしまったせいか、兵士たちは道端だというのに座り込んでいる。アーサーに至っては、ヤンキー座りし空をぼーっと眺めつつ、よだれを垂らしながら鼻をほじっていた。

 信じられるか?これでもこいつ聖職者なんだぜ?


 「お?おかえり、ギル君。どうだった?」


 チッ、後頭部目掛けて思いっきり蹴ってやろうかと思ったが、やる前に気づかれたか。勘のいいガキだぜ。


 「ああ、冒険者ギルドのマスターに頼むことができたよ」


 「ってことは、ギル君は魔法都市に戻るのかぃ?」


 「そういうことになるな。アーサーはどうすんだ?一緒に行くのか?」


 「んー、魔法都市からじゃ法国に手紙送れないからね。しばらくはオーセブルクにいるよ」


 あー、あの小さな竜で手紙を送るアレな。確かに魔法都市からはあの竜を使って他国に手紙は送れない。商人に頼むと何時届くのか分からないし、返事を待つとなると月単位のやり取りになる。

 オーセブルクはダンジョン内だが、あの小さな竜は入ってこられるらしい。法国の人間ががんばって覚えさせたのだろう。

 アーサーはその竜を使って、法国と連絡を取りこれからどうするのか指示を仰ぐのだろう。そのためにオーセブルクの街に残るのだ。


 「わかった。じゃあ、俺は魔法都市に戻るから。すぐに冒険者ギルドの職員が――」


 来るから安心しろ、と言う前に冒険者ギルドから職員が出てきた。

 さすがはアンリ仕事が早い。


 「来たな。俺が残っていても仕方ないし、さっさと去るよ」


 「うん。またねギル君」


 「おう、今度は自分の金で魔法都市に遊びに来いよ」


 「わかったよ」


 汚い顔でウインクするアーサーに、手を上げて挨拶すると俺はオーセブルクを後にした。

 ようやく仲間たちの下へ帰れる。もう夜だが、全力で走れば朝までには17階層に辿り着けるだろう。

 俺は足に魔力を集中させると、次の階層に向けて走り出すのだった。

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