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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十章 魔法都市への復讐者 下
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降り注ぐ殺意

 緩やかではあるが長い坂道を登り切ると、ようやくオーセブルクの入り口が見え始める。

 はじめに見つけたのは、レッドランス軍の将軍だった。


 「おや?おぉ、ようやく到着ですな。いや、意外に早く辿り着けたと言うべきか……」


 満足そうに頷く将軍とは裏腹に、ラルヴァは不機嫌だ。


 「ふん、遅いぐらいだ。兵共がちんたら歩くから10日も、いや、夕刻だろうから11日も無駄に使ってしまったことになるではないか」


 時間で言えば16時ぐらいだろう。しかし、5万の兵が全てオーセブルクに入る頃には夜が更ける。その上、食事や睡眠があるのだから今日の行軍はここまでと言える。

 だがそれでも、ラルヴァの言い草は不適切だ。


 「チッ、だったら自分も馬に乗っていないで歩けよ」


 将軍が小声で愚痴をこぼしてしまうのは仕方ないことだ。

 のんびり馬車の旅で8日の距離。それを重い鎧や荷物を背負って歩き、10日で辿り着いた。称えることはあっても、不満を言われる筋合いはない。特にレッドランス軍の兵たちへは。

 ラルヴァは聞こえてないはずだが、何かを感じたのか将軍をギロリと睨む。


 「何かいいたことがあるのかね?将軍」


 「……いいえ、ラルヴァ公」


 王国で最も多くの兵を持つレッドランス軍の将軍であっても、貴族であるラルヴァに無礼は許されない。

 全ての貴族が悪ではない。だが、ラルヴァのように自分の欲のためなら、善悪関係なく手段を選ばない

貴族も少なくない。

 貴族がいる国にとって、ラルヴァのような男は宿痾と言えるが、ある意味必要悪でもある。

 敵国にとって手段を選ばない策士ほど恐ろしい。国同士の戦争が多い時代では重宝される。

 それがわかっているから、将軍もラルヴァに逆らわない。

 

 「ふん、まあいい。では、時間もないことだし、急いでオーセブルク入りするとしようか」


 将軍は胸に手をやり、恭しく礼をする。


 「全軍!オーセブルクに進――」


 「将軍!お待ち下さい!」


 号令を一人の兵に止められる。場合によっては処刑に値する行為だが、それを知っていて号令を止めたのだ。

 将軍も何か問題が起きたと理解する。


 「む、どうしたのだ?」


 「はっ!前方におかしな奴らがおりまして!」


 「おかしな奴ら?」


 将軍が目を細めて先を見る。そして、眉を顰める。


 「どうしたのかね?将軍」


 「ラルヴァ公。それが……透明な椅子に座った男がおりまして……」


 「透明な椅子?!!まさか!!」


 ラルヴァに賢者試験での記憶が蘇る。

 透き通る氷の玉座に座る、憎き男の記憶。

 ラルヴァは目を凝らしてその男を見る。そして、確信する。

 ラルヴァの反応に将軍も理解する。


 「もしやあれが?」


 「そう、我らの目標である魔法都市代表だ!今すぐ兵を差し向けるのだ!」


 「お待ち下さい、ラルヴァ公!」


 「何を言っておる!これは好機!戦向きの平原で兵も展開しやすいのだ!何より、敵側の兵は見当たらない!ダンジョン内に逃げ込まれる前に倒せばそれで終わるのだ!」


 「それでもお待ちください!もうひとり、ローブの……恐らく男がこちらに向かっております!」


 ラルヴァは恨みで周りが見えていない。

 すぐ近くまで来ているローブ姿の男が目に入っていなかった。


 「む、何者だ?」


 「恐らく使者かと。ですが、魔法都市の人間というわけではなく、法国の使いのようなので話を聞くべきだと判断しました」


 黒い翼の女神が描かれたマントのようなローブ。

 法国の使者の証である翼の女神。黒い翼は執行者の印である。


 「聖王の命を実行する執行者の印か。確かに法国の者のようだ。であれば、何を伝えに来たか聞かねばならんか」


 将軍は頷くと、ローブの男が到着するのを待つ為に兵に待機の指示を出す。

 ローブの男はマイペースに歩き、時折妙なステップを踏みながら近づいてくるが、それがまたラルヴァを苛つかせる。

 しかし、法国の人間に、特に聖王の命を受け任務を執行する者に対し、怨言や苦情を漏らすのは後々面倒なことになることを知っている。

 もし法国の機嫌を損ねる事態にでもなれば、王国は今以上の苦境に陥る。ただでさえ戦で劣勢になりつつあるのに、王国内部から法国の信者が暴徒と化せば、戦の勝敗前に滅亡さえあり得る。

 故に、ラルヴァは笑顔を崩さない。

 悪感情を笑顔の仮面で隠しながら、ローブの男を待つこと数分。

 ローブの男はラルヴァと将軍の目の前に立つ。フードを目深に被っていて顔はわからない。

 ローブの男は首だけで礼をするとゆっくりと口を開いた。


 「王国の方々、ここで何をしておられるのですか?」


 5万の兵士の前に一人で立って、怯えるどころかニヤつきながら話すローブの男。


 「こ、これは法国の執行者殿。我々はオーセブルクのダンジョン内で訓練の予定でして」


 将軍が答える。言い訳は既に用意していた。

 オーセブルクダンジョンに入場する時の答えとして。


 「へぇ、この人数で、ですか」


 「ええ。訓練もそれなりに金がかかりますので。だったら、まとめて済ませたいと考えるのは当然でしょう」


 「ふむふむ、なるほどなるほど。プッ!プヒャヒャ!」


 急に吹き出し笑う男に、将軍とラルヴァは怪訝な表情だ。


 「な、なにか?執行者殿」


 「おおっと!失礼。僕はこういう話し方は苦手なんですよ。だから、いつもどおりで良いッスか?良いっすね。そんじゃ言いますね。えっと、隠し事はやめましょう。狙ってるんでしょ?魔法都市」


 「な、なにを!」


 将軍は驚きを隠せない。平民上がりの将軍で腹芸とは無縁だからか、否定の言葉を出しても隠しきれていないだ。

 その様子を見てラルヴァは嘆息する。


 「いえ、その通りですな、執行者殿」


 「ラ、ラルヴァ殿!何を!!」


 「将軍、もう既に執行者殿と、あっちにいる魔法都市代表には察知されているようだ。今更隠しても仕方のないこと」


 「しかし……」


 「うん、バレてますよ。あっちの魔法都市代表には、全て。それでですね、法国の同盟国である魔法都市に戦争を仕掛けるということで――」


 「同盟国?!ラルヴァ殿!!いったいどういうことですか!?あなたは国ではないと仰ったではないですか!」


 予想外の事実にラルヴァは驚愕する。が、それは一瞬だった。


 「将軍、落ち着きなさい。執行者殿のお話には続きがあるようだぞ」


 「ですがっ!」


 「まあまあ、話進まないんでそのぐらいで。それで魔法都市代表から法国に、この戦の見届人を立ててほしいと依頼があって僕が来たわけですよ」


 「では、法国はこの件を黙認されるのですかな?」


 「同盟国である魔法都市からはそれだけですね。だから、最後まで見させてもらいますね」


 「ええ、歓迎します」


 ラルヴァは拳を強く握る。「だったら、問題ない」と。


 「それだけですかな、執行者殿?でしたら、ワシらは被害を抑えるために、さっさとあの身の程知らずを仕留めたいのですがね」


 「いいえ。魔法都市代表からの伝言があるんですよ」


 「伝言?なるほど、そういうことか」


 「どういうことですか?ラルヴァ公」


 「簡単なことよ。法国を間に立て、被害を最小限に抑える。あの小僧は無条件降伏をするつもりなのだよ。法国の執行者を見届人に据えたのは、我らが無茶な条件を出さないように」


 「な、なるほど!」


 「ですな?執行者殿」


 「いいえ、全く違います」


 「なに?!では、何だというのだ!」


 「では、伝えますね。『今すぐ降伏し兵を引かせよ』。以上」


 ギルの伝言にラルヴァと将軍は唖然とする。

 ラルヴァの言ったことは、攻められる国の最終手段としては一般的だ。というよりは、負けが濃厚の場合、より被害を少なくするのは当然だろう。

 だが、それはギル以外ならばだ。


 「ば、馬鹿な!このまま続けるというのか!」


 数多の戦いを経験した将軍だからこそ、ギルの伝言に耳を疑う。

 ギルの伝言は降伏ではなく、逆に降伏しろという最後通告に他ならない。

 被害が皆無の状態である軍隊に対して、それは無意味だろう。つまり、5万の軍勢と戦争をする意思表示である。


 「その通りです。じゃ、僕はこのへんで。魔法都市側は代表一人で戦うらしいんで、頑張ってくださいね」


 ローブの男はそれだけ言うと立ち去っていった。


 「ラルヴァ公、どう思いますか?」


 「ふん、自殺志願者というだけだ」


 「それだけでしょうか?何かおかしいです。もしや、伏兵?」


 「隠れるところがないこの平原でか?あり得んだろう」


 「それだけ自信がある、ということでしょうか」


 「だとしたら、やはり自殺志願者だな。しかし、まさか一人で大軍の前に立つとはのぉ。余程自分の魔法に自信があるようだが……、将軍安心しろ。ワシでさえ最大の魔法で倒せるのは10人が限度。何も出来はせんよ」


 「賢人であるラルヴァ公がそう仰るならば、そうなのでしょう」


 「うむ。それに、こんな簡単な戦があるか?たった一人潰せば勝利。その一人は今目の前にいるのだからな」


 「ううむ、たしかに……」


 「わかったならば、突撃の準――」


 『聞こえるか?王国の兵士共よ』


 ラルヴァが将軍に突撃の準備をさせようとした時、ラルヴァにとって憎き男の声が辺りに響いた。


 「な、なんだ?誰の声だ?」


 「………ヤツの声だ」


 「奴?まさか、魔法都市代表ですか?この距離で?!」


 これはギルの魔法のひとつだ。風魔法で声を長距離運んだに過ぎないが、理屈がわからない上に前代未聞であれば、将軍のように慌てふためくのも無理はない。

 だが、そんなこと関係なしと声は話を続ける。


 『2度目の警告だ。すぐに兵を引け。このまま攻める気でいるならば後悔することになる』


 決して大声で叫んでいるのではない。落ち着き払い、諭すような声が大軍の一人ひとりに届き、兵士たちもざわつく。

 ラルヴァは将軍と同じように慌て始める兵士たちを見て鼻を鳴らした。


 「そういうことか。兵士たちを怯えさせるのが狙いだ。将軍、落ち着かせて陣形を整えさせろ!」


 「ラルヴァ公……、了解しました」


 終始勘違い、誤解しているラルヴァであるが、その強気な性格がレッドランス軍の将軍をいち早く動揺から回復させる。

 そして、将軍は兵に陣形の配置を命令した。


 ――――――――――――――――――――――――


 うーん。アーサーが予定通り俺の伝言を伝えたのなら二度目の警告のはずだが、どうやら無意味だったようだ。

 陣形を整え、突っ込んでくる気マンマンだしな。

 ま、予想はしていたさ。俺の言葉は誰でもただの強がりだと思うだろうよ。

 ……皆殺しにする覚悟は出来ている。

 だが、『危ないよ、死んじゃうよ』って注意はしてあげたい。

 結果はわかっている。

 予定通りに進むことも。

 まあ、こんなこと考えても何も変わらないか。

 最後の警告をするとしよう。

 えっと、声と言葉遣いを変えて……。風魔法を発動させてっと……。


 「三度目だ。直ちに降伏し、兵を引かせよ」


 ――――――――――――――――――――――――


 『三度目だ。直ちに降伏し、兵を引かせよ』


 陣形を整えていると、どこからともなく声が聞こえる。


 「おい、この声ってこれから攻める魔法都市の代表らしいぞ」


 ラルヴァと将軍の話を聞いていた兵の一人が仲間に教える。


 「この距離で声が届くのか?とんだ大声の持ち主だな」


 「それどころか、敵さんはどうやら一人らしいぞ」


 「は?!それで俺たちに降伏しろとかほざいているのか?!」


 「らしい」


 「ははは!敵の王が馬鹿で良かった」


 「確かにな!5万もの兵を揃えたからどんな死闘になるかと思ったが、楽な仕事になりそうだ」


 「「ははは!」」


 「おい、お前ら!さっさと動け!陣形が崩れたら将軍閣下に怒られるぞ!」


 無駄口を叩く兵を、隊長が叱りつける。

 怒られているにもかかわらず、兵士たちはヘラヘラと緊張感がない。

 しかし、それも仕方がないこと。自分たちは5万人で敵は一人。緊張感を保つ方が難しい。

 隊長もそれはわかっているのか、溜息を吐きつつも更に叱ることはしなかった。陣形も完成間近なのもあって隊長自身が気を緩めてしまっているのを気づいていない。


 「お、俺たち一番前みたいだぞ」


 先程、無駄口を叩いていた兵士たちは最前列だった。


 「そうだな。あ、おい、見ろよ。あれが敵の大将みたいだぞ」


 「どれどれ?ん、なんか椅子みたいなのに座ってるな」


 「戦場でか?ま、5万人の前に一人で立ち塞がっているぐらいだから、頭のどこかがおかしいんだろ」


 「「ははは」」


 あちこちで笑い声がする。どこでもギルのことを面白おかしく噂している。しかし……。


 『三度だ。三度警告した。が、どうやら無駄だったようだ。それでは覚悟してもらおう』


 その噂のギルが声を響かせる。


 「何いってんだ、あいつ」


 「ははは、あいつとか言うなよ。あれでも一応王様だぞ?」


 「へへへ、あいつ仕留めたら報奨は何貰えっかなぁ」


 「おいおい、王様ってのはどうでもよくて、もう報奨の話かよ」


 「そりゃあ、死んじまったら王様もクソもねーだろ。だったら、生きるために必要な報奨の方が大事だ」


 「ははは、そりゃそうだ」


 誰もギルの言葉を聞いていない。もはや、ピエロぐらいにしか思っていないのだ。


 『貴様ら、皆殺しだ』


 都市代表の穏やかではない言葉で、一瞬静寂が支配した。

 直後、ほぼ5万人全員が爆笑した。


 「はははは!怖い怖いー!怖くて漏れちゃいそうだよ!」

 「こりゃあ、俺たち負けたな!!ギャグセンスじゃ勝てねぇよ!」

 「あー、おもしれぇ!おい、お前も笑ってやれよ。それが弔いにもなるからよ!」


 ある兵士が隣にいる戦友の肩を叩く。

 しかし、戦友は力なく崩れ落ちた。


 「ははは、おい、笑いすぎて失神したか?!もう良いから立てって。………なあ?どうした?」


 倒れ込んだ戦友に近づいて初めて気づく。戦友の頭部が無いことに。


 「……は?なんだコレ?頭が消えてる?」


 そして、異変に気付く。

 鈍い音があちこちから聞こえる。

 所々で自分の戦友たちが、叫び声もなく死んでいる。

 四肢のどこかが無くなっている者、頭の一部が欠け中身が飛び出している者。

 喘ぎ、泣き、叫びがいたる所から聞こえる。

 ギルの魔法攻撃が始まったのだ。

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