無属性魔法の応用
魔法都市建国から一週間が経った。
建国までかなり急ぎ足で慌ただしかったが、建国してからもそれなりに忙しかった。
都市に関する打ち合わせや住民からの相談、様々な問題の解決。それらに対処していたら、一週間なんてあっという間に過ぎていた。
俺はこの世界の文字が書けない。最近は少しずつ読めるようになってきたが、書くまでにはまだまだ時間がかかりそうというのがあって、書類仕事は他の奴らに任せているからまだ楽な方なのだろう。その分、雑事は全て俺が対処しているから五十歩百歩か。
住民からの相談とは、主に出店している者たちの店の飾りのことだ。店を目立たせる為に、光魔法を使って様々な表現をしているのだが、他にどういうことが出来るのかという相談が一番多かった。
努力は素晴らしいと思うけれど、あまり派手にしてほしくないなぁと個人的には思う。
中には地球のいかがわしいお店のように、ビッカビカの看板にしている店もあるぐらいなのだ。なのに、お店に置いている商品は薬って。
地球出身者なら、いったい何の薬を置いているのかと疑問を持つだろう。まあ、この世界には地球のことなんて知らないのだから仕方ないといえば、そうなのだが。
そのうち、薬屋の看板は全てネオンになりそうで怖い。どうか、自分の趣味を大事にしてもらいたいものだ。
そして問題の解決だが、これは訪れた客とのいざこざが多かった。
だから、対処と言っても衛兵に命令するぐらいしかしていないから、忙しいのに含まれていない。
だが、その際に街を出歩かなければならなくなった時、知らない奴から声を掛けられることが多くなった。
街の感想を言うだけの奴なら話を聞くことぐらいはするが、話の途中で「ところで……」と言ってくる奴は、色々言い訳をしてその場を離れることにした。
どうせ、取り入ろうとするか、俺を値踏みしているどっかの国のスパイだろう。
友人でも取引をしているわけでもないんだから、「ところで~」なんて言うわけねーだろ。
実はこれが一番大変だった。
なんせ、俺に近づき話しかけてくる人間の殆どがこの言葉を口にするからだ。どれだけのスパイが紛れ込んでいるんだよ。
普通に会いにくればいいのにとは思うが、そう簡単にはできないか。
まあ、そんなこんなで一週間なんてあっという間だったのだが、大まかに言えば、魔法都市は好評と言って良いだろう。
全体的に店の売上は良好で、中でもキオルのプールストーン販売店は行列するほどだとか。もちろん、シギル魔道具店もそれなりに売れている。
魔法都市に訪れる人数も継続して続いているし、今の所大きな問題はないだろう。
そんなことを考えながら、自分の部屋でシギル魔道具店の商品再補充のために作業をしていると、ドアがノックされた。
珍しい……。いったい誰なんだ、ノックなんてする奴は。
警戒しながらドアを開けてみると、そこにはスパールが立っていた。
「ん?スパールじゃないか。どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないわい」
スパールは呆れたような表情をしている。
「俺、なんか忘れてる?」
「ある意味正しく、ある意味間違っているのぉ」
「そんな賢人っぽく哲学的な答え方しなくていいから、さっさと用件を言え」
「元賢人じゃ!はぁ、もうええわぃ。明日から学院が始まるのじゃぞ」
おぉ!そうか、もうそんな時期か!忙しくしていると、日数を忘れるんだよね。そう考えると、やっぱり端末のスケジュール機能って素晴らしいんだなって思えるわ。
「そうか!おめでとう、スパール学院長!」
「祝辞を述べてもらいたいのではないわぃ!ギルよ、なぜお主は賢いのに、たまに天然なんじゃ?今日、会議する予定だったじゃろ?」
そ、そうだったのか。俺が天然だという意見には、一度議論をする必要があるが、今は学院のことだな。
だがその前に、聞かなければならないことがある。
「で、さっきスパールの言っていた『ある意味正しく、ある意味間違っている』の間違っている方は何だ?」
スパールは更に表情を険しくすると、首を横に振りながら嘆息した。
「はぁ……、それはの、お主の部屋で会議をするからじゃ!!」
あ、そういう?つまり、会議することを忘れているってのは正しいが、既に会議をする場所にいるから間違っていると……?やっぱり、哲学じゃないか。うーん、忙しかったからかなぁ。会議の約束をした記憶が全くない。
だけど、現実にスパールが目の前にいるのだし、さっさと終わらせるか。
ちょっと申し訳ない気持ちで、スパールを部屋に入れると、機嫌の悪くなったスパールを宥めながら会議を始めたのだった。
会議は滞りなく終わった。とはいっても、学院の方針自体は既に決めていたから、スパールが考えた明日からの授業内容を聞くだけの簡単な会議だった。
ただ厄介だったのは、会話会話に挟まれる俺を叱るような小言と、更に仕事を増やすような発言だ。
小言はまあ、会議を忘れてた俺が悪いから良いのだが、仕事を増やすのは勘弁してもらいたい。
だが、仕事というのがタザールが俺を呼んでいるという内容だったのは助かった。タザールの性格なら面倒な事は押し付けられないからな。
ということで、俺は今学院の端にある研究施設に来ている。のだが、俺は扉を開けるのを躊躇っている。
面倒臭くなったとかそういうのではなく、中から会話が聞こえてきたからだ。その内容を聞いてしまってドアを開ける手が止まったのだ。
今もその会話の続きを話している。
「はっはっは、なるほどな。その魔法理論は面白い。さすがはティル姉やんだ」
「せやろ?」
「ああ、確かにそれを実行出来れば、世界の魔法は一新されるだろう。ふむ、やはりあなたは素晴らしい」
「そう言ってくれるのは、タザ坊だけや。ギルなんて会う度にウチを馬鹿にすること言うんやで?」
「言ってやるな。アレは天才という奴だ。人の心まではわからんよ」
という具合に、あのタザールとティリフスが楽しそうに雑談しているのだ。そこまでなら俺も気にすること無く部屋へ入る。
だが、『ティル姉やん』に『タザ坊』なんてワード聞いたら、タザールを知っている者なら誰でも凍りつくだろう。
しかし、そうも言ってられない。
俺は意を決して扉を開ける。
「あ、ギル。遅いよ」
「あ、ああ、済まない」
「かまわん。会議があるというのはスパール老から聞いているからな」
よし、聞かなかったことにしよう。あれはあまり触れてはいけないヤツだ。
「えっと、それでなんで呼ばれたんだ?」
「それはだな、無属性魔法の研究が進展したぞ」
「おお?!凄いじゃないか!」
たった一ヶ月程度で、魔法の研究が進んだのだ。さすがは研究をしたいと自分から望んだだけあって、成果をしっかりと出す。
これは驚くべきことだ。俺も新魔法を続々と作っていると言われているが、地球の化学を知っていれば誰でも思いつくことだからな。
だが、無属性魔法は違う。地球にはそんな物ないから、試行錯誤を重ねなければこの状況にはなっていないはずだ。
「ふん、大したことはしていない。これもティル姉やんが色々と助言してくれたおかげだ」
「ふふん」
ガシャン!という音を立てて両手を腰にやり胸を張るティリフス。
っていうか、『ティル姉やん』ってワードを言うな。
「そ、それで内容は?」
「うむ。それはだな、無属性魔法は肉体強化のみならず、攻撃も可能だという事実が判明した」
「ん?それは魔法剣のように、魔石に魔法陣を描きそこへ魔力を通して魔法効果を発現させるやり方ではなく、直接魔力をぶつけるということか?」
魔法剣はある意味、術者が魔力のみを放出していると言っていい。魔石に刻まれた魔法陣が自動で魔法効果を発現させているから、術者としてはただ大量の魔力を手から出しているに過ぎない。
だが、それならばタザールは魔法剣と同じという言葉を使っているはずし、今話している内容は『無属性』なのだ。魔法陣を通したら属性が付いてしまうだろう。
「自分の体内から出した魔力を直接ぶつけようとしても駄目だ。以前、お前から聞いた音の理論と同じで、体から放出される魔力は波なのだ。何かに影響を与えるには、それを纏める必要がある。これは例えなのだが、波から線に変えると言えば理解しやすいか?」
「じゃあ、魔法陣を描く時みたいに指先から一気に放出するとかか?あれならかなり纏まるし大量に放出したら線に見えるだろう?」
「それが出来る魔法師は極僅かだろうな。体から出す純粋な魔力は、世界にあるマナに影響されてしまい、形状を保つのが難しい」
「魔法陣を描くのが難しいのはそれが原因か」
「そうだ。では、どうすれば相手に影響を与えること出来るようになるのか。それはコレを使う」
タザールが脇に置いてあった物を掴んで持ち上げる。
「剣?」
「正確には金属だ」
「だけど、それは……」
「そうだ、金属に直接魔力を流すのはコツがいる。これにも大量の魔力が必要となるが、それでも体から直接出す魔力で影響を与えるよりは少なくて済む」
確かにその通りだ。魔力を流し辛いだけで、物に魔力を流すことは可能だ。だけど、それでどうやって魔力をぶつける話につながるんだ?
「それで物に魔力を流してどうするんだ?そのまま殴ったら結局は物で殴っているのと同じだが」
「そう急くな。魔力を剣に通す事で、魔力が物質の形状のままになる。ふむ、言葉では表現しにくいな。試しにやってみよう」
そう言うとタザールは剣ではなく小さなナイフを用意した。
その後、そこらにあった木箱の上に果物を置き、数メートル離れるとナイフを構えたままの格好で静止した。
恐らく魔力をナイフに込めているのだろう。
そして、勢いよくナイフを振り下ろした。
すると、ナイフから光る何かが飛び出し果物へ向かっていき真っ二つにしたのだ。木箱にも何かに傷をつけられたような跡が残っている。
「おぉ!何だか斬撃を飛ばしたみたいだな!」
「そうだな。魔力がナイフの形状を記憶したのだ。ナイフのように短い刃渡りと切れ味だからか、果物は切れ、木箱は傷がついたという結果だな」
「これは凄いな!あれ?でも、魔法剣でも魔力を物に流しているけど、斬撃みたいなのは飛ばないぞ?」
「それはティル姉やんが教えてくれた」
「ふふふ」
タザールがティリフスに目をやると、カタカタと金属を鳴らしながらティリフスが笑った。
怖い怖い。怖いし、ティル姉やんで笑ってしまいそうだし、もうわけが分からないよ。
「魔力はつながっているんやで。繋がっているものは飛ばないやろ?」
なるほど、見えはしないけれど剣に流した魔力は体と繋がっているのか。
伸び縮みし、形状も変えることができるゴムのようなモノと理解すればいいか。
そう考えれば後は簡単だ。一度剣に流す魔力を完全に断ち切れば、剣に残っている魔力を飛ばすことが出来るようになる。
ただ、結局は剣の振る力で威力が決まるのが、少々残念ではあるな。
肉体強度が弱ければ、斬撃も弱いということだからだ。
しかし、それでもこの発見は素晴らしいものだろう。
「よくこんなこと思いついたな」
「それはティル姉やんが魔力の可視化ができるからだ」
そうか、ティリフスは魔力……、マナが視える。それで物に流しているマナが体と繋がったままというのがわかったのか。
ティリフスをタザールの手伝いにしたのは間違ってなかったようだ。
「やったな、タザール。新発見の魔法技術じゃないか」
称賛してみたが、タザールは苦笑いしながら頷くだけだった。
あれ?嬉しくないのかな?魔法の研究がしたいと言い、その成果がでたというのに。
「どうした?ティリフスの力を借りたとはいえ、タザールの成果だ。喜んでいいんだぞ?」
「いや、喜んではいるんだ。が、魔法学会を辞めた今、この技術を発表する機会がなくなってしまったとなっては、どうやって世界へ知らせればいいのやらとな。俺も人間なのでな、自慢ぐらいはしたくなるのだ」
本音と嘘が入り混じった言葉。本当は自慢などではなく、魔法技術の発展を公の場で発表したかったのだろう。
魔法学会は各地で開かれ、かなりの人が見に来る。伝達技術が口コミのみという世界だからこそ、発表できる場は世界へ速く広めるために必要だったのだ。
「ふむ、だったら丁度良い。これを魔法学院魔法戦士科の授業に加えて良いか?さっきもスパールと話していたのだが、魔法戦士1級の試験内容を決定できてなくてな。これは単純ではあるが、魔法剣に魔力を流すより難しい技術だし」
こう言うとタザールが驚いたように顔を上げる。
「良いのか?」
「何故そんなことを聞く?魔法学院の研究施設で生み出された研究を、魔法学院で使うのは当然だろう。魔法学会なんてとんでもない。こんな凄い技術を金も取らず教えるなんて俺はやだね」
「いや、俺の性格上、お前には厳しく接している。それを良く思わないであろうお前は、研究成果をボツにするかもしれないと聞いてな」
「いやいや、別に悪口言われたわけでもないのに、ボツにするわけないだろ。そんなこと誰が言って……」
カタタッ!
聞こえたぞ、鎧が震える音をなぁ?
「お前か!ティリフス!」
「ひゃう!た、たまには仕返ししたって良ぇやろ?!」
ったく、この『さまよう鎧』が。眠る必要がないからって夜中に城内を歩き回ることを禁止しようかな。怖いんだよ、マジで。
ま、今回は許してやるか。
「ま、いいさ。この新技術にはティリフスの手助けがあったから発見出来たんだからな。それに今の話を聞いて、俺も新しい魔法を開発できるかもしれん」
「へ?怒らないの?って、それより新魔法?!」
「まだ出来るかわからないけどな。完成しても、これはお前たちの新技術あっての完成だから二人の手柄でいいぞ」
「ふん、そんな気遣いしなくてもいい。お前が新しい魔法を開発すれば、俺がまた新しい研究をしたらいいだけだ」
「その意気だ。さて、そうとなれば部屋へ戻って研究しなければ!魔法戦士試験の件はタザールからスパールに言ってくれるか?俺はしばらく籠もる!」
「あ、ああ」
「ティリフスも今回はご苦労だったな!引き続き頼むぞ!」
「う、うん」
「じゃっ!」
俺は別れの挨拶を済ませると急いで研究室を後にした。
『魔力はマナに影響する』ね。だとすれば、面白いことが出来るかもしれない。
ああ……、新しい知識を得るのってなんでこんなに楽しいんだろうか。タザールに研究をさせて本当によかった。
この世界で初の俺の知らない技術。それに関しての新発見。
そして、それの応用……。素晴らし過ぎるだろう。これは研究しなければならんだろうな。すぐにでも!
こうして、俺は新魔法の開発に没頭するため部屋へ急いで戻ったのだった。
その後、シギル魔法道具店の追加商品を作っていないことで、シギルに怒られたのは言うまでもない。