終結
「悪魔め、これで貴様の命運も尽きたな!」
ラルヴァの顔を見るのは二回目で、そこまで彼のことに詳しくない俺だが、今の彼の気持ちは表情を見ただけでわかる。
不敵な笑みか、喚き散らすような怒り顔しか記憶にないが、今は満面の笑み。普通に生活してても、あそこまで顔の筋肉のみで『喜び』を表現をすることはできないだろう。
自分の仲間を巻き込む魔法をこれから放とうとしているのにだ。
それに法国の使者であるアーサーを巻き込んで、王国が不利になって構わないとすら思っているに違いない。
復讐心って怖いな。
というか、復讐心って勝手に思っているけど、俺が何かしたかな……。貴族の称号を奪ったわけでもないし、彼は今も賢人として認められている。彼の家族を殺したわけでもないし……。
復讐される覚えがないぞ。
「ははは!これで復讐を果たせる!ワシの得意魔法で骨すら残してやらん!」
「ラ、ラルヴァ殿!私もいるのですよ!!」
「これは尊い犠牲だ!悪鬼を滅するために必要なのだ。では、終いにしよう!!『ファイアストーム』!」
ラルヴァが意気揚々と魔法の名を口にする。
しかし、何時まで経っても魔法は発動しなかった。
『魔力放出』による魔法の無効化。
「な、なんだ?!まさか失敗か?!このワシが?!」
魔法が発動しないという出来事に、ラルヴァは心底驚いているようだった。
いやいや、当然だろう。っていうか、学習してねーなぁ。
「っていうかさ、話長すぎ。妨害し放題じゃねーか」
「……はっ?!魔法が発動しないのは貴様の仕業か?!」
「お前、脳みそ腐ってんじゃねーか?この前も見せただろう」
魔法都市で襲撃された時、ラルヴァもその場にいたという情報は生き残った連中から聞き出していた。
つまり、その時にラルヴァも俺の『魔力放出』を見ていたのだ。なのに、俺の前で魔法を、それも呑気にお喋りしてさっさとトドメを刺さないとは……。理解に苦しむ。
「な?!あれは魔法都市で大量の魔法を使えないように妨害をしているのではなかったのか……」
最後の方は呟きだったけど、距離が近かったからかしっかりと聞こえた。
そんな妨害が出来るなら、俺が教えてほしいわ。
「説明してやりたいけど、俺はそこまでお人好しじゃないんでね。さっさとトドメを刺すとするよ」
「くっ……くそっ!」
ようやくというか、今更というか、命の危険を察知したラルヴァは、脇目もふらずに逃げ出した。俺に背を向けて、なりふり構わず走り去っていく。
俺は思考を加速させる。
ここで俺が取る行動は、かなり重要だ。
このまま見逃すか、トドメを刺すか。
いや、トドメを刺すのは確定している。今逃せば、奴はまた攻めてくるだろう。復讐心とはそういうものだ。
そんな面倒なものは遠慮したい。だから殺す。しかし、殺り方はしっかりと選ぶ。
二度と魔法都市に手を出そうなどと考えないようにするためにはな。
どんどん距離が離れていくラルヴァを眺めながら、トドメの刺し方を考える。
生き残った兵士たちや指揮官が見ている。これからの出来事は、彼らの上司に報告されるだろう。
であれば、俺たちに手を出せば次はお前がこうなる、というメッセージを送る必要がある。
ここで重要なのは、圧倒的過ぎる力を見せないことだ。
俺の存在自体が危険だと思われたら、今度こそ数千の兵ではなく、全軍で魔法都市を攻撃されてしまうだろう。それだけは避けなければならない。
力の差、慈悲、そして容赦の無さ。この3つが重要なのだ。
ではどうするか?大軍相手を圧倒的な魔法を使ってねじ伏せるってのは、『神々の黄昏』を見せたからいいだろう。
大軍で攻めても無意味だと理解したはずだ。『神々の黄昏』は抑止力になる。
慈悲は生き残った連中を無事に返せばそれでいい。
これからするのは容赦の無さ。ラルヴァを残酷に殺す。
魔法は駄目だ。俺は全力で魔法を使って、もう魔力の殆どを使っちゃったアピールの為に。
じゃあ、物理攻撃しかない。が、リディアに刀を貸しているから、俺の武器は素手だ。
殴り殺すのは残酷で良いけど、俺がヤダ。俺にそんな嗜虐趣味はない。ラルヴァも長く苦しむことになるしね。
痛みを感じないように、且つ残酷に。さらに素手で?くそっ、条件が多いな!
俺はさらに深く思考する。
んー………、あ。いやいやいや、思いついちゃったけど、これはちょっとヤダな。気持ち悪すぎる。アニメや漫画の世界じゃないんだから……。
これをやるぐらいなら、どんな攻撃でもいいから首の骨を折ってトドメを刺す方が断然良い。
しかし、残酷さがない。誰でも出来ることをやってもインパクトがない。
思いついたことをやるしかない……か。ヤダなぁ。
俺は思考加速を止める。
ラルヴァは逃げ出した場所から、数メートルほど離れていた。
莫大な知力ステータスで加速させた思考能力でも、結構な時間が経っているな。考えすぎたか。いや、悩みすぎたのか。
俺は覚悟を決めて、深呼吸する。
無属性魔法で全身を強化。
強化した足で大地を蹴ると、一瞬でラルヴァとの距離を詰め、ラルヴァの背中から心臓目掛けて抜き手を放つ。
ラルヴァの体に当たる瞬間に、指先に鋭く尖った氷を作り出す。こうすれば、見た目は魔法を使っているようにみえない。
そして、俺の腕がラルヴァを心臓ごと貫通した。
ラルヴァは叫び声すら上げず、口から血を吐きながら絶命した。
その直後に氷魔法を解き、手をラルヴァの体から引き抜く。ラルヴァの肉の感触が生身になった手から伝わってきた。
うぅ……、嫌な感触だ。でも、演技を続けなければ……。
俺は手を勢いよく振り、手についた血を払う。ビチビチッと地面に血が叩きつけられる音も気分を悪くする。
そして、ラルヴァの体がドチャッという音を立てながら崩れ落ちた。
その様子を全ての者が呆然と眺めていた。悲鳴すら上げず、ただただ呆然と。
こうして、この戦争は終結したのだった。
決着がついたからと言って、全てが終わったわけではない。まだ後始末が残っている。
これがまた本当に面倒臭い。これに懲りたら二度と戦争なんてしてほしくないものだ。俺もしたくないし。
何をするかと言えば、さっき俺が考えていたように慈悲を与えるのだ。
つまり、人命救助だな。生き残った兵士たちを助ける。そして、再び自分の国の街へと帰してやるのだ。
皆殺しと言っておいて、助けるなんて馬鹿らしいけれど、俺にも得なことがある。
生き残りは、この恐ろしい出来事を広めてくれるだろう。それは瞬く間に広がって、彼らの上司である貴族や領主、最後には王の耳にも入る。
そうすれば無闇矢鱈と、魔法都市に戦争を仕掛けようなんて思わなくなる。
たった数分で軍隊が崩壊したのだ。俺だったら再攻撃なんて考えない。
しかし不安もある。噂に尾ヒレがついて現実感が薄くなること。
現実感が無い噂は、恐怖を減少させてしまう。恐怖がなくなれば……、またこれ(戦争)を繰り返すことになるだろう。
だが、それはどうしようもない。正しい情報を流させることは俺でも難しい。
そのうち、そういう情報を操作する人材を手に入れたいところだ。まあ、今言っても仕方がないか。
さて、それで俺はどうしたかというと……、錬金術の練習で貯まりに貯まった治癒ポーションを、アーサーに持たせて片っ端らからぶっかけさせたのだ。
低級のポーションだが『傷を塞ぐ』効果は大きい。中級と違い、切断された四肢をつなぐことはできないが、どうせどれが自分の腕かもわからないし、死ななければいいのだから低級治癒ポーションで十分。何より、敵に無償で与えているのだから文句を言われる筋合いもない。
こいつらも軍隊で来ただけあって、自分たちで用意したポーションがあるらしいが、中級以上治癒ポーションともなれば数が少ない。だからそれはどれが自分の失った体の一部かわかる奴に使ってもらうことにした。
アーサーは殺すことを嫌っているせいか、嬉々としてこの仕事をやってくれている。
では、俺は何をしているのか?
俺は将軍と話し合いをしている。この話し合いにアーサーは必要ない。後で結果だけ教えればいいのだ。
「……それで、魔法都市の王は我々に何を?」
将軍のどんよりとした気分が理解できるほど重々しい口調だった。敗戦の末、勝者が敗者に話があると言われれば、何かを要求されるとわかっているのだろう。
「王ってのはやめてくれ。俺は自分を王だと思っていない。都市代表だって成り行きでなっただけだ」
ク○パ城には住んでいるけど。
「……では、魔法都市代表殿。あなたは何を要求するおつもりですか?」
大体のことは、この将軍から聞いていた。
彼はレッドランス領の平民上がりの将軍らしい。
で、攻めて来たのは、レッドランス領とストラウス領の兵士たちだ。っていうか、ラルヴァの家名はストラウスっていうのか。顔に似合わずカッコいい家名だな。
今回の出兵はラルヴァが持ちかけたらしい。
まあ、この辺りはなんとなくわかってた。なんせレッドランスとは接点がないからな。攻められる理由がない。
しかしだ、元々攻める気がなかったからといって、この件を許すことはできない。何かしらの要求をしたほうがお互いのためだ。
王国が負けたのではなく、レッドランスとストラウスの領主が、個人的な喧嘩で負けたことにするためにはな。
そのことを平民上がりとはいえ、将軍も弁えている。だから、将軍から何を要求するのか聞いてきたのだ。
「レッドランスの領主は教育が上手いらしいな。今回はちょっと考えが足らなかったようだが、どうせラルヴァに乗せられたんだろう。同情はしないが」
俺がこう言うと、将軍は苦笑いを浮かべた。
概ね正しいっぽい。
「私はあなたに驚いています。あなたは英雄クラスのお力すら持っていて、その上都市の代表。そんな方が戦に負けた将軍に、戦なんてなかったように話をしている。私は罵られる覚悟をしておりました」
罵って良いのか。俺が悪口言うとこの人泣くぞ。まあでも、やらないけどね。
「罵りに益はない。カロリーの……労力の無駄だ。それよりだ、魔法都市はあんたらにはそれなりの要求をするつもりだ。そのことは理解しているな?」
「………」
将軍は何も言わず深く頷くだけだ。何も言う資格はないのをわかっている。
こちらに消耗も被害もない。だが、宣戦布告すらなく戦を仕掛けてきたのだから、ただの要求では済まさない。
まあ、どちらにしろ将軍には何も言えないだろう。領主がいない場だしな。つまり、この場で何を言っても無駄だということだ。
簡単なことだけ領主に伝えてもらうのがいい。
「そのあたりはレッドランス領主と話をつけるが、多額の慰謝料は払ってもらうと伝えておいてくれ。ま、レッドランスも上手くやるだろうさ」
「?それはいったいどういう意味でしょう?」
「レッドランスもみすみす金を取られるほど阿呆でもないってことだ。あんたは分からなくてもいいことだし、それ以前にあんたにはやることがある」
「……わかりました、その件は閣下にお任せするしかないですね。では、私のやることとは?」
「無事な兵士たちを連れ帰って、領主に今回の顛末をきっちりと話すことだ」
「それだけ……ですか?」
それだけとは随分と呑気なことを言うじゃないか。
「重要なことだってわかってないようだな。……じゃあ聞くけど、あんたは魔法都市とまだ戦をやりたいか?」
俺の質問に将軍は慌てて首を横に振る。
「まさか!これ以上の損害は出せません!レッドランス領だけではなく、王国全体が兵士の数を減らすのは避けるべきです!」
「だよな。そちらさんは他と戦しているみたいだし。なのに、一瞬で数千の兵を失う俺らとの戦を続けるなんて魔物以下だろ。それは戦った将軍がよく理解しているはずだ。が、レッドランスはどうだ?その場にいたわけでもないんだから、将軍の説明が足りなかったら兵士の数を増やして再挑戦だ、なんてことを言い出しかねないぞ?」
説明などとやさしく言っているが、実際に将軍がしなければならないのは、貴族相手に注意、諫言することだ。
レッドランスがどうかは知らないが、この世界の貴族の多くは随分と傲慢でいらっしゃる。そんな貴族相手に平民上がりの将軍が警告するのは、勇気のいることだろう。
場合によっては、平民以下にされる処罰だってあり得る。
そこはレッドランスが賢い領主であることの祈るしか無いだろうな。まあ、祈るのは将軍だが。
意味が伝わったのか、将軍の顔色が見る間に悪くなっていく。
「た、たしかに……。この負け戦で4万以上の兵を失っているはずですから、これ以上は王陛下への言い訳も苦しくなる……」
そこ?!自分の処罰ではなく犠牲者の心配か。もう聖職者になれよ。アーサーよりよっぽど向いてるわ。
………いやいや、ちょっと待て。さらっと流しちゃったけど聞き捨てならないこと言ってなかったか?4万の死者?数千じゃなく?
「おっほん。と、ところで今回はどれほどの兵を連れてきたのかね?」
「全部で5万ほど」
……数千の軍勢じゃないのか。情報で聞いていたのとちがうじゃねーか。
その情報を持ってきたのは……、アーサーだ。
あいつの頭が少し弱いことを忘れてた。どうせあいつのことだから、手で丸を作って「千、二千……」って数えたに違いない!
どうすんだ、俺の魔法が数千規模しか殲滅できなかったら!残った兵で袋叩きにされて終わってたぞ!
「代表殿、いかがされた?」
おそらく、俺の顔色が青くなったり赤くなったりしたから不思議に思ったんだろう。将軍が怪訝そうに聞いてきた。
「……いや、何でも無い。兵数の話はさておき、さっきの続きだ。これ以上犠牲者を出さない為にも、将軍がきっちりとレッドランスの領主に報告してほしい」
「……わかりました」
これでレッドランスが賢い人物なら、間違いなく魔法都市へ謝罪しに来るだろう。そして、それだけが唯一、平和的に解決できる道だ。
「話は以上だ。自力で歩ける兵士を連れてレッドランス領に帰れ」
「怪我人は……」
「オーセブルクに滞在できるように手配しよう」
「……わかりました。ご配慮感謝します」
将軍が拳を胸に置く敬礼をする。そして、撤収の準備をするために俺から離れていった。
……ま、こんなもんだろ。後は戦争継続する判断をしないことを祈るしかないな。
治療に専念しているアーサーを眺めながら、そう願うのだった。