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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
九章 魔法都市への復讐者 上
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学校の役割

 「ということがあったらしいんスよ!」


 「ん」


 「……」


 連日の徹夜で疲れ切った俺の前に、仲間であるシギルとエリー、そして申し訳無さそうにしている女性が三人立っていた。

 なんでも、魔法学院の初日の授業が失敗に終わったらしい。

 こういうこともあると俺や学院関係者は理解していると思ったのだが。


 「……で、なんで俺に言うの?学院には立派な賢人が二人、常にいると思うのだが……」


 スパールは学院に宿泊しているし、タザールも今は研究が楽しいらしく研究室で寝泊まりしている。

 学院から近いとはいえ、わざわざ俺のところまで来ずとも頼りになる二人がいるのだからそっちに相談すればいいのにと思っての言葉だったのだが……。


 「む!旦那冷たいッス!アニーはいい子なんスよ!」


 「すよ」


 いい子が今の話に何の関係があるのかはわからんが、仲の良い友人の為に一肌脱ごうってことなんだろう。シギルとエリーが頬を膨らませながら不満を言う。

 っていうか、エリーがそんな顔するの初めて見たよ。相変わらず無表情だけど……。


 「はぁ……、えっと、君ははじめましてだね」


 まだ、挨拶すらしたことがなかったから、とりあえずそれを済ませよう。


 「は!は、は、はい!!代表様のお話は色々とお二人から聞いています!!」


 ……なんで、そんな緊張しているの?いったいどんな話をしたんだ、この二人は。


 「一応、魔法都市代表ってことになっているギルだ。緊張しないで普段と同じようにしてほしい」


 「は、はい!!わ、私はアニーと言います!!キオル様の弟子として魔法を学ばせてもらっています!」


 吃りながらも元気よく自己紹介をするアニー。

 寝不足の俺にはかなり厳しい音量ではあるが、まぁ元気でよろしいな。


 「はい、よろしく。それで、キオルの弟子ならそっちに相談してもよかったんじゃないの?」


 「あ、いえ……、その……」


 今までの元気が嘘のように無くなっていき、アニーが言い淀む。

 それを代弁するようにシギルが口を開いた。


 「あー、キオルは今魔法都市にいないらしいッス。プールストーンの買い付けをしに、エルピスとオーセブルクに行ってるらしいッスよ」


 あー、なるほど。かなりの売れ行きらしいから、仕入れにいったのか。それなら仕方ないか。


 「じゃなくても、さっきも言ったが学院には頼りになる二人がいる。俺にではなくあっちに相談するべきだと俺は思うんだが……」


 「あ、いえ!もちろん、お二人には真っ先に相談しました。ですが……」


 「は?まさか無下にされたのか?!」


 だとすれば、奴らとはしっかり話をせねばならんだ。もちろん、肉体言語だ。自慢の髭を一本の残らず引っこ抜いてやる。

 だが、アニーは慌てて首を横に振る。


 「ち、ちがいます!お二人とも真剣に話を聞いて下さいました!ですが、お二人共口を揃えて、『ギルに相談してみろ』というので……」


 おいおい、自分の仕事を放棄しやがったぞ、あいつら。これはやはり話をせねばならんな。場合によっては、やっぱり肉体言語だ。タザールの研究資料に醤油でもかけてやろうか。

 まあ、それは置いておくとして、今はアニーの相談を優先しよう。俺のところまで来たのだから、少しぐらいは手助けしてやりたい。


 「はぁ、仕方ないな。それでどんなヤツに野次飛ばされたんだ?」


 「えっと、王国貴族の方らしいのですが……」


 貴族か……。俺がいた地球の時代では既に時代遅れで、貴族という制度が仮に維持されていても、爵位は形骸化している。

 しかし、この世界ではまだ衰退すらしておらず、現役どころかその称号は猛威を振るっている。

 さらに、始末に負えないのは多くの貴族が、自分を尊い血だと勘違いし、民を見下していることだ。

 全ての貴族がそうでないことはわかっている。キオルもそうだしな。

 しかし、それでも好きにはなれないな。できれば、絡みたくない相手……ではある。


 「厄介だな」


 「で、ですよね。代表様でも、流石に後が怖いですよね。報復とか……」


 「いや、それはどうでもいいんだ」


 「ど、どうでも……?」


 「厄介なのは、貴族至上主義なところだ。これから先、アニーが熱心に授業をしても、アニーが平民というだけで見下し話を聞かないだろう」


 その上、アニーは若い。知識があっても若いというだけで見下されやすい。

 アニーが魔法の力量を見せたとしても、どうせ庶民に教わる事はないと言い出す。まったく、本当に厄介だ。

 後でスパールに、何故貴族なんて入学させたのか聞かなければなぁ。


 「では、やはり教室を分けるべきなのでしょうか?」


 「そういうわけにもいかない。教師もまだまだ少ないしな」


 「で、ですよね。王宮魔法士なんていませんし、貴族を納得させるなんてとても……」


 とはいえ、このまま対策しないままだと、一年経っても『魔法の基礎』授業が終わってないこともありえるしなぁ。

 魔法学院を作るなんて言った手前、責任もあるし早急にスパールと話をしなければならないかな。


 「とにかく、わかったよ。俺がスパールと話してみるから、アニーは明日も学院に来てくれ」


 「は、はい……」


 「シギルとエリーもこれでいいな?」


 「ッス。友達が苦しんでいるのは見てられないッス」


 「っす」


 「シギルさん、エリーさん……。ありがとうございます」


 三人は微笑み合う。いや、一人は無表情だったわ。

 俺がなんとかすると言ったからか、アニーは少しだけ安心した表情で部屋をシギルと出ていった。

 ん、エリーが残っている。


 「エリーはまだなんかあるのか?」


 「ん」


 「……えっと、何?」


 「ご飯作って」


 「…………」



 何故か俺がエリーの晩ご飯を作った後、学院に向かう。

 もちろん、スパールに会うためだ。

 学院長室のドアをノックし、入室許可の返事をもらいドアをあけると、スパールが机に向かって書類に何かを書き込んでいる姿があった。


 「邪魔するよ、スパール」


 「んん?おぉ、ギルか。何用じゃ?」


 「初日の大失敗について」


 「なるほどのぉ。来るとは予想しておったが、早かったのぅ。まさか、相談された日に来るとは」


 「学生にとっては一年しかない貴重な時間だ。無駄にはできんだろう」


 魔法学院の学生は一年しか学ぶことが出来ない。

 授業内容は余裕をもたせているが、それでも一日無駄になるごとに後々詰めて教えることになる。

 折角学生をやっているのだから、遊ぶ時間も必要だろう。そのためにも授業は少し余裕があった方が良い。

 であれば、急いで対策しなければな。


 「ほぉ?まさか、ギルが学生のことを考えているとはのぅ」


 「いったい俺を何だと思っているんだ」


 「さてな。それでわしに何の話かの?」


 こいつ……、とうとうボケやがったか?!今、話していただろうが。


 「貴族のことだよ」


 「それが何だと言うんじゃ?予測は出来ていたことじゃろう?」


 「まあ、そうだが。それにしても、どうして貴族なんて入れたんだ?」


 俺は入学させる人物をスパールに任せていた。その時に、貴族は好ましくないと伝えていたのだが、結局その助言は無視された形になった。

 任せたのもあって、問いただすこともしなかったのだが、こういう問題が起きたとなってはその理由を聞いておくべきだろう。


 「貴族だからとて、入学させないわけにはいかんじゃろ」


 「だからって、厄介な性格の持ち主を入れなくても」


 「元賢人とて、ヒトの心全てまでは見通せないんじゃ。それぐらい、ギルはわかっておろう?」


 「ちっ、歳を重ねて反論だけ上達させやがって。魔法の素質に光るものを見つけたんだろうが、性格が陰っていたら後々面倒なことになるだろう」


 「ふぉふぉ、哲学的じゃの。こういう話し方が出来るからお主と話すのは面白い」


 「髭引っこ抜くぞ」


 「ふぉふぉ、困るのぉー。……ギルよ、ワシはな、曲がった心を矯正するのも学び舎の仕事じゃと思うておる。それが、魔法の素質がある者ならば尚更じゃ」


 この爺、たまに良いこと言うんだよな。だから俺も強く言えない。


 「はぁ、わかったよ。スパールが見た限り、その貴族も魔法を真剣に学びたいと思っているってことだろ?」


 「それはわからん」


 「……はぁ?」


 「学びたいかどうかはわからん。魔法の素質があって、面接をわざわざ受けに来た。それだけで、学びたいということじゃろ?」


 本当にボケてんじゃねーのか?


 「いや、新設の魔法学院を潰すためとか、考えないのか?」


 「潰れんじゃろ?」


 まあ、そりゃそうだ。邪魔するやつは排除するのが俺のやり方だ。

 学び方も勉強の仕方も人それぞれ。成長も理解度もそれぞれ。成績が悪くともある程度理解を示してくれたら、卒業を考慮する。

 しかし、邪魔をして他の学生に迷惑をかけるならば、後々面倒になろうともそいつは学院から去ってもらう。

 だから、授業が滞ることも、学院が潰されることもない。


 「だがな、平民の教師は簡単に俺のやり方を真似はできんだろ」


 「うむ」


 「うむ、じゃねーよ。どうなんだって聞いてんだ」


 「うるさいのぅ、わからんよ」


 こいつわからないって言い出しやがった。

 俺とスパールが議論すると、たまに子供のような喧嘩になるのはなんでだろ。少年の心を持っているから?

 とはいえ、わからないじゃ済まない。既に、学院は始まっているからな。


 「わからないって……」


 「魔法学院は出来たてじゃ。わしとて、学び舎の経営なぞ経験がない。結局は、問題が起きてから対処するしかないんじゃよ」


 わからないっていうのはそういうことか。

 経験がないから未然に防ぐことは出来ず、起きてから対応するというやり方にしたってことだな。

 つまり、予想はしていた。でも対策が出来ているとは言ってないってことか。駄目じゃねーか。


 「はぁ、仕方ない。確かに任せっきりにしていたからな。この件は俺も一緒に対策を考えよう」


 「そうしてくれると思ったわぃ。アニーをギルのところに行かせて正解じゃったわ」


 そういう計算があったのか。スパールの計算通りに動いてしまったことは少々悔しいが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 さっさと終わらせて、3日ぶりにベッドに入るんだ。


 「はぁ、まあいいや。そんで、問題となっているのが、相手が貴族という点だ」


 「うむ、度が過ぎるのであれば、処罰も視野に入れるというのがギルの考えじゃったな」


 「そうだ。厳しすぎかと思ったが、初日からこうではこれから先も同じことが起きるだろう」


 「そうじゃな。じゃが、問題はどの程度が処罰対象か……じゃな」


 「チッ、こんなことなら校則を作っておくんだったな」


 「こうそく……とは、なんじゃ?」


 校則なんて言葉がこの世界にはないのか……。


 「あー、学び舎の規則とかはどうなっているんだ?」


 「うむ。有名なところでは、設備の被害及び、関係のない第三者にまで怪我をさせるような私闘は禁ずるなどじゃのぅ」


 私闘はいいのか。一般教養が学べる学校は少なく、殆どが剣術や魔法の学校だというのは聞いた。だからか、決闘文化がある世界なのもあって、損害や被害がなければ私闘はある程度許容するということなのか。

 昼飯食ってる時に、隣が急に揉めだして突然火柱が上がることもあるってことだろ?恐ろしいな、異世界。


 「校則っていうのは、学校内部の規則だ。厳しいルールを強要する気はないが、ある程度定めて置かないと今回のように授業にならないだろ?」


 「だが、それを貴族が守るかのぅ?」


 「それならば、学院を去ってもらって構わない。今さっき言ったばかりだが、厳しいルールを強要するんじゃないんだ。授業が進まないというのは、明らかに迷惑行為だろ?そういうのは処罰するから気をつけてねと警告することが目的だ」


 「ふむ。それを定めるとして、今更生徒に話すのかの?」


 「ま、確かにあんたら三賢人が説明会をした時に話しておけば、幾分か楽だったかもな。でも、仕方ないだろ。初日から緊急休校なんて、他の学び舎からしたら良い笑いものだ」


 「そうじゃの……、では、それを先に考えるかの」



 俺とスパールは二人で規則を考えた。

 数時間で捻り出した案だったが、出来たての学校としては十分だろう。不都合が生じれば、修正していけば良い。まずは、これで試してみよう。

 校則は考えた。だが、問題はまだ解決していない。


 「規則はこんなもんだな」


 「考えたのはいいのじゃが、先も言った通り今更伝えるのかの?」


 「ま、それには考えがある。とはいえ、最大の問題はその貴族共にどう授業を受けさせるかだな。学院を去ってもらって構わないが、スパールとしては規則を破るまでは教えたいんだろ?」


 俺の言葉にスパールは目を見開くと、優しく微笑んでから深くうなずいた。


 「うむ。魔法の深淵を覗くには一代では到底叶わぬ。であれば、次代に託すしかないのじゃ。しかし、学び取ったことを伝えないのでは、結局次代も1から学ぶことになり、やはり魔法の深淵を覗く事は叶わん。……ギルの魔法は新しい。わしの考えでは深淵に限りなく近い。それを教えることが出来るならば、魔法以外の努力もしようと思うておる」


 「そうか。なら、まずはアホ貴族を席につかせる必要があるな」


 「それが簡単ではないがのぅ」


 「アニーの話では、宮廷魔法士?以上を連れてこいって言ってたらしいな」


 「そうらしいのぅ」


 「宮廷魔法士っていうのはどの程度なんだ?」


 「各国が定めた賢人と言ったところかの。魔法学会が最高峰ではあったが、宮廷魔法士も負けてはおらん」


 そう言われてなんと答えればいいんだ?「じゃあ、大したことないね」といえば、スパールがいた魔法学会を馬鹿にすることになるし、「そうか、じゃあやり手だな」と言っても、賢者試験で賢人たちをこき下ろした俺の言葉だと、やはり馬鹿にしていると思われかねない。


 「う、うーん」


 「ふぉふぉふぉ、気にせんでも良いわぃ。ギルや、今のわしらからすればどっちも大したことはないのじゃからな。じゃが、それはわしらしか理解できんのが問題じゃ」


 確かにそのとおりだ。魔法を学んだことがない一般人には、宮廷魔法士は最高峰なのだ。今回問題になっている貴族の発言もそれが原因だとスパールは言っているのだ。


 「なら、どうする?宮廷魔法士を雇うか?」


 「それこそ無理じゃ。宮廷魔法士は国家専門の魔法士じゃしな。仮に雇えたとしても、国を出たら宮廷魔法士ではなくなってしまうからのぉ」


 それってどうしようもないじゃんか。

 間抜けな貴族が口から出任せで言ったなら、会心の一撃だ。問題は考えてこれを言っていた場合だが……、それは考えすぎか。


 「じゃあ、やっぱり三賢人の誰かが一度教壇に立つしかねーな」


 「ううむ」


 「どうした?もうそれしかないだろ。その貴族も最後には賢人以上を連れてこいって言っていたらしいしな。確かに負けたみたいで従うのは嫌だが……」


 「いや、そうではないんじゃ。問題はわしらが()賢人だということじゃ」


 そうか、頭の回る貴族のことだ、揚げ足取りのように次は『今は賢者ではない』ということを言う可能性があるのか。


 「それでも、三人の名は大きい。問題はないんじゃないのか?」


 「キオルは今この都市におらんし、タザールの性格じゃと生徒が教室を出ていっても構わず授業をしそうで問題の先延ばしになるじゃろ」


 「じゃあ、スパールでいいじゃんか」


 「わしはめんど、仕事が山積みじゃ」


 「今、面倒って言いかけただろ」


 「ならば、ギルがわしの代わりに書類を片付けてくれるかのぅ?期日は明日の昼までじゃ」


 くっ!それは無理だ!俺だって頑張って文字を勉強しているが、書類を片付けるほど理解できたわけじゃない。


 「じゃあ、諦めて退学させるか」


 「ギル、頼んだわぃ」


 「は?」


 「わしの代わりにちょっと」


 ちょっとじゃねーよ。俺が教えられるわけねーだろうが。

 

 「賢人でもない子供が教壇に立っても、同じことを言われるだろうが」


 「今回は、多少力づくでもいいじゃろ。それならば、ギルの得意とするところじゃろ?」


 なにそれ、心外なんだけど。

 いかん、流されたら本当に教壇に立たされる。ここはしっかりと反論しなければ!


 「キオルが戻ってくるまで待ってればいいだろう。学院の教壇に、都市の代表が立つのはおかしいと思うんだ、うん」


 「数日間もほったらしかのう?アニーは耐えられるだろうか……。教師を辞めてしまうかもしれんのぅ」


 くっ!卑怯者め!そうなると、シギルとエリーから文句を言われるじゃねーか!

 スパールは激しく髭の撫でながら、口元を歪める。


 「じゃからのぅ、ちょっと」


 だから、ちょっとじゃねーよ。


 「あー、もうわかったよ。シギルとエリーに怒られるのはごめんだ。今回限りだからな。来年の事はしっかり考えてくれよ」


 「わかっておるわぃ。では、明日は頼むぞ、ギルよ」


 「……はぁ」


 こうして、俺が教壇に立つことが確定したのだった。

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