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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
九章 魔法都市への復讐者 上
124/286

授業

 魔法学院の三賢人による説明会が終わり、疑い深い生徒たちをも納得させ一人も自主退学をさせないという結果を残した。

 それからは今日は帰って良いと言われ、生徒たちは様々な感情を秘めながら家路に就く。

 不安や緊張を紛らわす為に、エルピスの街まで息抜きしに行く生徒。

 期待や高揚を分かち合う為に、友人とお喋りに没頭する生徒。中には春を買いに常夜の街を練り歩く剛の者までいたほどだ。

 翌日が待ちきれない生徒は、時間的には昼だというのに床につく者もいた。

 各々が平常心に戻るために様々に努力して、そして次の日が来た。

 エレナは前日に寝坊をやらかしたエミリーを起こすためにドアを叩く。

 昨日はエレナたち三人も興奮を落ち着かせるために夜遅くまで語り合ってしまい、朝が弱いエミリーが心配になって早めに起こしに来たのだが、その心配を他所に部屋の中から明るい声が聞こえてきた。


 「はいはーい!今出ます、出ますよー!」


 既にエミリーは起きていたようだ。

 さすがのエミリーもこの日だけはしっかりと起きたかと、エレナは安堵の息を漏らす。

 ドアが開かれ年下の友人が顔を覗かせる。が、その友人の顔がおかしい。

 目の下に隈がくっきりと見えるのだ。


 「エミリー!あなた起きたんじゃなくて、寝てないんじゃないの?!」


 「な、なんで分かるんですか?!スキル?!」


 「誰が見てもわかるわよ!」


 「エミリーさん……、どうしてさっきまで完全覚醒状態だったのに、本番が近づくと眠くなるんでしょうね?」


 今の今までハキハキと話していたエミリーが、一瞬で眠そうな顔へと変化する。

 貴族に対し物怖じしない豪胆さがあるかと思えば、楽しみ過ぎて眠れないという10代らしい精神的弱さを見せるエミリー。

 エレナは青ざめる。


 「ちょ、大丈夫?!ほら、冷水で顔洗ってきなさい!」


 「へ?もう46回も洗いましたよ?流石にこれ以上はお肌が乾燥するというか……」


 「46も47も変わらないわよ!今すぐ洗って来なさい!まだ、学院まで時間あるから目を覚ますために出かけるわよ!」


 「ふぁぃ……、行ってきましゅ」


 呿呻(あくび)をしつつ返事をすると、そのまま部屋へ戻っていくエミリー。それを心配そうに眺めていると後ろから声を掛けられた。


 「よぉ……、そろそろ出るのか……?」


 声はテッドのものだ。

 エレナは早く出る事をテッドにも伝えないとと思い振り返る。しかし、テッドの顔も普段とは違ったものだった。

 テッドは目に隈、更に頬が痩けていた。だが、それが問題ではない。

 問題は匂いだった。


 「なっ?!テッド、あなたも寝てないの?!それにお酒臭いわよ?!」


 「なあ、エレナ。どうして大人は失敗するとわかってても酒を飲むんだろうな?」


 目頭を押さえながら哀愁を漂わせ、どうでもいいことを哲学的に語りだす。

 これはテッドが酔っている時の癖だった。


 「まだ酔っているじゃないの!!」


 「何を馬鹿な。見ろ太陽が眩しく俺を照らしているんだ。酔いなんざとうに吹っ飛んでるさ」


 「この街に太陽なんかないわよ!!」


 エレナが段々と苛立ってきた頃、ようやくエミリーが部屋から出てくる。


 「あ、テッドさん。今日も顔色良いですねぇ」


 「だろ?頭が最高に痛くて吐き気がするが、まあ大体は健康だ。ところで、エミリー。何故大人は酒を飲むと思う?俺が思うに――」


 「私の父はお酒を飲みませんがこう言ってましたよ。『子供に戻りたいから』と。おかしなこといいますよねー」


 「な?!エミリーの親父さんは賢人だったのか?!そうとしか考えられん!!いや、だが俺の考えもあながち間違っては……」


 「はー……、良いから二人共行くわよ!!」


 エレナは二人の意味不明な会話を聞いて溜息を吐くと、寮を出るために二人の腕を掴んで歩き出した。


 「「どこに?」」


 会話はチグハグなのに同じタイミングで聞き返す二人に、エレナは苦笑いしてからこう答えた。


 「隣町」



 三人でエルピスまで来ると、ある店へと入るなりすぐに注文をした。

 目的はこの店で出す飲み物。

 真っ黒で苦く、『気付け薬』と噂され商人の間で人気の商品『コーヒー』だ。

 暫く待つと、店主がそれを持ってくる。

 この世界では珍しく陶器のカップに入ったそれは、熱さを証明するかのように湯気を立てている。

 エミリーとテッドは、今まで飲んだことのない泥水のような飲み物に嫌そうな顔をするが、エレナは無理矢理飲ませる。

 すると、二人は見る見る顔色が良くなっていく。


 「くはー!苦い!!」


 三口目を飲んだ後、テッドは叫んだ。

 その声に朝の一杯を楽しんでいる常連であろう商人がビクリと跳ねる。


 「あ、すみません。テッドさん声大きいですよ」


 エミリーがテッドの代わりに商人に謝ると、テッドを注意する。どっちが年上か分からないが、どうやらエミリーも目が覚めたようだった。


 「二人共目が覚めたようね」


 「ああ、苦いが悪くないな。頭痛が若干だが和らいだ気がする」


 「そうですね。さっきまでの眠気が嘘みたいに無くなりました」


 「魔法都市代表が作った飲み物らしいわ。私も初めは苦手だったけど、ここで出される料理と一緒だと美味しく飲めるのよ。一人で散策している時に偶然見つけたんだけど、このお店は当たりだったわ」


 「なんだ、エレナもこの店知ってたのか。俺も昨日の夜に来たぜ?」


 その言葉にエレナは驚く。


 「テッドも?珍しいわね、テッドはもっと騒がしいお店のほうが好みかと思ったわ」


 「まあ、そうなんだが……。この店で出す『ビール』ってのが美味くてな。お前達が寝た後、寝酒を飲みにこの店へ通ってるんだ」


 「そうなのね……。って、今気づいたけど昨日って言った?このお店で飲んでたの?!」


 「……まあ。お、店主!さっきぶり!」


 他の客の注文を出しに来た店主に挨拶をするテッドに、店主は苦笑いしつつ会釈しながら近づいてくる。


 「いらっしゃいませ。三人ともお知り合いだったんですね」


 この言葉にエレナは首を傾げてから、エミリーを見る。


 「えっと、私もこの店知ってますよ。『ケーキ』っていう甘味が目的で通ってます」


 「なんだエミリーもそうなのね。私もケーキとコーヒーを飲みに来ているの。今度一緒に来ましょう?」


 「はい!」


 エミリーとエレナが微笑ましい会話をする横で、テッドは店主と話の続きをしている。


 「そうか!アレはまだ残ってるか!じゃあ、今夜また来るよ」


 「はい、お待ちしております。それではごゆっくり」


 店主が一礼をするとテーブルから離れていく。

 なんとなくその会話が耳に入ったエレナがテッドに白い目を向けていた。


 「な、なんだよ?」


 「そんなに気分が悪そうなのに、まだ懲りてないのね」


 「だってよ、ゲテモノだが美味い料理がこの店にあってよ……、それとビールがすっげぇ合うんだよ。」


 「それって何よ?」


 「『サキイカ』って料理だ。ちなみに材料はクラーケンらしいぞ」


 「クラーケンってこのダンジョンで出るアレ?そんなの美味しいのかしら?」


 「美味い。噛めば噛むほど味が染み出して来て、ビールの苦味を和らげるんだ。するとな、なぜかまたビールが飲みたくなる。そんで、今の俺が出来上がるって寸法だ」


 「うーん、興味あるけれど、二の足を踏むわね。でも、そのお料理もそうだけど、よくこんな料理を思いつくわね」


 テッドとエレナが話している間、まったりとコーヒーを飲んでいたエミリーが会話に加わる。


 「私もそれ知ってます。さっきの店主さんに聞いたんですけど、ケーキもさきいかも魔法都市代表様が考案したらしいですよ?」


 「「え?」」


 「というより、エルピスで人気のお店の看板メニューは全部そうらしいです。凄いですよね」


 「特別な魔法を使える上に、料理まで考案して、都市の代表になるほどの人物は凄いって言葉じゃ済まないだろ。自分も中々にデキる男だって思ってたけど、あーゆーヤツが天才って言うんだな」


 「そうね。三賢人が魔法都市にいる理由がわかった気がするわ」


 「そうですねー。はー、苦い」


 どれほど凄いのか理解出来ていないエミリーは棒読みで相槌を打ちつつコーヒーを呷る。一口飲む度に「苦い」と言うエミリーをエレナが笑いながら見ていた。

 しかし、あることを思い出し急に席を立った。


 「のんびりしている場合じゃないわ!」


 「ど、ど、どうしたんですか?!エレナさん」


 「馬鹿、他の客に迷惑だろ」


 「何言ってんの!遅刻しちゃうわよ!」


 その言葉にエミリーとテッドが顔を引きつらせながら、エレナと同じように席を立つ。

 そして、店主と挨拶を済ませると店を慌ただしく出ていった。

 魔法都市に走りながら戻っているとエレナが心配そうな表情をしてからエミリーにあることを聞いた。


 「そういえば、エミリーは大丈夫?」


 「な、なにがですか?今ちょっと、話すのが厳しい状況なんです、が」


 冒険者であるエレナとテッドは余裕の表情だが、普通の女の子として生きてきたエミリーには全力疾走しながら普通に会話するのは難しい。


 「あの貴族たちよ。一人はエミリーと同じ科なんでしょ?」


 「そ、そういえば、そうだったですね!でも、昨日は何も言われなかったので、大丈夫だとおもい、思います!」


 「そう、それなら良いけど……。何かあったらすぐ言うのよ?」


 「はひ!」


 「もう一人はテッドと同じ科だったわね」


 「そうだな。だけど、俺も同じで何も言われなかったぜ。どうせ、一人じゃ何も出来ねー坊っちゃんだ。俺には噛み付いてこないんじゃねーか?」


 「かもね。でも、一応気をつけてね」


 「おう。ほら、もうすぐだ。がんばれ、エミリー」


 「はひー!」


 こうして今日も遅刻寸前で学院に駆け込んだのだった。



 魔法都市やエルピスは、オーセブルクの街とは違い疑似太陽がない。そのせいで人それぞれに時間的誤差が生じやすい。

 『朝の鐘が鳴ってから、一刻後に待ち合わせね』という約束をしたとして、大抵は一人が待ち惚けるなんていうのはざらにある。

 エルピスに至っては、この世界には皆無である24時間営業をしている店があるほどで、魔法都市としても時間という概念があっても、知る方法がない事を問題視していた。

 特に、学校という施設ではその問題が顕著である。

 この日もエミリーたち三人が駆け込んだ後、すぐに教員が教室に入ってきたが席の空きが目立っていた。

 つまり、遅刻者多数なのだ。

 小型時計や、個人の時計が普及していないこの世界では、この光景は決して珍しくはない。疑似ではなく、本物の太陽が空にあったとしても、この状況はよくあるのだ。

 だから、教員もある程度は遅刻に寛容だった。

 この日も全員が到着してから授業が始まった。集合時間から約一時間後に。

 魔法学院の授業は2時限制である。午前と午後で授業が別れていて、間に昼食休憩がある。

 長時間の授業になるからか、教員が疲れたら授業の途中であっても休憩をする仕組みだった。

 1時限目は内容は『魔法教養』授業。

 全生徒が講堂で一人の教師から魔法の基礎を学ぶ授業である。

 そして、2時限目からようやく各科で別れてそれぞれの専門授業を受けるのが基本的な流れになる。

 つまり、結局エミリーたち三人は揃って授業を受けるのだ。

 エレナは、学院に駆け込む前に貴族たちに何かされるのではないかと心配で、二人に声を掛けたことが無駄になったことに苦笑いする。

 別に無駄ではないが、「何もあんな状況で言わなくても」と思っての苦笑いだ。

 そんなエレナを他所に、授業が始まった。


 「それでは、記念すべき初めの授業を開始しますね」


 教師の声が開始を宣言する。

 一般教養の教師は、アニーと呼ばれる若い女性だった。

 シギルやエリーの友人で、賢人キオルの弟子の一人だ。

 魔法士としてはまだまだ未熟ではあるが、魔法士としては珍しく人当たりの良い快活な話し方と、『賢者の弟子』というネームバリューで抜擢されたのだ。

 だが、若いというだけで問題が起きることもある。

 初日の1時限目の授業内容は『魔法の基礎の確認』だった。

 アニーの授業は、聞き取りやすく黒板に書かれる字も綺麗で、授業として最高の出来だ。

 しかし、魔法の心得がある者たちや、魔法戦士科にとってはどうでもいい内容だったのだ。

 その上、見るからに若く未熟そうな女性教師。

 そうなると、不満が押さえられなくなることがある。野次を飛ばす者が現れ始めたのだ。


 「――ということで、魔法の属性は6つあります。ですが、最近見つかったのですが、実は――」


 「そんなことは知っている!!」


 今まさに大事な内容を教えようとしていると、とある生徒から声が上がった。

 それから次第に野次が大きくなっていく。


 「貴女は我々を馬鹿にしているのか!」

 「私は剣士なんだけど、この授業必要?」

 「基本なんだから完璧に決まってんだろ!こんな授業は今更だ!」


 不満が吹き出すことも想定されていた。しかし、アニーは慌てる。

 アニーは賢く、魔法士としても優秀だ。その上、キオルの弟子ということもあって野次を飛ばされ慣れていなかったのだ。


 「み、皆さん落ち着いて、落ち着いて下さい!」


 アニーが場を収めようとするが、初めに野次を飛ばした生徒が立ち上がると、更に混乱させることは言い出した。


 「まず、貴様は庶民だろう?何故、貴族である僕に教えられると思っているのか?」


 何かおかしなことになっていると、エミリーたち三人が呆れながら文句言っている人物に視線を向け更に呆れることになった。

 その人物はというと、エミリーたちといざこざがあった貴族の一人だったのだ。


 「こ、この国では他国の身分は関係ありません!」


 アニーも負けずと反論するが、その貴族は口元をニヤつかせながら捲し立てる。


 「関係ないわけ無いだろう!我らも魔法を学びたいとわざわざ来た身だからある程度無礼は許す!しかし、だ!せめて宮廷魔法士クラスを教師として付けるべきではないかな?!貴族に対してはそうすべきだろう?!挙げ句、魔法の属性だと?僕はこれでもとある賢者に教えを受けたことがあるんだ!その僕に対して、今更基礎はないだろう!せめて、上級者と初心者を分けるべきだと思うがね!」


 だったらなんでこの学院に来たのかとエミリーたちは首を傾げる。そのまま『とある賢者』に教えを請い続ければいいのにと。

 だが、触らぬ神に祟りなしと注意することはできなかった。それは他の生徒も同様だ。

 それを良いことに貴族は不満を言い続ける。


 「僕はこの教え方にも満足できていない。何故、庶民と同じ場で授業を受けねばならんのだ?他の学び舎と同じく部屋を分けるべきではないかね?」


 そう言いながら、貴族はチラリとエミリーたちを見る。

 それにエミリーが苛つき、文句を言ってやろうとするがエレナに止められる。

 何故止めるのかとエミリーがエレナを軽く睨むと、エレナが小さな声で「彼の言うことも一理あるの」と言った。

 この貴族が言うように、他の学校では貴族と平民の教室は分けている。

 全ての貴族が平民と同じ部屋で勉強をしたくないわけではないが、それでも非常に多い。

 こういう暴言で進行を妨げない為にも部屋を分けるのは普通なのだ。

 それを知っているからエレナはエミリーを止めたのだ。

 小声でエレナに説明されると、エミリーは納得はしていないが渦中に飛び込むことはしなかった。

 だが、アニーは違う。アニーは教師なのだから、授業を受けてもらうためにも反論しなければならない。

 この貴族には普通の対応では意味がない事を理解すると、アニーにとって使いたくないカードを切ったのだ。


 「わ、私は賢人キオルの弟子ですよ!私でも教える権利はありませんか?!」


 凄いのはキオルでアニーではない。それをわかっているからアニーはこの言葉を言いたくなかったのだ。『賢者の弟子』という言葉を。

 『賢者の弟子』というだけで、優秀な人物という証明にはなる。優秀でなければ弟子にすらなれないのだから、この言葉には効力があるのだ。

 だが、この貴族は引かなかった。


 「賢者の弟子はただの弟子だろう?それでは庶民と変わらない」


 「それでもあなたより魔法の深淵を覗いているという自負があります!」


 「自負だけではなぁ。言うだけなら僕にもできる。僕は貴女より魔法の深淵を深く覗いている。どうかね?」


 この言葉にはアニーも怒りが込み上げる。

 未熟だが血の滲む努力をアニーはしてきたつもりだ。それをこのように言われれば、温厚な彼女でも言い負かしたいと思ってしまうのは仕方のないことだった。


 「あなたはまだ何も知らない!あなたは自分が貴族ということに誇りを持っているけれど、()()()()にしてみたら、それはゴミである埃と大差ないことを!あなたの覗いている魔法の深淵はまだ入り口に過ぎないことを!」


 誇りを埃に例えれたことで、この貴族もムッとする。

 しかし、すぐに先程のようにニヤけた表情に戻すと、肩をすくめながら反論する。


 「だから、口ではなんとでも言える。貴女が勝手に思って、勝手に言っているだけだろう?」


 「でしたらっ!」


 アニーは腰にある杖を握ろうとするが動きが止まる。さすがに力で押さつけるのは駄目だと思ったからだ。


 「でしたら、何かね?お得意の賢者式魔法を見せていただけるのかな?」


 「くっ!」


 「出来るわけない。僕は王国の貴族だ。その僕に手を出せば王国を敵に回すのと同義!一介の魔法士がそんなことは、ふふ、到底無理だ」


 ギルと直接話したことがある人物ならば、この貴族の言葉になんの効力もないことを知っていただろう。

 魔法都市代表の力量や性格を友人から聞いていても、直接見たわけでも話したわけでもない。

 アニーが何も出来ないのは仕方ないことだった。


 「ふん、やはり何も出来ないか。ならば、大きな口をきかないのが懸命だぞ、庶民。僕は君からは学ぶことはないようだ。それに気分を害したから、今日はこれで帰ることにする。文句はあるまいな?」


 貴族はそう言うと席を立ち出口へと歩いていく。

 友人であろう貴族も同じく席を立つと、取り巻きである生徒たちも次々と立ち上がる。

 更に、魔法の基本という授業内容に満足してない生徒や、魔法戦士科の一部も席を立っていく。

 その様子に貴族の男は鼻で笑った。


 「まあ、こうなるのはわかっていたことだがな。次は宮廷魔法士以上の人物を用意することだ。あぁ、この都市は国ではないから宮廷魔法士などいないな。ならば、賢者以上を連れてくるといい。なんせ、この都市には三人もいるんだからな。皆、大人しく授業を受けるさ。ははは」


 そう言いながら貴族の男は講堂を出ていった。

 最終的に、講堂には半分もの生徒がいなくなったのだった。

 アニーはまだ杖を取ろうとする格好のまま固まっていた。

 その姿をエミリーたち三人は心配そうに眺め、声をかけようとする。

 しかし、急にアニーが我に返る。


 「はわわ!き、『緊急マニュアル』は!?あった!生徒の大半がいなくなった場合……、これですね」


 何かの紙を探し、見つけるとそれを読み耽る。

 そして、顔を上げるとこう告げた。


 「今日の学院は緊急休校とします!」


 こうして魔法学院の記念すべき初日は、失敗に終わったのだった。

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