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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
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極大魔法

 正体不明の攻撃。それがギルの罠で、何らかの魔法であることをラルヴァは理解していた。

 ラルヴァが引き連れてきた兵士たちの、体の一部が弾け、千切れ、吹き飛び、死んでいく。

 魔法の理論を知らない将軍や兵士はおろか、魔法兵ですら何が起きているのか理解出来ていない。もちろん、ラルヴァも含めてだが。

 理解できないことが起きれば、数秒の思考停止の後、パニックが起きるのが人間の行動心理ではあるが、この時はいつまでも自分の戦友たちが死んでいく姿を呆然と眺めていた。

 予測不能、意味不明の分からないことだらけ過ぎて、現実感がないのだ。

 その思考停止状態からいち早く戻ったのは、将軍だった。


 「ラ、ラルヴァ殿!これはなんなのですか!!」


 この声にラルヴァも我に返る。


 「わ、わからん!が、想定の範囲内だ!これが奴の魔法攻撃であることはわかっておるのだ。兵たちに盾を構えさせ、前進させよ!」

 

 本来のラルヴァの精神状態だったならば、即座に撤退していただろう。だが、憎悪による復讐心が目を曇らせていた。


 「前進ですと?!攻撃の方法も、方向もわからないのに?!撤退を考えた方が!!」


 「何を言っておる!!敵は一人なのだぞ!5万の軍勢ならば問題なかろう!」


 「どういった攻撃かわからなければ、兵を失い続けますぞ!!」


 「構わん!たかだか数十人の兵を失ったところで痛くもないわ!」


 「兵の命を何だと思っているのですか!」


 「戦とはそういうものだろう!!伏兵に弓を射られたのと状況は同じ!!だが、今回は伏兵でも弓矢でもなく、目の前にいる一人の男が仕掛けているもの!!ならば、多少の犠牲が出たとしても奴さえ仕留めればそれで終わるのだ!」


 「攻撃がこれだけとは限りません!!一度撤退し、突撃以外の策を練って攻めるべきです!」


 「無礼者め!貴族の言葉を否定するか!!」


 「戦場に貴族は関係ない!」


 ラルヴァと将軍は睨み合う。

 突撃か、撤退か。兵の命を預かるものにとって、これは難しい決断だろう。

 だが、どちらも間違った答えだ。

 正解は、『何も考えず即座にこの場から離れる』だ。

 何より間違っているのは、言い争って時間を無駄にしていること。

 つまり、時間切れである。


 「しょ、将軍!あ、あれを……。あれは、なんなのですか?!」


 「今度はなんだ?!」


 怒気を含めながら将軍に声をかけた兵を見ると、兵は空を指差していた。

 この兵士だけではなく、何人もの兵が同じ方向を指差しているのが、将軍にとっては異様な光景だった。

 一般兵に話を中断され、「貴族の会話を止めるとは何事か」と悪態づいていたラルヴァでさえ、その光景には息を飲む。

 そして、将軍とラルヴァは兵士たちが指す方向へと視線を向けた。

 そこには彼らにとって信じがたい物があった。

 厚い雲を引き裂きながら落下する巨岩。

 それは紛れもなく、自分たちを目掛けて落ちてきている。


 「ラルヴァ公。あれは……」


 「……わからん」


 「我々はどうすれば良いのでしょう」


 「どうしようもない」


 諦めにも似たラルヴァの答えに、将軍は怒るでもなく、悲しむのでもなく納得し頷いた。

 地上から雲ほど離れた所にあるものが目視できるのだ。それは凄まじい大きさに他ならない。

 その文字通り山のような大きさの岩が、自分たちの真上にあって落下してきている。将軍が思考を放棄し、諦めるのも仕方のないことだった。

 兵士の一部はパニックで逃げ惑う。悲鳴、絶叫し体から出せる水気のあるものを全て撒き散らしながら。

 仲間を殴るように押しのけ、5万人がいる密集地帯から離れようとする者たちの殆どは、新兵か農民上がりの兵ばかりだ。

 戦闘経験を積み、ある程度の修羅場をくぐり抜けている者たちは、朝日を眺めているかのように落ち着いていた。

 もうこれがどうしようもないことだと理解しているから。

 将軍は自領で勝利を確信しながら待つ、自分が忠を尽くすべき存在を思い浮かべていた。


 「閣下、我々は全てを間違っていました」


 将軍はつぶやく。

 直後、巨岩が地に落ちた。

 その時の感覚はこの場にいた全員が同じものだった。

 最初に音が消えた。そして、視界は白く染まり、そのすぐ後は闇に包まれた。最後は空に浮かび上がるような感覚と共に、意識を失ったのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 「ま、大軍相手にはこれしかないでしょ」


 地球ではゲームやアニメ、小説や漫画で最強クラス。

 メテオ、コメット、隕石落としなどと呼ばれる超威力の()()()()

 極大魔法とは言ったものの、遙か上空から落とすだけの簡単殺戮攻撃方法。魔法で作ったただの石。つまり物理攻撃だ。

 ホワイトドラゴンから『法転移文字』を教わった時に思いついた魔法がこれだ。

 俺が大軍相手でも問題ないと確信していたのは、この魔法があったからに他ならない。

 名付けるならば……。


 「極大魔法『神々の黄昏』」


 神々の黄昏。またはラグナロク。

 生き物は死に絶え、星々が天から堕ち、大地は震え、劫火が世界を焼き尽くす。すなわち、世界の終わり、ラグナロク。

 まあ、大げさだけど、星のような大きい石が落ちて来て、生き物がたくさん死んで、落下すると衝撃で震えるところが似ているからそう名付けた。というか、これ以外の名前はないでしょ。俺、横文字嫌いだし。

 星々でもなく、大地は震えない。劫火で焼き尽くさないし、世界は終わらないけどね。

 ちなみに神々の黄昏って言葉は、元々はそう呼ばれていなかったそうな。

 本来は『神々の運命』みたいな意味合いで、発音の変化で『黄昏』を意味するレックルと混同されてラグナ(神々たち)レックル(黄昏)と呼ばれることになったらしい。

 まあ、運命より、神々の黄昏の方が俺的には好みだからいいけど。

 さて、現状……というか、惨状はどうかというと……。

 今は砂煙で何も見えないのが、現状だ。

 巨岩の落下直後に魔力を止め砂に戻したんだけど、そのせいで余計に砂煙が酷いことになってしまった。

 この魔法は欠点だらけだ。

 砂煙は酷いし、地形を変化させるし、消費魔力も尋常じゃない。

 ただ石を落とすだけと言っても、あの大きさだ。さらに属性魔法の中で最も魔力消費が高い土魔法で、距離が離れれば離れるほど魔力を消費する『法転移』もだ。

 その上、一瞬で大量の魔力を体内からもっていかれる脱力感。

 思わずコンマ数秒意識を失った。

 そのせいで魔力維持が乱れ、奇襲で大岩を落とすつもりが、岩形成の維持が不安定になり少し崩れてしまった。

 崩れた小石が先に落ちたから、マジで焦った。奇襲の意味が無くなるからな。実際、殆ど気づかれていたみたいだし。

 まあ、あいつらにとっては前代未聞の出来事だったからか、ぼーっとしていてくれたおかげで直撃させることが出来た。

 後は崩れた岩の分だけ小さくなった威力で、どれだけ殺せたかだが……。

 お、天気が悪いおかげで風も強く、舞い上がった砂煙が散るのが早いな。さてさて、どうなったかな?


 結果は、やはりというべきか大失敗だ。

 大岩の落下地点は言うまでもなくクレーター。その中心は肉片が入った血の海だ。

 しかし、生き残りも多い。

 衝撃波で人間がとんでもない距離吹っ飛んだけれど、ここは運悪く草原。打ちどころが悪い奴以外は、殆ど生き残っていやがる。

 うーん……、8割方は死んだろうけど、2割は生きている。五体満足は1割弱ってとこか?

 全員押しつぶすつもりが、結構な生き残りを出してしまった。

 やっぱり失敗だな。

 だがまあ、もう俺に攻撃する気力はないだろう。これで恐れを抱かず、攻撃をしてくる奴は余程の馬鹿だ。

 さて、それでこの後をどうするかだが……。

 お、あの派手な格好の兵士は……、先頭にいたやつだ。派手な兜は吹き飛ばされたのか無いけど、たぶん指揮官だろう。近くに馬が倒れているし、間違いない。

 指揮官は落下地点から最も遠くに倒れていた。


 「へぇ、やるじゃん」


 あの指揮官は落下直前に馬を走らせて、落下地点から離れていたのだろう。吹き飛ばされた他の兵士たちとかなりの距離がある。

 最後の最後で思考能力を取り戻し、緊急回避したのか。

 殆どが動かず思考放棄していたように見えたけど、指揮官ともなればやはり違うな。

 それで生きているかどうかだけど……。

 一緒に倒れている馬は足を怪我して動けないようだが、生きているな。だったら、指揮官も生きてるだろう。

 よし、ご挨拶しにいくか。



 俺が倒れている指揮官の下へのんびり歩いていると、アーサーが慌てた様子で俺の方へと走ってきた。


 「ちょちょちょ!何する気だぃ?!ギルくん!」


 「おう、アーサー。どうだった俺の魔法」


 「最悪だよ。グロいよ!もう大小漏れそうだし、吐きそうだよ!いや、そうじゃなくて!まさか、まだ何かする気かぃ?!」


 マジか。上から下まで大変だな。

 ていうか、こいつ同情していやがるな?戦闘狂のくせにお優しいことだ。


 「そりゃあ、あいつら次第だろ。そこに指揮官っぽいのが倒れているから話を聞きに行く。その答えでトドメを刺すか決めるよ」


 「もう決着ついてるし、追い打ちかけなくても……」


 こいつ、マジで優しいな。未だに武器も持たず素手みたいだし、この世界に来て人間を手に掛けたことないんだろうな。

 反転スキルもあるのに。いや、反転してこれか?


 「おい、おまえ地球で殺人鬼か?」


 「は?何言ってんの?!動物すら殺したことないよ!!ウサギさんも飼ってるし!」


 ウサギは関係ないだろ。っていうか、『さん』をつけんな。

 ふーん、動物虐待してないんだ。ってことは、シリアルキラーとかでもねーな。

 シリアルキラーの兆候は、動物虐待だって聞くし。

 つまり、反転スキルで生み出された膨大な殺意を、意志の力でねじ伏せてるってわけか。こいつ、馬鹿だけどすげーな。


 「たしかに決着はついてるだろうな。でも、まだ戦う意志があったら?襲ってきたら?」


 「でも……」


 「俺が油断して殺されたら、魔法都市はどうなると思う?」


 「え、そのまま制圧されると思うけど……」


 「ただ制圧して終わるわけないだろう。俺の予測では、この世界の時代はまだ中世ぐらいだ。その時代の制圧なんてものは、蹂躙とかわらん。全てを奪われて、今のような自由はなくなる」


 「だけど……、十分死人が出たよ」


 「関係ない。お前は魔物を殺さないのか?肉は食わないのか?魔物も人間も違いはない。魔物を殺したことがあるなら、覚悟を決めろ」


 「う……」


 アーサーは理解はしているらしい。だが、納得はできていないみたいだ。

 何度も何度も、何かを言おうと口を開き、何も言えず口を閉じるのを繰り返している。

 なんなんだこいつ。マジで戦闘中とギャップすげーな。

 はあ、まったく仕方ねーな。


 「安心しろ。とりあえずは話を聞くだけだ。心は折れてると思うから、これ以上の戦闘は必要ないだろうよ」


 「そ、そうだよね」


 そんな話をしていると、倒れている指揮官らしき男の所まで来ていた。

 さて、狸寝入りしているかもしれないから念入りに様子を見よう。

 見た所、指揮官に大きな怪我はなさそうだ。

 鞘から剣が無くなっている。衝撃の際に吹き飛ばされたんだろう。

 短剣らしきものを持っている気配もない。何より小さな武器をしまう鞘がない。

 そして、両手は見えている。

 うん、こりゃあ気絶してんな。


 「おい、起きろ」


 俺は指揮官の顔を叩いて起こす。


 「う……」


 「ああっ!ギルくん!もう少し、優しく……」


 ったく、うるせぇな。


 「アーサー、お前うるさい。このポーションやるから、とりあえず近くに倒れている馬でも治しておけ」


 俺はマジックバッグから中級治癒ポーションを取り出すと、アーサーに投げる。


 「ギ、ギルくぅん……」


 アーサーは感動して目を潤ませていた。

 気持ち悪い声出すなよ。

 ……まあ、俺も動物は好きだ。馬は人間の戦争に関係ないし……。


 「いいから、いけよ」


 「うん」


 さっきまでとは打って変わって、アーサーの足取りが軽い。怪我人を治せって言ったわけじゃないのに。余程動物が好きなんだな。その一点のみは気が合うかもな。

 さて、邪魔者は行ったな。


 「おい、お前もう起きてんだろ?死んだふりは知能のない奴にやれよ」


 「むぅ……」


 指揮官はパチリと目を開くと、唸りながら顔を上げる。

 やっぱりな。俺が指揮官を叩いてアーサーと会話している間に、手の位置がほんの少しだけ変わって、指が曲がっていた。

 気絶していたならそんなことは起きない。


 「話をしようじゃないか。お前は指揮官だろ?」


 「そうだが、何を……」


 「とりあえず、これだけは先に聞かなきゃならない。……まだやるかぃ?」


 俺の質問に指揮官は答えず、ゆっくりと身を起こした後、後ろを振り返る。

 自分の軍隊があった場所を。

 死体の山。死体すらない血の海。自分の失った四肢を探して彷徨っている兵士。飛び出した内蔵を掻き集めて、仲間の体に戻そうとしている男。

 その様子を数秒眺めてから指揮官は呟いた。


 「もう無理だろう」


 「だよな。貴様も体は無事みたいだが、もう俺に攻撃しないよな?」


 「ああ。勝てる気がしない」


 「そうか。じゃあ、俺に言うことはわかっているな?」


 「………もちろんだ。我々は降参する」


 「よし!じゃあ、本題に入ろうか」


 そうなるとアーサーという立会人が必要だ。アーサーは……。

 アーサーは怪我を治した馬と戯れていた。

 俺はアーサーを呼ぶためにそこら辺に転がっている石を思いっきりアーサーに投げる。


 「あぶなっ!!」


 「チッ、避けたか。アーサー!仕事の時間だ!!」


 「ちょっと!!声をかけてよ!」


 「何度も呼んだぞ!」


 「え?嘘?」


 嘘。


 「でだ、法国の見届人として俺とこの指揮官の話を聞け」


 「あ、うん」


 アーサーが戻ってきたのを確認してから話を続ける。


 「指揮官、もう一度」


 「ああ。我々は降参する」


 俺は頷いてからアーサーを見る。目が合うと、アーサーも深く頷いた。


 「法国の執行者アーサーが、この戦見届けた!!勝者は魔法都市!これ以上の戦闘を続ければ、我ら法国が介入する!!」


 「レッドランス軍、将軍としてこれ以上の戦闘は望まない」


 よし、指揮官が了解した。これでもう俺を襲うことは出来ない。

 と思った瞬間、俺や指揮官、アーサーをも巻き込む巨大な魔法陣が足元に現れた。

 俺でもアーサーでも、ましてや指揮官の魔法ではない。

 だが、俺たち三人を殺すための魔法であるのは間違いない。

 いったい誰が?


 「ふははははぁ!!!油断したな!!指揮官はワシだ!!!勝手に降参はさせん!全員、ここで死ぬのだ!」


 いつの間にか、俺たちの近くにラルヴァが立っていた。

 これはラルヴァの攻撃魔法だった。

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